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しっぽや(No.198~224)

side<SIROKU>

荒木と日野の大学生活における初めての夏休みが始まった。
しかし、事務所に2人の姿は無かった。


外は太陽が照りつけていて、見ているだけで肌が焼けるようだ。
「これだけ暑いと、脱走する犬は居ないよね
 皆、木陰でヘバってるよ
 と言うか、今の時代は室内で空調入れてもらったりしてるのか
 贅沢な時代だね」
空調が利きまくっている贅沢を享受している事務所で、私と黒谷は冷たい麦茶を飲んでいた。
「まあ、昔はここまで暑くありませんでしたからね
 朝夕は涼しくて快適でしたし」
「確かに、初めてアパートで皆と暮らしていたときは、扇風機で十分のりきれたっけ」

そんな私たちの会話を、ふかやが目を丸くして聞いていた。
「エアコンなかったら、熱中症になっちゃうよ
 犬だったとき、あのお方は家のあちこちに僕用の水入りボール置いといてくれたし」
「ボール…?私が犬だったときは、使い古しの鍋でしたね
 何度も直して薄くなりすぎたようで、小さな穴が開いていましたっけ
 水の減りが早く鍋の回りはいつもシケってました」
「僕は木桶だったな、今考えると、あれってお古の洗濯桶だったんじゃ
 あの時代、洗剤なんてなかったから健康被害は受けなくて助かった
 タガが緩んでしまっていて、同じように水漏れしていたよ
 そうとう古い物らしく、締め直せなかったんだね」
そんな話に
「鍋を直す?タガ…??」
ふかやは盛大に首を傾げていた。

この暑さでは犬の依頼は少ないだろうと、今日は私たち3人しか犬は出勤していない。
猫達と本日唯一の人間スタッフタケぽんは、空調の温度設定がゆるい控え室でホットミルクティーを飲んでいるようだ。
「2人とも、せっかくの夏休みなのに飼い主が居ないから寂しいでしょ
 ちょっと責任感じちゃうな」
そんなふかやの言葉で私は荒木との会話を思い出していた。



『ナリの友達、大地さんとかの話を聞いて、俺も早く免許欲しくなったよ
 行動範囲も広がるし便利になるかなって
 バイクのも欲しいけどそれは後にして、まず車だ
 白久と荷物乗せて移動できたら最高だもん
 のんびり電車で行く旅も良いけどさ
 夏休みにミイちゃんとこにお土産積んで車で行きたいって思ったんだ』
可愛らしく舌を出す飼い主に
『今から免許取得が間に合うのですか?』
私は戸惑いと共に聞いてみた。
どのような勉強をどれくらいすれば免許が取れるのか、サッパリ分からなかったからだ。
以前荒木は、秋には何とかしたいと言っていた記憶があった。

『今年から最後の追い込み特別合宿があるんだって
 合格すれば2週間で取れるよ
 教習所側も俺みたいにダラダラしてる奴を何とかしたい、って思ったんじゃないかな
 夏休み中盤まで白久に全く会えなくなっちゃうから寂しいけど…』
俯く飼い主の手を取り
『荒木のお好きなようになさってください
 祈ることしかできないこの身がもどかしい
 荒木の運転でお屋敷に行けることを楽しみにしております』
私は取った手を強く握りしめた。
『ありがと、せっかくの大学生初夏休みなのに、一緒にいられる時間が減っちゃってごめん
 毎日メールするね
 絶対、1発で免許取って帰ってくるから』
『きっとまた、桜が咲くと信じております』

私たちの隣で、黒谷と日野が同じような会話をしていた。
『俺はナリの友達には会ってないけど、荒木に言われてすごく納得できてさ
 心の片隅に「免許取らなきゃ」っていうのずっとひっかかってたんで、スッキリさせたい
 頑張って1発で免許取ってくるから』
『日野の憂いが無くなるのは、喜ばしいことです
 日野がお戻りになるまで、僕はしっぽやで頑張ります』
2人は堅く抱き合っていた。

『そうだ、免許が取れたら三峰様にお守りのブレスを用立ててもらいましょう
 畑を荒らす動物を狩る狼は四つ足除けになる、とのことで交通安全のお守りになったりしていますし
 動物が作物を盗るのを阻止することから、盗人除けにもなります
 狼は万能ですね』
黒谷は明るく微笑んでいる。
『ミイちゃん特製なら効果ありそう!荒木も作ってもらいなよ』
『良いね!お守りを受け取りにお屋敷に行く楽しみも出来るし
 どうせなら一緒に行かない?ドライバー俺1人だと、流石に心許なくてさ
 山道ってのもハードル高いし』
『助かる、俺も山道ビミョーだと思ってたんだ
 離れは…交代で使うことにしよう』
『今回、夏休み半分近く潰す価値がある合宿になるじゃん
 4人でミイちゃんのお屋敷に行くなんて、最高に楽しそう』
『海外旅行なんかより、楽しめるんじゃないか?』
盛り上がる飼い主に、私と黒谷も気分が高揚していた。
『お弁当、張り切って作ろう』
『道中食べやすいよう、おにぎりやサンドイッチですね』
私たちの夢は広がっていった。



「ナリの友達が『早く免許取れ』って、荒木にけしかけたみたいになっちゃったから」
まだ気にしているらしきふかやに
「免許を取れば、それに見合ったお楽しみが待っているから良いのですよ」
「今までのことを思えば、2週間なんてあっという間だからね
 ああ、一緒にお出かけするのが楽しみだ」
飼い主が居ないのにテンションが上がりまくっている私達をみて、ふかやはまた首を傾げるのであった。



それから数日後、荒木からの嬉しい知らせが届いた。
桜咲く。
今度も荒木は見事な桜を咲かせてくれたのだった。
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