しっぽや【アラシ】(No.23~31)
side〈HINO〉
俺の体の中から白久の飼い主の意識が切り離された後、その場にいた者たちの反応は拍子抜けするくらい友好的なものであった。
皆、荒木の知り合いなのに、荒木に酷い仕打ちをしていた俺に笑いかけてくれる。
「そっか、黒谷のこと飼ってくれるんだ
正式に飼い主になるなら、俺たちも『仲間』ってやつだな
まあ、何かいろいろあったけどさ
落ち着いたら、その辺のこと話してくれよな」
ゲンさんがしゃがみこんで黒谷の腕の中にいる俺の頭を、優しく撫でてくれた。
「黒谷のこと、よろしくお願いしますね」
長い白髪の神秘的な美青年が、ゲンさんに寄り添いながら微笑んで俺を見る。
長身の外人みたいな人が
「黒谷がいれば、もう霊に体を支配されることもないと思うが
何か体に異変があったら、黒谷を通じて遠慮なく連絡してください」
神妙な顔でそう言った。
「日野、お疲れになったでしょう
僕の部屋で休んでいってください」
黒谷の言葉で、俺は体のダルサはとれているものの、クタクタに疲れている自分に気が付いた。
「あ、うん」
頷く俺を抱え、黒谷は部屋を後にする。
黒谷の部屋は白久の部屋と似たような作りで、置いてある家具や家電も同じものであった。
「少し、お眠りください」
黒谷は俺をベッドに寝かせてくれるが、俺は黒谷から離れたくなかった。
「一緒に、居て」
俺の懇願に黒谷は微笑んで、一緒にベッドに入ってくれる。
黒谷の腕の中にいる安心感から、俺はすぐに眠り込んでしまった。
しかし時々意識が覚醒し、黒谷が側にいてくれるか確認する。
何度目が覚めても、黒谷は変わらず俺を抱きしめていてくれた。
体の疲れがとれたのは、夜になってからだった。
「日野、まだ寝ていても良いのですよ」
黒谷が優しく俺の髪を撫でてくれる。
でも俺は『クルルルル』という黒谷のお腹の鳴る可哀想な音が気になっていたし、自分自身もお腹が空いていた。
身動きすると『グー』と俺のお腹も盛大に鳴ってしまう。
「ご飯が冷凍してあるので、お粥でも作りましょうか
疲れているのですから、体に優しい物から召し上がってください」
黒谷の言葉に、俺はコクリと頷いた。
「しまった、土鍋がシロの部屋に置きっぱなしだ
雰囲気ないけど、鍋で作るか
ああ、よろしければシャワーでも浴びてサッパリしていてください
着替えは、僕のものを適当にどうぞ」
キッチンでゴソゴソやり始めた黒谷の言葉に従って、俺はシャワーを浴びる。
クローゼットから黒谷のシャツを借り袖を折って着てみた。
俺には丈も長すぎて、膝上まですっぽりかくれてしまう。
『いかにも』な格好になってしまった自分の姿を鏡に写すと、とても照れくさい気持ちになった。
「有り合わせの物ばかりですいません
お口に合うと良いのですが」
そう言いながら、黒谷が次々と部屋のガラステーブルに皿を並べ始めた。
卵焼き、ウインナー、焼いた鮭の切り身、野菜炒め、ツナサラダ、こんぶの佃煮、シュウマイ、ミートボール。
テーブルの中央には、鍋いっぱいのお粥が置いてある。
冷蔵庫の中の物を、ありったけ出したという感じだった。
『荒木が俺のこと大食らいとか言うから…』
俺は恥ずかしくなったが空腹には勝てず
「いただきます」
そう言って、次々と皿を空にしていった。
黒谷も料理に箸をつけながら、ニコニコして俺を見ていてくれた。
食べ終わった後、片づけを終えシャワーを浴びた黒谷に、ベッドの中で俺はまたピッタリと寄り添った。
「日野、帰らなくて大丈夫ですか?
せめてご家族に連絡しないと」
俺の髪を撫でながら、黒谷が優しく問いかける。
「婆ちゃん入院中だし、いいよ、別に
俺がいなくたって、あの人は気にしないだろうし」
俺は母親の顔を思い浮かべながら、そっけなく言った。
そして、母親の顔を思い出した瞬間、忘れていたあの女のことを思い出したのだ。
『そうだ、前に住んでたアパートに母親の体に入っていく変な女がいた
あいつが入るとあの人はヒステリーをおこして、わめき散らすんだ
もしかして、俺みたいに取り憑かれてたのか』
俺は今さらながらに、母親が自分でもどうしようもない状態であったことを理解する。
「…友達のとこ泊まるって、メールだけしとく」
今まで何度か電話はしたが、俺はその日、携帯を持ってから初めて母親にメールした。
母親に対するわだかまりが、少しだけ薄らいでいた。
黒谷の部屋には、白久の部屋のように壁にカレンダーがかかっていなかった。
そのかわり、日めくりが置いてある。
俺の視線に気が付いた黒谷が
「もう、貴方に会えない日々を破り捨てる必要はありません
あの日めくりは、永遠にあのままです」
そう、苦笑する。
「俺が死んでから、何年経った…」
怖々と問いかける俺に
「そうですね、70年近いでしょうか」
黒谷はその長い月日を口にした。
「70年…そんなに長い時間を一人にしてしまったんだね
俺は酷い命令をして、勝手に死んだ嫌な奴だ…」
黒谷の孤独の時間を考えると、泣きそうになってしまう。
「いいえ、貴方は帰ってきてくださった
それに貴方が亡くなったのは『お国のため』ですよ」
そう言われても、戦争に関係する記憶は殆ど思い出せない。
ただ、絶望だけを覚えていた。
「過去世の記憶など、覚えていなくとも良いのです
これからいくらでも、僕たちの記憶を築いていけますから」
黒谷はそう言って、ソッと唇を合わせてくれた。
「お眠りください、まだ日野の体は疲れています」
優しいその言葉が嬉しかった。
しかし俺は、密着している黒谷の肉体の変化に気が付いていた。
「うん、でも、黒谷としたい」
俺はそう言うと、黒谷の中心に触れてみる。
そこは既に固くなっていた。
「日野…」
黒谷は困ったような、恥じたような顔を向けてくる。
「命令しなきゃ、抱いてくれない?」
笑いながら聞く俺に
「あまり、無理はしないでくださいね」
黒谷はそう言うと熱く唇を合わせてきた。
黒谷の舌が首筋をたどり、鎖骨をそっと噛む。
シャツのボタンが全て外されると、それ以外何も身につけていなかった俺の体がむき出しになる。
俺の中心も、とっくに固くなっていた。
「黒谷…、黒谷…」
優しいのに情熱的な愛撫をしてくれる黒谷の名を呼ぶと
「日野…、僕の愛しい飼い主
再び、帰ってきてくださるなんて」
目に涙をにじませて、熱く俺を見つめてくれる。
記憶の中の黒谷より歳をとっていたが、その体は若々しいままだった。
お互いに対する想いが高まっていた俺たちは、何度も何度もつながり合った。
会えなかった時間を埋めるように、熱い想いを解放し合ったのだ。
行為の後、黒谷に抱かれながら俺はこの上ない幸せを感じると共に、負い目も感じ始めていた。
「前もそうだったけど、黒谷が初めてじゃなくてごめんね…」
きっと、荒木は白久との行為が初めてだったはずだ。
俺はまた、荒木のことが羨ましくなってしまう。
「そのようなこと気になさらずとも、僕の貴方に対する想いは変わりません」
黒谷がそっと、俺の髪に口付ける。
「うん…、でも、俺…
黒谷が初めてなら良かったのに」
涙が出そうになって、俺は黒谷の胸に顔を押しつけた。
部室で、玩具みたいに扱われていた自分が蘇る。
「俺、部活辞めて、しっぽやでバイトしようかな…」
半ば本気で言った俺の呟きに
「うちでバイトしてくださるのは大歓迎ですが
クラブ活動、辞めてしまってもよろしいのですか
うちへ来るのは活動のない日だけでも構わないのですよ」
黒谷が優しく聞いてきた。
走ることは好きだし、コーチにフォームを見てもらえるのはとても勉強になる。
部員全員が俺のことイヤラシい目で見ている訳でもないし、部内に気の合う友達だっている。
「あいつらさえ、何とか出来れば」
考え込む俺に
「僕では力になれませんか?
貴方をお守りしたいのです」
黒谷が真剣な顔で俺の目をのぞき込んできた。
『黒谷にあいつらを脅してもらうとか…
いや、黒谷の顔じゃ品が良いし、格好良すぎて脅せない
もっと柄が悪そうな人じゃないと』
思い返してみても、ゲンさんは論外だし、白久や髪の長い白髪の人じゃ優しそうで頼りないことに気が付いた。
「さっき居た背が高くて、外人みたいな人も化生?
あの人に協力してもらえないかな
ちょっと、迫力ある人に手伝って欲しいんだ」
俺が頼むと
「波久礼は明日には帰ってしまいますが、迫力あると言えば…
まあ、いなくもありません
ご自由にお使いください」
黒谷はニッコリ笑ってくれた。
俺の体の中から白久の飼い主の意識が切り離された後、その場にいた者たちの反応は拍子抜けするくらい友好的なものであった。
皆、荒木の知り合いなのに、荒木に酷い仕打ちをしていた俺に笑いかけてくれる。
「そっか、黒谷のこと飼ってくれるんだ
正式に飼い主になるなら、俺たちも『仲間』ってやつだな
まあ、何かいろいろあったけどさ
落ち着いたら、その辺のこと話してくれよな」
ゲンさんがしゃがみこんで黒谷の腕の中にいる俺の頭を、優しく撫でてくれた。
「黒谷のこと、よろしくお願いしますね」
長い白髪の神秘的な美青年が、ゲンさんに寄り添いながら微笑んで俺を見る。
長身の外人みたいな人が
「黒谷がいれば、もう霊に体を支配されることもないと思うが
何か体に異変があったら、黒谷を通じて遠慮なく連絡してください」
神妙な顔でそう言った。
「日野、お疲れになったでしょう
僕の部屋で休んでいってください」
黒谷の言葉で、俺は体のダルサはとれているものの、クタクタに疲れている自分に気が付いた。
「あ、うん」
頷く俺を抱え、黒谷は部屋を後にする。
黒谷の部屋は白久の部屋と似たような作りで、置いてある家具や家電も同じものであった。
「少し、お眠りください」
黒谷は俺をベッドに寝かせてくれるが、俺は黒谷から離れたくなかった。
「一緒に、居て」
俺の懇願に黒谷は微笑んで、一緒にベッドに入ってくれる。
黒谷の腕の中にいる安心感から、俺はすぐに眠り込んでしまった。
しかし時々意識が覚醒し、黒谷が側にいてくれるか確認する。
何度目が覚めても、黒谷は変わらず俺を抱きしめていてくれた。
体の疲れがとれたのは、夜になってからだった。
「日野、まだ寝ていても良いのですよ」
黒谷が優しく俺の髪を撫でてくれる。
でも俺は『クルルルル』という黒谷のお腹の鳴る可哀想な音が気になっていたし、自分自身もお腹が空いていた。
身動きすると『グー』と俺のお腹も盛大に鳴ってしまう。
「ご飯が冷凍してあるので、お粥でも作りましょうか
疲れているのですから、体に優しい物から召し上がってください」
黒谷の言葉に、俺はコクリと頷いた。
「しまった、土鍋がシロの部屋に置きっぱなしだ
雰囲気ないけど、鍋で作るか
ああ、よろしければシャワーでも浴びてサッパリしていてください
着替えは、僕のものを適当にどうぞ」
キッチンでゴソゴソやり始めた黒谷の言葉に従って、俺はシャワーを浴びる。
クローゼットから黒谷のシャツを借り袖を折って着てみた。
俺には丈も長すぎて、膝上まですっぽりかくれてしまう。
『いかにも』な格好になってしまった自分の姿を鏡に写すと、とても照れくさい気持ちになった。
「有り合わせの物ばかりですいません
お口に合うと良いのですが」
そう言いながら、黒谷が次々と部屋のガラステーブルに皿を並べ始めた。
卵焼き、ウインナー、焼いた鮭の切り身、野菜炒め、ツナサラダ、こんぶの佃煮、シュウマイ、ミートボール。
テーブルの中央には、鍋いっぱいのお粥が置いてある。
冷蔵庫の中の物を、ありったけ出したという感じだった。
『荒木が俺のこと大食らいとか言うから…』
俺は恥ずかしくなったが空腹には勝てず
「いただきます」
そう言って、次々と皿を空にしていった。
黒谷も料理に箸をつけながら、ニコニコして俺を見ていてくれた。
食べ終わった後、片づけを終えシャワーを浴びた黒谷に、ベッドの中で俺はまたピッタリと寄り添った。
「日野、帰らなくて大丈夫ですか?
せめてご家族に連絡しないと」
俺の髪を撫でながら、黒谷が優しく問いかける。
「婆ちゃん入院中だし、いいよ、別に
俺がいなくたって、あの人は気にしないだろうし」
俺は母親の顔を思い浮かべながら、そっけなく言った。
そして、母親の顔を思い出した瞬間、忘れていたあの女のことを思い出したのだ。
『そうだ、前に住んでたアパートに母親の体に入っていく変な女がいた
あいつが入るとあの人はヒステリーをおこして、わめき散らすんだ
もしかして、俺みたいに取り憑かれてたのか』
俺は今さらながらに、母親が自分でもどうしようもない状態であったことを理解する。
「…友達のとこ泊まるって、メールだけしとく」
今まで何度か電話はしたが、俺はその日、携帯を持ってから初めて母親にメールした。
母親に対するわだかまりが、少しだけ薄らいでいた。
黒谷の部屋には、白久の部屋のように壁にカレンダーがかかっていなかった。
そのかわり、日めくりが置いてある。
俺の視線に気が付いた黒谷が
「もう、貴方に会えない日々を破り捨てる必要はありません
あの日めくりは、永遠にあのままです」
そう、苦笑する。
「俺が死んでから、何年経った…」
怖々と問いかける俺に
「そうですね、70年近いでしょうか」
黒谷はその長い月日を口にした。
「70年…そんなに長い時間を一人にしてしまったんだね
俺は酷い命令をして、勝手に死んだ嫌な奴だ…」
黒谷の孤独の時間を考えると、泣きそうになってしまう。
「いいえ、貴方は帰ってきてくださった
それに貴方が亡くなったのは『お国のため』ですよ」
そう言われても、戦争に関係する記憶は殆ど思い出せない。
ただ、絶望だけを覚えていた。
「過去世の記憶など、覚えていなくとも良いのです
これからいくらでも、僕たちの記憶を築いていけますから」
黒谷はそう言って、ソッと唇を合わせてくれた。
「お眠りください、まだ日野の体は疲れています」
優しいその言葉が嬉しかった。
しかし俺は、密着している黒谷の肉体の変化に気が付いていた。
「うん、でも、黒谷としたい」
俺はそう言うと、黒谷の中心に触れてみる。
そこは既に固くなっていた。
「日野…」
黒谷は困ったような、恥じたような顔を向けてくる。
「命令しなきゃ、抱いてくれない?」
笑いながら聞く俺に
「あまり、無理はしないでくださいね」
黒谷はそう言うと熱く唇を合わせてきた。
黒谷の舌が首筋をたどり、鎖骨をそっと噛む。
シャツのボタンが全て外されると、それ以外何も身につけていなかった俺の体がむき出しになる。
俺の中心も、とっくに固くなっていた。
「黒谷…、黒谷…」
優しいのに情熱的な愛撫をしてくれる黒谷の名を呼ぶと
「日野…、僕の愛しい飼い主
再び、帰ってきてくださるなんて」
目に涙をにじませて、熱く俺を見つめてくれる。
記憶の中の黒谷より歳をとっていたが、その体は若々しいままだった。
お互いに対する想いが高まっていた俺たちは、何度も何度もつながり合った。
会えなかった時間を埋めるように、熱い想いを解放し合ったのだ。
行為の後、黒谷に抱かれながら俺はこの上ない幸せを感じると共に、負い目も感じ始めていた。
「前もそうだったけど、黒谷が初めてじゃなくてごめんね…」
きっと、荒木は白久との行為が初めてだったはずだ。
俺はまた、荒木のことが羨ましくなってしまう。
「そのようなこと気になさらずとも、僕の貴方に対する想いは変わりません」
黒谷がそっと、俺の髪に口付ける。
「うん…、でも、俺…
黒谷が初めてなら良かったのに」
涙が出そうになって、俺は黒谷の胸に顔を押しつけた。
部室で、玩具みたいに扱われていた自分が蘇る。
「俺、部活辞めて、しっぽやでバイトしようかな…」
半ば本気で言った俺の呟きに
「うちでバイトしてくださるのは大歓迎ですが
クラブ活動、辞めてしまってもよろしいのですか
うちへ来るのは活動のない日だけでも構わないのですよ」
黒谷が優しく聞いてきた。
走ることは好きだし、コーチにフォームを見てもらえるのはとても勉強になる。
部員全員が俺のことイヤラシい目で見ている訳でもないし、部内に気の合う友達だっている。
「あいつらさえ、何とか出来れば」
考え込む俺に
「僕では力になれませんか?
貴方をお守りしたいのです」
黒谷が真剣な顔で俺の目をのぞき込んできた。
『黒谷にあいつらを脅してもらうとか…
いや、黒谷の顔じゃ品が良いし、格好良すぎて脅せない
もっと柄が悪そうな人じゃないと』
思い返してみても、ゲンさんは論外だし、白久や髪の長い白髪の人じゃ優しそうで頼りないことに気が付いた。
「さっき居た背が高くて、外人みたいな人も化生?
あの人に協力してもらえないかな
ちょっと、迫力ある人に手伝って欲しいんだ」
俺が頼むと
「波久礼は明日には帰ってしまいますが、迫力あると言えば…
まあ、いなくもありません
ご自由にお使いください」
黒谷はニッコリ笑ってくれた。