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しっぽや(No.11~22)

side〈ARAKI〉

待ちに待ってた夏休み!
俺(野上荒木)は終業式を終えた後、そのままバイト先であるしっぽやの事務所に向かっていた。
暑い道を歩いている俺の足取りは軽かった。
『白久と会える時間が増える』
そう思うだけで、自然と顔がニヤケてしまう。
『白久の仕事が休みの時とか、どっか遊びに行きたいな』
そんなことを考えながら事務所への階段を上ると、何だか大勢の声が聞こえてきた。
『え?団体の依頼人?』
俺は疑問に思いながら扉をノックして、中に入る。
事務所内はいつにもまして、人口密度が高かった。


「貴方が陸、貴方が海ですね」
「すげー!兄貴だって、たまに俺達の事呼び間違えるのに、カズハもう俺達の見分けつくんだ!」
「当たり前だろ?
 カズハはトリマーでもあるんだぜ
 犬のプロってもんよ!」
「なんと良いお方に飼っていただけることになったものだ」
波久礼と、1回だけ会ったことがあるシベリアンハスキーの化生のようだが…
『あれ?』
そこには同じ顔が3人並んでいた。

俺がポカンとその一団を見ていると、取り囲まれていた人が大きな化生達の隙間から俺を見つめてきた。
『わ、何か可愛い感じの人』
その人は眼鏡をかけて、長めの髪を後ろで一つに縛っている。
「こんにちは、貴方は初めて見る顔ですね」
彼はニコニコしながら、俺にそう話しかけてきた。
「あ、こんにちは」
俺も慌てて挨拶を返す。
「とても可愛らしいけれど、快活そうだ
 猫と言うより犬?和犬かな?小さいし、柴犬?」
勘違いされている事がわかるその人の言葉に
「えっと、俺、人間です」
俺は焦ってそう返事を返す。

俺の言葉でその人は耳まで真っ赤になっていった。
「あ、そ、その、すいません!ご、ご、ごめんなさい!
 あんまり可愛いから化生かと思っちゃって!
 ああ、よく見れば制服着てる!
 ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
もの凄い勢いで頭を下げだしたその人に、俺はどう反応して良いかわからなくなってしまう。
「カズハ、大丈夫だよ荒木は良い人だ
 白久の飼い主なんだぜ」
その人(カズハさん?)を抱きしめて、ハスキーの内の1人が安心させるようにそう言った。
それを見て、俺にもようやくこの人は化生の飼い主であることが判明する。

「荒木、こちらは空を飼っていただくことになった樋口殿です
 この近くにあるペットショップの店員さんでもあります」
波久礼がそう紹介してくれる。
「その店でトリマーもやってるんだぜ」
どこか誇らしげに空が補足する。
「樋口一葉です、よろしくお願いします」
また、カズハさんはペコペコと頭を下げだした。
「俺は野上荒木って言います
 こちらこそ、よろしくお願いします
 あっと、その、白久の飼い主です」
『白久の飼い主』
俺は自分で言ったその言葉に、照れながらも誇らしい気持ちになってしまった。
『白久もいつも、こんな気持ちで「荒木の飼い犬」って言ってくれてるのかな』
そう考えると、何だか幸せな気持ちがわき上がってくる。

「荒木…?高校生名探偵の少年?」
カズハさんの呟きで、誰がそんなことを吹聴して回ってるのかすぐに察しがついた。
「いや、普通に高校生やってますから…」
俺は少し疲れた感じで訂正するしかなかった。



コンコン

ノックとともに扉が開き
「おー、何だ何だ?
 むさ苦しいのと可愛子ちゃんが入り乱れてんなー」
ゲンさんがそう言いながら事務所に入ってきた。
「荒木!」
白久がその後ろから嬉しそうに俺に近づいてくる。
「ちょ、これじゃ、依頼人が来ても入れない…」
黒谷がその後ろに続いて入ってきたため、事務所内は人間と化生でギュウギュウ詰めになってしまう。

「荒木少年が居るのはナイスタイミングだな
 一気に用事が片付くぜ
 っつー訳で、はい、これ
 オジサンからのプレゼント」
ゲンさんはそう言って、俺に小さな紙袋を手渡した。
「カズハちゃんには、こっちな」
カズハさんにも、同じ袋を手渡している。
何だろうと思いながら中身を手に出すと、それは小さな白い犬のマスコットが付いた鍵だった。
「あ、言っとくけど、俺ん家の鍵じゃねーかんな
 うちは俺とナガトの永遠の愛の巣なんだから」
ゲンさんはニヤニヤしながら俺を見た。
「いや、ゲンさん家の鍵貰っても困るし…」
俺は露骨に顔をしかめてみせる。
「言うねー、少年
 ま、そりゃ白久の部屋の鍵だよ
 合い鍵ってやつ
 どだ?何かこー、グッとこねー?」
ゲンさんは、まだニヤニヤしている。
「えっ?」
白久の部屋の鍵と聞いて、とたんに俺はその鍵が宝物のように思えてきた。

「ただそのマスコット、紀州犬なんだ
 白久の毛色みたいな秋田犬のマスコットなんて、売ってねーからよ
 んで、今時ハスキーのマスコットなんて探すの苦労したんだからな」
ゲンさんに言われ
「今時って言うな、まだまだトレンディーだろ?」
空が頬を膨らませる。
「わざわざありがとうございます」
カズハさんがペコペコと頭を下げた。

「荒木少年、そろそろ夏休みなんだって?
 たまにゃー白久の部屋に遊びに行ってやんな
 影森マンションの直通エレベーターの暗証番号、毎朝メールしてやるからよ
 そうだ、今からマンション行って、入力方法とか白久に教わるといいぜ
 今日の番号は、直接白久に聞いてくれ」
ゲンさんにそう言われ
「でも俺、来たばっかだし…」
早くこの鍵を使ってみたかったが、俺はチラリと黒谷を見る。
「あー、はいはい、これじゃ依頼人が落ち着いて入れないだろ?
 とりあえず鍵がちゃんと使えるか、試しに行って
 皆、散った、散った」
黒谷がブンブンと俺達を追い払うように手を振った。
「参りましょうか」
白久がソッと俺に寄り添うと、対抗するように空が
「俺達も行こうぜ」
カズハさんを抱きしめた。

黒谷一人を事務所に残し、俺達はゾロゾロと移動する。
1階の大野原不動産に戻るゲンさんが別れ際に
「うちは俺とナガトの愛の巣だけどよ、夏休みのうちに、遊びに来いや
 ナガトの美味い手料理ごちそうしてやるよ」
そう言って丸サングラスを持ち上げてウインクしてみせた。
「ゲンさんとこ行くと、見せつけられそうだからなー」
俺が笑って言うと
「白久と来て、見せつけ返せや」
ゲンさんはヒヒヒッと笑って大野原不動産の中に消えていった。

ゲンさんが減っても、大きなハスキー3人、大きな狼犬1人、大きな秋田犬1人がいるため何だか人口密度が高い気がする。
俺達はまたゾロゾロと影森マンションへの道を歩き始めた。
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