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しっぽや(No.225~)

「いきなりデザートになっちゃうけど、まずはスイーツ研究会に行くか
 最近友達が入会したんだ、リンゴデザートを極めて実家の役に立ちたいんだってさ
 蒔田(まいた)って、真面目だよな」
「サークル入っても、バイトもかなりシフト入れてるしな
 『繁忙期の農家に比べたら忙しくない』って、ブラック根性身についてるよ、あいつ」
そんな話を聞いていると甘い匂いが漂ってきた。
先程までのソース系とは違うけど、こちらも食欲をそそる匂いだ。

「荒木、近戸、アップルパイ1ホールお買い上げ、ありがとう」
簡易テントのお店屋さんから、近戸と同じくらいの背丈の人間が出てきた。
「奢りじゃないのかよー」
「おまけでクッキー付けるよ、ほら、2人の好きそうなにゃんこクッキー
 お土産用は別売りね」
「蒔田って何気に商魂たくましいよな」
楽しそうに笑いあう人間を見ていると、僕も楽しい気分になった。

「それじゃ、ちょっと抜けてきます」
蒔田という人が加わり、僕達はまた移動する。
「久長は落研手伝うって言ってたっけ
 漫才じゃないんだ、って聞いたら『敵を知り己を知れば百戦危うからず、や』だってさ
 どんな理由だよ」
「関西弁だと軽く感じるけど、あいつしっかりした奴だよな
 東西の文化の違いが面白いから、論文書いてみたいって前に聞いたよ
 確かに、俺も学校で久長と知り合って似たようなことは感じた
 自分の周りにある『日本』って、かなり局地的だったんだなって」
「あ、俺も思った、東北から見ると関東はまだしも関西なんて本当に未知の領域だったから」
人間たちの話は難しくて僕にはよく分からない。
飼い主が出来た時、きちんと話すことが出来るのか考えると、少し不安になってしまった。


今度は醤油の焦げる匂いが漂ってきた。
匂いにつられて前方を見ると、簡易テントのお店で何か焼いていたが鉄板を使用してはいなかった。
「良いタイミングで来よったな、焼きたての煎餅なんて中々味わえへんで
 1枚100円、まいどおおきに」
焼いていた人が手際よく紙でくるんだ煎餅を皆に手渡してくれる。
「あ、お金…」
慌てる僕に
「今回の支払いは私に任せてください、荒木に良いところをみせたいので」
白久が耳打ちして全員分のお金を払っていた。

「兄ちゃん、気前いいなー」
お金を受け取った人は驚いた顔で白久を見ている。
「今回色々食べてみたいと思いまして、お金を貯めて参りました
 是非、皆様のお力もお借しください
 まだまだ他にも美味しそうなものが沢山売っていましたね
 お勧めがあれば教えてください」
「そーゆーことなら任せとき、しっかり協力しちゃるわ
 昼休憩、ちょっと抜けるで」
他の人にそう断って、彼も一緒に行動することになった。

何故だろう、彼が話す声を聞いていると、とても懐かしい気持ちになる。
怖くて優しいありふれた日常、そんなことを思わせた。
あの声で怒鳴られたら腰が抜けるほどすくみ上がるし、あの声で優しい言葉をかけられたら尻尾が千切れるほど振ることが出来る。
荒木や近戸、他の化生と話していてそんな感覚になった事はなかった。
焼きたての煎餅をチビチビかじりながら彼のことを見ていると
「久長に何か感じた?飼って欲しい?」
荒木が小声で聞いてきた。
「分からないけど、何だか声が懐かしい気がして…」
自分でもよく分からず上手く説明できなかった。

「声じゃなく、言葉のイントネーションが懐かしいのかもな
 闘犬が盛んだったのは四国の方だろ?
 久長は兵庫出身だけど、俺たちの話す言葉より近いだろうから」
近戸が指摘すると
「そっか、確かに飼い主に対する反応としては淡々としてるかな
 白久なんて最初からグイグイきて凄かったもん」
荒木はため息を付いた。
『グイグイくる白久』と言う言葉が想像つかず、お店を見ている白久をマジマジと見つめてしまった。


「今日って、昼頃に野坂も来るって言ってたよな
 もう着いてるかな、ちょっと連絡してみる
 どうせならメンツ多い方が種類いけるもんな」
荒木はスマホを取り出して操作し始める。
「食いもんばっかで、飲み物系全然買(こ)うてないわ
 適当にペットボトル10本頼んでや
 支払いはこっちの兄ちゃんがしてくれるから、レシート捨てずに持って来いって言(ゆ)うたって」
荒木はその言葉に頷き通話を開始する。

「あ、もしもし、野坂?今日って学園祭来る?
 今から皆で模擬店美味いもの祭りしようと思っててさ、一緒にどう?
 もう一通り食い物は買ってあるから、コンビニで飲み物買ってきてくれない?
 うん、適当に10本くらい、じゃあ頼んだ
 門の近くで待ってるから」
通話を終えた荒木は
「丁度、近くまで来てたとこらしい
 荷物が重くなるってブツブツ言ってたけど、タイミング良かったな」
そう言って笑っていた。

それで僕達は大量の食べ物を持って、門の辺りまで移動していった。



門の近くで待っていると、徐々に心地よさに襲われた。
春の日差しよりもっと暖かで優しい感覚。
辺りを見回して行き交う大勢の人たちを見ても、そんなことを感じて立ち止まっている者は見あたらなかった。
白久や明戸、と言った他の化生もそれは同じで普通にしゃべっている。
僕だけが暖かさに包まれてうっとりとしていた。

「あ、来た来た」
何かに気が付いた荒木が門の方に移動する。
コンビニの袋を2つ持った人が荒木の方に近寄り
「重かったよ、足りないって言われるのもイヤだし好みも分からなかったから多目に買ったんだ」
少しムクレた顔をする。
「ありがと、後でレシートちょうだい、彼がお金払ってくれるから」
白久がすかさず荒木のそばに近寄り頭を下げると、その人物は驚きと恐れがが混ざったような表情になった。
「お買い物ありがとうございます、助かりました」
「あ、はい…」
彼は不安げに荒木に目を向ける。

「ああ、彼は俺の知り合いで学園祭に招待した人なんだ
 影森白久さん
 で、あっちの人が影森明戸さんで、こちらが影森伊古田さん」
荒木は僕達を紹介しながらこちらに視線を向け、ハッとしたような顔になった。
それで僕はきちんと挨拶を返さなければ、と気が付いた。
「あの、影森伊古田です、よろしくお願いします
 仲良くしてもらえると嬉しいです」
何かもっと違うことを言いたかった気もするけれど、武衆の皆に初めてしたような挨拶しか口から出てこなかった。
「野坂 始(のさか はじめ)です、どうも」
彼は小さな声でボソボソと呟くように教えてくれた。
『野坂 始』その名前が僕の心の中で優しい暖かさ変わっていく。
僕は彼に飼って貰いたいと感じていた。


「あそこのテラス空いてる、あそこで食べよう
 白久と伊古田、野坂の荷物持ってあげて」
荒木が言うと
「どうぞ、お荷物をお借しください」
白久がすかさず手を出した。
「ぼ、僕も持ちます」
僕も慌てて彼に向かって手を差し出した。
彼からビニール袋を受け取るとき、ほんの少しだけ手が触れ合った。
そこから甘く痺れるような感覚が広がっていく。
彼と巡り会えたことが、泣きたいくらい幸福だった。
「伊古田、皆で協力するから」
すれ違った近戸と明戸がそっと囁いて目配せしてくれる。
彼らには僕の状態が分かったようだ。
『仲間』がいてくれることがとてもありがたかった。


「野坂ってさ、犬、嫌い?」
荒木がさりげなく聞いている。
「嫌いって言うか、積極的に好きじゃないだけ
 特に大きい犬って怖くて近寄りたくないよ
 小学生の時に同級生が噛まれたんだ
 大きくて毛が短い犬で、噛まれて振り回されたから骨折しちゃって大惨事
 指を噛み千切られなかったのが不幸中の幸いだ、って周りの大人は言ってたけど幸いじゃないよそんなの、不幸しかないじゃん」
野坂さんは心底怖そうに身を震わせた。
「ぐっ…桜さんと同じパターン…」
荒木は顔を歪めていたが、野坂さんが不審そうな顔を向けると
「いや何でもない、こっちの話」
慌てて取り繕ったような笑顔を向けていた。

『野坂さんは大きい犬、怖いんだ
 僕のことも怖がるよね、さっき僕を見て怯えた顔になったし
 大きい犬に噛まれるの僕も怖いから、気持ちはすごくわかる
 でも僕は、野坂さんのこと噛まないのに、僕を見て笑って欲しいのに…
 どうすれば良いのか、全く分からないや』
困り果てている僕に
「新郷も同じ様な条件で桜さんを飼い主に出来ました
 大丈夫、荒木も協力してくれますから
 今回、荒木と近戸がこの場を設けてくださったのです
 2人ともここに伊古田の飼い主候補がいると気が付いていたようでした
 後は貴方の頑張りで、道は切り開けます」
白久がそう囁いてくれる。
先ほどすれ違った明戸と近戸を思い出し、頑張ってみようという気持ちになった。
「ありがとう白久、君たちがいてくれて、仲間がいてくれて嬉しいよ
 犬だったとき周りにいた同じ様な犬は直ぐ死んじゃってたから、仲間なんていなかった
 もう、あの時とは違うんだ」
僕の言葉に白久は優しく微笑んでくれた。


テラス席に着くと
「野坂、ここ座りなよ、伊古田はそっちな
 白久は俺の隣で、明戸、近戸、蒔田、久長、っと」
荒木が座る場所を指示してくれる。
皆特に不満はないようでその指示に従ったが、野坂さんだけは隣に座る僕を見て怖そうな顔をしていた。
「何や、今日は仕切るな」
「大学の学園祭なんて初めてだから、ちょっと浮かれてんだ
 さあ食べよう、早く食べないと無くなっちゃう」
「荒木、今日のメンツなら1人に食い尽くされる心配ないから
 飲み物ここに置くんで、好きなの取って」
「アップルパイは味が馴染んでからの方が美味しいよ
 これは最後に食べよう
 まずはソース系かな、醤油はさっき食べたし」
皆、割り箸で自分の紙皿に思い思いの料理をのせていく。

さっきお煎餅を食べたからお腹は空いていないし隣に座る野坂さんが気になって、僕は料理を取ることも出来ず固まってしまうのだった。
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