しっぽや(No.225~)
side<IKOTA>
荒木が通う大学の学園祭、そこに招待された僕は飼ってもらいたい人と出会った。
荒木みたいに小柄で可愛らしい人間、でも彼は大きな犬が怖いと言っていた。
きっと僕が犬だと分かったら絶対に近寄ってはくれないだろう。
人間の姿の今の僕ですら、怯えた目でチラチラと見ている。
隣に座られていることが怖い、と、その目が雄弁に語っていた。
僕も大きな犬は怖いので、その気持ちは痛いほどよく分かる。
どうすれば僕が彼の事を襲うような犬ではなく、飼って欲しいと思っているだけだと伝える事が出来るのか、まったくわからなかった。
「白久、そっちのたこ焼き取って、ポップコーンも」
飲み物はコーラで、白久は何にする?」
「私も炭酸にしてみます
荒木、これくらいの量でよろしいですか?」
白久が甲斐甲斐しく荒木の取り皿に食べ物を取り分けている。
飼い主のために出来ることがある彼を羨ましい気持ちで見ていると
「野坂も伊古田に取ってもらえよ、あっち側、届かないだろ?」
荒木がそう言ってくれた。
「自分で取れるよ」
野坂さんは少し険しい声で抗議するが、遠くの物を取ろうとする割り箸がプルプル震えていた。
「あの、僕、お取りします、何が良いか言ってください
飲み物は何にしますか?」
彼のために何か出来るかもしれないと思うだけで嬉しくて、声が少し弾んでしまった。
彼は何だか驚いたような顔で僕を見て
「あ、じゃあ、お好み焼きとチーズドッグをお願いします
飲み物は無糖の紅茶を」
小さな声でそう言ってくれた。
『お好み焼きは分かるけど、チーズドッグ?ムトーの紅茶?』
どれのことだか分からず慌ててしまう。
「伊古田、これがチーズドッグだよ
うちの親、これのこと原宿ドッグって呼んでるけどね
正式名称何て言うんだろうな」
「伊古田、こちらが無糖の紅茶です
伊古田は何にしますか?この『良ーい、お茶』はペットボトルですが、あなどれない美味しさです」
僕の状態に気が付いた荒木と白久がすかさずフォローしてくれたので、野坂さんに望みの物を届けることが出来た。
僕が紙皿を手渡すと
「ども」
野坂さんはペコリと頭を下げてくれた。
飼い主に誉められた気がして胸が熱くなる。
「他に取って欲しい物があったら、遠慮なく言ってください」
そう伝えると、彼はまた頭を下げてくれた。
僕が取り分けたお好み焼きを食べた野坂さんは
「香ばしいと思ったら、小エビが入ってるのか
味は良くなるけどアレルギー表示の方はどうなんだろうね」
そんな難しいことを言っていた。
「粉モンは小麦粉やら卵やら使(つこ)てんねから、今日日(きょうび)アレルギー持ってる奴は買わへんやろ
甘い系も乳製品バリバリやしな」
「リンゴもバラ科だから、アレルギー出る人は出ちゃうんだよね
加熱すれば大丈夫な人もいるから、うちのお菓子類を充実させたくてさ
本当は生で味わって欲しいけど」
「もぎたてのリンゴをそのまま食べるの美味いよなー
リンゴ狩り行ったことあるんだ、信州の方」
「大学の学園祭でアレルゲン除去食出すのは無理だろ
あれって調理器具使い回しもダメだし
こんな時はアレルギー無くて良かったと思うよ」
人間たちが難しそうな話をしているのを、僕達化生は曖昧に頷きながら聞いていた。
もっと人間のことを知らなければダメだ、野坂さんとちゃんと会話できるように勉強しなければ、と思うものの何を学べば良いのか見当が付かなかった。
僕が今分かることと言えば、犬に噛まれると痛い、大きい犬は怖いと言うことくらいしかない。
それでも彼と話をしたくて、人間たちの会話が一段落した時に
「あの、野坂さんも犬に噛まれたの?」
思い切ってそう話しかけてみた。
彼は一瞬『?』と言う表情になったが
「さっきの話ですか?僕は噛まれなかったけど、何人かで一緒に遊んでたときに犬が乱入してきて目の前で友達が噛まれて振り回されたんです
本当に怖かったですよ」
野坂さんは荒木達と話すときより緊張した余所余所しい感じだったけど、ちゃんと答えてくれた。
「野坂さんが噛まれたんじゃなくて良かった
大きい犬に噛まれるの、痛くて本当に怖いから
僕は弱虫だったんで、前にいっぱい噛まれたんです」
『格好悪い会話だな』と思いながらも彼と話せたことが嬉しくて顔が笑ってしまった。
その時、無意識に腕の傷跡をさすっていたようだ。
野坂さんはハッとした顔になり
「え?まさかその腕の柄、噛まれた傷跡が残ってるの…?
だって、あちこちにあるよ」
マジマジと僕の腕を見つめていた。
「噛まれたの1回だけじゃないから」
恥ずかしくて小声で伝えると彼は複雑な表情になった。
過去の情けない話を聞かせてしまったのに、さっきまでの怯えた顔じゃなくなってくれて、僕はホッとするのだった。
「ごめんなさい、タトゥーだとばっかり思ってて、君のこと怖い人なのかなって…
確かにタトゥーにしてはランダムすぎて、図柄が幾何学的でもアニミズム的でもないね
雨の日に傷が痛む、とかあるのかな
首の方まであるよ、よく無事だったね」
野坂さんはさっきより親しげに話しかけてくれた。
そっと腕の傷跡に触れてくる。
その瞬間、今まで感じた事のない甘い痺れが触れられた部分から全身に広がっていき、身体がビクリと反応してしまった。
「ごめん、痛かった?」
野坂さんが慌てて手を離す。
もっと触れていて欲しかった、僕も彼に触れたかった、彼を抱きしめて全身でその存在を確認したかった。
初めて感じた欲望を押し殺し
「ううん、今は全然痛くないよ、噛まれた後に薬を塗ってもらえたからかな
ずっと前に噛まれたけど跡が消えないんだ、最初は見た人がビックリするみたい」
僕は照れ笑いを浮かべて頭をかいた。
「傷だってわかったら、それはビックリするよ
尋常な量じゃないもの、無事で良かったね」
それでもまだ心配そうな顔の彼に
「野坂さんって、すごく優しいんだね」
そう告げてみる。
「いや、そんなこと無いよ…」
彼は小声で呟くと俯いてしまった。
「影森さん、全然食べてないじゃない
早く食べないと無くなっちゃうよ
あ、向こうの人も影森なんだっけ
兄弟?全然似てないね、親戚?」
野坂さんは話題を変えるように言うと白久や明戸に目をやった。
「兄弟とかじゃないけど、職場ではそう名乗るように言われてるんだ
僕は伊古田が名前だよ」
「職場で?偽名が必要な職場?コードネームみたいな?」
野坂さんの瞳に興味の光がともった。
自分では判断がつかず荒木に目をやると、笑って頷いている。
それで僕は思いきって
「あの、ペット探偵の所員やってます
まだ見習いみたいなもので、教えてもらいながらだけど」
そう言ってみた。
「探偵!!」
野坂さんの瞳が輝いた。
「探偵やってる人、本当に居るんだ!初めて会った!」
彼は身を乗り出してマジマジと僕を見ている。
その瞳に見つめられるだけで、鼓動が速まっていった。
「野坂、ペット探偵だってば
殺人事件や汚職なんかとは無縁だし、浮気調査すらやってないから
迷子になった犬や猫を捜してくれるだけ
俺も近戸も猫がお世話になった縁で親しくしてるんだ」
荒木が言い添えてくれたので、何と説明したものか悩んでいた僕はホッとした。
「猫は分かるけど、犬は帰巣本能ってあるんじゃないの?
そう言えば、はぐれた猟犬が家に帰る途中に事件に巻き込まれる感じのミステリーがあった気がする
社会派の作品だったかな
首輪に証拠品を括り付けた犬を捜して欲しいとか、依頼無いの?」
野坂さんは諦めきれないような感じで聞いてきた。
「無い無い、犬は大体『雷に驚いて』とか『散歩中に喧嘩になって』みたいな理由で迷子になるだけ
お祭りの時は『屋台の匂いに夢中になって』もあるけど
飼い主とはぐれたことに気が付くとパニックになるから、交通事故が心配なんだよ
事故にあったり人間に危害を加える前に確保するのが仕事
だから、居なくなったことに気が付いたらすぐ連絡欲しいんだよね」
荒木の説明に
「何か、やけに詳しいじゃん
頼んだのは猫でしょ」
野坂さんは不満そうな顔になる。
「あー、そこのペット探偵事務所が俺のバイト先なんだ
一応オフレコにしといて、あんまり騒がれると彼らの迷惑になるから
大きな会社じゃないし、今のとこそんなに手広くやってないんだ
あ、でも、蒔田のとこの犬が迷子になったら捜索協力するよ」
「いやー、うちの犬はリンゴ園のパトロールしてるんで地理は頭に入ってるし、近所でも有名だから誰かが連絡くれるよ
なんせ、田舎だからさ、町中知り合いみたいなものなんだ」
「何だー、青森行ってみたかったのに
ちょっと足延ばせば秋田犬保存会に行けそうじゃん」
「荒木、秋田犬好きなの?俺、秋保行ったことあるよ
ちょうど子犬が居てさ、可愛かったー」
「マジ?良いなー」
荒木と蒔田さんは別の話題で盛り上がり始めた。
「あの、もし、野坂さんが犬や猫飼ってて迷子になったら、僕、頑張って捜します
ここに連絡してください
後、これ、僕のスマホの番号
覚えられないからシール作ってもらったんだ」
僕は名刺入れから1枚取り出し裏にシールを貼ると、怖ず怖ずと差し出した。
野坂さんはそれを受け取って
「影森…、伊古田さんて優しいんだね」
そう言って少し笑ってくれた。
名刺にはハールクイン柄のグレート・デーンの写真が印刷されている。
「お友達噛んだの、この犬だった?」
恐る恐る聞いてみると
「ううん、茶色くてもっとガッシリした犬
大人達は土佐の闘犬だって言ってたかな」
彼の答えに背筋が凍る。
それは僕を噛み殺した犬と同じだった。
荒木が通う大学の学園祭、そこに招待された僕は飼ってもらいたい人と出会った。
荒木みたいに小柄で可愛らしい人間、でも彼は大きな犬が怖いと言っていた。
きっと僕が犬だと分かったら絶対に近寄ってはくれないだろう。
人間の姿の今の僕ですら、怯えた目でチラチラと見ている。
隣に座られていることが怖い、と、その目が雄弁に語っていた。
僕も大きな犬は怖いので、その気持ちは痛いほどよく分かる。
どうすれば僕が彼の事を襲うような犬ではなく、飼って欲しいと思っているだけだと伝える事が出来るのか、まったくわからなかった。
「白久、そっちのたこ焼き取って、ポップコーンも」
飲み物はコーラで、白久は何にする?」
「私も炭酸にしてみます
荒木、これくらいの量でよろしいですか?」
白久が甲斐甲斐しく荒木の取り皿に食べ物を取り分けている。
飼い主のために出来ることがある彼を羨ましい気持ちで見ていると
「野坂も伊古田に取ってもらえよ、あっち側、届かないだろ?」
荒木がそう言ってくれた。
「自分で取れるよ」
野坂さんは少し険しい声で抗議するが、遠くの物を取ろうとする割り箸がプルプル震えていた。
「あの、僕、お取りします、何が良いか言ってください
飲み物は何にしますか?」
彼のために何か出来るかもしれないと思うだけで嬉しくて、声が少し弾んでしまった。
彼は何だか驚いたような顔で僕を見て
「あ、じゃあ、お好み焼きとチーズドッグをお願いします
飲み物は無糖の紅茶を」
小さな声でそう言ってくれた。
『お好み焼きは分かるけど、チーズドッグ?ムトーの紅茶?』
どれのことだか分からず慌ててしまう。
「伊古田、これがチーズドッグだよ
うちの親、これのこと原宿ドッグって呼んでるけどね
正式名称何て言うんだろうな」
「伊古田、こちらが無糖の紅茶です
伊古田は何にしますか?この『良ーい、お茶』はペットボトルですが、あなどれない美味しさです」
僕の状態に気が付いた荒木と白久がすかさずフォローしてくれたので、野坂さんに望みの物を届けることが出来た。
僕が紙皿を手渡すと
「ども」
野坂さんはペコリと頭を下げてくれた。
飼い主に誉められた気がして胸が熱くなる。
「他に取って欲しい物があったら、遠慮なく言ってください」
そう伝えると、彼はまた頭を下げてくれた。
僕が取り分けたお好み焼きを食べた野坂さんは
「香ばしいと思ったら、小エビが入ってるのか
味は良くなるけどアレルギー表示の方はどうなんだろうね」
そんな難しいことを言っていた。
「粉モンは小麦粉やら卵やら使(つこ)てんねから、今日日(きょうび)アレルギー持ってる奴は買わへんやろ
甘い系も乳製品バリバリやしな」
「リンゴもバラ科だから、アレルギー出る人は出ちゃうんだよね
加熱すれば大丈夫な人もいるから、うちのお菓子類を充実させたくてさ
本当は生で味わって欲しいけど」
「もぎたてのリンゴをそのまま食べるの美味いよなー
リンゴ狩り行ったことあるんだ、信州の方」
「大学の学園祭でアレルゲン除去食出すのは無理だろ
あれって調理器具使い回しもダメだし
こんな時はアレルギー無くて良かったと思うよ」
人間たちが難しそうな話をしているのを、僕達化生は曖昧に頷きながら聞いていた。
もっと人間のことを知らなければダメだ、野坂さんとちゃんと会話できるように勉強しなければ、と思うものの何を学べば良いのか見当が付かなかった。
僕が今分かることと言えば、犬に噛まれると痛い、大きい犬は怖いと言うことくらいしかない。
それでも彼と話をしたくて、人間たちの会話が一段落した時に
「あの、野坂さんも犬に噛まれたの?」
思い切ってそう話しかけてみた。
彼は一瞬『?』と言う表情になったが
「さっきの話ですか?僕は噛まれなかったけど、何人かで一緒に遊んでたときに犬が乱入してきて目の前で友達が噛まれて振り回されたんです
本当に怖かったですよ」
野坂さんは荒木達と話すときより緊張した余所余所しい感じだったけど、ちゃんと答えてくれた。
「野坂さんが噛まれたんじゃなくて良かった
大きい犬に噛まれるの、痛くて本当に怖いから
僕は弱虫だったんで、前にいっぱい噛まれたんです」
『格好悪い会話だな』と思いながらも彼と話せたことが嬉しくて顔が笑ってしまった。
その時、無意識に腕の傷跡をさすっていたようだ。
野坂さんはハッとした顔になり
「え?まさかその腕の柄、噛まれた傷跡が残ってるの…?
だって、あちこちにあるよ」
マジマジと僕の腕を見つめていた。
「噛まれたの1回だけじゃないから」
恥ずかしくて小声で伝えると彼は複雑な表情になった。
過去の情けない話を聞かせてしまったのに、さっきまでの怯えた顔じゃなくなってくれて、僕はホッとするのだった。
「ごめんなさい、タトゥーだとばっかり思ってて、君のこと怖い人なのかなって…
確かにタトゥーにしてはランダムすぎて、図柄が幾何学的でもアニミズム的でもないね
雨の日に傷が痛む、とかあるのかな
首の方まであるよ、よく無事だったね」
野坂さんはさっきより親しげに話しかけてくれた。
そっと腕の傷跡に触れてくる。
その瞬間、今まで感じた事のない甘い痺れが触れられた部分から全身に広がっていき、身体がビクリと反応してしまった。
「ごめん、痛かった?」
野坂さんが慌てて手を離す。
もっと触れていて欲しかった、僕も彼に触れたかった、彼を抱きしめて全身でその存在を確認したかった。
初めて感じた欲望を押し殺し
「ううん、今は全然痛くないよ、噛まれた後に薬を塗ってもらえたからかな
ずっと前に噛まれたけど跡が消えないんだ、最初は見た人がビックリするみたい」
僕は照れ笑いを浮かべて頭をかいた。
「傷だってわかったら、それはビックリするよ
尋常な量じゃないもの、無事で良かったね」
それでもまだ心配そうな顔の彼に
「野坂さんって、すごく優しいんだね」
そう告げてみる。
「いや、そんなこと無いよ…」
彼は小声で呟くと俯いてしまった。
「影森さん、全然食べてないじゃない
早く食べないと無くなっちゃうよ
あ、向こうの人も影森なんだっけ
兄弟?全然似てないね、親戚?」
野坂さんは話題を変えるように言うと白久や明戸に目をやった。
「兄弟とかじゃないけど、職場ではそう名乗るように言われてるんだ
僕は伊古田が名前だよ」
「職場で?偽名が必要な職場?コードネームみたいな?」
野坂さんの瞳に興味の光がともった。
自分では判断がつかず荒木に目をやると、笑って頷いている。
それで僕は思いきって
「あの、ペット探偵の所員やってます
まだ見習いみたいなもので、教えてもらいながらだけど」
そう言ってみた。
「探偵!!」
野坂さんの瞳が輝いた。
「探偵やってる人、本当に居るんだ!初めて会った!」
彼は身を乗り出してマジマジと僕を見ている。
その瞳に見つめられるだけで、鼓動が速まっていった。
「野坂、ペット探偵だってば
殺人事件や汚職なんかとは無縁だし、浮気調査すらやってないから
迷子になった犬や猫を捜してくれるだけ
俺も近戸も猫がお世話になった縁で親しくしてるんだ」
荒木が言い添えてくれたので、何と説明したものか悩んでいた僕はホッとした。
「猫は分かるけど、犬は帰巣本能ってあるんじゃないの?
そう言えば、はぐれた猟犬が家に帰る途中に事件に巻き込まれる感じのミステリーがあった気がする
社会派の作品だったかな
首輪に証拠品を括り付けた犬を捜して欲しいとか、依頼無いの?」
野坂さんは諦めきれないような感じで聞いてきた。
「無い無い、犬は大体『雷に驚いて』とか『散歩中に喧嘩になって』みたいな理由で迷子になるだけ
お祭りの時は『屋台の匂いに夢中になって』もあるけど
飼い主とはぐれたことに気が付くとパニックになるから、交通事故が心配なんだよ
事故にあったり人間に危害を加える前に確保するのが仕事
だから、居なくなったことに気が付いたらすぐ連絡欲しいんだよね」
荒木の説明に
「何か、やけに詳しいじゃん
頼んだのは猫でしょ」
野坂さんは不満そうな顔になる。
「あー、そこのペット探偵事務所が俺のバイト先なんだ
一応オフレコにしといて、あんまり騒がれると彼らの迷惑になるから
大きな会社じゃないし、今のとこそんなに手広くやってないんだ
あ、でも、蒔田のとこの犬が迷子になったら捜索協力するよ」
「いやー、うちの犬はリンゴ園のパトロールしてるんで地理は頭に入ってるし、近所でも有名だから誰かが連絡くれるよ
なんせ、田舎だからさ、町中知り合いみたいなものなんだ」
「何だー、青森行ってみたかったのに
ちょっと足延ばせば秋田犬保存会に行けそうじゃん」
「荒木、秋田犬好きなの?俺、秋保行ったことあるよ
ちょうど子犬が居てさ、可愛かったー」
「マジ?良いなー」
荒木と蒔田さんは別の話題で盛り上がり始めた。
「あの、もし、野坂さんが犬や猫飼ってて迷子になったら、僕、頑張って捜します
ここに連絡してください
後、これ、僕のスマホの番号
覚えられないからシール作ってもらったんだ」
僕は名刺入れから1枚取り出し裏にシールを貼ると、怖ず怖ずと差し出した。
野坂さんはそれを受け取って
「影森…、伊古田さんて優しいんだね」
そう言って少し笑ってくれた。
名刺にはハールクイン柄のグレート・デーンの写真が印刷されている。
「お友達噛んだの、この犬だった?」
恐る恐る聞いてみると
「ううん、茶色くてもっとガッシリした犬
大人達は土佐の闘犬だって言ってたかな」
彼の答えに背筋が凍る。
それは僕を噛み殺した犬と同じだった。