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しっぽや(No.198~224)

皆が来た直ぐ後に、注文していた家具が届いた。
ダブルベッド2台、自分で頼んでおきながら部屋に入れる方法まで考えてなかったが、彼らは実に手際よくベッドを吊り上げて運び入れてくれた。
それは配達業者も舌を巻くほどで、大地さん主動の元、双子猫が使っていたベッドの運び出し、荒木の部屋へのベッドとサイドテーブルの運び入れもあっという間に終わってしまった。
ソファーやテーブル、食器棚やテレビも運ばれて、直ぐにでも生活できそうであった。
業者は想定していた運び入れ時間より大幅に時短出来たことを喜んで、こちらがお礼に渡したペットボトル飲料を手に
「こんなに楽な現場なら、また来たいですよ
 大物を買う予定がありましたら、是非うちでお願いします」
そう言って何度も頭を下げて帰って行った。


運び込まれた家具の正式な置き場所は昼を食べてから、と言うことになり俺達は一端ナリの部屋に行くことにした。
そこでは皆野と白久が昼ご飯を用意してくれていた。
「お弁当っぽく食べるのが面白いかと、大皿に盛りつけないでお重に詰めてみました
 お味噌汁はインスタントを紙コップでどうぞ
 暖かいお茶と焙じ茶、冷たい麦茶とスポーツドリンクのペットボトルもあります
 紙のお皿に取り分けて割り箸で召し上がっていただくと、より雰囲気が出ると思いますよ
 皆様、知らない仲ではないそうなので直箸でかまいません」
白久の説明でその場が盛り上がる。
「手作り弁当、良いじゃん!」
「お重ってのが、目にも派手だしな」
「俺、ここんとこコンビニ弁当続いてたからマジ嬉しい」
皆早速紙皿を手に箸をのばしていた。

「おにぎりは手の大きい白久に握ってもらいました
 私はサンドイッチを作ってみたんです
 白久のエビとアボカドのサラダ入り、荒木も食べてみてください
 他にも茹で卵、ハム、チーズ、甘味があっても面白いかと色々なジャムとホイップクリームのサンドイッチも作ってみました」
皆野が差し出したバスケットにはキレイな彩りのサンドイッチが詰まっている。
「おー、何か花見みたいだな
 猫の鼻のお鼻見なんて、外じゃ出来ないぞ」
一瞬、明戸と皆野のことを見抜かれたかとドキリとしたが、ナリの飼い猫(本物)のバーマン兄妹がその場を忙しなく行ったり来たりしていることを指していたようだ。
「後でチュルーあげるから、人間の食べ物を欲しがるのはダメって言っといた
 だってこれは俺達のだもん
 あと、猫の体には良くないからダメ」
最後の言葉をオマケのように言って、明戸はウインクする。
「明戸が居ると、何かと頼もしいよ」
俺の言葉に明戸は誇らしく嬉しそうに笑っていた。


ナリの友達は厳つい外見でバイクに乗る集団ではあるが、皆、真面目な人たちだった。
バイクが好きで猫が好きで節度を持った上で皆で騒いで飲むのが好き、人に迷惑をかけること曲がったことが嫌い、そんな好感が持てる『漢(おとこ)』を感じさせた。
俺がバイクを買うためにバイトをしていると聞くと、皆こぞって安い店やお勧めの修理屋を教えてくれる。
トノは特殊免許に興味がわいたようで、大地さんに色々質問していた。
荒木は実家が米屋をやっていると言う人に、店の看板マークを書いてくれないかとお願いされていた。
「いや、俺なんて素人ですから、格好良いロゴとか考えつかないし」
「米屋だから格好良くなくて良いんだって
 今までだって面白味のない筆文字だったし、俺が生まれる前からの店なんで流石に文字が消えてきちゃってさ
 お礼は米とか現物支給になっちまうけど
 あ、正月に餅も付けるぜ」
「お米屋さんのお餅…、美味しそう
 蒔田に聞けば看板用のペンキとか教えてくれるかな
 その辺、ちょっと友達に聞いてみます」 
良い人達と知り合えた、と俺はナリに感謝した。


「お、餅の話につられてモッチー登場だ」
「盛り上がってるかなと思って、勝手知ったる何とやらで上がらせてもらったぜ
 こんな時、マススターキー持ってると便利だ
 ほら、宴会夜バージョンの酒の差し入れ第1弾
 お前等、学生に酒買わせに行かせてないだろうな」
モッチーは持っていた大きなビニール袋2個をドサッと置き
「こっちは長瀞さんからの差し入れ
 夜も期待してくれってさ」
肩に担いでいたバッグから何個ものタッパーを取り出した。
「飲酒なんてツマンネーことで学生にケチ付けさせるわけないだろ
 後数年で酒なんて飲み放題なんだ、今飲まなくったって酒は逃げやしないよ」
「だよな」
笑顔で頷いたモッチーは
「店長から設備の最終確認とか家具の設置の手伝いしてこい、って言われてんだ
 その分のお駄賃だ、俺もご相伴に預かるぜ」
そう言って、楽しい宴に加わった。


日野が居ないのに食べ物が大量に用意されすぎていたのでは、と少し心配していたがそれは杞憂に終わった。
荒木も同じ事を考えていたらしく、顔を見合わせて笑ってしまった。
こんな風に秘密を共有したり、楽しく話せる人たちの集う場所で暮らせることに深く感謝するのだった。


昼ご飯の後は、一休みしてからまた作業を再開する。
ベッドや文机の置き場を決め、リビングにはソファやテーブルを運んでテレビやデスクトップのパソコンを設置した。
接続の仕方を教わりながら設置したので、後から自分で場所を動かすことも可能だった。
トノは皆野とキッチンで食器棚に食器を入れたり、オーブンレンジや冷蔵庫を設置したりしている。
洗濯機を設置しがてら、シャワーからお湯が出ることを確認しモッチーに報告する。
電気もガスも水道も、ライフラインは予めゲンさんが開通の手続きを代行してくれていたそうだ。
荒木と白久が拭いてピカピカにしてくれた窓に、真新しいカーテンを取り付けると清々しい気分になった。
本格的に引っ越してくるまであちこちスカスカな印象ではあったが、ここが俺達の城になる。
ソファーにクッションを置きながら、俺は自分達で作ったこの部屋がホッとする場所になっていることに気がついた。
荒木が言っていた『白久の部屋が自分の家』と言う言葉が実感を伴って感じられるのだった。


元々荷物が少ないこともあり、引っ越しは7時前には終了する。
「後は使ってみて勝手が良いかどうかだな
 何か動かしたかったら手伝いに来るぜ」
頼もしい言葉と笑顔に
「今日は本当にありがとうございました」
俺とトノは心からの感謝を込めて頭を下げた。
「これ、心ばかりのお礼です
 夜の宴会のつまみになればと思って、3人で通販したんです」
荒木が手渡した紙袋には、以前に和泉先生の手伝いで行った土地の特産品が入っていた。
「お、旨そうなジャーキー、こっちのソーセージはナリに焼いてもらおう
 チーズも色々あるじゃん」
「ミルクまんじゅうだって、疲れた体に甘いものが染みそうだ
 バターたっぷりパウンドケーキ、ミルククリーム入り!牧場っぽい」
「この辺は行ったこと無かったなー、珍しいもんありがとよ」
その言葉に俺達はホッとするのだった。


その後はナリの部屋で宴会夜の部に参加する。
学生と化生以外は盛大に酒盛りを楽しみ、お礼に用意した特産品はツマミとして大好評を博していた。
途中から第2弾の差し入れのお酒を持ってきたモッチーやゲンさん、長瀞さんが加わり宴は大いに盛り上がる。
まだチビチビと飲んでいる大人を残し、俺達学生組は11時過ぎには部屋に戻っていった。

エレベーターでの別れ際
「近戸と遠野にもこれ、まだ早いけどご近所さん記念」
荒木が俺達に紙袋を渡してくる。
「え?良いの?」
間抜けなことに、俺は荒木に何も用意してなかった。
「開けてみて、使ってもらえると嬉しいな」
荒木の言葉に従い紙袋の中に4個入っている小箱の包装紙を剥がし中を確認すると、それはお揃いのマグカップだった。
柄は少しデフォルメされた鉢割れ猫で青い首輪の物が2個、緑の首輪の物が2個入っていた。
立っている猫と座っている猫、まるで明戸と皆野のようだった。
「メチャクチャ可愛い!よくこんなに都合良い首輪の色の物が見つかったな」
驚く俺に
「今って小ロットでオリジナルグッズが作れるんだ
 絵は俺が描いてみた
 下手くそだし、自分達の作るついでみたいになって申し訳ない
 白い秋田犬のグッズって全然無くてさ
 無いなら自分で作っちゃえって、引っ越し記念に思い切って頼んじゃった」
荒木は照れくさそうに頭をかいていた。
「俺へのお礼は、レポートとか手伝ってくれると嬉しいな
 日野と学校分かれちゃったのが痛くて」
ヘヘッと笑う荒木に
「お易いご用だよ」
俺は即座に答えるのであった。


部屋に戻ると、俺と明戸は先にシャワーを使わせてもらう。
引っ越しのホコリを洗い落としサッパリとした俺達はラフな服に着替え
「上がったよー」
まだキッチンで作業していたトノと皆野に声をかける。
それだけのことが、とんでもなく楽しく感じられた。


俺と明戸の部屋はあるが当分使いそうに無かったので、実質、寝室が俺達の部屋になっている。
「チカが居ないときは、リビングで自伝を書くよ
 あのお方との物語もそろそろ終わり
 最後を思い出すのが怖くて進まなかったけど、今はチカが居てくれる
 俺に前に進む勇気を与えてくれる」
明戸が瞳を潤ませて、しなだれかかってきた。
俺はその体をしっかりと抱きしめる。
「明戸が進む力になれるのは光栄だな
 俺にとっても明戸の存在は頑張るための力になってるからね
 俺達はお互いがいて更に進んでいけるんだ」
どちらからともなく唇を合わせ、幸せに酔いしれた。

「ここって防音しっかりしてるんだろ?
 試してみて良い?」
明戸の耳元にそっと囁くと
「もちろんだよ、回りを気にしないでずっとチカのこと呼べるの嬉しい
 我慢してても、気持ち良すぎて声が出ちゃうから
 外ではあんまり声出しちゃダメだってソシオに言われてたから、けっこう我慢してたんだよ」
俺の質問より大胆な答えが返ってきた。
明戸には情報交換の相手がいるようだ。

「明日は休みだし荷物はほとんど片付いてるし、ゆっくり出来るな
 それじゃ、その、頑張るよ」
俺は明戸と唇を合わせ服を脱がしていく。

それは引っ越してから初めての夜に相応しい、最高に素晴らしい思い出の一晩になるのだった。
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