しっぽや(No.11~22)
「そうだ波久礼、あの子猫の名前『カシス』に決まったよ
親父がベッタリでさー、見ててウザいのなんの
おかげで、俺のことあんまやかましく言わなくなったのは良かったけどさ」
俺が話しかけると
「そうですか、大事にされているようで本当に良かった」
波久礼は相好を崩した。
何となくハスキー達がギクリとし
「おい、子猫の気配ねーよな」
「無いと思うが、兄貴は猫に敏感だからよ」
「また拾っちまったら、俺達黒谷の旦那に大目玉食らうぜ」
「旦那もあー見えて、腕っ節強えーから」
「怒らすとおっかねーよ」
「まあ、三峰様程じゃねーけどさ」
ヒソヒソと、そんな話を始める。
それを横目に、俺は今度はカズハさんに話しかけてみることにした。
「あの、カズハさんって、あのハスキー達の見分けつくんですか?」
正直、俺には皆同じ顔に見えて、どれが以前に会ったことのある『空』なのか全くわからなかった。
「あ、あの、はい、僕、トリマーでもあるから
同じ犬種を同時に預かることもありますからね
カットを間違えてしまったら大変なので、同犬種の見分け方は勉強しました
勉強と言うより、慣れかな」
カズハさんは俺より年上だろうに、何だかオドオドとそう答える。
「ふーん、凄いですね
俺、黒猫の見分けしかつかないや」
そう言いながら、最近は秋田犬も見分けられる事に気が付いた。
やはりどうしても、自分の飼ってるものと見比べてしまうせいだろう。
影森マンションに到着し、俺達はエレベーターに乗り込んだ。
いつもは白久に操作してもらっているパネルの前に立ち
「荒木、こちらに数字を入力すれば良いのです
今日の数字は秋田犬…私です『469』」
白久に言われた数字を入力すると、エレベーターが動き出した。
「おっと、俺達は最上階まで行かないからな」
そう言ってハスキーの1人が、3つある階数表示ボタンのうちの1つを押す。
「他のエレベーターに乗ってしまうと上まで行けないし、途中で乗り換え出来ないので注意してくださいね
ここ、最上階とその3階下はしっぽや専用の特殊ゾーンなんですよ」
カズハさんがそう教えてくれた。
途中で俺と白久以外は降りてしまったので、エレベーター内は急にガランとした空間になった。
やっと2人っきりになれたので、つい顔がゆるんでしまう。
白久はいつものように、ソッと俺に寄り添ってくれた。
白久の部屋の前に立ち、俺はゲンさんに貰った鍵を取り出して鍵穴に差し込んでみた。
鍵をひねるとカチャリと小さな音がする。
「きちんと、使えるようですね
私が居ないときでも、自由にこの部屋を使っていただいてかまいませんから」
「うん」
俺は照れくさい気持ちと嬉しい気持ちで、気分が高揚していた。
そのまま扉をあけて、部屋の中に入る。
そこはもう、俺にとっても自分の部屋のように馴染んだ空間になっていた。
「学校から直に来たのでお腹が空いているでしょう?
お昼を召し上がってください
用意している間、シャワーをお使いくださいね」
白久が優しく微笑んでくれる。
「ありがと」
俺は伸び上がって、ソッっと白久にキスをした。
今日は着替えを持ってきてある。
ジーパンにTシャツ2枚。
『しまった、下着持ってくんの忘れた…
置いとく着替えどうせこれじゃ足りないし、時間あったら後で一緒に買いに行きたいな
白久、どんな格好が好きなんだろう
白久に選んでもらいたいかも』
そんな事を考えるのが、俺には本当に楽しかった。
テーブルには、夏らしくソーメンが用意されている。
「長瀞が『夏はこれが鉄板だ』と言うものですから
荒木には物足りないでしょうか?
出来合いですが、メンチとポテトサラダもございます
空や波久礼がここのメンチを気に入っていて、最近私もよく買ってみているのです」
白久は少し照れた顔になる。
「ああ、波久礼が前に引っかかってた肉屋のだね」
俺はすぐに気が付いた。
「いただきまーす」
俺は早速メンチにかぶりついてみる。
温め直されたメンチから、ジュワっと肉汁があふれ出てきた。
「わ、美味しい!そういや松阪牛の切り落とし入ってるって書いてあったな」
夢中でメンチを食べる俺を、白久は優しい眼差しで見守ってくれる。
「ソーメンは長瀞に教わったゴマダレで召し上がってください
ゴマは体に良いのですよ
薬味をたっぷり入れると、美味しいと思います」
白久の勧めで、俺はミョウガやシソ、キュウリやアサツキをタレにたっぷり入れて食べてみた。
「何これ、うちで食べる市販のゴマダレと全然違う!
すげー美味しい!」
正直、ソーメンって物足りない味だと思っていたのに、このゴマダレならいくらでも食べられる感じだった。
「お口にあいましたか?良かった
私は…荒木のお役に立てているでしょうか」
そんな事を聞いてくる白久に
「うん」
俺はそう答えながら、胸が熱くなっていた。
食べ終わって器を片づけようとしている白久を、俺はやんわり制する。
「いつもやってもらってるから、今日は俺が洗うよ
その間に、シャワー浴びたら?」
俺も、白久の役に立ちたかった。
「よろしいのですか?」
白久が微笑みながら聞いてくる。
「もちろん!洗い物くらい、俺にだってできるよ!」
俺は少し胸を張って言ってみた。
「それでは、甘えさせていただきます」
白久は、シャワールームに消えていく。
『家では洗い物なんてしたことなかったけど…
母さんに知られたら、絶対毎回洗えって言われるな』
そんな事を考えながら洗い物を終え、キッチンから部屋に戻ると辺りはどんよりと暗くなっていた。
慌てて窓を開けベランダに出ると、真っ黒い雲が広がっているのが見えた。
『ひえー、ゲリラ豪雨ってやつになりそう
これ、暫く事務所に戻れないんじゃ…』
雲の遠くにキラリと光が見える。
もの凄い大きな雷雲であった。
『降り出す前に移動出来て良かった』
ホッとしながらカーテンを閉め、部屋の電気を付ける。
2人分の麦茶をテーブルに用意した頃には、大粒の雨が降り出していた。
ピカッと窓の外が光り、暫くたってからゴロゴロと音が響いてくる。
『音が遠い、まだ遠くにある雲なのか
うちは雷で停電することあるけど、この辺って大丈夫かな』
白久に聞いてみようと思うが、まだシャワールームから戻ってこない。
『…?そう言えば、遅いな…?』
何だか気になった俺は、シャワールームに移動してみる。
白久は、脱衣所の隅で裸のままうずくまって震えていた。
「白久?!どうしたの?具合悪いの?」
慌てて駆け寄って白久を抱きしめると、その体はほんのり湿っている。
シャワーは浴び終わっているようであった。
「あ、荒木…」
白久は泣きそうな顔で俺を見つめてきた。
「あれが、あれが来る…」
弱々しく呟きながら、なおカタカタと震えている。
こんな白久を見るのは初めてだった。
「白久、落ち着いて、どうしたの?
俺、何してあげればいいの?」
俺自身、激しく動揺していたが、なるべく冷静に話しかけてみる。
親父がベッタリでさー、見ててウザいのなんの
おかげで、俺のことあんまやかましく言わなくなったのは良かったけどさ」
俺が話しかけると
「そうですか、大事にされているようで本当に良かった」
波久礼は相好を崩した。
何となくハスキー達がギクリとし
「おい、子猫の気配ねーよな」
「無いと思うが、兄貴は猫に敏感だからよ」
「また拾っちまったら、俺達黒谷の旦那に大目玉食らうぜ」
「旦那もあー見えて、腕っ節強えーから」
「怒らすとおっかねーよ」
「まあ、三峰様程じゃねーけどさ」
ヒソヒソと、そんな話を始める。
それを横目に、俺は今度はカズハさんに話しかけてみることにした。
「あの、カズハさんって、あのハスキー達の見分けつくんですか?」
正直、俺には皆同じ顔に見えて、どれが以前に会ったことのある『空』なのか全くわからなかった。
「あ、あの、はい、僕、トリマーでもあるから
同じ犬種を同時に預かることもありますからね
カットを間違えてしまったら大変なので、同犬種の見分け方は勉強しました
勉強と言うより、慣れかな」
カズハさんは俺より年上だろうに、何だかオドオドとそう答える。
「ふーん、凄いですね
俺、黒猫の見分けしかつかないや」
そう言いながら、最近は秋田犬も見分けられる事に気が付いた。
やはりどうしても、自分の飼ってるものと見比べてしまうせいだろう。
影森マンションに到着し、俺達はエレベーターに乗り込んだ。
いつもは白久に操作してもらっているパネルの前に立ち
「荒木、こちらに数字を入力すれば良いのです
今日の数字は秋田犬…私です『469』」
白久に言われた数字を入力すると、エレベーターが動き出した。
「おっと、俺達は最上階まで行かないからな」
そう言ってハスキーの1人が、3つある階数表示ボタンのうちの1つを押す。
「他のエレベーターに乗ってしまうと上まで行けないし、途中で乗り換え出来ないので注意してくださいね
ここ、最上階とその3階下はしっぽや専用の特殊ゾーンなんですよ」
カズハさんがそう教えてくれた。
途中で俺と白久以外は降りてしまったので、エレベーター内は急にガランとした空間になった。
やっと2人っきりになれたので、つい顔がゆるんでしまう。
白久はいつものように、ソッと俺に寄り添ってくれた。
白久の部屋の前に立ち、俺はゲンさんに貰った鍵を取り出して鍵穴に差し込んでみた。
鍵をひねるとカチャリと小さな音がする。
「きちんと、使えるようですね
私が居ないときでも、自由にこの部屋を使っていただいてかまいませんから」
「うん」
俺は照れくさい気持ちと嬉しい気持ちで、気分が高揚していた。
そのまま扉をあけて、部屋の中に入る。
そこはもう、俺にとっても自分の部屋のように馴染んだ空間になっていた。
「学校から直に来たのでお腹が空いているでしょう?
お昼を召し上がってください
用意している間、シャワーをお使いくださいね」
白久が優しく微笑んでくれる。
「ありがと」
俺は伸び上がって、ソッっと白久にキスをした。
今日は着替えを持ってきてある。
ジーパンにTシャツ2枚。
『しまった、下着持ってくんの忘れた…
置いとく着替えどうせこれじゃ足りないし、時間あったら後で一緒に買いに行きたいな
白久、どんな格好が好きなんだろう
白久に選んでもらいたいかも』
そんな事を考えるのが、俺には本当に楽しかった。
テーブルには、夏らしくソーメンが用意されている。
「長瀞が『夏はこれが鉄板だ』と言うものですから
荒木には物足りないでしょうか?
出来合いですが、メンチとポテトサラダもございます
空や波久礼がここのメンチを気に入っていて、最近私もよく買ってみているのです」
白久は少し照れた顔になる。
「ああ、波久礼が前に引っかかってた肉屋のだね」
俺はすぐに気が付いた。
「いただきまーす」
俺は早速メンチにかぶりついてみる。
温め直されたメンチから、ジュワっと肉汁があふれ出てきた。
「わ、美味しい!そういや松阪牛の切り落とし入ってるって書いてあったな」
夢中でメンチを食べる俺を、白久は優しい眼差しで見守ってくれる。
「ソーメンは長瀞に教わったゴマダレで召し上がってください
ゴマは体に良いのですよ
薬味をたっぷり入れると、美味しいと思います」
白久の勧めで、俺はミョウガやシソ、キュウリやアサツキをタレにたっぷり入れて食べてみた。
「何これ、うちで食べる市販のゴマダレと全然違う!
すげー美味しい!」
正直、ソーメンって物足りない味だと思っていたのに、このゴマダレならいくらでも食べられる感じだった。
「お口にあいましたか?良かった
私は…荒木のお役に立てているでしょうか」
そんな事を聞いてくる白久に
「うん」
俺はそう答えながら、胸が熱くなっていた。
食べ終わって器を片づけようとしている白久を、俺はやんわり制する。
「いつもやってもらってるから、今日は俺が洗うよ
その間に、シャワー浴びたら?」
俺も、白久の役に立ちたかった。
「よろしいのですか?」
白久が微笑みながら聞いてくる。
「もちろん!洗い物くらい、俺にだってできるよ!」
俺は少し胸を張って言ってみた。
「それでは、甘えさせていただきます」
白久は、シャワールームに消えていく。
『家では洗い物なんてしたことなかったけど…
母さんに知られたら、絶対毎回洗えって言われるな』
そんな事を考えながら洗い物を終え、キッチンから部屋に戻ると辺りはどんよりと暗くなっていた。
慌てて窓を開けベランダに出ると、真っ黒い雲が広がっているのが見えた。
『ひえー、ゲリラ豪雨ってやつになりそう
これ、暫く事務所に戻れないんじゃ…』
雲の遠くにキラリと光が見える。
もの凄い大きな雷雲であった。
『降り出す前に移動出来て良かった』
ホッとしながらカーテンを閉め、部屋の電気を付ける。
2人分の麦茶をテーブルに用意した頃には、大粒の雨が降り出していた。
ピカッと窓の外が光り、暫くたってからゴロゴロと音が響いてくる。
『音が遠い、まだ遠くにある雲なのか
うちは雷で停電することあるけど、この辺って大丈夫かな』
白久に聞いてみようと思うが、まだシャワールームから戻ってこない。
『…?そう言えば、遅いな…?』
何だか気になった俺は、シャワールームに移動してみる。
白久は、脱衣所の隅で裸のままうずくまって震えていた。
「白久?!どうしたの?具合悪いの?」
慌てて駆け寄って白久を抱きしめると、その体はほんのり湿っている。
シャワーは浴び終わっているようであった。
「あ、荒木…」
白久は泣きそうな顔で俺を見つめてきた。
「あれが、あれが来る…」
弱々しく呟きながら、なおカタカタと震えている。
こんな白久を見るのは初めてだった。
「白久、落ち着いて、どうしたの?
俺、何してあげればいいの?」
俺自身、激しく動揺していたが、なるべく冷静に話しかけてみる。