しっぽや【アラシ】(No.23~31)
「でも、空にそう言われて、僕は自分の中の暗い想いに気が付いてしまったんです…
僕も…僕もね…同じだったんです…」
カズハさんは震える声で話を続ける。
「空という存在を知った時から、エレノアが…以前の飼い犬が化生しているんじゃないかと期待していたんです
僕を守るために、彼女が再び僕の前に現れてくれるんじゃないかと、期待していたんです」
カズハさんの目から、涙がこぼれ落ちた。
「空が、空がいるのに、心のどこかでエレノアを求めていた
新しい飼い犬がいるのに、以前の飼い犬が恋しくて…
空のこと好きなのに…愛してるのに…
僕は…」
その後は言葉にならなかった。
嗚咽を漏らすカズハさんに、俺は何と言って良いかわからず呆然とするばかりだった。
「ごめんね…荒木君を慰めようと思って来てもらったのに…
僕がグチっちゃって…
本当…格好悪いな…」
カズハさんは涙を拭って、ションボリと俯いた。
しかしそんなカズハさんを見ても、俺の中の思いは変わらなかった。
「それでも…、カズハさんは俺の憧れです」
俺の言葉にカズハさんは驚いた顔を見せる。
「だってカズハさん、いつだって空を安心させるよう振る舞ってるじゃないですか
空、カズハさんといるといつも楽しそうで
あんなに大きいのに、全身で甘えててさ
カズハさんは、きちんとそれを受け止めてた」
自分の言葉に、俺はゲンさんに言われたことを思い出していた。
『白久にあの笑顔をもたらしてくれた奴が、飼い主の資格を失うなんてあり得ないんだ!』
俺を慰めるための言葉だと思っていたが、あれはゲンさんの本心なんだと今更ながらに気が付いた。
「空を見てれば、どれだけ愛されている自信に満ちあふれてるかわかりますよ
空とカズハさんは、お互い必要な存在です
誰かの代わりじゃない」
その後の言葉を、俺は自分と白久にも向けて口にする。
「まだまだ先は長いんです
ゆっくりと、お互いの関係を築いていけばいい」
これもゲンさんに言われたことであるが、俺は改めて自分の口からカズハさんと俺自身に向けて言ってみた。
カズハさんは泣き笑いの顔で
「荒木君は、強いですね
僕と空の関係…か
うん、築いていけたら良いな
あーあ、僕の方が年上なのに慰めてもらって
ダメだな~」
そう言って頭をかいた。
「僕も荒木君を見習って、もっと強くならなきゃね」
カズハさんは優しく微笑んでくれる。
俺たちは何となくお互い見つめ合って、照れ笑いを浮かべてしまう。
「何だか隣の芝生は青い、って感じですね
人のことは羨ましく見える」
俺が笑いながら言うと、カズハさんも笑ってくれた。
そんな俺たちの間に着メロが流れ出す。
それは白久からのメール受信の曲だったので
「すいません、ちょっといいですか?」
俺は慌ててカバンからスマホを取り出した。
「あれ、僕もだ」
ほとんど同時にカズハさんのカバンからも着メロが流れていた。
2人でメールを確認する。
白久からのメールは、こっちに来ているのなら、今日は空と一緒に夕飯を食べていかないかというものであった。
カズハさんのメールは黒谷からで、ミイちゃんが帰る前にカズハさんに挨拶したいので、事務所に来て欲しいといった内容だった。
俺はミイちゃんにきちんとお礼を言ってなかったので、一緒に行くことにする。
「三峰様…空から話は聞いているけど、まだお会いしたことがなくて
日本狼の化生なんですよね」
カズハさんがゴクリと唾を飲んで神妙な顔で聞いてくる。
「うん、俺よりうんと年上だけど、見た目は髪が長くて可愛い女の子だよ
あ、ミイちゃんに歳のことは言わない方が良いからね」
俺は以前、波久礼が肘鉄を食らった姿を思い出し注意する。
「わかりました」
カズハさんはオドオドと頷いた。
それから俺はカズハさんに、犬について色んな事を教えてもらう。
白久との今後にどう生かせるかわからないけど、とても為になる有意義な時間だった。
そして、カズハさんがもの凄いハスキーマニアだと判明する…
『空とカズハさんって、本当にお似合いだ』
たとえお互いの中に違う相手を見ていようと、2人がかけがえのない関係になるのは時間の問題に思われた。
俺と白久も早くそうなりたいな、と強く思った。
しっぽや業務が終わった事務所に、俺はカズハさんと顔を出した。
事務所にはミイちゃんの他に、波久礼、黒谷、白久、空がいる。
「あと1時間で、ゲンが車で送ってくれることになっているのです
慌ただしい会見でごめんなさいね
カズハ様、このようなうつけものを飼っていただいて、本当にありがとうございます
どうぞ、厳しく躾てやってくださいね」
ミイちゃんが深々と頭を下げると
「あ、いえ、僕の方こそ、こんな素敵な犬を飼えて幸せです
空は本当に良い子ですよ」
アワアワとカズハさんが手を振った。
「なんと懐の深いお方だ、このようなバカ犬に…」
波久礼が感に堪えない、といった様子で呟いた。
「ミイちゃん、昨日はありがとう、日野、具合良さそうになってたよ」
俺がお礼を言うと
「荒木、色々と大変でしたね
これからも変わらず白久を可愛がっていただけると幸いです」
ミイちゃんが頭を下げてくる。
「もちろんだよ!」
そんなミイちゃんに、俺は笑って請け負った。
「あの、三峰様…?」
カズハさんがミイちゃんにオドオドと話しかける。
「どうぞ『ミイちゃん』とお呼びください
私も『カズハ』とお呼びしてよろしいでしょうか?」
たおやかに笑うミイちゃんに
「あ、はい、ミイちゃん、よければ髪を編んでみませんか?」
カズハさんはそんな事を言い出した。
「荒木君が『髪の長い子』だ、って言ってたから
こんな素敵な犬を飼わせてもらってるお礼をしたいけど、僕に出来る事って、そんな事くらいしかなくて
僕、普段は犬の美容師だけど、姉が人の美容師でよく手伝わされたから少しなら人の髪もいじれます」
モジモジと言うカズハさんに
「髪を…編む?」
ミイちゃんも何だかモジモジと聞き返した。
「フィッシュボーンって編み方があるんです
ミイちゃんみたいに可愛い子に似合う髪型ですよ
どうかな、って思って犬用のだけどリボン持ってきてみたんです」
カズハさんはポケットから、レースの付いたピンクの可愛いリボンを取り出した。
ミイちゃんはそれを見て、目を輝かせる。
「まあ、愛らしい…、やっていただこうかしら」
リボンを見て嬉しそうな顔を見せるミイちゃんは、おませな女の子に見えた。
カズハさんが手際よくミイちゃんの髪を編んでいく。
「痛くないですか?
長時間編んだままだと髪に癖がついてしまいますが、洗えば落ちますからね」
ミイちゃんの長い髪が2つの三つ編みっぽい感じに結われ、先端にリボンが付けられた。
それはいつもの神秘的な美少女から、あどけない少女に変身したように見えた。
年相応のどこにでもいる女の子、そんな印象をうける。
「ミイちゃん、凄く可愛いよ!」
俺は思わずそう叫んでいた。
「とてもよくお似合いです」
波久礼がうんうんと頷きながらほめたたえる。
ミイちゃんはリボンを触って照れた笑顔を見せた。
そして事務所に空の声が響きわたる。
「そうッスね、とても何世紀も生きてる婆さんにゃ見え…」
ゴスッ!!
空の言葉が終わらないうちにミイちゃんの肘がその鳩尾にクリーンヒットした。
巨体の空が30cm以上浮いて、ドサリと落下する。
空はそのままピクリとも動かず倒れ伏していた。
「え…?空…?」
俺は似たような光景を見るのは2度目だったが、初めて見たカズハさんは展開に付いていけず、呆然と倒れている空を見つめている。
波久礼が倒れる空を担ぎ上げ
「カズハ殿、申し訳ありませんが、そちらのソファーにお座りいただけませんか?」
そう、カズハさんに頼み込んだ。
「あ、は、はい!」
ソファーに座ったカズハさんの膝に空の頭を乗せるかたちで、波久礼はソファーに空を横たえた。
「空?空?大丈夫?」
カズハさんが必死で呼びかけると、空の瞼が痙攣する。
うっすらと目を開けると焦点の合わない瞳で
「あれ?俺…何で寝てんだ…?」
ボンヤリと呟いた。
しかしすぐにカズハさんに膝枕されていることに気が付いて
「わーい!カズハのお膝だ!」
頭をグリグリ押しつけている。
「カズハ~、何か俺、腹が痛くてさ~、さすって~」
甘える空の鳩尾辺りを、カズハさんは優しく撫でてあげていた。
「この辺?」
「うん、そう!カズハは俺のこと、何でもわかってくれんだな!」
満面の笑みを浮かべる空を見守る化生達(白久ですら)の顔に、はっきりと『バカ犬…』という文字が見える。
多分、俺の顔にも浮かんでしまっていた事だろう…
僕も…僕もね…同じだったんです…」
カズハさんは震える声で話を続ける。
「空という存在を知った時から、エレノアが…以前の飼い犬が化生しているんじゃないかと期待していたんです
僕を守るために、彼女が再び僕の前に現れてくれるんじゃないかと、期待していたんです」
カズハさんの目から、涙がこぼれ落ちた。
「空が、空がいるのに、心のどこかでエレノアを求めていた
新しい飼い犬がいるのに、以前の飼い犬が恋しくて…
空のこと好きなのに…愛してるのに…
僕は…」
その後は言葉にならなかった。
嗚咽を漏らすカズハさんに、俺は何と言って良いかわからず呆然とするばかりだった。
「ごめんね…荒木君を慰めようと思って来てもらったのに…
僕がグチっちゃって…
本当…格好悪いな…」
カズハさんは涙を拭って、ションボリと俯いた。
しかしそんなカズハさんを見ても、俺の中の思いは変わらなかった。
「それでも…、カズハさんは俺の憧れです」
俺の言葉にカズハさんは驚いた顔を見せる。
「だってカズハさん、いつだって空を安心させるよう振る舞ってるじゃないですか
空、カズハさんといるといつも楽しそうで
あんなに大きいのに、全身で甘えててさ
カズハさんは、きちんとそれを受け止めてた」
自分の言葉に、俺はゲンさんに言われたことを思い出していた。
『白久にあの笑顔をもたらしてくれた奴が、飼い主の資格を失うなんてあり得ないんだ!』
俺を慰めるための言葉だと思っていたが、あれはゲンさんの本心なんだと今更ながらに気が付いた。
「空を見てれば、どれだけ愛されている自信に満ちあふれてるかわかりますよ
空とカズハさんは、お互い必要な存在です
誰かの代わりじゃない」
その後の言葉を、俺は自分と白久にも向けて口にする。
「まだまだ先は長いんです
ゆっくりと、お互いの関係を築いていけばいい」
これもゲンさんに言われたことであるが、俺は改めて自分の口からカズハさんと俺自身に向けて言ってみた。
カズハさんは泣き笑いの顔で
「荒木君は、強いですね
僕と空の関係…か
うん、築いていけたら良いな
あーあ、僕の方が年上なのに慰めてもらって
ダメだな~」
そう言って頭をかいた。
「僕も荒木君を見習って、もっと強くならなきゃね」
カズハさんは優しく微笑んでくれる。
俺たちは何となくお互い見つめ合って、照れ笑いを浮かべてしまう。
「何だか隣の芝生は青い、って感じですね
人のことは羨ましく見える」
俺が笑いながら言うと、カズハさんも笑ってくれた。
そんな俺たちの間に着メロが流れ出す。
それは白久からのメール受信の曲だったので
「すいません、ちょっといいですか?」
俺は慌ててカバンからスマホを取り出した。
「あれ、僕もだ」
ほとんど同時にカズハさんのカバンからも着メロが流れていた。
2人でメールを確認する。
白久からのメールは、こっちに来ているのなら、今日は空と一緒に夕飯を食べていかないかというものであった。
カズハさんのメールは黒谷からで、ミイちゃんが帰る前にカズハさんに挨拶したいので、事務所に来て欲しいといった内容だった。
俺はミイちゃんにきちんとお礼を言ってなかったので、一緒に行くことにする。
「三峰様…空から話は聞いているけど、まだお会いしたことがなくて
日本狼の化生なんですよね」
カズハさんがゴクリと唾を飲んで神妙な顔で聞いてくる。
「うん、俺よりうんと年上だけど、見た目は髪が長くて可愛い女の子だよ
あ、ミイちゃんに歳のことは言わない方が良いからね」
俺は以前、波久礼が肘鉄を食らった姿を思い出し注意する。
「わかりました」
カズハさんはオドオドと頷いた。
それから俺はカズハさんに、犬について色んな事を教えてもらう。
白久との今後にどう生かせるかわからないけど、とても為になる有意義な時間だった。
そして、カズハさんがもの凄いハスキーマニアだと判明する…
『空とカズハさんって、本当にお似合いだ』
たとえお互いの中に違う相手を見ていようと、2人がかけがえのない関係になるのは時間の問題に思われた。
俺と白久も早くそうなりたいな、と強く思った。
しっぽや業務が終わった事務所に、俺はカズハさんと顔を出した。
事務所にはミイちゃんの他に、波久礼、黒谷、白久、空がいる。
「あと1時間で、ゲンが車で送ってくれることになっているのです
慌ただしい会見でごめんなさいね
カズハ様、このようなうつけものを飼っていただいて、本当にありがとうございます
どうぞ、厳しく躾てやってくださいね」
ミイちゃんが深々と頭を下げると
「あ、いえ、僕の方こそ、こんな素敵な犬を飼えて幸せです
空は本当に良い子ですよ」
アワアワとカズハさんが手を振った。
「なんと懐の深いお方だ、このようなバカ犬に…」
波久礼が感に堪えない、といった様子で呟いた。
「ミイちゃん、昨日はありがとう、日野、具合良さそうになってたよ」
俺がお礼を言うと
「荒木、色々と大変でしたね
これからも変わらず白久を可愛がっていただけると幸いです」
ミイちゃんが頭を下げてくる。
「もちろんだよ!」
そんなミイちゃんに、俺は笑って請け負った。
「あの、三峰様…?」
カズハさんがミイちゃんにオドオドと話しかける。
「どうぞ『ミイちゃん』とお呼びください
私も『カズハ』とお呼びしてよろしいでしょうか?」
たおやかに笑うミイちゃんに
「あ、はい、ミイちゃん、よければ髪を編んでみませんか?」
カズハさんはそんな事を言い出した。
「荒木君が『髪の長い子』だ、って言ってたから
こんな素敵な犬を飼わせてもらってるお礼をしたいけど、僕に出来る事って、そんな事くらいしかなくて
僕、普段は犬の美容師だけど、姉が人の美容師でよく手伝わされたから少しなら人の髪もいじれます」
モジモジと言うカズハさんに
「髪を…編む?」
ミイちゃんも何だかモジモジと聞き返した。
「フィッシュボーンって編み方があるんです
ミイちゃんみたいに可愛い子に似合う髪型ですよ
どうかな、って思って犬用のだけどリボン持ってきてみたんです」
カズハさんはポケットから、レースの付いたピンクの可愛いリボンを取り出した。
ミイちゃんはそれを見て、目を輝かせる。
「まあ、愛らしい…、やっていただこうかしら」
リボンを見て嬉しそうな顔を見せるミイちゃんは、おませな女の子に見えた。
カズハさんが手際よくミイちゃんの髪を編んでいく。
「痛くないですか?
長時間編んだままだと髪に癖がついてしまいますが、洗えば落ちますからね」
ミイちゃんの長い髪が2つの三つ編みっぽい感じに結われ、先端にリボンが付けられた。
それはいつもの神秘的な美少女から、あどけない少女に変身したように見えた。
年相応のどこにでもいる女の子、そんな印象をうける。
「ミイちゃん、凄く可愛いよ!」
俺は思わずそう叫んでいた。
「とてもよくお似合いです」
波久礼がうんうんと頷きながらほめたたえる。
ミイちゃんはリボンを触って照れた笑顔を見せた。
そして事務所に空の声が響きわたる。
「そうッスね、とても何世紀も生きてる婆さんにゃ見え…」
ゴスッ!!
空の言葉が終わらないうちにミイちゃんの肘がその鳩尾にクリーンヒットした。
巨体の空が30cm以上浮いて、ドサリと落下する。
空はそのままピクリとも動かず倒れ伏していた。
「え…?空…?」
俺は似たような光景を見るのは2度目だったが、初めて見たカズハさんは展開に付いていけず、呆然と倒れている空を見つめている。
波久礼が倒れる空を担ぎ上げ
「カズハ殿、申し訳ありませんが、そちらのソファーにお座りいただけませんか?」
そう、カズハさんに頼み込んだ。
「あ、は、はい!」
ソファーに座ったカズハさんの膝に空の頭を乗せるかたちで、波久礼はソファーに空を横たえた。
「空?空?大丈夫?」
カズハさんが必死で呼びかけると、空の瞼が痙攣する。
うっすらと目を開けると焦点の合わない瞳で
「あれ?俺…何で寝てんだ…?」
ボンヤリと呟いた。
しかしすぐにカズハさんに膝枕されていることに気が付いて
「わーい!カズハのお膝だ!」
頭をグリグリ押しつけている。
「カズハ~、何か俺、腹が痛くてさ~、さすって~」
甘える空の鳩尾辺りを、カズハさんは優しく撫でてあげていた。
「この辺?」
「うん、そう!カズハは俺のこと、何でもわかってくれんだな!」
満面の笑みを浮かべる空を見守る化生達(白久ですら)の顔に、はっきりと『バカ犬…』という文字が見える。
多分、俺の顔にも浮かんでしまっていた事だろう…