しっぽや(No.225~)
「グレート・デーンは胃捻転を起こしやすい犬種だから、一気に沢山食べさせない方がいいかもよ
化生の身体と犬の身体だと違ってくると思うけど一応ね
犬や猫には絶対にあげちゃいけないネギ類やチョコレートも化生には大丈夫だから、どの程度気を使うか難しいんだ
俺、知らずに白久に随分アボカド食べさせちゃったよ
あれも犬には毒なんだって
今のところそれで具合悪くしたことないから助かった
食べ物に関しては人間と同じ感覚で大丈夫そうかな
とは言え、人間もアレルギーとかは個人差があるから
ほら、学園祭の時お前も言ってたじゃん」
「甲殻類アレルギーか、アレルギーも反応が激しいと最悪死ぬからなー
僕はアレルギーがなくて助かってる
伊古田もそうだと良いけど」
僕が食べる食品について神経質なまでに気を使う母親を今までは鬱陶しいと思っていたが、自分が同じ立場に立って初めてその心配を理解できた気がした。
「白久は秋田犬の白毛だよ
秋田犬って有名なのはハチ公的な茶色だけど、白も雪の妖精みたいに可愛いんだ
大麻生は黒毛の多いジャーマンシェパード、空はオーソドックスな灰色のシベリアンハスキー、黒谷は甲斐犬でやっぱり黒毛が多いって言ってたな
化生も飼い主も増えてきて皆を一気に覚えきれないと思うけど、徐々にで大丈夫
名前とか忘れたら何回でも聞いてよ、皆気にせず教えてくれるぜ
お前は有名人になるから、皆一発で覚えると思うけどな」
「何で有名人なんだよ」
不思議に思って聞くと
「皆、伊古田のこと心配してたから
化生の過去って皆悲惨だけど、伊古田のは群を抜いてるからね
早く飼い主が出来て幸せになって欲しいって皆が思ってたんだ」
荒木は真剣な顔で答えた。
「僕の責任重大だね、伊古田のために頑張るよ
だって僕自身が彼の幸せを望んでるもの、もう寒い思いはさせない
これからずっと、僕が伊古田を温めるんだ」
伊古田の記憶の中で感じたことを思い出しながら僕は断言した。
「温める…?だから伊古田は俺と近戸が温かいって言ってたのか
多分俺達からお前の気配を感じ取ってたんだな
おかげで飼い主候補が大学構内に居るって早い段階で気が付いて、学園祭に連れて行けたよ」
荒木の言葉で、やっと謎が解けたような気がした。
「運命って言うより、やっぱり推理的な状況だったのか
荒木が気が付いてくれて良かった
でも、やたらと僕と伊古田を一緒に居させたがったから、最初は新手の勧誘かなんかかと思って警戒しちゃったよ」
笑いながら言う僕を見て、荒木は苦笑しながら頭をかいていた。
「そうだ、伊古田はちょっと特殊なケースでさ
お前が後から知って気にするかもしれないから、先に言っといた方が良いかなって事があるんだ
俺はそれで白久と問題起こしちゃったことあるし…」
荒木は気を持たせるような言葉を言った後、スマホを操作し始めた。
「何だよ、気になるじゃないか、言いかけて止めないでよ」
促すと荒木は僕を真っ直ぐ見つめてきた。
「野坂って嫉妬深い方?」
いきなり聞かれたので
「わかんないよ、僕はどっちかというと妬(ねた)んだりひがんだりが多いから」
思わず本音を口走ってしまった。
「野坂、これから犬のこと色々調べるだろ?
伊古田を飼っていれば闘犬のことも
そうすれば直ぐにこの人に行き当たるよ
この人、伊古田の飼い主だった人で間違いないと思う
見る?」
荒木は驚くような事を聞いてきた。
「見たい、教えて」
僕は一も二もなく頷いて、荒木が差し出すスマホを受け取った。
それは使役犬のあり方についての問題提起をしている団体で、特に闘犬の廃止を訴えていた。
代表者は写真と共に数名記載されていたが、そのうちの1人の面影が気になった。
知っている人のような気がしてならなかったのだ。
『でも、こんなお爺さんに知り合いなんて居ないし』
不思議に感じて来歴を読むと、その人は団体の創始者で数年前に亡くなっていた。
貧しい出自で幼い頃から苦労をし、子供の頃は闘犬の噛ませ犬の世話をしていたそうだ。
闘犬や噛ませ犬の悲惨さを目の当たりにして育っていた。
『この生活って!』
改めてその人の名前を見たら『健一』と書いてある。
『ケン坊君だ、少し前まで生きてたんだ!』
父親が喧嘩の果てに刺し殺されて、叔父の養子になった事が簡単に書かれていた。
叔父の家でも犬の世話をしていたようだが、父親と暮らしていたときよりはマシな生活だった、と語っていたらしい。
もしかしたらケン坊君は大好きなコータを噛み殺した犬の世話をしていたのかも、と思うと切なかった。
どれだけコータがケン坊君の事を好きだったか、愛していたか、もう教えてあげることは出来ない。
お互いが居なければあの地獄のような日々を耐えられなかっただろうに、2人は突然引き裂かれてしまったのだ。
コータを失った後の彼の絶望感を思い、僕は流れる涙を止めることが出来ないのであった。
僕の気持ちが落ち着いた頃合いを見計らって、荒木がボックスティッシュを手渡してくれた。
人前で思いっきり泣いてしまった気恥ずかしさを誤魔化すよう
「ありがと」
僕は少しぶっきらぼうに言って、受け取ったボックスからティッシュを数枚乱暴に引き出すと鼻をかんだ。
「この人が、伊古田を失った後も生きていてくれて良かった
こんなに立派な団体を立ち上げるなんて、凄いよ
きっと彼の心の中にはずっと伊古田が居て、守っていたんだね」
まだ涙声の状態でそう言うと
「野坂は凄いね、この人に嫉妬とかしないの?
もし伊古田がもっと早く化生していたら、この人のとこに行っちゃったかもしれないのに」
荒木は言いにくそうに言葉を口にした。
「伊古田の記憶を見たもの、あの生活を見せられたら2人の関係に嫉妬なんて出来ないよ
それに伊古田は僕を目指して進んできた、って見せてもらったからね
彼は僕に温めて欲しかったから化生した
今まで僕はそんな風に誰かに選ばれた事なんてなくてさ
コータはケン坊君の犬だけど、伊古田は僕の犬だって確信してる」
僕がきっぱり言い放つと、荒木は驚いた顔をしていた。
「そんなとこまで見えたの?まあ、記憶の見え方はそれぞれみたいだけどさ、俺には見えなかった…
あ、でも、白久を飼った後にあの人の顔より俺の顔の方が強く出てるのは見たっけ
俺と今を生きたいって言ってくれたし」
何やらブツブツと呟いている荒木に
「それにあの人が伊古田を飼ってたときって小学生だったんだ
あんな大きな犬を貧しい環境で、子供の身でありながらよく世話してたなって関心する、僕だったら無理だよ」
伊古田がそうであるように、僕もあの時代のケン坊君を忘れることは出来なかった。
「とは言え、今すぐ伊古田にこのこと伝えるのはちょっとアレかな、とは思う
いや、他から聞き及ぶくらいなら僕が教えてあげたいけど、もうちょっとだけ後にしたいと言うか」
さんざん格好良い事を言っておいて、最後の言葉は歯切れが悪くなってしまった。
伊古田の僕への愛を確信しているが、今はまだ彼の心の中で唯一の存在として君臨していたかったのだ。
「そんなもんだって」
荒木は少し笑って言うと、そっと僕の肩を小突いた。
特別に親しい友人に対するようなその態度が、とても嬉しかった。
「あー、っと、その、こんな事聞くのもあれなんだけどさ
好奇心とかじゃなくて注意喚起をしておきたいと言うか
そのための確認と言うか
今、控え室で化生達が盛り上がってるみたいだから、遅いかもしれないけど
伊古田とは、もう…何て言うか……した…?」
荒木は赤くなりながらとんでもないことを聞いてきた。
「ししし…したって、何を…」
何のことだかわかっていたが、いきなりプライベートすぎることを聞かれた僕は激しく動揺する。
荒木はこーゆーことを聞きたがるような奴じゃないと思っていたから、その質問には完全に不意を突かれた感じだった。
「俺だけ聞くのもフェアじゃないから言うけど、俺はその、白久とそーゆー関係
他の化生と飼い主もそうだよ
化生にとって飼い主と契るのは誉れなんだ
だから化生はそれを他の化生に自慢したがるし、飼い主を喜ばせるための情報収集に余念がない」
「情報収集?」
荒木が何を言わんとしているのかさっぱりわからなかった。
「他の化生に、自分が何をやってどれだけ飼い主を喜ばせたか、教えたがるし聞きたがるって事
俺、その会話を他の飼い主に聞かれた」
うなだれた荒木は耳まで真っ赤だった。
釣られて僕も赤くなってしまう。
「その後、ソッコー口止めしたけどね、2人だけの秘密だからって
野坂も一応、伊古田に言っといた方が良いんじゃない?」
頭を上げた荒木は、まだ赤い顔をしていた。
その瞬間、控え室の声がひときわ大きくなりドッと沸いた。
『まさか伊古田が昨夜や今朝のことを?』
僕は控え室の扉を見つめて、青くなるしかなかった。
「教えてくれてありがとう、恩に着るよ
僕達はそろそろお暇(いとま)するね、帰ったら伊古田と話し合わなきゃ」
ワタワタと控え室に向かう僕の背中に
「頑張れよ、じゃあ、また学校で
何か知りたいこととかあったら、いつでも電話して」
荒木が声をかけてくれた。
「うん、また学校で」
友達とこんな挨拶で別れるなんて、何年ぶりだろう。
伊古田と知り合ってから、イライラよりワクワクが心からあふれ出ているようだった。
「伊古田、そろそろ帰ろう」
控え室の扉を開けて声をかけると、彼は満面の笑みで駆け寄ってくる。
「皆さん、これからも伊古田と仲良くしてあげてください」
そう言って声をかけたら、控え室のイケメン達は満面の笑みで頷いてくれた。
マンションへの帰り道
「部屋に着いたら2人だけの秘密を決めよう、誰にも教えちゃいけない僕達だけの秘密の話」
そう言うと、伊古田は『秘密』に興味津々だった。
焦ることはない、これからの彼との付き合い方は2人で臨機応変に決めればいい。
お互いのことを深く知って、決めたことを覆すのだって自由だ。
時間はまだまだある。
僕達の物語は始まったばかりで、それは終わり無く永遠に続いていくのだから。
化生の身体と犬の身体だと違ってくると思うけど一応ね
犬や猫には絶対にあげちゃいけないネギ類やチョコレートも化生には大丈夫だから、どの程度気を使うか難しいんだ
俺、知らずに白久に随分アボカド食べさせちゃったよ
あれも犬には毒なんだって
今のところそれで具合悪くしたことないから助かった
食べ物に関しては人間と同じ感覚で大丈夫そうかな
とは言え、人間もアレルギーとかは個人差があるから
ほら、学園祭の時お前も言ってたじゃん」
「甲殻類アレルギーか、アレルギーも反応が激しいと最悪死ぬからなー
僕はアレルギーがなくて助かってる
伊古田もそうだと良いけど」
僕が食べる食品について神経質なまでに気を使う母親を今までは鬱陶しいと思っていたが、自分が同じ立場に立って初めてその心配を理解できた気がした。
「白久は秋田犬の白毛だよ
秋田犬って有名なのはハチ公的な茶色だけど、白も雪の妖精みたいに可愛いんだ
大麻生は黒毛の多いジャーマンシェパード、空はオーソドックスな灰色のシベリアンハスキー、黒谷は甲斐犬でやっぱり黒毛が多いって言ってたな
化生も飼い主も増えてきて皆を一気に覚えきれないと思うけど、徐々にで大丈夫
名前とか忘れたら何回でも聞いてよ、皆気にせず教えてくれるぜ
お前は有名人になるから、皆一発で覚えると思うけどな」
「何で有名人なんだよ」
不思議に思って聞くと
「皆、伊古田のこと心配してたから
化生の過去って皆悲惨だけど、伊古田のは群を抜いてるからね
早く飼い主が出来て幸せになって欲しいって皆が思ってたんだ」
荒木は真剣な顔で答えた。
「僕の責任重大だね、伊古田のために頑張るよ
だって僕自身が彼の幸せを望んでるもの、もう寒い思いはさせない
これからずっと、僕が伊古田を温めるんだ」
伊古田の記憶の中で感じたことを思い出しながら僕は断言した。
「温める…?だから伊古田は俺と近戸が温かいって言ってたのか
多分俺達からお前の気配を感じ取ってたんだな
おかげで飼い主候補が大学構内に居るって早い段階で気が付いて、学園祭に連れて行けたよ」
荒木の言葉で、やっと謎が解けたような気がした。
「運命って言うより、やっぱり推理的な状況だったのか
荒木が気が付いてくれて良かった
でも、やたらと僕と伊古田を一緒に居させたがったから、最初は新手の勧誘かなんかかと思って警戒しちゃったよ」
笑いながら言う僕を見て、荒木は苦笑しながら頭をかいていた。
「そうだ、伊古田はちょっと特殊なケースでさ
お前が後から知って気にするかもしれないから、先に言っといた方が良いかなって事があるんだ
俺はそれで白久と問題起こしちゃったことあるし…」
荒木は気を持たせるような言葉を言った後、スマホを操作し始めた。
「何だよ、気になるじゃないか、言いかけて止めないでよ」
促すと荒木は僕を真っ直ぐ見つめてきた。
「野坂って嫉妬深い方?」
いきなり聞かれたので
「わかんないよ、僕はどっちかというと妬(ねた)んだりひがんだりが多いから」
思わず本音を口走ってしまった。
「野坂、これから犬のこと色々調べるだろ?
伊古田を飼っていれば闘犬のことも
そうすれば直ぐにこの人に行き当たるよ
この人、伊古田の飼い主だった人で間違いないと思う
見る?」
荒木は驚くような事を聞いてきた。
「見たい、教えて」
僕は一も二もなく頷いて、荒木が差し出すスマホを受け取った。
それは使役犬のあり方についての問題提起をしている団体で、特に闘犬の廃止を訴えていた。
代表者は写真と共に数名記載されていたが、そのうちの1人の面影が気になった。
知っている人のような気がしてならなかったのだ。
『でも、こんなお爺さんに知り合いなんて居ないし』
不思議に感じて来歴を読むと、その人は団体の創始者で数年前に亡くなっていた。
貧しい出自で幼い頃から苦労をし、子供の頃は闘犬の噛ませ犬の世話をしていたそうだ。
闘犬や噛ませ犬の悲惨さを目の当たりにして育っていた。
『この生活って!』
改めてその人の名前を見たら『健一』と書いてある。
『ケン坊君だ、少し前まで生きてたんだ!』
父親が喧嘩の果てに刺し殺されて、叔父の養子になった事が簡単に書かれていた。
叔父の家でも犬の世話をしていたようだが、父親と暮らしていたときよりはマシな生活だった、と語っていたらしい。
もしかしたらケン坊君は大好きなコータを噛み殺した犬の世話をしていたのかも、と思うと切なかった。
どれだけコータがケン坊君の事を好きだったか、愛していたか、もう教えてあげることは出来ない。
お互いが居なければあの地獄のような日々を耐えられなかっただろうに、2人は突然引き裂かれてしまったのだ。
コータを失った後の彼の絶望感を思い、僕は流れる涙を止めることが出来ないのであった。
僕の気持ちが落ち着いた頃合いを見計らって、荒木がボックスティッシュを手渡してくれた。
人前で思いっきり泣いてしまった気恥ずかしさを誤魔化すよう
「ありがと」
僕は少しぶっきらぼうに言って、受け取ったボックスからティッシュを数枚乱暴に引き出すと鼻をかんだ。
「この人が、伊古田を失った後も生きていてくれて良かった
こんなに立派な団体を立ち上げるなんて、凄いよ
きっと彼の心の中にはずっと伊古田が居て、守っていたんだね」
まだ涙声の状態でそう言うと
「野坂は凄いね、この人に嫉妬とかしないの?
もし伊古田がもっと早く化生していたら、この人のとこに行っちゃったかもしれないのに」
荒木は言いにくそうに言葉を口にした。
「伊古田の記憶を見たもの、あの生活を見せられたら2人の関係に嫉妬なんて出来ないよ
それに伊古田は僕を目指して進んできた、って見せてもらったからね
彼は僕に温めて欲しかったから化生した
今まで僕はそんな風に誰かに選ばれた事なんてなくてさ
コータはケン坊君の犬だけど、伊古田は僕の犬だって確信してる」
僕がきっぱり言い放つと、荒木は驚いた顔をしていた。
「そんなとこまで見えたの?まあ、記憶の見え方はそれぞれみたいだけどさ、俺には見えなかった…
あ、でも、白久を飼った後にあの人の顔より俺の顔の方が強く出てるのは見たっけ
俺と今を生きたいって言ってくれたし」
何やらブツブツと呟いている荒木に
「それにあの人が伊古田を飼ってたときって小学生だったんだ
あんな大きな犬を貧しい環境で、子供の身でありながらよく世話してたなって関心する、僕だったら無理だよ」
伊古田がそうであるように、僕もあの時代のケン坊君を忘れることは出来なかった。
「とは言え、今すぐ伊古田にこのこと伝えるのはちょっとアレかな、とは思う
いや、他から聞き及ぶくらいなら僕が教えてあげたいけど、もうちょっとだけ後にしたいと言うか」
さんざん格好良い事を言っておいて、最後の言葉は歯切れが悪くなってしまった。
伊古田の僕への愛を確信しているが、今はまだ彼の心の中で唯一の存在として君臨していたかったのだ。
「そんなもんだって」
荒木は少し笑って言うと、そっと僕の肩を小突いた。
特別に親しい友人に対するようなその態度が、とても嬉しかった。
「あー、っと、その、こんな事聞くのもあれなんだけどさ
好奇心とかじゃなくて注意喚起をしておきたいと言うか
そのための確認と言うか
今、控え室で化生達が盛り上がってるみたいだから、遅いかもしれないけど
伊古田とは、もう…何て言うか……した…?」
荒木は赤くなりながらとんでもないことを聞いてきた。
「ししし…したって、何を…」
何のことだかわかっていたが、いきなりプライベートすぎることを聞かれた僕は激しく動揺する。
荒木はこーゆーことを聞きたがるような奴じゃないと思っていたから、その質問には完全に不意を突かれた感じだった。
「俺だけ聞くのもフェアじゃないから言うけど、俺はその、白久とそーゆー関係
他の化生と飼い主もそうだよ
化生にとって飼い主と契るのは誉れなんだ
だから化生はそれを他の化生に自慢したがるし、飼い主を喜ばせるための情報収集に余念がない」
「情報収集?」
荒木が何を言わんとしているのかさっぱりわからなかった。
「他の化生に、自分が何をやってどれだけ飼い主を喜ばせたか、教えたがるし聞きたがるって事
俺、その会話を他の飼い主に聞かれた」
うなだれた荒木は耳まで真っ赤だった。
釣られて僕も赤くなってしまう。
「その後、ソッコー口止めしたけどね、2人だけの秘密だからって
野坂も一応、伊古田に言っといた方が良いんじゃない?」
頭を上げた荒木は、まだ赤い顔をしていた。
その瞬間、控え室の声がひときわ大きくなりドッと沸いた。
『まさか伊古田が昨夜や今朝のことを?』
僕は控え室の扉を見つめて、青くなるしかなかった。
「教えてくれてありがとう、恩に着るよ
僕達はそろそろお暇(いとま)するね、帰ったら伊古田と話し合わなきゃ」
ワタワタと控え室に向かう僕の背中に
「頑張れよ、じゃあ、また学校で
何か知りたいこととかあったら、いつでも電話して」
荒木が声をかけてくれた。
「うん、また学校で」
友達とこんな挨拶で別れるなんて、何年ぶりだろう。
伊古田と知り合ってから、イライラよりワクワクが心からあふれ出ているようだった。
「伊古田、そろそろ帰ろう」
控え室の扉を開けて声をかけると、彼は満面の笑みで駆け寄ってくる。
「皆さん、これからも伊古田と仲良くしてあげてください」
そう言って声をかけたら、控え室のイケメン達は満面の笑みで頷いてくれた。
マンションへの帰り道
「部屋に着いたら2人だけの秘密を決めよう、誰にも教えちゃいけない僕達だけの秘密の話」
そう言うと、伊古田は『秘密』に興味津々だった。
焦ることはない、これからの彼との付き合い方は2人で臨機応変に決めればいい。
お互いのことを深く知って、決めたことを覆すのだって自由だ。
時間はまだまだある。
僕達の物語は始まったばかりで、それは終わり無く永遠に続いていくのだから。