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しっぽや(No.1~10)

side〈ARAKI〉

愛猫のクロスケを亡くして迎えた初めての土曜日、俺は学校の帰りにペット探偵『しっぽや』に向かっていた。
今日は、バイトの初出勤の日なのだ。
昼ご飯は食べずに来て欲しい、と言われたので友達の誘いを断り、授業が終わるとすぐに駅に行った。

コンコン

緊張しながらノックして事務所の扉を開けると
「やあ、いらっしゃい」
黒谷が笑顔で迎えてくれる。
「荒木!」
すぐに、白久が所員控え室から姿を現した。
いつものように、白いスーツを着て赤いネクタイをしている。
白久と会うのは約1週間ぶりであったが、俺を見て変わらない笑顔を見せてくれたのが嬉しかった。

「あの、今日は何をすれば良いですか、黒谷さん
 俺にも手伝える仕事ってあるのかな?」
ここで働くという事は、上司は黒谷になるのだろうと話しかけると
「僕の事は黒谷で良いよ
 僕も君の事、荒木って呼んで良い?
 って、あんまり馴れ馴れしくすると、シロに喉笛食い千切られそうで怖いけど」
黒谷は肩を竦めて笑ってみせた。
「クロ、私はそこまで了見が狭くありませんよ」
白久が呆れたように言う。

「では荒木、本日の職務を伝える
 うちの犬に餌を与え、散歩に連れて行ってくれ」
黒谷はもっともらしく、そう言った。
「え?」
俺は、意味がよく飲み込めず聞き返す。
「ようは、そこのデカワンコと一緒に食事して、買い出しに付き合ってくれ、ってこと」
黒谷は笑ってそう言い直した。
「ええっ?」
『何か、それってデートみたい…』
俺は焦って白久を見るが、白久は微笑むばかりであった。
「じゃ、行ってらっしゃい
 僕はお茶菓子、チーズおかきが良いかな
 猫達にはアーモンドフィッシュでも買ってきて」
黒谷はニヤニヤ笑いながら、手を振っている。
俺と白久はそれを見ながら、事務所を後にした。



久しぶりに白久と2人っきりになると、少し緊張してしまう。
「食事って、どこに行くのかな」
俺はモジモジと聞いてみた。
「よろしければ、先週行きそびれた店に行ってみたいです」
白久は柔らかに笑う。
「あ…」
そういえば先週は、ファミレスで一緒に食事をするはずだった。
クロスケの事があったので、すっかり忘れていたのだ。
「うん、そうだね、あそこにしよう」
俺は、慌ただしかった先週の土曜日を取り戻したい気持ちになっていた。

駅前のファミレスに向かい並んで歩いていると
「この服装でお店に入って、大丈夫でしょうか?」
白久が少しオドオドと聞いてくる。
「ファミレスだから、どんな恰好でも大丈夫だよ。」
あそこは、スーツ姿のサラリーマンも珍しくない。
もっとも、白久はサラリーマンと言うには、その白い髪が少し派手過ぎた。
「良かった、荒木に恥ずかしい思いはさせたくありませんので」
ホッとした様子の白久に、俺は可笑しくなる。
「本当に、行ったこと無いんだね」
「人の事を勉強してはいるのですが、我らは紛い物ですから…」
その言葉で、俺は白久が化生(けしょう)と呼ばれる、獣である事を思い出す。
「大丈夫、それくらいなら俺にも教えられるよ」
「ありがとうございます」
ファミレスの入り方を教えるくらいで感謝されることに、俺はまた可笑しくなった。

「2人です、禁煙席で」
ファミレスに入ると、俺は係の人にそう伝える。
「禁煙席、2名様ですね
 窓際の空いている席にお座りください」
案内に従い、俺は窓際の席に向かい歩いて行った。
白久は澄ました顔で付いてくるが、内心ビクビクしているのかと思うと、吹き出したくなるくらい可愛く思えた。

席に座ってメニューを広げ
「どれにする?」
『字は読めるのかな』と思いながら聞くと、白久は真剣な顔でメニューを睨み付ける。
いつものお茶菓子のラインナップから和食を選ぶかと思っていたが
「この、ハンバーグという物にします
 今なら玉葱も平気なので、1度食べてみたいと思ってたのです」
白久は恥ずかしそうに答えた。
『あ、犬だったから…』
犬は玉葱中毒を起こすと死んでしまうこともある。
犬にネギ類を与えることは、最大の禁忌なのだ。

「本当に、大丈夫?」
俺は少しドキドキしながら聞いてみる。
「若い者が、もう何度も試しているので、大丈夫です
 しかし、私は何となく食べる気になれなくて
 荒木と一緒にいる今なら、何でも試せる気がします」
「じゃあ、俺も同じのにするよ
 ソースは和風醤油、ライスセットにミニサラダ付けて
 長居しないから、ドリバは無くて良いよね」
そう言う俺に、白久は頼もしそうな視線を向けて頷いた。

注文を終えると、2人で水やセットに付いているスープバーを取りに行く。
一見すると、庶民的な店に入った事のないセレブに店のルールを教えているように写るだろう。
『こんなに楽しいのに仕事中なんだ…』
俺は、不思議な気持ちになった。

白久はハンバーグをとても気に入ってくれた。
「中にチーズが入ってるのもあるんだ。
 そっちにすれば良かったかな」
そう言う俺に
「チーズ!」
白久は瞳を輝かせた。
『犬猫って、もれなく乳製品好きだよね』
俺はまた、白久の事が可愛くなる。
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