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しっぽや(No.225~)

事務所で他に何人かの化生に会った後、いよいよ新しい家である『影森マンション』に行くことになった。
波久礼に案内されて着いた場所には、見上げるほど大きな建物が建っていた。
「これ、家なの?この中に人が住んでるの?」
犬だった頃、集合住宅というものが出来始めていたがこんなに大きかったかどうか記憶が曖昧だった。
あのお方がテレビで見たという『団地』がこんな物なのだろうか。
口を開けて上を見ている僕に
「ここから入るんだ、この広場のような所が『エントランス』
 全世帯の郵便受けがあるが、私達には手紙は来ないのであまり馴染みのない場所だな
 新しく『宅配ボックス』が作られている
 事前に申請すれば頼んだ荷物を入れておいてもらえるとか
 長瀞もたまに利用していると言っていたから、使い方は彼に聞いてくれ
 お取り寄せに便利らしい
 この奥がエレベーターで、私達が利用するのはこちらだ
 しっぽや所員の暮らす階まで直通で、暗証番号を入れないと動かない
 番号は毎日変わり毎朝メールで送られるが、伊古田は暫く他の所員と一緒に移動した方が良さそうだな
 他の住民と顔を合わせることなく移動出来るけれど、エントランスで会ったときなどは挨拶するよう心がけてくれ
 あまり交流がないのも不自然だからな」
波久礼は色々教えてくれるが、一気に覚えられそうになかった。

「私はゲンと長瀞に用事があるので、他の階で降りるよ
 伊古田はそのまま2階上まで乗って行ってくれ
 降りて真っ直ぐに進み、突き当たりの白久の部屋に荒木がいる
 引っ越しを手伝ってくれるから、まずはそこに行ってからだな
 三峰様がお作りになった腕輪を荒木と白久に渡しておいてくれ
 こちらは日野と黒谷用だ、袋に名前が書いてあるので間違えないだろう」
波久礼に渡された袋を持ち、緊張しながらエレベーターに乗る。
波久礼は途中で降りてしまったので、ここからは1人で行かなければならない。
階数と部屋番号が書かれている紙を持ち、何度も確認しながら白久の部屋の前にたどり着いた。
チャイムを押すと荒木が出迎えてくれる。
荒木より大きな人間も一緒にいた。
彼は明戸の飼い主で、大滝近戸と名乗ってくれた。
化生であるということを気にせずに接する事が出来る人間に会えて、今までの緊張が解けていった。
2人とも化生を飼っているからだろうか、他の人間には感じられない優しい暖かさがあった。


三峰様からの預かり物を荒木に渡してから、僕が住むことになる部屋に案内される。
元々白久の部屋だったので、荒木は置いてある物の使い方に詳しくて僕に色々説明してくれた。
犬だったときは人間の部屋になんて入ったことがなかったし、三峰様のお屋敷とも勝手が違い、またしても情報の多さに頭がパンクしてしまいそうだった。
でも荒木が『皆に何度聞いても良い』と言ってくれたので不安は軽くなった。

少ない荷物を片付けた後、帰ってきた白久と一緒に双子猫の部屋で料理を作ることになった。
皆、手際よく材料を切ったり炒めたりして料理を作っていく。
「1人でも炊飯器で多めにご飯を炊いて、オニギリにして冷凍しておくと良いですよ
 ラップにくるんで個別にするんです
 シャケや昆布を入れておけば朝寝坊したときも手早く食べて出られますし、塩と卵を足して雑炊にするのもオススメです
 1人用の土鍋は新居に持って行ってしまったので、そのうち新しい物を買いに行きましょう」
「最初から全部作ろうとせず、コンビニのお弁当やお総菜も活用して徐々に馴れていってください」
「いや、総菜っていったらスーパーが品数豊富だし、店内で作ってるから美味いよ
 仕事終わってから行くと安くなっててお得だぜ」
白久も猫達も色々なことを教えてくれる。

「これ、巻いてみますか?
 こうやってエビがキレイに見えるよう巻いてみてください」
白久の指導により、僕は白い物にエビや野菜を入れて巻いていった。
「これ、布?これごと食べるの?」
自分が何を作っているのか僕にはわからなかった。
「ライスペーパーと言って米粉で出来た皮です、ベトナムの料理だそうですよ」
「生春巻き用のタレが無いけどどうする?」
「荒木はあまりあの味が好みでは無いらしいので、いつもポン酢やめんつゆを使ってます」
「そっちの方が美味しそうですね、実は私も甘辛いのは苦手で作ったことはありませんでした
 甘じょっぱいのは美味しいと思うのですが」
3人はそんな会話の後僕をみて
「こんな感じで、自分の好きな味を探して楽しむのも良いんですよ
 お屋敷の料理番達のように基礎知識が入ってないですから
 今は色んな調味料がスーパーで買えますから試してみてください」
少し悪戯っぽい顔で笑ってみせていた。

出来上がった料理は料理番が作ってくれる物とは違う味が多く、自分も作るのを手伝ったということもあって、とても美味しかった。
飼い主が出来たら僕もこんな風に食べてもらいたいと思うのだった。



しっぽやではふかやと組みながら、捜索の仕方を覚えていった。
覚えなければいけないことは山のようにある。
「現代って大変だ、犬だったときはあまり人の生活が身近じゃなかったから、当時と何が変わっているのかすらわからないよ
 皆が教えてくれて本当に助かってる、ありがとう」
控え室で僕は皆にお礼を言った。
「伊古田は飲み込みが早くて頼もしいよ、すぐ1人で捜索に出れるようになりそうだもの」
組んでいるふかやに誉められて、嬉しい気持ちになる。
「町中で大きい犬に会うとまだ怖いけど、皆、利口だね」
「最近の大型犬は、俺みたいに学校に行ってるからな
 俺の生徒だって、優秀な犬ばっかだしさ」
「犬が学校に行くなんて、凄い時代だよ
 あのお方も学校が好きって言ってた、色々教えてもらえるのが楽しいんだって」
空と話しているとお屋敷のハスキー達を思い出して懐かしくなった。

皆で話している最中、ひろせが急にソファーから立ち上がり
「そうだ、僕、今日はバケツプリン作ってみたんです
 流石に自立してくれないから、皆で掬(すく)って食べましょう
 朝に冷蔵庫に入れたので、もう十分冷えてると思いますよ
 味変用のカラメルソースと生クリームもあります」
そう言って冷蔵庫に向かって行った。
「バケツプリン、トノとチカにも受けそうですね
 後で作り方教えてください」
「私は器(うつわ)を用意しますか、お玉とスプーンと小鉢…
 塩気も欲しくなりそうなので、お煎餅も開けましょう」
ここの控え室は、少しでも時間があるとおやつ休憩に突入する。
1日1回、残飯の残り汁を貰っていた犬の時とは凄い違いだった。


準備をしていた白久が何かに気が付いたように顔を上げ、期待した瞳で控え室のドアを見つめだした。
程なくノックの音がして
「ちょっと早いけど、来ちゃった
 教授が急に具合悪くなって休講になったんだ」
そんな荒木の声が聞こえてきた。
白久は荒木の分の器も用意し
「せっかくなのでポテチも開けましょう、こちらの味はまだ召し上がっていないと言っていたし、後は…」
次々とお菓子を用意していた。
荒木が扉を開けて控え室に入ってくると
「荒木、良いタイミングです、今からひろせお手製のバケツプリンを食べようと準備しておりました
 ポテチやお煎餅も色々用意してみましたよ」
白久は頬を赤らめて飼い主の元に移動する。
微笑ましくも羨ましい光景だった。

「やったー!美味しそう、日野が居なくて良かった
 あいつが居たら、1人で全部食べちゃってたよ」
荒木は嬉しそうな顔でテーブルの上を見回していたが
「伊古田、どう?ここには馴れた?
 捜索の結果とか、良い感じだって聞いたよ」
僕に気が付くとそう聞いてくれた。
「ふかやが分かりやすく教えてくれるから何とか覚えてるよ
 後、白久にもこの部屋での良い寝方を教わった」
そう答えたら
「馴染んでくれて良かった」
荒木は優しい目で僕を見てくれた。

「荒木、まずはプリンだけでどうぞ」
白久に手渡された小鉢からプリンを掬い口にして
「食感がなめらかで卵の味が濃いね、美味しい
 甘さ控えめのジャムとかフルーツの爽やか系も合いそう
 タケぽんにも食べさせた?」
「はい、小さく切ったマシュマロをのせてプリントーストにアレンジしてました」
「あいつらしい自由な発想だ、2人は良いコンビだね」
荒木はそう誉めていた。
化生の飼い主は自分の化生以外にも優しくしてくれる。
それが荒木や近戸から感じる温かさなのかな、と思ったが同じように優しくても日野や遠野からは感じないのが自分でも不思議だった。


「そうだ伊古田、来月頭にうちの大学で学園祭があるんだけど、一緒に行ってみない?
 学校でやるお祭りみたいなものなんだ
 知り合い5人まで招待できるから、白久と一緒にどうかなって
 明戸も誘われてるだろ?」
「うん、最初は俺だけで様子みて、別の日に皆野とトノも誘うって言ってたよ」
「俺も日野は日を改めて誘うつもり」
せっかく荒木に誘われても、それがどんな場所だか全くわからなかった。
それに僕が先に誘われるのも皆に悪い気がする。
「伊古田、せっかくなので行ってみませんか?
 大学までの道順は覚えておりますので案内はお任せください
 お祭りなら人出も多く、飼っていただきたい方がみつかるかもしれませんよ」
荒木の飼い犬である白久に言われると、自分だけ誘われた罪悪感が少し薄らいだ。

「あの、僕なんかが行っても良いなら行ってみたいです
 でも、どんな格好をしていけば良いのかな
 お祭りなら浴衣とか?僕、持ってないから変に思われるかも」
オドオドと答えたら
「その辺は大丈夫、ウラかカズハさんにでもスタイリングして貰うから
 服は借りれば良いよ
 伊古田は細いからダブツきそうだけど、その辺は格好良くどうにかしてくれるって
 じゃあ決まり、近戸に連絡しとくよ
 後は黒谷に休みをもらって、と」
荒木はテキパキと予定を立てていく。

こうして僕は荒木が通う学校のお祭りに行ってみることになったのだった。
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