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しっぽや(No.198~224)

side<HINO>

「あっ…黒谷…黒谷っ…」
黒谷の与えてくれる快楽で、頭が真っ白になっていく。
何かと忙しなかった合宿明け出勤1日目の疲れは、とっくにどこかに飛んで行ってしまっていた。
「日野…日野…」
荒々しく体を動かしながら黒谷が俺の名前を呼んでくれる。
俺だけを愛し、俺だけに忠誠を誓っている愛おしい愛犬。
黒谷からの刺激に俺は限界を迎え、想いの全てを放っていた。
黒谷も殆ど同時に俺の中に想いを注いでくれる。
この瞬間、俺はいつも果てしない幸福感と満足感を覚えるのだった。


黒谷の腕に抱かれ行為の余韻を楽しみながら、俺はミイちゃんのお屋敷に行く日程を伝えた。
「予定してた日数より少なくなっちゃった、ごめんね
 本当は1週間くらいノンビリしたかったんだけどさ」
「学園生活がお忙しい日野と5日も一緒にいられるのです
 本当に楽しみですよ」
黒谷がそっとキスをしてくれた。
俺もキスを返す。
「前の時みたいに、お屋敷へのお土産を自分達で持って行かなくて良いから楽になるね
 あの時、重かったでしょ」
大荷物で山道を駆け抜けた前回の訪問を俺は思い出していた。
「いえ、荷物は殆ど陸に持たせましたから
 今回は何を持って行きますかね
 僕達でお屋敷に新たな風、スイーツ版を吹かせましょう
 それと道中のお弁当は何がよろしいですか?
 運転しながら食べられるよう、オニギリやサンドイッチ、おかずはピックに刺せるものなら大丈夫でしょうか
 何分、僕もシロも車での旅と言うものに慣れておりませんので、勝手が分からないのです」
先ほど精悍な動きを見せていた黒谷がモジモジする様子は、とても可愛らしかった。

「大丈夫、俺も自家用車で旅行なんて行ったことないんだ
 婆ちゃんも母さんも免許持ってないし、父親が居るときは家族旅行出来る雰囲気じゃなかったから」
それでも今、父親は月1くらいで俺達を夕飯に誘ってくれる。
当時出来なかったことの代償行為かもしれないが、それは俺も同じだった。
普通の家族みたいに外食できることに、安らぎを覚えていた。
一瞬自分の思考に沈みかけたが、額に触れた黒谷の唇の感触が現実に引き戻してくれた。
「黒谷の弁当、凄く楽しみなんだけど、今回は俺の我が儘聞いてもらって良い?
 荒木には言ってあるから、白久にも伝えてくれてると思う」
俺の言葉に黒谷は優しく微笑んで肯定の意を表すと、続きの言葉を促すよう軽く首を傾げた。

「あのね、道の駅って場所があるんだ
 車で旅行とかするときにちょっと休んだりトイレ行ったり出来る場所
 俺、車で出かけたこと無いから行ったことなくて
 あーゆーとこのフランクフルトとかラーメンとかカレーとか、テレビで観ると、やたらに美味しそうでさ
 ソフトクリームなんかお約束、って感じでご当地物が色々あるみたいなんだよね
 そこ、行ってみたいな、って思ってんだ
 荒木には不思議がられたけど、あそこって自家用車がないと行かない場所だからさ
 歩いてなんて行けないし、タクシーでわざわざ行く場所でもないし
 ミイちゃんとこ行く途中にもあるから、そこでご飯食べてお土産選ばない?」
そう聞くと
「飼い主とお散歩の途中で買い食いのようですね
 飼い主と選ぶお土産も楽しみです、皆に自慢できますよ
 日野は本当に素敵なことを考えてくださる、自慢の飼い主です」
黒谷はとても喜んでくれた。

「じゃあ、飲み物とチョコとか、ちょっとしたお菓子だけ持って行こう
 遠足にはやっぱりおやつが無いとね」
「なにやらバナナはおやつに入るかどうか、人間達の間では長い間議論されているようですが 
 持って行きますか?」
神妙な顔で聞いてくる黒谷がおかしくて、俺は笑ってしまった。
「今はデザート枠だと思うけど、持って行こう
 ゲンさんの車借りるから、カスが散って匂いが付きそうなポテチや煎餅はやめておこうか
 カステラだと片手で食べられるから良いかも
 ってなんか、ランニングするときの携帯食みたい
 こーゆーこと考えるの楽しいね、車だと化生との外出のハードルが下がるし
 だって、黒谷格好いいから
 いつ芸能事務所に目を付けられるか、一緒に歩いてると戦々恐々なんだよ」
「僕はそれよりも、飼い主と一緒にランニングしている洋犬に日野が惹かれないか心配です」
真面目な顔で聞いてくる黒谷にキスをする。
「和犬の方が格好良いよ」
黒谷は安心したように唇を合わせ返してきた。

「ん…」
それは徐々に濃厚なものへと変わっていく。
それが今夜の第2ラウンド開始の合図であることは、暗黙の了解のようになっている。

俺達は再度激しく繋がって、2人の熱い夜を満喫するのだった。




出発の日、影森マンションの駐車場で俺達はゲンさんから車の鍵を借り受けた。
「ミイちゃんによろしくな、楽しんでこいよ
 この車がない間は、しっぽやの車を使わせてもらうわ
 あれだと小回りきかないけど、夏休み中は家族連れ乗せること多いから丁度良いんだよな」
ゲンさんは笑っているが、借り物の車なので俺も荒木もぶつけたり擦ったりしないよう緊張していた。


行きは俺が運転することになっている。
舗装されていない山道、行きの方が楽だと思うのだが荒木曰(いわ)く
『目くらましに引っかかって迷ったらヤダ、お前の方がそーゆー勘が働くから迷わないだろ?
 俺は行きに道を確認しておきたいんだ』
とのことだった。
なので離れを使うのは俺達が帰り間際、荒木達は今日明日にしておいた。
離れで体力使い果たした状態で、帰りの運転をするのは危ないと考えたからだ。

軽いおやつと飲み物、着替えの入ったバッグを積んで俺達は出発する。
愛犬達には悪いが、何かあったときのために荒木には助手席に座ってもらった。
馴染んだ道を抜けカーナビに従って、俺はまずは道の駅を目指し車を進めていった。


荒木が真剣な顔で回りの景色と俺の手元に視線を走らせている。
「モッチーやナリが自分の運転じゃないとタイミングが微妙に違ってモヤっとするって言ってたけど、俺、まだそこまで自分のタイミングってやつつかんでないや
 帰り、ちゃんと運転できるかな
 やっぱ、いきなり他人を乗せて遠出なんて無謀だったかな」
緊張しっぱなしの荒木が側にいるせいで、俺にもその緊張が移ってしまう。
「俺も緊張するからやめろって
 うわっ!」
いきなり車の陰から子供が飛び出してきて、俺は慌てて急ブレーキで停車した。 
子供が走り去った事を確認し、再 度エンジンをかける。
「自分が歩行者のときって信号まで行くの面倒くさくて結構無茶な横断しちゃってたな、って今更ながらに思う
 今度から気を付けよう」
「同じく」
息を吐く飼い主の緊張が飼い犬達にも移っていた。

「皆に、くれぐれも車には注意するように言っておかなければ
 空は生前の前科があるし」
「猫は飛び出しておいて車の前で固まってしまうと言いますからね」
車内の空気が重くなってしまったので俺はあえて明るく
「緊張してノド乾いちゃった、飲み物取って」
そう声を出す。
直ぐに黒谷がスポーツ飲料のペットボトルをクーラーボックスから取り出してくれた。
荒木がそれを受け取り蓋を開けてドリンクホルダーに置いてくれる。
過保護な感じではあるが運転で一杯一杯なので、今だけはお互いを甘やかそうと荒木と約束したのだ。
飲むタイミングは自分で計らないとかえって危ないので、俺は適当なところでペットボトルを手に取り口に運ぶ。
冷えた液体がノドを通るのが気持ちよくて、一気に半分くらい飲んでしまった。
かなり、緊張していたようだ。
やっと道の駅に着いたときには、肩がガチガチに固まっていた。


駐車場に車を停め運転席から外に出ると、俺は思いっきり体を伸ばした。
「あー緊張した、でも随分慣れてきたかも
 やっぱ、習うより慣れろって感じだな」
「隣で見てるだけで、俺も緊張した
 途中で休めるってありがたいな、日野が言ってくれなかったら道の駅に寄るなんて思いつかなかったよ」
荒木も大きく伸びをしていた。
飼い犬達も物珍しげに辺りを見回している。
「犬連れの人達が結構居るね、皆飼い主とドライブなんだ
 僕達も同じ身分だって思うと、嬉しいね」
「ここで飼い主とはぐれる方が出ないと良いのですが
 依頼が来ても簡単に来れる場所ではないですし」
白久の懸念に皆がドキッとする。
「俺が大学卒業してしっぽや所員になったら、いつでも車出せるから探しに来れるよ」
そう言う荒木に白久は頼もしそうな視線を送っていた。

「あの人が持ってるソフトクリーム美味そう
 紫のって葡萄か紫芋かな、あっちはメロンっぽい
 ドラゴンポテトもあるじゃん、屋台みたい」
「あの人の持ってるバーガー、凄いボリューム
 お屋敷へのお土産も色々売ってそうだよ」
俺も荒木も目移りしまくっていた。
「まずは、フードコートを制覇といくか」
「日野が言うと頼もしいな
 よし、白久、色々買って回ろう
 食べたい物教えて、一緒に選ぼうよ」
荒木と白久が向かった売店とは逆方向に俺と黒谷は足を運んだ。
「向こうと被ったもの買っちゃっても良いから、食べたい物何でも買おう
 頻繁に来る訳じゃないからね」
「支払いはお任せください」
頼もしい愛犬の言葉に頷いて、俺達は気になった物を片っ端から買い込んで(アイス系は溶けるから後で)荒木と白久が取っておいてくれた席に向かっていった。

テーブルの上に大量の食料を広げ、俺達は楽しいランチを満喫するのだった。
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