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しっぽや(No.11~22)

子猫が来てから1週間後。

「では、これから第1回、野上家家族会議を開きます」
俺と親父と母さんが食堂に集まりイスに座ると、親父がゴホンとわざとらしく咳払いしながらそう話し出した。
テーブルの上には麦茶の入ったグラスが3つ。
そして、タオルにのせられた黒い子猫がいる。
それを見ながら、母さんが露骨にため息を付く。
『もし、また猫を飼うことがあったら、今度はテーブルにのらないよう躾たい』
母さんがそう言っていた事を親父も知っているはずだが、それは華麗にスルーされた。

「我が家は、ここにまた新たな命を授かりました
 今までは何となく『チビちゃん』とか『あの子』なんて呼んでたけど、この子が家に来てから1週間経つからね
 もう正式にうちの子だ
 まずはこの子がつつがなく健やかに過ごしていけるよう、素晴らしい名前を付けてあげたいと思います」
芝居がかった口調で親父がそう話した後
「いやー、僕はね、動物に食べ物の名前を付けるの可愛いなーって最近思うんだよ
 ほら、茶色のラブラドールに『きなこ』とか付けたりするだろ?
 だから、食べ物の名前とかどうかと思うんだ」
デレデレした顔で子猫をあやしながらそう言った。
「えー?黒い食べ物っていったら、海苔とかイカスミ?
 何か、可愛くないわね」
母さんがそう言ういのを聞いて
『あれ?何かこの流れ、聞いた事が…』
俺は嫌なデジャヴを感じていた。
「まあ、確かにそれは可愛くないけど、やっぱり体の色を名前にした方が良いかと思うんで…」

「ちょっおと待ったー!!」
俺は親父の言葉を遮り、慌てて子猫を引き寄せた。
「おい、荒木、お前よく『ちょっと待ったコール』なんて知ってるな…」
親父が何やら呟いているが、俺には何の事だかわからない。
そんな事よりも
『羽生には悪いけど、ハニーは、ハニーは嫌だー!』
勢い込んで瞳をのぞき込むと、その色はオレンジ色だった。
いや、オレンジ色と言うのは可愛い表現で、実際は赤銅色というのであろうか。
『何か古びた10円玉みたいなくすんだ色…』
俺はホッとして良いのか、ガッカリして良いのか複雑な思いにかられる。

「ヒジキとかワカメとか黒い食べ物は海産物に多いけど、名前としてはどうもなー」
「あら、でも『コンブ』なら可愛いんじゃない?」
俺の焦りも知らず、親父と母さんは呑気に会話を続けていた。
「うーむ、『コンブ』…イノシン酸の旨味たっぷりか、ちょっと良いな」
「後は、黒ゴマとか黒豆?キクラゲやトリュフも黒いわね」
呑気な会話は続いている。
「ゴマにマメ…それも可愛いねえ
 でも僕ね、果物の名前を付けるのはどうかなー、って思ってたんだ」
親父がそんな事を言い出した。
「え?黒い果物なんてある?」
俺は思いっきり訝しい顔になる。

「『カシス』ってどうかな?まあ、色は濃い紫なんだけど、これ和名は『黒すぐり』だから黒換算ってことで」
親父の言葉に
「クロス…」
俺と母さんは同じ事を呟いていた。
「ん、何だ?変か?黒すぐりって?でも、呼ぶのは『カシス』だぞ
 …?クロスグリ?あっ!クロスケ…」
親父もやっと気が付いて、口をつぐんだ。
そうなのだ、以前の飼い猫の『クロスケ』と『黒すぐり』出だしの名前が被っている。
食堂に、重苦しい沈黙が降りた。

「…うん、別の名前にするか」
親父がバツが悪そうな顔で呟くと
「ミイ、ミイ、ミイ」
テーブルの上の子猫が突然泣き出した。
しかも、何が嬉しいのか喉をゴロゴロ言わせながら、のせられているタオルを揉み始めたのだ。
そんな子猫の変化に、俺達は呆気にとられてしまう。
しかし俺は気が付いた。
「この子『カシス』って気に入ったんだよ」
俺がそう言っても親父はまだビックリした顔をしていたが
「カシス?」
そう呼んで子猫を撫でると、子猫は頭をグイグイと押して親父に甘え始めた。

「そうか、気に入ったか
 よし!今日から君は『野上カシス』だ
 おお、何かオシャレじゃないか、なあカシス」
親父はすでにデレデレした顔に戻っていた。
俺と母さんは顔を見合わせて呆れ笑いを浮かべる。
『ちぇっ、クロスケの奴、親父に甘いんだから』
俺は少し悔しい気持ちになるが
『ま、いっか、俺には白久がいるからな』

俺はここには居ない飼い犬の顔を思い浮かべ、明日の終業式が終わったらしっぽやに直行しようと考えるのであった。
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