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しっぽや【アラシ】(No.23~31)

side〈ARAKI〉

日野の騒動の後、俺の頼み通り白久は黒谷から3日間の夏休みをもらってくれた。
そしてその間は、俺の代わりに日野がしっぽやでバイトすることになっている。
「体調は良くなったけど、夏休み中は部活出ない事にしたんだ
 さすがに今からじゃ、秋の大会までに調整間に合わないし
 それに、少しでも黒谷と一緒にいたいしさ
 お前は、白久と楽しんでこいよ
 宿題終わったから、気が楽だろ?」
物理の宿題を写させてもらった後、日野はそう言って悪戯っぽく笑っていた。

「まーな、泊まりになっても親に大きな顔出来るし、自分も気が楽だしさ
 お前と友達で良かったよ」
俺も笑ってそう答える。
「そりゃ、こっちのセリフだって
 俺、あんなことしちゃったのに…
 荒木、お前って強い奴だったんだな
 正直、すげー見直した」
日野に感心したような顔を向けられ、俺はちょっと照れくさい気持ちになった。
「俺が強いとしたら、白久が居てくれるおかげだよ」
誇らしい思いで言う俺に
「何だよ、盛大にノロケやがって」
日野がからかうような言葉をかけた。

「それより、白久より黒谷の方が老けて見えるんだから気を付けろよ?
 お前みたいに中坊に見える奴とオジサンが並んで歩いてたら、黒谷が犯罪者みたいに見えるんだからさ」
俺も負けじと言い返す。
「顔のことはお前に言われたくない…
 お前だって、どう見ても中坊じゃん」
日野は憮然とした表情で言う。
「第一、黒谷は老けてるんじゃなくて、貫禄があるの、凄く頼れる感じだろ
 なのに、あれで甘いもの好きだったりして、可愛いとこあるんだぜ」
得意そうな日野に
「白久だってあんなに大きいのにクリーム系好きだし、寿司はサビヌキじゃないとダメで可愛いんだからな」
俺もつい言い返してしまう。
そんな事を言い合って、俺達は顔を見合わせて笑ってしまった。

「なんか俺達、親ばか全開だな」
日野は照れた顔で頭をかいた。
「うん、でもたまにカズハさんにはかなわないって思うときがある」
俺が苦笑して言うと
「ああ、空を『癒し系』とか言ってるし
 あの人、マニアックだよな」
日野も考え込む顔をして言った。
きっと、カズハさんのハスキーマニアっぷりを体験しているのだろう。
日野とこんな風に笑い合える日々が戻ってきて、俺は本当に嬉しかった。




白久の夏休み初日、昼前に家に迎えに来てもらうことになっていた。
共働きの両親は、既に仕事に出掛けている。
俺はソワソワしながら白久の到着を待っていた。

ピンポーン

チャイムが鳴ると、俺は2階の部屋から駆けだして慌てて玄関に向かう。
ドアを開けると緊張した面もちの白久が立っていた。
俺と一緒に買いに行ったカジュアルな服を着ているので、いつもの白スーツより神秘的な感じは薄らいでいる。
「いらっしゃい」
俺が招き入れると
「お邪魔します」
白久がぎこちなく家に上がり込んだ。
俺の部屋に案内してクッションに座らせる。
この日のために、少しは部屋を見られる状態に片づけていた。

「今、麦茶持ってくるね」
そう言って部屋を後にする。
『すぐランチに行くし、お菓子とかいらないよな』
そんな事を考えながら部屋に戻ると、白久はキョロキョロと部屋の中を見渡していた。
「ここが、荒木のお部屋なのですね」
白久が嬉しそうに話しかけてくる。
「うん、散らかっててごめん
 これでも少しは掃除したんだけど」
いつも整然としている白久の部屋に比べると、ゴチャゴチャしている感じは否めない。
「いえ、荒木のプライベートな空間に入れていただいて、とても嬉しいです」
ハニカんだ笑顔の白久は、とても可愛かった。

「わざわざ来てくれて、ありがとう
 ちょっとカシスを見てもらいたくてさ
 って、さっきのチャイムでベッド下に籠城しちゃったけど」
俺がのぞき込むとベッド下の奥から赤銅色の瞳が見つめ返してくるが、出てくる気配は見せなかった。
「カシス、忘れちゃったの?白久だよ?
 クロスケんとき、お世話になっただろ?」
俺がため息をつくと
「この方はもう、クロスケ殿ではありませんよ」
白久が優しくそう言った。

「え?何で?あれ?成仏しちゃったの?」
焦る俺に
「この方はもう『カシス』です」
白久はきっぱりと口にした。
「名を与えられ、新たな家族と暮らし始めた
 この子は元の子猫、クロスケ殿、それらの関係なく今は『カシス』と言う存在になっているのですよ
 クロスケ殿の意識は、この家にたどり着くまで保てていれば十分だったので、もう顕在意識には浮かんできていないのです
 カシス君には馴染みのない私という犬の存在に、不安を覚えているようですね」
白久も一緒になってベッドの下をのぞき込むと、カシスは後ずさりして壁にピッタリと背をつけてしまった。
「こんな時、波久礼なら上手く子猫の気をひけるんですけどね」
体を起こした白久は、そう言って苦笑した。

「日野の時みたく、クロスケがカシスのこと動かしてるんじゃないの?」
白久に見てもらいたかったのは、まさにその事なのだ。
「あのお方が日野様になさったことは『憑依(ひょうい)』です
 己の欲望を満たすため、相手の体や心の負担を省みず使役する
 そんなところでしょうか」
白久は辛そうな顔でそう言った。
「クロスケ殿とこの元の子猫は、共に生きることに同意しています
 魂を『融合(ゆうごう)』させているのです
 すでに今はどちらの生でもなく『カシス』として生きているのですよ
 だから荒木、この方のことはクロスケ殿としてではなく、『カシス』として可愛がってあげてください」
白久にそう言われ、俺は素直に頷いた。
「うん、何となくわかる気がするよ…
 そっか、カシスはカシスなんだね
 子猫と暮らすの初めてだから、新鮮で楽しいんだ
 だって、クロスケが子猫だった時、俺は赤ちゃんだったからさ」
俺は部屋に常備してある猫じゃらしを取り出した。
「クロスケは、これでこんなに激しく遊ばなかったもんな」
そう言いながらベッドの下に向かい、猫じゃらしを激しく動かして見せた。
それでもカシスは出てこない。

俺は、猫じゃらしをクッションの下に突っ込んで先端だけ見せるようにして、クネクネ動かしてやる。
動かしている部分をスッと引っ込めると、たまらずカシスが飛び出してきてクッションの下に前足を入れた。
激しくクッションの下を探し始めるカシスに
「お元気そうですね」
白久が優しく微笑みかけた。
「元気すぎだよ、子猫の体力って無尽蔵!
 家に来たばかりの頃は、こんなに激しく遊ばなかったのにさ
 日に日に体力ついてくるし、もう片手じゃ持ち上げられないよ
 波久礼のポケットに入れて運ぶなんて無理だし」
猫じゃらしを発見し、一人遊びを始めたカシスに俺は苦笑する。

「カシス君は、夜はこの部屋で荒木と一緒に寝ているのでしょうか」
白久が躊躇いがちにそう聞いてきた。
「羨ましい?」
俺が少し意地悪く聞くと
「………はい」
白久は恥入るように小さな声でそう答えた。
俺はその答えに満足する。
「こいつ、昼間は俺のベッドで一人で寝てるけど、夜は親父のとこ行っちゃうから一緒に寝たことないんだ
 クロスケもそうだったから、俺と一緒に夜に寝たことあるの、白久だけだよ」
その答えに白久は驚いた顔を見せるが、それはすぐに嬉しそうな表情に変わる。
「私だけ…」
かみしめるように言う白久に
「うん、白久だけ」
俺はそっとキスをした。

その後、白久と2人で猫じゃらしでカシスと遊んでやった。
カシスの動きが鈍くなり、ウトウトし始めた頃を見計らって、俺と白久は家を後にする。
「こないだ近所に中華系のファミレス出来たんだ
 ランチはそこに行こう
 その後、映画でも見に行こうと思ってるけど…
 白久、映画なんて見るかな?」
先に立って歩きながら、俺はそう聞いてみた。
「映画やドラマは日頃ほとんど見ませんが…
 ハチ公殿やタロー殿、ジロー殿の映画は以前TVで見たことがあります」
白久は生真面目にそう答える。
「あ、それなら俺も子供の頃、親父の持ってたビデオで見たな
 でも一緒に見てると、親父が泣き出すから鬱陶しくて」
俺は肩を竦めて見せた。
「動物が出てる映画ならわかる?
 見たいと思ってたけど、友達と行くのは恥ずかしいかな、と思ってたやつがあるからそれにしたいんだけど」
俺の言葉に
「はい!荒木のお望みのままに」
白久は笑顔で答えてくれた。


ファミレスでランチを食べていると
「こんな時、本当は私がリードした方がよろしいのでしょうか
 空が『デートの時はきちんとエスコート出来ないとダメだって、あのお方がよく言ってた』と言うものですから」
白久がオドオドと聞いてきた。
「良いんだよ、散歩のルートは飼い主が決めないと『牽制症候群』になる、ってカズハさんが言ってたし
 白久は俺に付いてくれば良いの」
俺は笑ってそう答える。
「荒木の行く所になら、どこへでもお供します」
白久は、かしこまって答えた後
「でも、ディナーを食べられるお店を空に教えてもらってあるのです
 よろしければ、今夜はそこで夕飯にしませんか
 影森マンションから歩いていける所にある店ですので」
躊躇いがちにそんな事を言い出した。

俺は白久がお店を調べておいてくれるなんて思いもしなかったので、ビックリしてしまう。
その驚きは、すぐに喜びに変わっていった。
「うん、白久が選んでくれたお店に行ってみたい」
ワクワクしながらそう答え
『やっぱり俺は、カズハさんみたいに犬をリード出来ないや』
心の中でそう苦笑するのであった。
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