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しっぽや【アラシ】(No.23~31)

side〈KUROYA〉

元の飼い主の転生体と出会い、動揺しきっていた白久を置いて捜索になど出るのではなかった…
僕は、激しくそれを後悔していた。

柴犬ミックスの捜索を無事に終わらせてしっぽや事務所に戻ると、所長机の椅子には長瀞が座っていた。
「黒谷、ご苦労様」
微笑む長瀞に
「あれ?シロは?」
事務所内を見回しながら、僕は聞いてみる。
「それが、私にも何が何だか…
 捜索から帰ってきたときに階段ですれ違って『受付を頼む』と
 何か、緊急事態でも起こったのですか?」
長瀞の返事に、僕は慌ててスマホを取り出してみるが着歴は無かった。
「いや、連絡は来てないし、僕もしてないよ」
何だか嫌な予感がしたものの、その日はいつになく忙しく、白久の行方を詮索するのは後回しになった。

その後いつもと同じ時間に事務所を閉めて、帰路に着く。
「白久、結局、帰って来ませんでしたね
 どうしたのでしょうか」
階段を降りながら、長瀞が心配そうに聞いてきた。
「シロ、ちょっと昨日色々あって疲れてるんだ
 本当は、今日は休ませようと思ってたから、居ないのはかまわないんだけどさ
 部屋に帰ってると良いんだけど…
 ちょっと、部屋を見に行ってみるよ」
そう言う僕の後ろから
「白久のとこ行くの?
 俺も行こうっと
 一緒にお取り寄せしないか、って誘われてたからさ
 打ち合わせしとかないと」
空が脳天気な声を出す。
「お取り寄せ…まとめて頼めば送料が安くなるかも
 空、私も混ぜてください」
長瀞もそんな事を言い出したので、僕たちはそのまま白久の部屋に向かうことにした。


白久の部屋の扉の前に立つ。
「気配がない…居ないようですね、どこに行ってしまったのでしょう」
長瀞は首を傾げるが、僕は異常に気が付いた。
白久の気配が極々微かに感じられる。
「シロ?シロどうした?居るんだろ?」
大声を出した僕に
「いや、黒谷の旦那、気配がねーから留守だって」
空が苦笑した。
その言葉に、僕の中の不安はますます大きくなっていく。
付き合いの長い僕にしか気配が感じ取れない程、白久の存在が弱々しくなっているのだ。
扉のノブを引くと、それは抵抗無く開いた。
「シロ?!」
僕は焦って薄暗い部屋に飛び込んだ。
僕の焦りが伝染したのか、長瀞と空も後に続く。

明かりをつけると、部屋には白久の着ていた物が脱ぎ散らかされている。
白久は一糸まとわぬ状態で、うなだれながらベッドに腰掛けていた。
「な、何だよ、居るんじゃねーか」
空が白久の姿に驚いて、上擦った声を上げる。
「白久?貴方、大丈夫ですか?」
長瀞が呼びかけても、白久は反応しなかった。
「シロ?どうした、何があった?」
僕が白久の肩を掴んで乱暴に揺すると、やっと白久が顔を上げた。
「クロ…私は…私は、何と浅ましいことを…」
白久は自分の頭を抱え込んだ。
「私は、何と愚かなことを…
 荒木という飼い主がいながら、私は…
 あのお方と契ってしまうなんて…!」
白久の言葉の衝撃は、状況を理解している僕にしか伝わらなかった。

「あんなに良くしてくださった荒木を裏切るなんて
 私はいったい何のために化生したのか
 これでは、ただの獣と変わらないではないか
 私は、何のために存在しているのだ…」
白久の気配が、また一際薄くなっていく。
それは、和銅を失った僕が陥っていた状態に酷似しているように感じられた。
「シロ!存在を放棄してはいけない!気をしっかり持って!
 君に荒木が必要なように、荒木には君が必要だ!
 荒木を残して消滅なんてしてはいけない!
 落ち着くまで、今は少し休むんだ
 眠って、考えるのはそれからで良い」
僕は白久を強引にベッドに寝かせると、シーツを被せた。
白久は抵抗せず従ったが、眠る様子はみせず、ぼんやりとしているばかりであった。


「黒谷、これは一体…?」
状況が飲み込めない長瀞と空が不安な顔で問いかける。
この事が公になれば、化生の中でパニックは避けられない。
躊躇したが他言無用の約束で、僕は白久が以前の飼い主の転生体と出会ったこと、その方と契ってしまったらしいことを伝えた。
空は、ショックを受けた顔をして座り込んだ。
長瀞は気丈な様子で
「三峰様に、指示を仰いだ方がよろしいのでは?」
そう聞いてくる。
「うん、その方が良いと思う
 シロの状態も診てもらいたいし、こちらにお越しいただかないと
 シロは自分を許せないあまり、消滅しかかってる
 だから、気配が薄いんだ…」
僕の言葉に、長瀞と空が息を飲む。

「私が三峰様の元に参ります
 電話で説明するよりも、私が感じ取れない白久の状態を転写してみせた方が事態の深刻さが伝わると思いますので
 この時間ならゲンに車を出してもらえば、電車で移動するより効率的です
 黒谷は白久に付いていてあげてください」
長瀞の言葉はありがたいものであった。
「頼むよ、そのまま三峰様を連れてきてもらいたいが、きっと色々準備に時間がかかるだろう
 長瀞、それを手伝ってさしあげて
 悪いがゲンにはそれを待たず、こちらにとんぼ返りしてもらいたい
 もしも荒木にこの事が発覚した際、荒木を支える者が必要だ
 それは僕たち化生より、人間である飼い主の方がいいだろう」
長瀞は僕の言葉に頷いてくれた。
「ゲンは、人の気持ちを察知して和ませる天才ですからね
 きっと、荒木様もゲンが側に居れば大丈夫です」
長瀞はフフッと微笑んだ。

それから空を部屋に帰らせ、長瀞とともに駆けつけたゲンに状況を説明したり、2人を送り出したりバタバタしていた。
一区切りついて白久の様子を見に行くと、温和しくベッドで横になっているものの、やはり気配は薄かった。
「少し寝なさい、僕が付いてるから」
そう話しかけても焦点の合わない目でボンヤリしている。
「土鍋、こっちに置きっぱなしになってたね
 また雑炊でも作ろうか、何も食べないのも良くないよ
 材料は、適当に使わせてもらうからね」
そう言っても、反応はない。
『部屋に入った時は多少の反応があったのに
 自分の思考に捕らわれすぎてるのか?マズいな…』
危惧すべき状況であるが、今の僕では何も出来なかった。
とりあえず何か作ろうとキッチンで作業を開始する。
雑炊が出来上がった頃、ドアの前の気配に気が付いた。

ドアを開けると、そこにはオドオドした顔の空が立っている。
「どうした?部屋に居て良いんだよ
 今日はカズハは部屋に来ないのかい?」
僕の言葉に空は頷いて
「あの、これ…
 俺、まだこんなもんしか作れなくて…
 本当は肉屋のメンチ食えば元気出るかと思ったんだけど、もう閉店してる時間だから」
オズオズとタッパを手渡してきた。
どうやら、夕飯を作ってきてくれたらしい。
彼なりに、白久を心配しているのだ。
「ありがとう、白久の様子、見ていくかい?」
そう問うと、空はコクリと頷いた。

部屋に入った空は、ベッドの白久を見て息を飲み顔を曇らせる。
「うん、さっきより気配が薄まってる
 良くない兆候だ」
僕はそう言って、テーブルの上に空の持ってきた物を広げてみた。
「これはまた、オーソドックスだね
 長瀞に料理を教わり始めた羽生が、よくお弁当で持ってきてた組み合わせだよ」
タッパの中にはウインナーと卵焼き、ブロッコリーのサラダが入っていた。
アルミホイルに包まれたオニギリもある。
「羽生より上手いじゃないか
 羽生の弁当、最初は消し炭みたいなウインナー入ってたもんな」
僕が誉めると、空の顔が少しほころんだ。
「僕も雑炊作ったんだ、食べてく?
 シロはまだ食べられそうにないからさ」
そう誘うと、空は寂しそうな顔で白久を見た後
「じゃあ、俺のは黒谷の旦那が食べてくれ
 今日はずっと、白久についてるんだろ?」
頷いてそう答える。
「じゃ、ごちそうになるかな
 何だか、持ち寄りパーティーみたいだね」
僕は少し笑って、食事の準備を始めた。
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