しっぽや(No.225~)
噛まれたときの恐怖を思い出し、手が震えてしまう。
それに気が付いた野坂さんが僕の顔をじっと見て
「顔色悪くなってきたんじゃない?水分取ってる?
今日、まだ暑いからマメに水分取った方が良いよ
脱水症状起こすと身体が凄くシンドくなるから
ポカリ、は近戸に取られてるか、じゃあソルティライチとか良いかも
塩分も取れるし
近戸、ソルティライチ取って」
野坂さんが頼むと直ぐに近戸がペットボトルを持ってきてくれた。
「伊古田、大丈夫だ、もう終わったんだよ」
近戸は小さくそう囁いて頭を優しく撫でてくれる。
きっとうなされる明戸を見たことがあるのだろう。
僕達が何に怯えているか、彼には一目瞭然なのだ。
「一気に飲まないで、少しずつゆっくり飲んで
慌てなくて良いから」
野坂さんの指示に従い渡されたペットボトルに口を付けて一口飲むと、甘いフルーツの香りが口の中に広がった。
甘くて少しだけしょっぱい不思議な味だけど、気分がスーッと楽になっていく。
2口、3口と飲むうちに、死の恐怖は霧散していった。
「ありがとう、楽になった、これ美味しいね
ライチって果物?凄く良い匂い」
「あ、うん、中国の楊貴妃が好んで食べたって言われてる果物だよ
プニプニしてて面白い食感なんだ
でも、僕は食感や味より香りが好きかな」
「野坂さんって物知りだね、僕こんな果物あるの全然知らなかった
本物も食べてみたい、スーパーで売ってる?コンビニ?」
僕はペットボトルの絵をシゲシゲと眺めた。
「うちは時期になると生を通販するよ、今はシーズン終わってるから冷凍物しか手に入らないね
コンビニは無理でも、大きいスーパーにはあるかも
そうだ、近戸達のバイト先って冷凍ライチ扱ってる?」
「冷凍の在庫はわからないな
久長、うちって冷凍果物取り扱ってたっけ?」
「さあ、どうやったっけ?ブルーベリーとかオーソドックスなのは見た気がするが
マイタン見たことあるか?」
「俺も見たこと無いや」
そんな彼らの言葉を受けて
「この近辺では売ってないかも」
野坂さんの顔が曇った。
「捜索で遠出したらスーパー見てみる
場所によって売ってるもの違うもんね
美味しそうなもの色々見れて、スーパーって楽しいから好きなんだ」
「実店舗に行くと、通販で売り切れてた物を発見出来たりするしね」
僕が笑うと野坂さんも笑ってくれた。
ひとしきり食べ終わり、アップルパイを切ることになった。
「伊古田さん、結局全然食べなかったじゃない
大丈夫?ここに来る前に何か食べてきたの?」
野坂さんは使われていない僕の紙皿を見てそう聞いてきた。
「久長さんが焼いてくれてお煎餅食べたよ
香ばしくて美味しかった」
僕が答えると
「え?落研の煎餅って、1枚でお腹いっぱいになるほど大きいの?」
野坂さんは驚いた顔になる。
「んな訳あらへんがな、こんなモンやで」
久長さんは手で小さな輪っかを作って見せた。
「それに、アップルパイを楽しみにしてたから」
僕は慌ててそう付け加えた。
この身体のせいだろう、僕は沢山食べると思われがちだった。
犬だったときに『何か口に入れられたら満腹だと感じないと辛い』ってずっと思っていたから、どれだけ食べられるのか自分でもまだ分からない状態なのだ。
「切り分けて売る用のパイだから、この人数で分けてもそれなりの量にはなるよ」
パイをプラスチックのナイフで切り分けながら蒔田さんが言う。
「そうそう、3000円も取られたんだぜ、学園祭の模擬店なのに」
荒木が頬を膨らませると
「それでも本来より破格なんだよ、かなり友達プライスにしたんだから
大体、お金払ってくれたの白久さんだろ」
蒔田さんは呆れたように言う。
「荒木と美味しい物を食べられるのです、その満足感で実質プライスレスですよ」
白久は誇らしそうにそう言った。
『お金か…お金があれば、あのお方も僕もあんなにヒモジい惨めな思いをしなくてすんだんだ
僕が強くてケンカに勝てる犬だったら、もっと豊かな暮らしが出来たかもしれない
おとーさんだって、僕やあのお方のことを大事にしてくれたかもしれない
僕が弱虫だったから、あのお方にまで辛い生活をさせてしまったんだ』
それに気がつくと暗い絶望感で押しつぶされそうになる。
けれども闇は
「はい、これ、楽しみにしてたんでしょ?
大きいとこ貰ってきたよ、糖分も取らないと低血糖になっちゃう
飲み物は甘くない方が良い?僕の紅茶無糖だから、少し分けようか?」
野坂さんの言葉で、またあっという間に霧散していった。
彼の声と言葉は僕の心の闇を払ってくれる特別なものなのだ。
ずっと彼の側にいてその声を聞いていたいと強く思った。
今こそ弱虫の僕が飼ってもらうために勇気を出さなければいけない、と痛感するのだった。
野坂さんが手渡してくれた紙コップには、彼が飲んでいる物と同じ物が入っている。
それだけで特別な物に感じられた。
「荒木だけやなく野坂も今日は仕切るなー」
久長さんに言われて
「べつに仕切ってるって訳じゃないと思うけど
伊古田さん、僕の言うことちゃんと聞いてくれるし、それに……
あ、いや、僕の言うこと素直に感心してくれるから何となく」
野坂さんは弁解じみた言葉を口にした。
「まあ、何かほっとけん感じがして世話しとうなるのは確かやけどな」
久長さんが言うと
「そうそう、こんなに大きいのにうちの犬より頼りなさそうと言うか、何かね」
蒔田さんも同意する。
「伊古田はこっちに来たばっかりで、分からないことが多いんだ
前にいたとこは山の中の辺境の地、みたいなとこだったから
かろうじてテレビや電話はあるけど、ネット環境も整備されてなくてさ
スマホも一部の人しか持ってない状態なんだ
皆が伊古田のことを気にかけてくれて嬉しいよ
いろいろ教えて仲良くしてあげて」
荒木が頼むと、皆笑って頷いてくれた。
パイを食べ終わると久長さんと蒔田さんはお店に戻って行った。
「俺はちょっとバイト先に顔出して材料調達してくるよ
やっぱ足りなくなったって連絡入ってる」
スマホを見ながら近戸が言うと
「俺もチカのバイト先に行ってみたい、荷物持ち手伝うね」
直ぐに明戸が反応する。
「俺は戻って焼きの続きだ、白久も手伝って」
「お任せください」
荒木に頼られて白久の目が輝いた。
「と言うわけで、野坂は伊古田を案内してあげて
構内適当にブラブラするだけでも、伊古田には楽しいと思うよ
5時に門の所で待ち合わせよう
それまで個別行動、それで良い?
野坂、他に予定あった?」
荒木に聞かれ
「いや、別に予定はないし、僕も構内見て回ろうとは思ってたから」
野坂さんはチラチラと僕に視線を向けてきた。
「じゃあまた後で、伊古田、楽しんできてね」
荒木達が去っていき、僕と野坂さんだけが席に残された。
「あの、何か見たいものとかある?パンフレットって貰ってきた?
地図が書いてあるやつ」
野坂さんに聞かれ
「見たい物?何があるのかわからないや、パンフレットってやつを貰ってれば書いてあったの?
門の所で何か配ってたのがそうだったのかな、貰ってきた方が良かった?今から行って貰えるかな」
僕は慌ててそう答えた。
必要な物を貰いそびれた僕を野坂さんは何と思うだろう。
きっと、ダメな奴だと呆れられる…そう考えるだけで気分が沈んでいった。
「貰ってないのか、良かった
どうせあっても分かり難いだけだし、ああ、いや、こっちの話
じゃあ、公演時間とか気にせず展示を見たりして、適当にブラブラ出来るね
その方が自由で良いよ
じゃあ、あっちから行ってみよう」
野坂さんの言葉は本当に不思議で素敵だ。
彼は沈みゆく僕を、また明るい場所に引き上げてくれた。
彼につき従って行動することが出来る。
それだけで僕は幸福感に満たされていった。
「はい、貴方について行きます」
野坂さんを見つめながら答えると
「伊古田さんってオーバーだなー」
彼は顔を背けてしまうが、頬が赤くなっていたし言葉には喜びの響きが含まれていたことを感じていた。
それから2人であちこちの催しや模擬店を見て回る。
野坂さんはとても物知りで、展示物について色々教えてくれたけれど、量がありすぎて全部は覚えきれなかった。
僕に教えようとしてくれているのが嬉しくて、説明する彼をじっと見つめてしまう。
その視線に気がついた彼が
「聞いてる?」
と尋ねてくれることすら嬉しかった。
「はい、野坂さんは本当に物知りで感心します」
僕が答えると彼は
「本の受け売りだけどね」
そう言って照れたような笑顔を向けてくれた。
あちこち巡って歩き疲れた僕達は、カフェテリアで飲み物を飲みながら休憩する。
「大学って凄いとこだね、珍しいものがいっぱい過ぎて全部は見れそうにないや」
「今日はスタートが遅かったしね
あの、明日とか、明後日とか、また来れそう?仕事かな
良かったら僕の招待券あげるよ、いや、本当に良かったらだけど
どうせ僕は他にあげる人って親くらいしか居ないし」
野坂さんの嬉しい申し出を断る理由はない。
「仕事は大丈夫、休みの融通きくから
野坂さんから招待券貰えるの凄く嬉しいです
それで、また、案内してもらえると、もっと嬉しいかなって」
ドキドキしながらそう聞いてみた。
「うん、1人で見てもつまらないし、僕も一緒に回ってくれる人が居る方がいいんだ
皆、サークルの手伝いがあって忙しいからさ
あ、それで、その、多分僕の方が年下だと思うし『さん』とか呼ばなくていいから
『野坂』って呼んでくれて構わないよ」
その答えは彼との距離が縮まるような素晴らしい物だった。
「じゃあ、僕のことも『伊古田』って呼んで」
僕は思わず勢い込んで言ってしまった。
彼は少し悩んでいたようだったがコクリと頷いて
「明日も伊古田と見て回るの、楽しみにしてる」
はにかんだ笑みを浮かべながら最高の言葉を口にしてくれるのだった。
それに気が付いた野坂さんが僕の顔をじっと見て
「顔色悪くなってきたんじゃない?水分取ってる?
今日、まだ暑いからマメに水分取った方が良いよ
脱水症状起こすと身体が凄くシンドくなるから
ポカリ、は近戸に取られてるか、じゃあソルティライチとか良いかも
塩分も取れるし
近戸、ソルティライチ取って」
野坂さんが頼むと直ぐに近戸がペットボトルを持ってきてくれた。
「伊古田、大丈夫だ、もう終わったんだよ」
近戸は小さくそう囁いて頭を優しく撫でてくれる。
きっとうなされる明戸を見たことがあるのだろう。
僕達が何に怯えているか、彼には一目瞭然なのだ。
「一気に飲まないで、少しずつゆっくり飲んで
慌てなくて良いから」
野坂さんの指示に従い渡されたペットボトルに口を付けて一口飲むと、甘いフルーツの香りが口の中に広がった。
甘くて少しだけしょっぱい不思議な味だけど、気分がスーッと楽になっていく。
2口、3口と飲むうちに、死の恐怖は霧散していった。
「ありがとう、楽になった、これ美味しいね
ライチって果物?凄く良い匂い」
「あ、うん、中国の楊貴妃が好んで食べたって言われてる果物だよ
プニプニしてて面白い食感なんだ
でも、僕は食感や味より香りが好きかな」
「野坂さんって物知りだね、僕こんな果物あるの全然知らなかった
本物も食べてみたい、スーパーで売ってる?コンビニ?」
僕はペットボトルの絵をシゲシゲと眺めた。
「うちは時期になると生を通販するよ、今はシーズン終わってるから冷凍物しか手に入らないね
コンビニは無理でも、大きいスーパーにはあるかも
そうだ、近戸達のバイト先って冷凍ライチ扱ってる?」
「冷凍の在庫はわからないな
久長、うちって冷凍果物取り扱ってたっけ?」
「さあ、どうやったっけ?ブルーベリーとかオーソドックスなのは見た気がするが
マイタン見たことあるか?」
「俺も見たこと無いや」
そんな彼らの言葉を受けて
「この近辺では売ってないかも」
野坂さんの顔が曇った。
「捜索で遠出したらスーパー見てみる
場所によって売ってるもの違うもんね
美味しそうなもの色々見れて、スーパーって楽しいから好きなんだ」
「実店舗に行くと、通販で売り切れてた物を発見出来たりするしね」
僕が笑うと野坂さんも笑ってくれた。
ひとしきり食べ終わり、アップルパイを切ることになった。
「伊古田さん、結局全然食べなかったじゃない
大丈夫?ここに来る前に何か食べてきたの?」
野坂さんは使われていない僕の紙皿を見てそう聞いてきた。
「久長さんが焼いてくれてお煎餅食べたよ
香ばしくて美味しかった」
僕が答えると
「え?落研の煎餅って、1枚でお腹いっぱいになるほど大きいの?」
野坂さんは驚いた顔になる。
「んな訳あらへんがな、こんなモンやで」
久長さんは手で小さな輪っかを作って見せた。
「それに、アップルパイを楽しみにしてたから」
僕は慌ててそう付け加えた。
この身体のせいだろう、僕は沢山食べると思われがちだった。
犬だったときに『何か口に入れられたら満腹だと感じないと辛い』ってずっと思っていたから、どれだけ食べられるのか自分でもまだ分からない状態なのだ。
「切り分けて売る用のパイだから、この人数で分けてもそれなりの量にはなるよ」
パイをプラスチックのナイフで切り分けながら蒔田さんが言う。
「そうそう、3000円も取られたんだぜ、学園祭の模擬店なのに」
荒木が頬を膨らませると
「それでも本来より破格なんだよ、かなり友達プライスにしたんだから
大体、お金払ってくれたの白久さんだろ」
蒔田さんは呆れたように言う。
「荒木と美味しい物を食べられるのです、その満足感で実質プライスレスですよ」
白久は誇らしそうにそう言った。
『お金か…お金があれば、あのお方も僕もあんなにヒモジい惨めな思いをしなくてすんだんだ
僕が強くてケンカに勝てる犬だったら、もっと豊かな暮らしが出来たかもしれない
おとーさんだって、僕やあのお方のことを大事にしてくれたかもしれない
僕が弱虫だったから、あのお方にまで辛い生活をさせてしまったんだ』
それに気がつくと暗い絶望感で押しつぶされそうになる。
けれども闇は
「はい、これ、楽しみにしてたんでしょ?
大きいとこ貰ってきたよ、糖分も取らないと低血糖になっちゃう
飲み物は甘くない方が良い?僕の紅茶無糖だから、少し分けようか?」
野坂さんの言葉で、またあっという間に霧散していった。
彼の声と言葉は僕の心の闇を払ってくれる特別なものなのだ。
ずっと彼の側にいてその声を聞いていたいと強く思った。
今こそ弱虫の僕が飼ってもらうために勇気を出さなければいけない、と痛感するのだった。
野坂さんが手渡してくれた紙コップには、彼が飲んでいる物と同じ物が入っている。
それだけで特別な物に感じられた。
「荒木だけやなく野坂も今日は仕切るなー」
久長さんに言われて
「べつに仕切ってるって訳じゃないと思うけど
伊古田さん、僕の言うことちゃんと聞いてくれるし、それに……
あ、いや、僕の言うこと素直に感心してくれるから何となく」
野坂さんは弁解じみた言葉を口にした。
「まあ、何かほっとけん感じがして世話しとうなるのは確かやけどな」
久長さんが言うと
「そうそう、こんなに大きいのにうちの犬より頼りなさそうと言うか、何かね」
蒔田さんも同意する。
「伊古田はこっちに来たばっかりで、分からないことが多いんだ
前にいたとこは山の中の辺境の地、みたいなとこだったから
かろうじてテレビや電話はあるけど、ネット環境も整備されてなくてさ
スマホも一部の人しか持ってない状態なんだ
皆が伊古田のことを気にかけてくれて嬉しいよ
いろいろ教えて仲良くしてあげて」
荒木が頼むと、皆笑って頷いてくれた。
パイを食べ終わると久長さんと蒔田さんはお店に戻って行った。
「俺はちょっとバイト先に顔出して材料調達してくるよ
やっぱ足りなくなったって連絡入ってる」
スマホを見ながら近戸が言うと
「俺もチカのバイト先に行ってみたい、荷物持ち手伝うね」
直ぐに明戸が反応する。
「俺は戻って焼きの続きだ、白久も手伝って」
「お任せください」
荒木に頼られて白久の目が輝いた。
「と言うわけで、野坂は伊古田を案内してあげて
構内適当にブラブラするだけでも、伊古田には楽しいと思うよ
5時に門の所で待ち合わせよう
それまで個別行動、それで良い?
野坂、他に予定あった?」
荒木に聞かれ
「いや、別に予定はないし、僕も構内見て回ろうとは思ってたから」
野坂さんはチラチラと僕に視線を向けてきた。
「じゃあまた後で、伊古田、楽しんできてね」
荒木達が去っていき、僕と野坂さんだけが席に残された。
「あの、何か見たいものとかある?パンフレットって貰ってきた?
地図が書いてあるやつ」
野坂さんに聞かれ
「見たい物?何があるのかわからないや、パンフレットってやつを貰ってれば書いてあったの?
門の所で何か配ってたのがそうだったのかな、貰ってきた方が良かった?今から行って貰えるかな」
僕は慌ててそう答えた。
必要な物を貰いそびれた僕を野坂さんは何と思うだろう。
きっと、ダメな奴だと呆れられる…そう考えるだけで気分が沈んでいった。
「貰ってないのか、良かった
どうせあっても分かり難いだけだし、ああ、いや、こっちの話
じゃあ、公演時間とか気にせず展示を見たりして、適当にブラブラ出来るね
その方が自由で良いよ
じゃあ、あっちから行ってみよう」
野坂さんの言葉は本当に不思議で素敵だ。
彼は沈みゆく僕を、また明るい場所に引き上げてくれた。
彼につき従って行動することが出来る。
それだけで僕は幸福感に満たされていった。
「はい、貴方について行きます」
野坂さんを見つめながら答えると
「伊古田さんってオーバーだなー」
彼は顔を背けてしまうが、頬が赤くなっていたし言葉には喜びの響きが含まれていたことを感じていた。
それから2人であちこちの催しや模擬店を見て回る。
野坂さんはとても物知りで、展示物について色々教えてくれたけれど、量がありすぎて全部は覚えきれなかった。
僕に教えようとしてくれているのが嬉しくて、説明する彼をじっと見つめてしまう。
その視線に気がついた彼が
「聞いてる?」
と尋ねてくれることすら嬉しかった。
「はい、野坂さんは本当に物知りで感心します」
僕が答えると彼は
「本の受け売りだけどね」
そう言って照れたような笑顔を向けてくれた。
あちこち巡って歩き疲れた僕達は、カフェテリアで飲み物を飲みながら休憩する。
「大学って凄いとこだね、珍しいものがいっぱい過ぎて全部は見れそうにないや」
「今日はスタートが遅かったしね
あの、明日とか、明後日とか、また来れそう?仕事かな
良かったら僕の招待券あげるよ、いや、本当に良かったらだけど
どうせ僕は他にあげる人って親くらいしか居ないし」
野坂さんの嬉しい申し出を断る理由はない。
「仕事は大丈夫、休みの融通きくから
野坂さんから招待券貰えるの凄く嬉しいです
それで、また、案内してもらえると、もっと嬉しいかなって」
ドキドキしながらそう聞いてみた。
「うん、1人で見てもつまらないし、僕も一緒に回ってくれる人が居る方がいいんだ
皆、サークルの手伝いがあって忙しいからさ
あ、それで、その、多分僕の方が年下だと思うし『さん』とか呼ばなくていいから
『野坂』って呼んでくれて構わないよ」
その答えは彼との距離が縮まるような素晴らしい物だった。
「じゃあ、僕のことも『伊古田』って呼んで」
僕は思わず勢い込んで言ってしまった。
彼は少し悩んでいたようだったがコクリと頷いて
「明日も伊古田と見て回るの、楽しみにしてる」
はにかんだ笑みを浮かべながら最高の言葉を口にしてくれるのだった。