しっぽや(No.11~22)
side〈ARAKI〉
影森マンションの直通エレベーターの暗証番号が送られるようになってから、俺は朝のメールチェックが楽しくなっていた。
「今日は『甲斐犬』、ってことは、968か」
いつもの暗証番号を知らせる案内とともに、今日はゲンさんからの個人的なメールも入っていた。
『荒木少年、今日の歓迎会、来れるか?
泊まりでも大丈夫なら、ちゃんと両親に許可もらっておけよ(・∀・)
荒木・白久組の歓迎会ミッションは「お菓子」♪
2人で3000円以内(税込み)で、ナウなヤングのセンス光るチョイスを期待してるぜ( ´艸`)
俺と中川ちゃん用に、つまみになりそうな乾き物も4649!
8時頃までにうちに来てくれ(*^。^*)
部屋の階数とか、白久が知ってるからここではあえて語らない(`・ω・´)
んじゃ、股( ^o^)ノ』
ゲンさんからのメールはいつもどこか浮かれた感じで、俺は返事に困ってしまう。
『わざわざ新規飼い主の歓迎会を開いてくれて、ありがとうございます
期待に添える物を選べるかわからないけど、事務所の帰りにスーパー寄ってからそっちに行きます』
無難な感じの返事を返し、俺は朝ご飯を食べると、机に向かう。
きちんと夏休みの宿題をするなら泊まりでバイトをしても良い、と親父と約束したのだ。
数学の教科書を開くと、数字で目がチカチカしてくる。
『わかんないとこは…写させてもらおう
数学と物理に明るいダチがいて良かった』
そう心に決めて問題を解いていくが、半分以上空白になってしまう。
それでも何とか昼前には10ページ分を片づけ、出かける準備をし、バイト先であるしっぽや事務所に向かった。
しっぽや最寄り駅を出て暫く歩くと、見覚えのある後ろ姿を発見する。
俺はその人に小走りに近づき
「こんにちは、カズハさん、今日も暑いですね
これからペットショップに出勤ですか?」
そう話しかけた。
カズハさんは急に話しかけられて驚いたのか、あたふたし
「あ、あの、ええっと、荒木君?
こ、こ、こんにちは
今日は仕事は休みなんだけど、その、空のお昼ご飯にこれを」
モジモジしながら持っていたビニール袋を見せてくれた。
「あそこの肉屋の袋ですね、この時間だし、揚げたて?」
俺が聞くと、カズハさんは嬉しそうに頷いた。
「化生すると人間と同じ物を食べられるから、安心してメンチあげられるよね」
俺の言葉に
「そうですね、パン屋さんでの買い物も安心です」
カズハさんはそう答えた。
「え?犬ってパンあげちゃだめなの?」
俺は少し動揺して聞いてしまった。
小学生の頃、近所の犬に給食の残りのパンをあげたりしていたからだ。
「パンよりチョコレートやレーズン、レモンやタマネギ入りのタルタルソースがだめなんですよ
それらが入ったパンを食べて体調崩す犬、よくいるんです
虫歯になるから、本当はパン自体もあまり頻繁にあげない方が良いですね」
カズハさんは優しく教えてくれた。
俺はそんなこと、ちっとも知らなかった。
「カズハさんって、犬のプロだなー
俺も、もっと犬のこと勉強しなきゃ」
感心する俺に
「僕は子供の頃に犬を飼ってたから、色々本を読んでいたんですよ
今はペットショップで働いてるから、やっぱり勉強しますしね
荒木君だって、猫を飼っているんでしょ?
猫には詳しいんじゃないかな?」
微笑むカズハさんに言われ、俺はドキリとする。
「うーん、そう言われると、きちんと勉強とかしたことないかも…」
改めて考えると、俺の猫に対する知識は親父や母さんからの聞きかじりが多く、クロスケとの生活で培った経験に基づくものしかなかった。
「犬や猫のこと、ちゃんと勉強した方が良いよね」
焦りを覚える俺に
「絶対的にあげてはいけないもの、やってはいけないことがあるから、それはきちんと覚えた方が良いですよ
接し方としては、犬は群で行動する動物でリーダーに従いたがるので少し毅然とした態度、猫は基本的には単独行動ですが社会性は『母と兄弟』ならありますから、家族として接するとか
でも、あまり難しく考えないで、色んな人の話を聞いてみるのも良いと思うんです
同じ種類の犬や猫にも、個体差は凄くあるし」
カズハさんは優しく説明してくれる。
「そうだよね、俺の入ってる黒猫コミュも、猫の性格とか聞くとバラバラだもんな」
カズハさんの言葉は、とてもわかりやすかった。
そんな風に話しながら歩いていたら、あっと言う間にしっぽや事務所の入っているビルに着いた。
ちょうど階段からゲンさんが下りてくるところだった。
「ゲンさん、また長瀞さんとこに行ってたの?
不動産屋って、ヒマなの?」
そう声をかけると、ゲンさんは俺とカズハさんを見て、何だかギョッとした顔になる。
「え?あ、何つーか、その…」
いつも陽気なゲンさんにしてはオドオドとした態度に、俺とカズハさんは顔を見合わせる。
『俺、そんなにキツい事言った?』
「こんな時期に引っ越す人って、あんまりいないか」
フォローのつもりでそう付け加えるが、ゲンさんの態度は変わらなかった。
「今日の歓迎会、僕と空も参加させていただきます
いつものお肉屋さんの総菜を買っていくことになりますが」
カズハさんがそう言葉を続けた。
「あ、カズハさん達のミッションって『揚げ物』?」
俺が聞くと
「はい」
カズハさんは笑って答えた。
「持ち寄りパーティーって、好みが出るから食べ物のチョイス考えるよね
でも楽しそう」
俺とカズハさんの会話を、ゲンさんは赤くなって聞いていた。
『って、何で照れてんの?』
「ちょっと、ゲンさん、どうしたの?
暑気当たりってやつ?今日、大丈夫?」
少し心配になって聞くと、ゲンさんは
「ああ、若人のナウなチョイスを期待してる
…つかな、お前等、止めた方が良いぞ」
何だか言い難そうに、そんな事を言う。
「止めるって、何を?」
俺とカズハさんには訳が分からなかった。
「いや、白久と空が言い争ってるというか…
うん、まあ、とにかくごめん、けっこー聞いちまった」
ゲンさんはボソボソとそう言うと、そそくさと大野原不動産に消えていった。
「言い争ってるって…」
俺とカズハさんは顔を見合わせる。
「だって白久、『最近飼い主が決まった者同士、空とはよく話すようになった』って言ってたのに」
俺とカズハさんは、焦ってしっぽや事務所への階段を上がって行った。
ノックもそこそこに扉を開けると
「荒木!」
「カズハ!」
気配でわかっていたのだろう白久と空が、同時に俺達に呼びかけた。
2人ともニコニコしている。
「やあ、いらっしゃい」
黒谷もいつも通りの挨拶をしてくる。
「あれ?」
その和やかな空気に、俺とカズハさんは拍子抜けしてしまう。
「カズハ、メンチ買ってきてくれたんだね!
一緒に食べようぜ、今日、仕事休みなんだろ?
俺、長瀞に教わっておにぎり作ってきたんだ」
空が満面の笑みを向け、近づいてくる。
「私たちはファミレスに行きますか?
今日から始まるメニュー、荒木、楽しみにしていましたよね」
白久が優しく微笑んでそう言ってくれた。
「あれ?ケンカしてたんじゃないの?」
俺の呟きに
「ケンカ?」
白久も空もキョトンとした瞳を向けてくる。
「ゲンさんがそんなような事を…」
カズハさんがオズオズとそう言うと
「ゲンならさっきまでここにいたぜ」
空が首を傾げながら答えた。
「いや、まあ、何でもないなら良いんだけど?」
釈然としないものを感じながらも
『ケンカじゃないなら別に良いか』
俺は呑気に考えていた。
「あれじゃない?さっき、君たちが言ってたこと」
ふいに、黒谷がそんな事を口にする。
「ああ、あれ?ケンカしてると思われちゃった?」
空が少しばつの悪そうな顔で頭をかいた。
「でもよ、俺は荒木よりカズハの方が断然可愛いと思うんだけどな
契ってる時とか、凄く可愛い声だすんだぜ?」
「いえいえ、それを言ったら荒木の方が可愛さは上かと思います
服を脱がせると頬を染めて、潤んだ瞳で見上げてくるのですよ
触れるとピクリと体を震わせて、優しく名前を呼んでくださって」
「カズハだって、優しく俺のこと呼んでくれるって
それに、イく時なんか…」
空と白久はとんでもないことを言い始めた。
影森マンションの直通エレベーターの暗証番号が送られるようになってから、俺は朝のメールチェックが楽しくなっていた。
「今日は『甲斐犬』、ってことは、968か」
いつもの暗証番号を知らせる案内とともに、今日はゲンさんからの個人的なメールも入っていた。
『荒木少年、今日の歓迎会、来れるか?
泊まりでも大丈夫なら、ちゃんと両親に許可もらっておけよ(・∀・)
荒木・白久組の歓迎会ミッションは「お菓子」♪
2人で3000円以内(税込み)で、ナウなヤングのセンス光るチョイスを期待してるぜ( ´艸`)
俺と中川ちゃん用に、つまみになりそうな乾き物も4649!
8時頃までにうちに来てくれ(*^。^*)
部屋の階数とか、白久が知ってるからここではあえて語らない(`・ω・´)
んじゃ、股( ^o^)ノ』
ゲンさんからのメールはいつもどこか浮かれた感じで、俺は返事に困ってしまう。
『わざわざ新規飼い主の歓迎会を開いてくれて、ありがとうございます
期待に添える物を選べるかわからないけど、事務所の帰りにスーパー寄ってからそっちに行きます』
無難な感じの返事を返し、俺は朝ご飯を食べると、机に向かう。
きちんと夏休みの宿題をするなら泊まりでバイトをしても良い、と親父と約束したのだ。
数学の教科書を開くと、数字で目がチカチカしてくる。
『わかんないとこは…写させてもらおう
数学と物理に明るいダチがいて良かった』
そう心に決めて問題を解いていくが、半分以上空白になってしまう。
それでも何とか昼前には10ページ分を片づけ、出かける準備をし、バイト先であるしっぽや事務所に向かった。
しっぽや最寄り駅を出て暫く歩くと、見覚えのある後ろ姿を発見する。
俺はその人に小走りに近づき
「こんにちは、カズハさん、今日も暑いですね
これからペットショップに出勤ですか?」
そう話しかけた。
カズハさんは急に話しかけられて驚いたのか、あたふたし
「あ、あの、ええっと、荒木君?
こ、こ、こんにちは
今日は仕事は休みなんだけど、その、空のお昼ご飯にこれを」
モジモジしながら持っていたビニール袋を見せてくれた。
「あそこの肉屋の袋ですね、この時間だし、揚げたて?」
俺が聞くと、カズハさんは嬉しそうに頷いた。
「化生すると人間と同じ物を食べられるから、安心してメンチあげられるよね」
俺の言葉に
「そうですね、パン屋さんでの買い物も安心です」
カズハさんはそう答えた。
「え?犬ってパンあげちゃだめなの?」
俺は少し動揺して聞いてしまった。
小学生の頃、近所の犬に給食の残りのパンをあげたりしていたからだ。
「パンよりチョコレートやレーズン、レモンやタマネギ入りのタルタルソースがだめなんですよ
それらが入ったパンを食べて体調崩す犬、よくいるんです
虫歯になるから、本当はパン自体もあまり頻繁にあげない方が良いですね」
カズハさんは優しく教えてくれた。
俺はそんなこと、ちっとも知らなかった。
「カズハさんって、犬のプロだなー
俺も、もっと犬のこと勉強しなきゃ」
感心する俺に
「僕は子供の頃に犬を飼ってたから、色々本を読んでいたんですよ
今はペットショップで働いてるから、やっぱり勉強しますしね
荒木君だって、猫を飼っているんでしょ?
猫には詳しいんじゃないかな?」
微笑むカズハさんに言われ、俺はドキリとする。
「うーん、そう言われると、きちんと勉強とかしたことないかも…」
改めて考えると、俺の猫に対する知識は親父や母さんからの聞きかじりが多く、クロスケとの生活で培った経験に基づくものしかなかった。
「犬や猫のこと、ちゃんと勉強した方が良いよね」
焦りを覚える俺に
「絶対的にあげてはいけないもの、やってはいけないことがあるから、それはきちんと覚えた方が良いですよ
接し方としては、犬は群で行動する動物でリーダーに従いたがるので少し毅然とした態度、猫は基本的には単独行動ですが社会性は『母と兄弟』ならありますから、家族として接するとか
でも、あまり難しく考えないで、色んな人の話を聞いてみるのも良いと思うんです
同じ種類の犬や猫にも、個体差は凄くあるし」
カズハさんは優しく説明してくれる。
「そうだよね、俺の入ってる黒猫コミュも、猫の性格とか聞くとバラバラだもんな」
カズハさんの言葉は、とてもわかりやすかった。
そんな風に話しながら歩いていたら、あっと言う間にしっぽや事務所の入っているビルに着いた。
ちょうど階段からゲンさんが下りてくるところだった。
「ゲンさん、また長瀞さんとこに行ってたの?
不動産屋って、ヒマなの?」
そう声をかけると、ゲンさんは俺とカズハさんを見て、何だかギョッとした顔になる。
「え?あ、何つーか、その…」
いつも陽気なゲンさんにしてはオドオドとした態度に、俺とカズハさんは顔を見合わせる。
『俺、そんなにキツい事言った?』
「こんな時期に引っ越す人って、あんまりいないか」
フォローのつもりでそう付け加えるが、ゲンさんの態度は変わらなかった。
「今日の歓迎会、僕と空も参加させていただきます
いつものお肉屋さんの総菜を買っていくことになりますが」
カズハさんがそう言葉を続けた。
「あ、カズハさん達のミッションって『揚げ物』?」
俺が聞くと
「はい」
カズハさんは笑って答えた。
「持ち寄りパーティーって、好みが出るから食べ物のチョイス考えるよね
でも楽しそう」
俺とカズハさんの会話を、ゲンさんは赤くなって聞いていた。
『って、何で照れてんの?』
「ちょっと、ゲンさん、どうしたの?
暑気当たりってやつ?今日、大丈夫?」
少し心配になって聞くと、ゲンさんは
「ああ、若人のナウなチョイスを期待してる
…つかな、お前等、止めた方が良いぞ」
何だか言い難そうに、そんな事を言う。
「止めるって、何を?」
俺とカズハさんには訳が分からなかった。
「いや、白久と空が言い争ってるというか…
うん、まあ、とにかくごめん、けっこー聞いちまった」
ゲンさんはボソボソとそう言うと、そそくさと大野原不動産に消えていった。
「言い争ってるって…」
俺とカズハさんは顔を見合わせる。
「だって白久、『最近飼い主が決まった者同士、空とはよく話すようになった』って言ってたのに」
俺とカズハさんは、焦ってしっぽや事務所への階段を上がって行った。
ノックもそこそこに扉を開けると
「荒木!」
「カズハ!」
気配でわかっていたのだろう白久と空が、同時に俺達に呼びかけた。
2人ともニコニコしている。
「やあ、いらっしゃい」
黒谷もいつも通りの挨拶をしてくる。
「あれ?」
その和やかな空気に、俺とカズハさんは拍子抜けしてしまう。
「カズハ、メンチ買ってきてくれたんだね!
一緒に食べようぜ、今日、仕事休みなんだろ?
俺、長瀞に教わっておにぎり作ってきたんだ」
空が満面の笑みを向け、近づいてくる。
「私たちはファミレスに行きますか?
今日から始まるメニュー、荒木、楽しみにしていましたよね」
白久が優しく微笑んでそう言ってくれた。
「あれ?ケンカしてたんじゃないの?」
俺の呟きに
「ケンカ?」
白久も空もキョトンとした瞳を向けてくる。
「ゲンさんがそんなような事を…」
カズハさんがオズオズとそう言うと
「ゲンならさっきまでここにいたぜ」
空が首を傾げながら答えた。
「いや、まあ、何でもないなら良いんだけど?」
釈然としないものを感じながらも
『ケンカじゃないなら別に良いか』
俺は呑気に考えていた。
「あれじゃない?さっき、君たちが言ってたこと」
ふいに、黒谷がそんな事を口にする。
「ああ、あれ?ケンカしてると思われちゃった?」
空が少しばつの悪そうな顔で頭をかいた。
「でもよ、俺は荒木よりカズハの方が断然可愛いと思うんだけどな
契ってる時とか、凄く可愛い声だすんだぜ?」
「いえいえ、それを言ったら荒木の方が可愛さは上かと思います
服を脱がせると頬を染めて、潤んだ瞳で見上げてくるのですよ
触れるとピクリと体を震わせて、優しく名前を呼んでくださって」
「カズハだって、優しく俺のこと呼んでくれるって
それに、イく時なんか…」
空と白久はとんでもないことを言い始めた。