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しっぽや(No.198~224)

ゴマだれが完成し、茹で上がった素麺やソバを冷やしていると黒谷の気配が玄関先に感じられた。
「荷物が多いかもしれないので、迎えに行ってきます」
私が言うと
「流石、長年の付き合いがある友ですね
 黒谷の気配、言われるまで気が付きませんでした
 こちらは器に盛りつけるだけなので、大丈夫ですよ」
皆野は微笑んでそう言ってくれる。
「荒木、夕飯が出来上がりましたので作業は中断してください
 私は天プラを、っと、クロを迎えにいきます」
飼い主にも声をかけると
「揚げたて天プラ楽しみ!」
「口の中火傷しないように気をつけないとな」
2人はすぐにリビングのテーブルに移動して食器類を用意していた。

ドアを開けると天プラが山盛りにのっている大皿を持った黒谷が笑顔で立っている。
「開けてくれると思ってたよ」
「長年の友ですからね行動の予測は付きます
 しかし、こんなに大きなお皿持ってましたっけ」
黒谷が持っている物は、私が持っている大皿より3回りほど大きそうだ。
「日野のために買ったんだ
 これにチャーハンとかパスタとか山盛りに盛って、2人で一緒に食べるのが良いんだよ
 飼い主のお相伴に預かってる気分を味わえてさ」
「成る程、私も荒木とやってみます
 部屋にある物より、もう少し大きいお皿を買わなくては」
リビングに移動する間、私は黒谷に食器を扱っているお店の情報を教えてもらった。


「すげー!俺達2人でもこんなに揚げたことないぜ」
明戸が黒谷の持っている大皿を見て目を見開いていた。
「荒木の好みに合わせてエビ天と小エビの掻き揚げを作ってきたよ
 後はピーマン、椎茸、大葉、ナス、ヤングコーン、タマネギと人参の掻き揚げ、長ネギと小女子の掻き揚げ
 何だか、野菜ばっかりになっちゃった」
「どれも美味しそう!」
「どうぞ皆さん、座ってください
 椅子が4つですが、私と明戸は2人で1つでかまいませんので
 昔は1枚の座布団で一緒に寝たものです」
皆野の言葉で、私たちは席に着いた。
言葉通り双子は器用に1つの椅子に腰掛けている。
「犬にはちょっと無理っぽいね」
双子を見て感心しよう言う黒谷の言葉には同意しかなかった。

「成る程、直座りだと人数増えたときの応用がきくか
 ソファ買ったからローテーブルにしたの正解だったね
 追加でクッション買っておこう
 実際の部屋を前もって試して使えるって、凄い便利」
「他にも何かご所望の品がありましたら、何でも言ってください
 一緒に買いに行けるのが楽しみです」
荒木と暮らす新しい部屋のことを考えるのは、とても心躍る事だった。

美味しい食事で会話も弾む。
「今度はさ、日野や近戸や遠野も誘って8人でプチパーティーしたいよね
 でも8人だとこの部屋じゃ流石に狭いか」
荒木が言うと
「俺達のとこならもっと広いし大丈夫
 荒木と日野が来てくれれば、チカ、きっと喜ぶよ」
「トノもです、また日野と走りたいと言っておりましたし
 マイ食器を持って、是非遊びにいらしてください」
双子が瞳を輝かせて答えていた。

「ピザとか頼むのも良さそう、いろんな種類頼めるじゃん
 でも日野がいるからラージサイズで全種頼んでも足りないかも
 サイドメニューも全種で何とか足りるかな
 この量、配達してくれんの?」
「トノに車で配達してもらえば良いですよ
 車の中にチーズの匂いがついてしまうかもしれませんが」
「遠野、車の免許持ってるんだよね
 俺も頑張らなきゃ、流石に夏休み中には取ろうっと」
「チカはバイクの免許しか持ってないけど車のも欲しいって言ってたよ
 バイク買ってからだけどね
 チカがバイク買ったら乗せてもらうんだ、俺もソシオみたいに最初から上手く乗れるといいな」
皆、近い未来の話を楽しそうにしている。
私も黒谷も、平和な時代の平和な光景を見て幸せを感じるのだった。


「さて、揚げ物の続きがあるから僕はこの辺でお暇(いとま)させてもらおうかな」
食後のデザートに緑茶と羊羹を楽しんだ後、黒谷はそう言って大皿を持って部屋に帰っていった。
「わ、話し込んじゃった、もうこんな時間だ
 飼い主の話をしてると時間を忘れちゃうな」
時計を見た明戸が慌てて立ち上がる。
「食器は後で洗いますので、先に作業をしてしまいましょう」
皆野の言葉で私たちは慌ててテーブルの上の物を流しに持って行った。

それから双子が持って行く食器や調理道具を新居に運んだり、部屋の掃除を始めた。
双子が新居で運び込んだ物をより分けている間、私と荒木は食器棚の掃除をしていた。
「せっかくなので食器の下に敷く布を新調してみました」
私は拭き終わって乾いた棚の段に黄緑色の布を敷いていった。
「わ、キレイなライムグリーン、何か棚が新品に見える」
「三峰様のお屋敷で、緑が好きになったと言っておりましたので選んでみました
 気に入っていただけて良かったです」
飼い主の様子に、私は胸をなで下ろした。
「覚えててくれたんだ、ありがと」
荒木は頬を染めお礼のキスをしてくれるのだった。


明戸の文机が置いてあった部屋の荷物は全て運び出され、今はもう何も残っていない。
こちらも念入りに掃除をし、荒木と2人でテーブルを運び込んだ。
「もうテーブル運んじゃって良いの?双子がご飯食べるときとか困らない?」
心配そうな荒木に
「部屋を移るまで、カフェワゴンで食べるそうです
 料理を一度に運べるようにと、皆野が新居用に買ったらしいですよ
 猫は案外新しいもの好きですから、どんな感じなのか早く使ってみたいのでしょう
 私達は今まで使っていたトレイで運べば十分ですね」
私は笑ってそう答えた。

「先にテーブルを入れてしまいましたが、床に何か敷かなくて大丈夫でしたか?」
「冬になって寒かったらラグとか考えてみるけど、フローリングの方が掃除が楽かなって思ってさ
 このマンションって、暖房利くし全面に何か敷かなくても大丈夫じゃない?
 リビング用のラグは買ったしね
 家具は淡い色合いの物を選んでるから、モッチーのとこみたいにビシッと格好良く無いけどナリのとこみたいにホッと出来る空間になるよ」
荒木は嬉しそうにリビングを振り返って見ているが、私にとっては荒木の側こそがホッと出来る場所だった。


作業にキリがついたところで双子が部屋に戻ってきた。
「テーブル移動させてくれたんだ、明日、カフェワゴンが届くから早速使えるよ
 お、食器棚の中がスッキリしたな」
明戸がキッチンを見回した。
「敷いてある布の色が違うだけで、違う棚に見えますねお
 私は新しい物は淡い空色にしてみました
 あの棚に揃いの食器を入れるのが楽しみです」
『手伝ってくれてありがとう』と双子にお礼を言われ
「俺達も、ここに住むの楽しみだから手伝うのは当然だよ」
荒木は照れた笑顔で答えていた。


双子の部屋から自分達の部屋に戻ると
「うーん、やっぱまだこっちの方が『帰ってきた』って気持ちになるな
 思い出の差だね」
荒木はくつろいだ表情を見せた。
「私の部屋が荒木にとって落ち着ける場所になって嬉しいです
 飼い主になって欲しい方を初めて迎え入れたこの部屋は、私にとっても思い出深い場所ですから
 けれども荒木の側こそが私の居場所です
 かけがえのない私だけの居場所なんです」
私は荒木を抱きしめて思いを告げる。
荒木も私の背中に腕を回し抱きしめ返してくれた。

「掃除したから汗かいたしホコリっぽくなっちゃったね
 シャワー浴びよっか」
荒木の期待するような声に体が先に反応してしまう。
「一緒に浴びて、まずはそこで、ですね」
荒木の耳元に囁くと、彼は小さく頷いて私をいっそう強く抱きしめた。


2人でシャワールームに移動する。
体のホコリをざっと流してすぐ、私たちはお互いの唇を貪(むさぼ)り合い、反応しているお互いを刺激しあうよう腰をすり付けていた。
「白久…白久…、き…て…」
荒木に掠れた声で命令され、私は後ろから彼を貫いた。
既に高ぶっていた荒木は私が手で刺激を送るまでもなく、愛を解放する。
私も最初から飛ばしていたため、程なく荒木の中に想いを解き放っていた。

「この場所でするの、これが最後かもしれないと思うと何か興奮しちゃった
 引っ越しまでに、まだする機会あるかな」
軽いキスを交わしながら荒木が頬を染める。
「私も同じ事を考えていました
 ここでは2人で温泉旅行も楽しみましたね
 初めてシャンプーしていただいたのも、ここでした
 犬の頃は散歩のついでに川で水浴びをするくらいだったので、飼い主に洗っていただける事が夢のようでしたよ
 ただ、気持ちよくなりすぎるのが難点ですね
 体を洗うより、別のことがしたくなる」
少し深いキスをすると、荒木もそれに応えてくれた。
「洗う前にもう一回して、そしたらシャンプーしてあげる」
飼い主の命令は私にとって嬉しいものであった。
「かしこまりました」
私の返事に満足そうな顔になる飼い主が愛おしくて、放ったばかりの体の中心が熱くなっていく。

その後私は、飼い主を満足させるために何度も頑張るのであった。



2人でベッドに潜り込んだときには、とっくに日付が変わっていた。
「このベッドで寝るの、あと何回だろう
 こっちでもしたかったけど、流石に眠くて限界」
「最後の荷物を運び込む前日にしましょうか
 ベッドマットは交換するとゲンが言っていました
 スプリングが壊れるほど頑張っても良いということですね」
冗談めかした私の言葉に、荒木は照れたように笑ってくれた。
「シーツ類や掛け布団は持って行こうか、次の化生も新しい物の方が良いよね
 持ってくシーツはソファーカバー代わりに暫く使おう
 布団は丸めればクッションぽく使えるかも」
「取りあえず持って行って、使えるかどうか確認するのも面白そうですね
 荒木のアイデア溢れる部屋になりそうで楽しみです」

私たちは語り疲れて眠りに落ちるまで、次の居場所、新しいテリトリーについて想像を膨らませるのであった。
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