このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや【アラシ】(No.23~31)

side〈ARAKI〉

夏休み中の登校日、俺は久しぶりに学校の教室にいた。
部活もしてないし、最近はしっぽやにばかり顔を出していたので、友達と会うのは久しぶりである。
「荒木、最近付き合いわりーじゃん
 バイト、そんなに楽しいのかよ」
隣の席から寄居 日野(よりい ひの)が話しかけてくる。
日野は高校に入ってからの友達だ。
俺より背が1cmも低いし、俺より年下に見える童顔だし、早い話が良い奴である。
「まあね、社会経験が出来て、懐も潤って楽しいよ
 バイト先の人は、皆、良い人だしさ」
まさか、恋人兼飼い犬がいるから楽しい、とは言えなかった。
「それに、お前は部活で忙しいかなって思って、あんま誘わなかったんだ
 秋に大会あるって言ってたじゃん、夏休みもずっと部活なんだろ?」
日野は、背は低いが陸上部では活躍しているエースなのだ。

「あ、いや…、ちょっと体調崩してて部活には出てないんだ…
 なんか俺、いっつも夏に体調悪くなるんだよ
 繊細だから夏に弱いのかな、なんて」
俺の言葉に、日野は苦笑気味に答えた。
「そういや、去年も今の時期具合悪いって言ってたっけ
 大丈夫かよ?」
俺は少し慌てて聞いてみる。
言われてみれば、顔色が良くなかった。

「今年は俺より婆ちゃんの方が酷くてさ
 入院しちゃったんだ…」
日野は呟くようにポツリと言った。
「え…?」
俺は言葉が出なかった。
日野の家は両親が離婚していて、母親と祖母、3人で暮らしているのを知っていたからだ。
日野はお婆ちゃんっ子なのだ。

「入院した病院ってのが遠くてさ、見舞いに行くのも大変なんだ
 しかも、病院の隣が墓場でよ
 行くたんびに気が滅入るし、肩が重くなる感じがする」
日野はため息と共に言葉を吐き出した。
「ごめん、全然知らなかった…」
俺は、何と言って日野を慰めればいいのかわからなかった。
「俺が知らせてないのに、荒木が知ってたらおかしいだろ」
日野は苦笑する。
「別に、そんなに深刻な状態じゃないけどさ
 暑気あたりの酷いのだって
 婆ちゃん、そんなに歳じゃないし、まだまだお迎えなんて来ないよ
 俺の母親『ヤンママ』ってやつだからさ」
日野はそう言うと、ダルそうに机に突っ伏した。

「そんな時に何だけど…
 数学と物理の宿題やってる?」
俺はオズオズと問いかけてみる。
写させてもらおうと思っていたけど、どうも深刻な状況のようで、望み薄だ。
しかし日野は俺を見て二ヤッと笑い
「高いぞ?」
悪戯っぽくそう言った。
「部活行ってないし出歩くのもカッタルいから、家でダラダラしながら宿題全部終わらせたんだ」
日野はフフンと得意げに笑う。
「さすが日野様!
 頼む、わかんないとこだけで良いから、写させて!」
俺が両手を合わせて頼むと
「荒木の潤った財布しだいだな~」
日野はニヤニヤしながらそう答えた。

「あんま高いのは無理だよ」
ドキドキしながら聞く俺に
「駅前のパン屋で手をうとう
 卵サンドとツナサンド、スモークチキンのピタパン、唐揚げドッグにカレーパン
 デザートはたまごタルトにチョコデニッシュ、バナナのパウンドケーキな
 あ、飲み物はコーヒー牛乳とイチゴ牛乳よろしく!」
日野は一気に言い放った。
「う、それくらいなら何とかなるか…
 って、お前、具合悪いんじゃなかったのかよ?」
俺が呆れて聞くと
「具合悪いけど、食欲はある」
キッパリとそう答える。
「俺んとこに来るときに、買ってきてくれ
 今日にでも来るか?」
日野がそう聞いてきて、俺は考え込む。
「今日はバイトがあるし、明日はヤッチン達と映画見に行くんだ
 明後日で良い?」
俺の答えに
「商談成立!まいどあり!」
日野はニッコリと笑った。



担任から残りの夏休みの注意や連絡を受け、解散となる。
「夏休みの登校日って、何の為にあるんだか
 わざわざ学校に来るの、カッタルい」
フーッとため息をつく日野に
「俺なんて電車で来てんだぞ
 お前、歩きで来れるんだからマシだろ?」
俺は眉をしかめて見せた。
日野の住むマンションは、学校最寄り駅から5分の所にあるのだ。
「まあな、お前、これからバイトだっけ?
 電車で行くんだろ?
 久しぶりだし、駅まで一緒に帰ろうぜ」
日野の誘いに、俺は素直に頷いた。

日野と並んで校門を出ると、思いがけない人物が待ちかまえていた。
「白久?」
信号を渡った道路の向こうにペット用ケージを手にした白久が立っていて、俺に笑顔を向けている。
つものように白いスーツに赤いネクタイ。
その姿は、制服の集団の学校の側では浮き上がって見えた。

「どうしたの?こんなとこで」
俺は慌てて白久に駆け寄り、聞いてみる。
何人かの生徒がチラチラとこっちを見ているのが感じられた。
「チワワの捜索依頼が来たのですが、逃げた場所が荒木の学校の側だったので出てみたのです
 今日は登校日だと言っていたから、会えないかと思って
 動機不純ですね」
白久は悪戯っぽく笑う。
「少々手こずりましたが、無事発見できました」
白久が差し出したケージには、白いロングコートチワワが入っていた。

「荒木、誰?」
日野の声でハッとして、俺は慌てて
「えと、こちらはバイト先の…先輩
 影森 白久さん」
そう、当たり障りのない返事を返す。
日野は、ポカンとした顔で白久を見ていた。
俺も初めて白久を見たときは驚いたから無理もない。
「白久、こっちは俺の友達の寄居 日野
 俺より1cmも背が低いんだ」
俺の紹介文に日野は『成長期の1cm舐めんな!すぐ追い越してやるっつーの!』そう答えるのが常なのだが、今日は何のリアクションも起こさない。
「シロ…く…?」
日野は熱い眼差しで白久を見ていた。
白久は日野を見つめ、真っ青な顔になっている。
「そ…んな、まさか…、まさか…、まさか…」
微かに震えながら同じ言葉を呟いている白久に、俺は急激に不安を覚えた。

「そだ、お兄さん、飴あげよっか?」
ふいに日野はそう言って鞄から飴を取り出し、包みを破ると中身を白久に放り投げた。
放物線を描き飛んでいく飴を、白久は見事に口でキャッチした。
「凄い、凄い!」
日野はハシャいで近寄ってくると、伸び上がって白久の頭を撫でている。
白久はうっとりとした顔で、素直に撫でられていた。

俺はその光景が、すこぶる面白くなかった。
「白久、行こ!保護した子、早く送り届けなきゃ!」
白久の服の裾を引っ張ると、白久はハッとした顔になる。
「あの、日野様、よろしければこれを
 必ず、貴方のお役に立ちます!」
白久はそう言いながら、名刺を日野に手渡した。
「白久…か…、シロが久しく待つのかな…」
名刺を見た日野の含みのある言葉も、日野の気を引こうとしている白久の態度も、俺には勘に障るものであった。

「白久、行くよ!
 じゃ、日野、明後日な!」
俺はそう言って強引に白久を引っ張り、その場から遠ざかる。
駅への道を歩きながら
「あーゆー顔、俺以外に見せるなよ」
俺がムクレて言うと、白久はションボリと頭を下げた。
「申し訳ありません…」
力なく呟く白久の顔色は悪く、俺は心配になってくる。
「どうしたの?具合悪いの?」
そう聞いても、白久は首を振るばかりであった。


その後、無言のまま俺達はしっぽや事務所に到着する。
所長机にケージを置くと、白久は黒谷にすがりついた。
俺も黒谷も驚いてしまう。
「シロどうした?」
黒谷がなだめるように白久の背を叩きながら聞くと
「クロ、クロ、私はどうすれば良いのでしょうか
 あのお方が、あのお方がいらっしゃったのです!」
白久は泣きながら、悲鳴のような言葉を吐き出した。
1/21ページ
スキ