しっぽや(No.11~22)
「まあ、でもよ、俺は荒木少年みたいな子が白久の飼い主になってくれて、ホッとしてんだ
『高校生』なんて聞いたときは、どんな今時のガキかと思ったが
やっぱ化生が心引かれる奴は、真摯な奴なんだな」
ゲンさんは急にまじめな顔になって、声を落としてそんな事を言いだした。
「白久は一人が長かったんだ
きちんと時代考証した事はないが、あいつが化生したのは大正時代じゃねーのかな
今まで100年近く、あいつは一人だった
面倒見の良い優しい奴だから、皆、心配してたんだよ」
「100年…」
ゲンさんの言葉に、俺は息を飲む。
「お菓子のチョイス、あの『あられ』だけ浮いてんな、と思ってたが
ありゃ、白久のために用意したんだな
大事にされてるみたいで、嬉しいぜ」
ゲンさんの視線の先では、白久があられを食べているのを、空が興味深げに見つめていた。
「平成の犬にゃ、珍しい食いモンだ」
ヒヒヒッとゲンさんが笑う。
「お前達はまだまだ先が長い
ゆっくりと2人だけの関係を築いて、ずっと白久のこと大事にしてくれな」
真剣な瞳のゲンさんに
「はい!」
俺は緊張して答えていた。
ゲンさんは俺の頭をクシャッと撫でると
「カズハちゃん、お店にマタタビの粉入荷した?
こないだ行ったとき品切れでさー」
そう言いながら、カズハさんの方に移動していった。
「野上、宿題ちゃんとやってるか?」
今度は中川先生が爽やかに話しかけてくる…って、話題が爽やかじゃないよ…
「宿題やるって交換条件で親にバイトの日数増やしてもらう許可とったから、頑張ってますよ」
空欄多い回答だけど、とは言わないでおいた。
「数学とか、寄居(よりい)あたりに写させてもらうんじゃないか?
あいつ、数学と物理の成績良いもんな」
先生の言葉に俺はギクリとする。
「先生だって、生徒の交友関係把握してんだぞ?」
俺の顔色を読んだのか、先生は笑ってそう言った。
「でも、俺の宿題の『読書感想文』は人の物を写せないから、ちゃんと自分で本読んで、感じたことを書くしかないな
『面白かったです』なんて小学生みたいな感想文書いたら、再提出させるぞ」
爽やかに笑う先生に
「先生の宿題、課題図書がないから何読んでいいかわかんないよ」
俺はムクレて言ってみる。
「本を選ぶところからが宿題なんだぞ
きちんとしたものを書ければ、絵本や童話の感想だってかまわないさ
宮澤賢治の童話なんか名作だしな」
先生はうんうんと頷いている。
「皆がどんな本を選ぶのか楽しみだ
いやー、宿題出せるなんて、『先生』になって良かったなー」
子供のような笑顔を向ける先生に
「…頑張ります」
俺は溜め息と共に答えるしかなかった。
「中川ちゃん、これ開けようぜ!」
ゲンさんが酒の瓶を持って移動してきた。
「お、開けますか!」
大人組の酒盛りが始まったので、俺はカズハさんの隣に移動する。
「カズハさん、さっきの格好良かったです」
俺が話しかけると
「さっきのって?」
カズハさんはキョトンとした顔を向けてくる。
「ほら空に命令してたあれ、2人の合図みたいなもの?」
俺の言葉に
「ああ、あれは犬の基本的な躾ですね
空は生前、犬の訓練学校に行っていた事があるんです
だから出来るんじゃないかって、とにかく命令してしまって」
カズハさんは照れくさそうに答えた。
「犬の躾って、英語でするんだ」
俺は感心してしまう。
「日本語だとバリエーションがありすぎて、犬が混乱するんですよ
『お座り』『座れ』『座って』『座りなさい』
人にとっては同じ意味の言葉だけど、音が違うでしょ?
英語の命令なら、『シット』以外無いから
いや、あるのかもしれないけど、日本人には咄嗟に口から出ないしね」
カズハさんは微笑んだ。
「カズハさんて凄い!俺もカズハさんみたいになりたい!
今度、色々教えてください!」
俺もカズハさんのように、もっとちゃんと動物のこと勉強してみたいと思った。
「え?いえ、そんな、僕なんて全然ちっとも…」
カズハさんはアワアワしながら手を振っている。
それでも俺は諦めきれず、半ば強引にカズハさんとメルアドを交換した。
「せんとう、じょん…銭湯?」
「セント・ジョンズ・ワート
先ほど中川様が言われたように、西洋弟切草のことですよ」
「オトギリソウ…?」
「そういう名前の植物があるのです」
そんな会話が耳に入り顔を向けると、羽生が長瀞さんにさっきのお茶の事を教わっているようであった。
「言葉って、難しい
同じ物なのに、何個も名前がありすぎるよ!」
羽生がフゥっと溜め息をついた。
「少しずつ、覚えていきなさい
中川様は学校の先生なのだから、色々教わるといいのですよ」
ムクレる羽生を、長瀞さんが優しく諭していた。
「うん、サトシは色々教えてくれるよ!
サトシに教えてもらうと、凄くわかるんだ
『着痩せ』って、着てると痩せてるって意味わかんなかったけど、サトシみたいなんだって気が付いて覚えたの
サトシって、背広着てると空みたいに筋肉モリモリに見えないけど、服を脱ぐとちゃんと筋肉あるんだよ
肩とか、胸の筋肉がとってもキレイで、俺、大好きなの
朝起きて、それが目に入るの、凄く嬉しいんだ」
その会話が聞こえたのであろう、中川先生が飲んでいたものを吹き出した。
「ゲンは着てても脱いでも、見た目通りですからねー
それでも最初に契ったときに比べれば、胸のアバラ骨は目立たなくなった方なのですよ
色々工夫して食べさせた甲斐がありました
契っている最中あまり激しく動かれると骨が折れるんじゃないかと、当初は冷や冷やしたものです」
長瀞さんの衝撃発言に、今度はゲンさんが盛大にムセている。
「サトシは胸だけじゃなくお腹もきれいに締まってて、お尻も…モガ」
会話内容がキワドイところにきたところで、中川先生がすかさず羽生の口を手で塞いだ。
「ゲン、大丈夫ですか?慌てて食べるから、気管に入ってしまうのですよ
落ち着いて、30回は噛むよう意識しながら食べてくださいといつも言っているでしょう」
長瀞さんは甲斐甲斐しくムセるゲンさんの背中をさすっているが、ゲンさんがムセている原因は自分だと気が付いていない。
ゲンさんがムセながらチラリと俺とカズハさんを見る。
俺とカズハさんは顔を見合わせると『聞かなかったことにして』刺身の山に箸をつけるのであった。
白久と空は昼に怒られたことが効いたのか『自分の飼い主だって…』と言う顔をしながらも、無言を貫き通している。
『部屋に帰ったら誉めてあげよう』
俺はそう考えて、何だか楽しい気分になっていた。
それから12時近くまで、歓迎会は続いた。
普段あまり話す機会のない人達と色々話せて、充実した時間ってやつを過ごした気がする。
「それじゃ、名残惜しいけど、今日はこの辺でお開きにするか
残った料理は持ち帰って、明日の朝にでも食べてくれ」
ゲンさんが言うと、長瀞さんが料理の残りをタッパーに詰め始めた。
『長瀞さんて、こーゆーとこ家庭的でマメだよね』
俺が感心して見ていると
「お刺身の残りは、ヅケにしておけばヅケ茶漬けが楽しめます
朝食にピッタリですよ」
刺身だけジップロックに入れてくれる。
白久、羽生、空が真剣な顔でヅケの作り方を長瀞さんに教わっていた。
ゲンさんの部屋を後にし、俺達はエレベーターで移動する。
最上階まで行くのは、俺と白久だけだった。
ポケットから鍵を取り出し、自分で白久の部屋のドアを開ける。
シンプルな白久の部屋に入ると、自分の家に帰ってきたような安心感に包まれた。
「私は刺身の処理をいたしますので、先にシャワーをお使いください」
白久の言葉に甘え、俺はシャワーを浴びると白久と一緒に買いに行ったシャツに着替えてみる。
部屋に戻った俺を見て
「それは、この前一緒に買いに行ったものですか
よくお似合いですよ
こーゆー事、何だか、嬉しくなるものですね」
白久は嬉しそうに笑ってくれた。
「白久も、この前買った服、着てみてよ」
俺が頼むと、シャワーを浴びた後、着替えてくれる。
「自分で服を買うなど滅多にないことなので、緊張してしまいます
いつもは事務所の所員控え室にあるクローゼットの中の服を、適当に持ってくるだけなので」
そういえば、白以外の服を着ている白久を見るのは初めてで、それは新鮮な感じだった。
『高校生』なんて聞いたときは、どんな今時のガキかと思ったが
やっぱ化生が心引かれる奴は、真摯な奴なんだな」
ゲンさんは急にまじめな顔になって、声を落としてそんな事を言いだした。
「白久は一人が長かったんだ
きちんと時代考証した事はないが、あいつが化生したのは大正時代じゃねーのかな
今まで100年近く、あいつは一人だった
面倒見の良い優しい奴だから、皆、心配してたんだよ」
「100年…」
ゲンさんの言葉に、俺は息を飲む。
「お菓子のチョイス、あの『あられ』だけ浮いてんな、と思ってたが
ありゃ、白久のために用意したんだな
大事にされてるみたいで、嬉しいぜ」
ゲンさんの視線の先では、白久があられを食べているのを、空が興味深げに見つめていた。
「平成の犬にゃ、珍しい食いモンだ」
ヒヒヒッとゲンさんが笑う。
「お前達はまだまだ先が長い
ゆっくりと2人だけの関係を築いて、ずっと白久のこと大事にしてくれな」
真剣な瞳のゲンさんに
「はい!」
俺は緊張して答えていた。
ゲンさんは俺の頭をクシャッと撫でると
「カズハちゃん、お店にマタタビの粉入荷した?
こないだ行ったとき品切れでさー」
そう言いながら、カズハさんの方に移動していった。
「野上、宿題ちゃんとやってるか?」
今度は中川先生が爽やかに話しかけてくる…って、話題が爽やかじゃないよ…
「宿題やるって交換条件で親にバイトの日数増やしてもらう許可とったから、頑張ってますよ」
空欄多い回答だけど、とは言わないでおいた。
「数学とか、寄居(よりい)あたりに写させてもらうんじゃないか?
あいつ、数学と物理の成績良いもんな」
先生の言葉に俺はギクリとする。
「先生だって、生徒の交友関係把握してんだぞ?」
俺の顔色を読んだのか、先生は笑ってそう言った。
「でも、俺の宿題の『読書感想文』は人の物を写せないから、ちゃんと自分で本読んで、感じたことを書くしかないな
『面白かったです』なんて小学生みたいな感想文書いたら、再提出させるぞ」
爽やかに笑う先生に
「先生の宿題、課題図書がないから何読んでいいかわかんないよ」
俺はムクレて言ってみる。
「本を選ぶところからが宿題なんだぞ
きちんとしたものを書ければ、絵本や童話の感想だってかまわないさ
宮澤賢治の童話なんか名作だしな」
先生はうんうんと頷いている。
「皆がどんな本を選ぶのか楽しみだ
いやー、宿題出せるなんて、『先生』になって良かったなー」
子供のような笑顔を向ける先生に
「…頑張ります」
俺は溜め息と共に答えるしかなかった。
「中川ちゃん、これ開けようぜ!」
ゲンさんが酒の瓶を持って移動してきた。
「お、開けますか!」
大人組の酒盛りが始まったので、俺はカズハさんの隣に移動する。
「カズハさん、さっきの格好良かったです」
俺が話しかけると
「さっきのって?」
カズハさんはキョトンとした顔を向けてくる。
「ほら空に命令してたあれ、2人の合図みたいなもの?」
俺の言葉に
「ああ、あれは犬の基本的な躾ですね
空は生前、犬の訓練学校に行っていた事があるんです
だから出来るんじゃないかって、とにかく命令してしまって」
カズハさんは照れくさそうに答えた。
「犬の躾って、英語でするんだ」
俺は感心してしまう。
「日本語だとバリエーションがありすぎて、犬が混乱するんですよ
『お座り』『座れ』『座って』『座りなさい』
人にとっては同じ意味の言葉だけど、音が違うでしょ?
英語の命令なら、『シット』以外無いから
いや、あるのかもしれないけど、日本人には咄嗟に口から出ないしね」
カズハさんは微笑んだ。
「カズハさんて凄い!俺もカズハさんみたいになりたい!
今度、色々教えてください!」
俺もカズハさんのように、もっとちゃんと動物のこと勉強してみたいと思った。
「え?いえ、そんな、僕なんて全然ちっとも…」
カズハさんはアワアワしながら手を振っている。
それでも俺は諦めきれず、半ば強引にカズハさんとメルアドを交換した。
「せんとう、じょん…銭湯?」
「セント・ジョンズ・ワート
先ほど中川様が言われたように、西洋弟切草のことですよ」
「オトギリソウ…?」
「そういう名前の植物があるのです」
そんな会話が耳に入り顔を向けると、羽生が長瀞さんにさっきのお茶の事を教わっているようであった。
「言葉って、難しい
同じ物なのに、何個も名前がありすぎるよ!」
羽生がフゥっと溜め息をついた。
「少しずつ、覚えていきなさい
中川様は学校の先生なのだから、色々教わるといいのですよ」
ムクレる羽生を、長瀞さんが優しく諭していた。
「うん、サトシは色々教えてくれるよ!
サトシに教えてもらうと、凄くわかるんだ
『着痩せ』って、着てると痩せてるって意味わかんなかったけど、サトシみたいなんだって気が付いて覚えたの
サトシって、背広着てると空みたいに筋肉モリモリに見えないけど、服を脱ぐとちゃんと筋肉あるんだよ
肩とか、胸の筋肉がとってもキレイで、俺、大好きなの
朝起きて、それが目に入るの、凄く嬉しいんだ」
その会話が聞こえたのであろう、中川先生が飲んでいたものを吹き出した。
「ゲンは着てても脱いでも、見た目通りですからねー
それでも最初に契ったときに比べれば、胸のアバラ骨は目立たなくなった方なのですよ
色々工夫して食べさせた甲斐がありました
契っている最中あまり激しく動かれると骨が折れるんじゃないかと、当初は冷や冷やしたものです」
長瀞さんの衝撃発言に、今度はゲンさんが盛大にムセている。
「サトシは胸だけじゃなくお腹もきれいに締まってて、お尻も…モガ」
会話内容がキワドイところにきたところで、中川先生がすかさず羽生の口を手で塞いだ。
「ゲン、大丈夫ですか?慌てて食べるから、気管に入ってしまうのですよ
落ち着いて、30回は噛むよう意識しながら食べてくださいといつも言っているでしょう」
長瀞さんは甲斐甲斐しくムセるゲンさんの背中をさすっているが、ゲンさんがムセている原因は自分だと気が付いていない。
ゲンさんがムセながらチラリと俺とカズハさんを見る。
俺とカズハさんは顔を見合わせると『聞かなかったことにして』刺身の山に箸をつけるのであった。
白久と空は昼に怒られたことが効いたのか『自分の飼い主だって…』と言う顔をしながらも、無言を貫き通している。
『部屋に帰ったら誉めてあげよう』
俺はそう考えて、何だか楽しい気分になっていた。
それから12時近くまで、歓迎会は続いた。
普段あまり話す機会のない人達と色々話せて、充実した時間ってやつを過ごした気がする。
「それじゃ、名残惜しいけど、今日はこの辺でお開きにするか
残った料理は持ち帰って、明日の朝にでも食べてくれ」
ゲンさんが言うと、長瀞さんが料理の残りをタッパーに詰め始めた。
『長瀞さんて、こーゆーとこ家庭的でマメだよね』
俺が感心して見ていると
「お刺身の残りは、ヅケにしておけばヅケ茶漬けが楽しめます
朝食にピッタリですよ」
刺身だけジップロックに入れてくれる。
白久、羽生、空が真剣な顔でヅケの作り方を長瀞さんに教わっていた。
ゲンさんの部屋を後にし、俺達はエレベーターで移動する。
最上階まで行くのは、俺と白久だけだった。
ポケットから鍵を取り出し、自分で白久の部屋のドアを開ける。
シンプルな白久の部屋に入ると、自分の家に帰ってきたような安心感に包まれた。
「私は刺身の処理をいたしますので、先にシャワーをお使いください」
白久の言葉に甘え、俺はシャワーを浴びると白久と一緒に買いに行ったシャツに着替えてみる。
部屋に戻った俺を見て
「それは、この前一緒に買いに行ったものですか
よくお似合いですよ
こーゆー事、何だか、嬉しくなるものですね」
白久は嬉しそうに笑ってくれた。
「白久も、この前買った服、着てみてよ」
俺が頼むと、シャワーを浴びた後、着替えてくれる。
「自分で服を買うなど滅多にないことなので、緊張してしまいます
いつもは事務所の所員控え室にあるクローゼットの中の服を、適当に持ってくるだけなので」
そういえば、白以外の服を着ている白久を見るのは初めてで、それは新鮮な感じだった。