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しっぽや(No.11~22)

side〈ARAKI〉

朝のメールチェックをしていたら、いつものように影森マンションの暗証番号を知らせるメールと一緒に、ゲンさんからの私信メールも届いていた。

『今日はバイト無いんだって?
 ヒマならオジサンに付き合わない?
 大人の世界にご案内しちゃうぜ(^。^)
 ビックリゲストも来るから、お楽しみに( ´艸`)
 昼12時にしっぽや最寄り駅で落ち合おう(^_^)b
 ランチはオジサンのおごりだから、何も食わずに来いよ♪
 なお、このメールは自動的に消去される(・∀・)

 ほどのプログラムを組める腕は、俺にはないから安心してくれ(`・ω・´)
 来れるなら返信4649機械犬( ^o^)ノシ』

『また、返事に困るようなメールを…』
俺は朝からゲンナリした気分になるが、今日は特に用事もない。
どこに連れて行ってくれるつもりなのか興味がない、と言えば嘘になるので
『お付き合いさせていただきます』
とだけ書いたメールを返信した。


12時より少し早く駅に着く電車に乗って、しっぽやの最寄り駅に向かう。
改札の先には、もうゲンさんの姿があった。
「お、待ち合わせ時間より早めに来るとは感心、感心」
俺の姿を見つけ笑顔になるゲンさんの側には、一際大きな人物が居た。
「あれ?波久礼?ビックリゲストって波久礼のこと?」
てっきり中川先生あたりだと思っていたので、確かにビックリしてしまう。
「荒木、こんにちは、カシスは元気ですか?」
波久礼は礼儀正しく頭を下げてくる。
「あ、うん、こんにちは、カシス、体重900g越えたんだ
 順調に大きくなってるよ」
俺の言葉に、波久礼は相好をくずす。

「少年、今日は可愛こちゃんがわんさかいる大人の店に連れてってやるからな」
ゲンさんがヒヒヒッと笑いながら言う。
「可愛こちゃんの店…?」
それは、何だか聞いたことのある言葉だと気が付いた。
「ゲンさん、それってねこ…」
言葉の途中で、俺はゲンさんに口を押さえられる。
「危ねー、さすが高校生名探偵!
 あいつにゃ内緒なんだから、ネタバラシはもうちっと後、後!」
ゲンさんはチラリと波久礼を見た。
「ビックリゲストって…ゲストがビックリするってことか!」
俺の突っ込みに
「ご名答!」
ゲンさんは子供のような笑顔を向けた。

俺たちはゲンさんを先頭に歩き出す。
いつもしっぽやに向かう道とは違う裏道で、珍しくてキョロキョロしてしまった。
それは波久礼も同じなのか、何だかソワソワしている様子であった。
「おっと、ここ、ここ!」
ゲンさんが立ち止まった場所には3階建てだけど、しっぽやテナントビルより小さく見えるビルがある。
想像していたより地味な場所に
「え?こんなに小さいの?」
俺は驚いてしまう。
1階は何かの企業の事務所のようで、馴染みのない名が記された看板の他に同じ企業名が書いてある扉があるだけだ。
しかし、2階に向かう階段の側に『天使の肉球』という猫のイラストが描いてある看板があった。
「そう、知らねーと、気付かないだろ?」
ゲンさんが子供のような顔で笑う。
「ここは…?何だか、猫の気配が濃厚な…」
波久礼が辺りを見回している。
「ま、とにかく入ろうや」
俺たちはまたゲンさんを先頭に、狭い階段を上っていった。



「こんちわ、クマさんいる?」
ゲンさんが親しげに受付の女の人に声をかける。
『常連』っといった態度が伺えた。
「店長はさっきお昼を食べに外に出てしまって」
女の人が申し訳なさそうに答えると
「そっか、ご新規さん2人も連れてきたから恩に着せようと思ったが、まあいいや
 ランチ付き3時間コース3人分お願いね」
ゲンさんが手慣れた調子でそう注文した。
「はい、それじゃスタンプカード2枚、新しくお作りしますね」
女の人も慣れた感じで、テキパキと対応している。
ゲンさんはクルッと俺と波久礼に向き直り
「天国へようこそ」
芝居がかった調子でそう言った。

「ここで手を洗って、アルコール消毒してから入って
 で、こっちのスリッパを履く、と」
ゲンさんの説明に従い、俺と波久礼は店に入っていく。
「こっちが人のイートスペース
 猫喫茶っても、ここは猫の居る場所での人の飲食は禁止だから気をつけてくれ」
ゲンさんの説明に
「猫喫茶?」
波久礼が驚いた声を上げる。
「そ、猫のいる喫茶店!可愛こちゃんたち、オサワリし放題!
 わかってると思うけど、無理矢理触るのは御法度だからな!」
ゲンさんが満面の笑みで答えた。
予想通り波久礼がビックリしたので満足したようだ。
「猫が出て行かないよう気をつけて、こっから入って」
ゲンさんの案内で内ドアを開け、俺たちは猫の居る空間に入って行った。

男3人で猫喫茶なんて浮きまくるんじゃないかと危惧していたけど、女の人に混じって男のお客さんもチラホラ見えた。
室内では、複数の猫達が思い思いの場所でクツロいでいる。
『か、可愛い…』
俺はカシスに悪いと思いながらも、顔が緩んでしまう。
チラリと波久礼を見ると、小さく震えていた。
「こ、この場所は…」
かなり興奮している感じで、俺は慌ててしまう。
「波久礼、猫を驚かさないように、小さな声で
 動作も最小限に」
ゲンさんが囁きかけると、波久礼がハッとした顔を見せる。
「かしこまりました」
ゲンさんの命令で落ち着きを取り戻した波久礼が、囁き返した。
「座って」
ゲンさんに指示されたソファーに波久礼がそっと座る。
「この子がこの店で1番の抱っこされ上手、アンコちゃんでーす」
そう言ってゲンさんが黒猫を波久礼の膝の上にのせた。
黒猫は波久礼の膝の上で大人しく抱かれている。
波久礼が優しく頭をなでると、気持ちよさそうに目を細めた。

「どれ、少年には抱っこされ上手No.2のキナコちゃんを託そう!」
ゲンさんから渡された茶トラの猫を抱っこして、俺は手近なクッションに腰掛けた。
『は、鼻がピンク!』
黒猫としか触れ合った事のない俺には、それは新鮮な色であった。
耳の横や顎の下を撫でると、キナコちゃんは微かにノドをならし始めた。
「お、さすが、プロの手つき!」
ゲンさんは白いペルシャ猫を抱っこしながら、俺の隣に腰掛けた。
そう言うゲンさんも、的確に猫の気持ち良い場所をさすっている。

「ナガトがさ、あいつのこと声も態度もガサツで大きいんで取っつきにくい、って言うからよ
 少し、ここの可愛こちゃんに教育してもらおうと思って連れてきたんだ」
ゲンさんは波久礼に顎を向け、悪戯っぽく笑う。
「あいつが今まで接してきたのは子猫らしくてさ
 子猫は順応性あるから可愛がればすぐ懐くけど、大人の猫はなー
 あの巨体で押されたらビビるだろ」
苦笑するゲンさんに
「確かに…」
俺も苦笑する。
「動作が静かになれば、あいつが事務所に来てもナガトが居心地悪い思いしなくて済むから、バンバンザイ!
 ハスキー達からも、あいつの猫欲を満たしてやってくれ、とか頼まれてたし
 ここで思う存分猫を触れば、もう猫を拾わないんじゃないかな
 しかし猫が好きな狼犬なんて、今で言う『ギャップ萌』ってやつじゃねーの?」
ゲンさんはヒヒヒッと笑った。
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