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しっぽや(No.1~10)

side〈SHIROKU〉

クロスケ殿の捜索依頼が成功とは言えない終わりを迎えてしまったのに、荒木(あらき)は私のことを『愛している』と言ってくれて、新しい飼い主になってくれた。
それは、犬の化生(けしょう)にすぎない私には泣きたいほどに幸せで、夢のような出来事でした。

「俺、無断外泊したことになってるんだよね」
クロスケ殿の骸を発見した次の日、しっぽやの事務所に顔を出した際、荒木が困ったような顔で告げる。
鞄からスマートフォンを取り出すと、ご両親からのメールと電話の着信履歴が山のように入っていた。
「親父も母さんも、かなり『オカンムリ』ってやつ」
溜め息をつく荒木に
「申し訳ありません、荒木がよく寝ていたので起こすのが忍びなくて
 そのまま、朝まで寝かせてしまいました」
私は恐縮して言った。
「いや、白久(しろく)のせいじゃないって
 俺、あの状態で起こされても、帰る気力無かったよ」
荒木は少し頬を赤らめながら答えた。

「はい、はい、見せつけるのは後
 シロ、坊やと一緒に家まで行って、ご両親にきちんと説明してあげて
 でも、余計な事は言わないようにね
 ついでに、うちでバイトする許可、取り付けてきて
 たまに泊まり込みもある、って言っといた方が都合良いんじゃないの?」
私の上司にして同僚の黒谷(くろや)が、ニヤニヤしながらそう言った。
「泊まり込みって…」
荒木が益々赤くなりながら呟いている。
私との関係を黒谷に悟られているのが、恥ずかしいらしかった。
その姿の可愛らしさに、私の心は幸福で満たされる。

事務所の扉を出るとすぐに
「昨日はクロスケが居なくなってから、久しぶりに熟睡出来た気がする
 側に居てくれて、ありがと
 親に文句言われても、あんま気にしないでね」
荒木は上目遣いでそんな事を告げてきた。
「はい」
頷いてそっと唇を合わせると、荒木も応じてくれる。
荒木に迷惑はかけられない、私は改めて気持ちを引き締め直した。

荒木の自宅に着くと、怒った顔のご両親が揃って玄関先に迎え出ていた。
「申し訳ありません、荒木が疲れていたようなので、私が無理にお引き留めしてしまったのです」
頭を下げて言う私に、当然のように怒りの矛先を向けようとしたご両親に
「これ、この人が見つけてくれたんだ
 優秀なペット探偵さんなんだよ」
荒木がすかさず、クロスケ殿のお骨と首輪が入った紙袋を見せる。
中を改めたご両親は、すぐに事情を察したようだった。

「そ、んな…、クロスケー!」
荒木のお父様は私の前であるにもかかわらず、紙袋を抱きしめて泣き出してしまった。
「寿命だったのです、とてもきれいなご遺体でしたよ」
私の言葉に
「だ…って、あんな、小さな子猫…だった…のに…
 もう、寿命だ…なんて…」
荒木のお父様は、子供がいやいやをするように首を振って泣き続けていた。


『あーあ、だから見られるのは嫌だったんだよ
 こいつ、本当に泣き虫なんだ』
呆れたような想念が伝わってくる。
気が付くと、お父様の足元にボンヤリとした猫の影があった。

『クロスケ殿、申し訳ございません』
私も、想念で答える。
『本読んでも泣くし、テレビ見ても泣くんだ
 俺様が死んだら、泣きすぎて干からびると思ったから家出したのにな
 まったく…』
クロスケ殿は愛おしそうにお父様の足に身を絡ませた。
『おい、犬、荒木のこと泣かせるなよ
 こいつは、荒木が泣いても泣くんだよ
 荒木もまだまだ子供でさ、本当、人間の子供って奴は成長遅いんだから』
クロスケ殿からフンッと鼻を鳴らす気配が伝わってくる。

『荒木のことは、お任せください
 お父様が心配なら、クロスケ殿、化生なさいますか』
私の問いかけに
『まさか!こいつらは、俺様のこの愛くるしい猫の姿に魅了されてんだよ
 人の姿なんぞで、こいつらを癒せるもんか
 俺様は、この輪廻の輪から外れない
 何度でも、猫になって愛してもらうまでさ』
クロスケ殿はさばさばとした気配で答えた。

『すぐ、戻ってくるからな
 また、拾ってくれよ』
クロスケ殿はコツンと額をお父様の足に押し付け、そのまま光輝く空へと駆け上がって行った。
『さっさと、次の体を探しに行くか』
それは、見事な昇天の光景であった。


お父様は荒木の代わりに、葬儀代と成功報酬を支払ってくれた。
依頼は成功ではないと説明したのだが
『自分がクロスケのためにしてやれる、最後のことだから』
と、泣きながら紙幣を手渡されたので、私もあまり強く断れなかった。
荒木をうちの事務所でバイトさせて欲しい旨を伝えると
『ペットが居なくなって、寂しい思いをしている人の役にたてるなら』
そう、快く承諾してくれた。



その後、荒木の家を後にして、しっぽやの事務所に戻る。
私の報告に
「クロスケ君は、良い人に飼われていたのだな」
黒谷はしみじみとした口調で言った。

「シロ、これからはお前の稼ぎが、あの坊やの稼ぎになるんだ
 しっかり働けよ
 依頼の選り好みしないで、洋犬の捜索も引き受けろ
 まあ、あいつらの想念、和犬の僕達には読みにくいけどな」
少し苦笑気味の黒谷に
「荒木のために、頑張りますよ。」
私は笑って答える。

「…あの坊やと、したのか?」
少しのためらいとともに、黒谷が声をひそめて聞いてきた。
「…はい
 人と、あのように契れるとは思いませんでした」
私は少し照れながらも素直に頷いた。
「良かったな
 その時になったら、体が勝手に反応するから大丈夫だって言ったろ?
 僕も…、そうだったよ」
黒谷は遠い目をして笑う。
「クロ…」
黒谷が先の大戦で2度目の飼い主を失っている事を知っている私には、かける言葉が見つからない。

そんなやり取りをしていると、しっぽやへ続く階段を上る足音が聞こえてきた。
「おっと、依頼人だ
 年配の女性っぽいな、猫か小型犬の捜索依頼ってとこか?」
黒谷が気配を読んで分析する。
「それでは、私の管轄外ですね」
私は笑いながら答え、所員控え室の扉を開けた。
「だから、選り好みするなって」
笑う黒谷を背に、扉を閉める。

『貴方にも、きっとまた貴方だけの飼い主が現れますよ』

私は心の中で、そっと黒谷に呟いた。
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