しっぽや(No.11~22)
借り屋に戻って今日の報酬を皆に渡す。
「久しぶりに、お米の入った雑炊が食べられますね」
嬉しそうに言う仲間達を見ていると、次第に心が落ち着いてきた。
「私は今日、村の方々と山に山菜を採りに行っていました
クロがお寺で留守番をしていると言うと、住職様にこれを持って行ってくれと頼まれたのですが
あいにく、帰ってきてから畑仕事を頼まれまして、行きそびれてしまいました」
白久が籠に入った山菜を見せてくる。
「そうか、それなら明日、届けてくるよ」
僕は籠を受け取ると、夕飯の準備にとりかかった。
仲間が山でウサギを捕ってきてくれたので、その日の夕飯は豪華なものとなった。
『飼い主がいなくとも、仲間が居るというのは良いものだね』
僕はしみじみとそう感じ、先ほどの寂しそうな和銅を思い出した。
そのとたん、僕は和銅に会いたくてたまらなってしまう。
「遅い時間だけど、これ、届けてくるよ」
「クロ、今からですか?!」
白久の言葉を無視して僕は山菜の入った籠を手に、村外れの寺に急いで向かった。
寺に着いた僕は、自分の性急な行動を激しく後悔した。
『何だ、このありさまは…』
寺は、異様な妖気に包まれて、昼間とは比べものにならない程の死者の気配が蠢いていた。
体を求める気配が濃厚に立ちこめている。
『とにかく、これを置いて、すぐに帰ろう』
縁側にでも置いておけば気づいてもらえるかと、庭に回ってみる。
かすかに明かりが灯る障子の向こうから、密やかな話し声が聞こえてきた。
「お前は、随分とあの者達に入れ込んでいるようじゃの
身寄りがない者同士、思うところがあるのか?」
住職の言葉の後に
「そんな…事は…、ございません…、あっ…」
途切れ途切れに和銅が返事を返す。
「お前とあの者達は、全く違う
お前は、身寄りがないのではなく、実の親に、金で売られたのだからな
そのことを、忘れるでないぞ」
「は…い、あっ…、くっ…」
「子供の頃から、こうやっていつも可愛がってやっているであろう?
お前は、ワシが居なければいられない体になっているのだ」
「おっしゃる…通りです…、あっ…、あっ…ああーっ!」
部屋の中で何が行われているのかわからない。
けれども、部屋を取り巻く妖気が凄すぎて、僕は縁側に籠を置くと、逃げるように寺を後にした。
翌日、僕は和銅のことが気になってしかたなかった。
『あんな妖気の中にいて、和銅は平気なのだろうか…
彼の無事を確かめたい
昼間なら住職様は中村様の家に行っててお留守かも
きっと和銅が留守を任されてる』
何とか彼と話がしたかった僕は、寺に向かうことにした。
はたして、住職様は想像通り留守にしていた。
和銅は、冷たい瞳で僕を見て
「昨夜、ここに来たね?あの山菜が入った籠、君が持ってきたんじゃないの?
昨日、君の仲間が山菜採りを手伝ったって聞いたよ」
鋭くそう問いかけた。
「…はい」
その勢いに気圧されて、僕が小さく答えると
「じゃ、住職様とオレの話、聞いてたんだ
で、何?哀れな寺小姓を慰めにきたの?
それとも、主が居ない間に、抱きにきた?
別に良いよ?そーゆーの、君が初めてじゃないし」
和銅は、怒りの感情も顕わに言い放つ。
「君みたいに、本当に身寄りのない人にはわからないよね
金で売られる屈辱って
身内から、見捨てられる悲しみって
オレだって、好きでこんな暮らししてるわけじゃないんだ!
玩具みたいに扱われるしかないこんな体、いらないよ!」
泣きながら和銅が叫んだ瞬間
『いらない体なら、俺達にくれ』
昼間だというのに、和銅を中心に死者の気配が急激にふくれあがった。
「和銅、いけない!気をしっかりもってください!
肉体を放棄することを考えてはいけません!」
僕は慌てて和銅を抱きしめた。
和銅の体に、和銅ではない気配が入り込むのが感じられた。
『これが、和銅の気配が一定ではない原因か!』
僕はこの時初めて、何者かがとりついている和銅ではなく、本質的な和銅に強く惹かれている、この魂を守りたいのだと気がついた。
「和銅、僕は犬です、貴方に飼っていただきたいちっぽけな犬です
貴方の魂をお守りしたいのです!
どうか、どうか僕を貴方の側に、魂の側に居させてください!」
僕は和銅を抱きしめながら、そう叫んでいた。
それは僕の心からの叫びであった。
「君、何言ってんの…?」
和銅は訝しげな顔で腕の中から僕を見上げた。
「オレの気を引きたいわけ?」
不愉快そうに鼻を鳴らすと、僕の腕の中から抜け出した。
「犬だって?バカみたい
犬はオレだよ、この寺に飼われてる愛玩犬ってやつさ」
和銅が肉体の放棄から気をそらしたせいだろうか、蠢いていた気配が散っていく。
「抱く気がないなら、帰ったら?」
突き放すように言う和銅に
「僕の過去をお見せします
信じてはいただけないと思いますが、貴方にはこんな犬が居たと言うことを知っていて欲しい」
僕は和銅をもう一度抱きしめると額を押しつけ、自分の過去の転写を始めた。
このまま別れたら、和銅は2度と僕と会ってくれないのではないかという恐怖からの咄嗟の行動である。
化け物だと発覚し、この村を追われることも覚悟の上の事であった。
『あのお方』とともに、刀で切られたこと。
あのお方を守りきれず、激しく後悔したこと。
人に化生して、今度こそ飼い主を守りたいと思っていること。
そんな、僕の全てを和銅にさらけ出した。
額を離して目を開けると、和銅の不思議そうな瞳が僕をのぞき込んでいた。
「人に見えるけど…君、犬なの?
頭の中で見えてた、お侍さんと一緒に切られてた黒茶の…犬?
そういえば、髪の色が似てる…」
和銅の指が、そっと僕の頬に触れてくる。
その心地よい感触に酔いながら
「そうです、あれが死ぬ直前の僕の姿です」
僕はそう答えた。
「は、ははっ、犬!オレが犬を飼う!」
和銅は笑いながら、泣き出した。
「オレ、犬なんて、飼ったことないよ
オレん家、貧乏だったもん
犬とか飼ってる奴ら、羨ましかった
オレが犬を飼えるなんて…
守りたいって言ってもらえるなんて!」
和銅は僕の腕の中で子供のように泣きじゃくっていた。
泣いているものの、和銅の気分が落ち着いてきたようなので、僕は彼に対して危惧していた事を伝えてみることにする。
「和銅、気づいておいでですか?
貴方が肉体の放棄を考えると、貴方の肉体を欲しがる死霊どもが体に入り込もうとするのです
急に気分が沈み込んだり、怒りがわき起こったりはしませんか?
それは、彼らの感情に引きずられているからです
僕は、それを阻止したい
貴方が、貴方の状態で幸せになって欲しいのです、和銅」
和銅は微かに首を縦に振った。
「こんな体、どうなっても良いと思ってた…
ずっと、死んでしまいたいと思ってた…
だからかな、ガキの時より気分の浮き沈みが激しくて、この寺に来てから時々記憶が飛んでんだ
特に夜とかさ」
泣きやんだ和銅は、僕の胸に頬をすりよせながら小さくそう答える。
「和銅、どうすれば貴方を救えるのか、獣である僕にはわかりません
けれども、貴方を守りたい
命令してください、貴方を守るためなら、僕は何でもします」
和銅の小柄な体を抱きしめながら、僕は心からの言葉を伝えた。
「命令って、オレもどうすればここから逃げ出せるのか、わかんねー
金なんて返すあてないし、逃げたって行くあてないし…
こんな世の中だから、どこにも行けないよ」
和銅は悲しげに微笑んだ。
ふいに和銅の手が僕の腰から尻に移動して、そこを撫で回した。
和銅に触られているだけで、電流が流れるような痺れが広がっていく。
明らかに、僕は和銅に対して発情していた。
「和銅、何を…?」
荒くなる息を押さえ問いかけると
「やっぱり、尻尾って無いんだね」
和銅は大発見をした子供のように無邪気な顔でそう言った。
「一応、人の姿を模していますから
人に化けて生きていく、それが僕達化生です」
僕は苦笑してそう答える。
発情している今の自分の状態を、和銅に悟られたくなかった。
「久しぶりに、お米の入った雑炊が食べられますね」
嬉しそうに言う仲間達を見ていると、次第に心が落ち着いてきた。
「私は今日、村の方々と山に山菜を採りに行っていました
クロがお寺で留守番をしていると言うと、住職様にこれを持って行ってくれと頼まれたのですが
あいにく、帰ってきてから畑仕事を頼まれまして、行きそびれてしまいました」
白久が籠に入った山菜を見せてくる。
「そうか、それなら明日、届けてくるよ」
僕は籠を受け取ると、夕飯の準備にとりかかった。
仲間が山でウサギを捕ってきてくれたので、その日の夕飯は豪華なものとなった。
『飼い主がいなくとも、仲間が居るというのは良いものだね』
僕はしみじみとそう感じ、先ほどの寂しそうな和銅を思い出した。
そのとたん、僕は和銅に会いたくてたまらなってしまう。
「遅い時間だけど、これ、届けてくるよ」
「クロ、今からですか?!」
白久の言葉を無視して僕は山菜の入った籠を手に、村外れの寺に急いで向かった。
寺に着いた僕は、自分の性急な行動を激しく後悔した。
『何だ、このありさまは…』
寺は、異様な妖気に包まれて、昼間とは比べものにならない程の死者の気配が蠢いていた。
体を求める気配が濃厚に立ちこめている。
『とにかく、これを置いて、すぐに帰ろう』
縁側にでも置いておけば気づいてもらえるかと、庭に回ってみる。
かすかに明かりが灯る障子の向こうから、密やかな話し声が聞こえてきた。
「お前は、随分とあの者達に入れ込んでいるようじゃの
身寄りがない者同士、思うところがあるのか?」
住職の言葉の後に
「そんな…事は…、ございません…、あっ…」
途切れ途切れに和銅が返事を返す。
「お前とあの者達は、全く違う
お前は、身寄りがないのではなく、実の親に、金で売られたのだからな
そのことを、忘れるでないぞ」
「は…い、あっ…、くっ…」
「子供の頃から、こうやっていつも可愛がってやっているであろう?
お前は、ワシが居なければいられない体になっているのだ」
「おっしゃる…通りです…、あっ…、あっ…ああーっ!」
部屋の中で何が行われているのかわからない。
けれども、部屋を取り巻く妖気が凄すぎて、僕は縁側に籠を置くと、逃げるように寺を後にした。
翌日、僕は和銅のことが気になってしかたなかった。
『あんな妖気の中にいて、和銅は平気なのだろうか…
彼の無事を確かめたい
昼間なら住職様は中村様の家に行っててお留守かも
きっと和銅が留守を任されてる』
何とか彼と話がしたかった僕は、寺に向かうことにした。
はたして、住職様は想像通り留守にしていた。
和銅は、冷たい瞳で僕を見て
「昨夜、ここに来たね?あの山菜が入った籠、君が持ってきたんじゃないの?
昨日、君の仲間が山菜採りを手伝ったって聞いたよ」
鋭くそう問いかけた。
「…はい」
その勢いに気圧されて、僕が小さく答えると
「じゃ、住職様とオレの話、聞いてたんだ
で、何?哀れな寺小姓を慰めにきたの?
それとも、主が居ない間に、抱きにきた?
別に良いよ?そーゆーの、君が初めてじゃないし」
和銅は、怒りの感情も顕わに言い放つ。
「君みたいに、本当に身寄りのない人にはわからないよね
金で売られる屈辱って
身内から、見捨てられる悲しみって
オレだって、好きでこんな暮らししてるわけじゃないんだ!
玩具みたいに扱われるしかないこんな体、いらないよ!」
泣きながら和銅が叫んだ瞬間
『いらない体なら、俺達にくれ』
昼間だというのに、和銅を中心に死者の気配が急激にふくれあがった。
「和銅、いけない!気をしっかりもってください!
肉体を放棄することを考えてはいけません!」
僕は慌てて和銅を抱きしめた。
和銅の体に、和銅ではない気配が入り込むのが感じられた。
『これが、和銅の気配が一定ではない原因か!』
僕はこの時初めて、何者かがとりついている和銅ではなく、本質的な和銅に強く惹かれている、この魂を守りたいのだと気がついた。
「和銅、僕は犬です、貴方に飼っていただきたいちっぽけな犬です
貴方の魂をお守りしたいのです!
どうか、どうか僕を貴方の側に、魂の側に居させてください!」
僕は和銅を抱きしめながら、そう叫んでいた。
それは僕の心からの叫びであった。
「君、何言ってんの…?」
和銅は訝しげな顔で腕の中から僕を見上げた。
「オレの気を引きたいわけ?」
不愉快そうに鼻を鳴らすと、僕の腕の中から抜け出した。
「犬だって?バカみたい
犬はオレだよ、この寺に飼われてる愛玩犬ってやつさ」
和銅が肉体の放棄から気をそらしたせいだろうか、蠢いていた気配が散っていく。
「抱く気がないなら、帰ったら?」
突き放すように言う和銅に
「僕の過去をお見せします
信じてはいただけないと思いますが、貴方にはこんな犬が居たと言うことを知っていて欲しい」
僕は和銅をもう一度抱きしめると額を押しつけ、自分の過去の転写を始めた。
このまま別れたら、和銅は2度と僕と会ってくれないのではないかという恐怖からの咄嗟の行動である。
化け物だと発覚し、この村を追われることも覚悟の上の事であった。
『あのお方』とともに、刀で切られたこと。
あのお方を守りきれず、激しく後悔したこと。
人に化生して、今度こそ飼い主を守りたいと思っていること。
そんな、僕の全てを和銅にさらけ出した。
額を離して目を開けると、和銅の不思議そうな瞳が僕をのぞき込んでいた。
「人に見えるけど…君、犬なの?
頭の中で見えてた、お侍さんと一緒に切られてた黒茶の…犬?
そういえば、髪の色が似てる…」
和銅の指が、そっと僕の頬に触れてくる。
その心地よい感触に酔いながら
「そうです、あれが死ぬ直前の僕の姿です」
僕はそう答えた。
「は、ははっ、犬!オレが犬を飼う!」
和銅は笑いながら、泣き出した。
「オレ、犬なんて、飼ったことないよ
オレん家、貧乏だったもん
犬とか飼ってる奴ら、羨ましかった
オレが犬を飼えるなんて…
守りたいって言ってもらえるなんて!」
和銅は僕の腕の中で子供のように泣きじゃくっていた。
泣いているものの、和銅の気分が落ち着いてきたようなので、僕は彼に対して危惧していた事を伝えてみることにする。
「和銅、気づいておいでですか?
貴方が肉体の放棄を考えると、貴方の肉体を欲しがる死霊どもが体に入り込もうとするのです
急に気分が沈み込んだり、怒りがわき起こったりはしませんか?
それは、彼らの感情に引きずられているからです
僕は、それを阻止したい
貴方が、貴方の状態で幸せになって欲しいのです、和銅」
和銅は微かに首を縦に振った。
「こんな体、どうなっても良いと思ってた…
ずっと、死んでしまいたいと思ってた…
だからかな、ガキの時より気分の浮き沈みが激しくて、この寺に来てから時々記憶が飛んでんだ
特に夜とかさ」
泣きやんだ和銅は、僕の胸に頬をすりよせながら小さくそう答える。
「和銅、どうすれば貴方を救えるのか、獣である僕にはわかりません
けれども、貴方を守りたい
命令してください、貴方を守るためなら、僕は何でもします」
和銅の小柄な体を抱きしめながら、僕は心からの言葉を伝えた。
「命令って、オレもどうすればここから逃げ出せるのか、わかんねー
金なんて返すあてないし、逃げたって行くあてないし…
こんな世の中だから、どこにも行けないよ」
和銅は悲しげに微笑んだ。
ふいに和銅の手が僕の腰から尻に移動して、そこを撫で回した。
和銅に触られているだけで、電流が流れるような痺れが広がっていく。
明らかに、僕は和銅に対して発情していた。
「和銅、何を…?」
荒くなる息を押さえ問いかけると
「やっぱり、尻尾って無いんだね」
和銅は大発見をした子供のように無邪気な顔でそう言った。
「一応、人の姿を模していますから
人に化けて生きていく、それが僕達化生です」
僕は苦笑してそう答える。
発情している今の自分の状態を、和銅に悟られたくなかった。