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しっぽや(No.198~224)

引っ越しに向けての家具を見に行く日、俺と白久はモッチーの車に乗せてもらえることになった。
「わざわざ車出してくれてありがとう
 今日はゲンさんのとこは良いの?」
恐縮して聞く俺に
「今日は家具屋でのんびりしてこいってさ
 どうも、こないだの事故物件の時に『危険な場所にかり出した』って気にしてるみたいなんだ
 活躍したのはミイちゃんだし、俺、全く具合悪くならなかったのに
 ゲン店長、あの翌日発熱してたから、一番割りを食ったの自分だと思うんだが
 店長、律儀な人だからな」
モッチーは運転しながら苦笑していた。
「やはり、荒木を行かせなくて良かったです
 クロによると事務所に戻ってきた日野は平気そうな様子でしたが、腕や足がとても冷たくて鳥肌が立っていたとか」
神妙な顔の白久に
『それはあいつが事務所に帰ってくる直前に、お茶屋でバケツに入ったアイスを一気食いしたからだ』
とは言い出し難かった。

「家具屋は幹線道路沿いに多くあるから、車で回った方が楽だぜ
 大滝家の車は4人乗りだし、双子が二組で一杯になっちまう
 俺も、何か良さそうな物があるかどうか物色させてもらうよ」
モッチーは悪戯っぽく笑う。
「だいたい、学生がガンガン家具やら家電やら買いまくったら不審に思われるだろ
 店側との交渉は俺がやるよ
 うちで管理してるマンションの備品扱いにすればおかしく思われないし、上手くすれば少し色付けてもらえるかもな
 俺も便乗してテレビでも買おうかな
 レンジも最近調子悪かったっけ、俺の初任給で買った年代物だもんな」
「そっか、確かに近戸達、ダブルベッド2台買うとか、怪しいもんね
 そこまで考えてなかったよ
 今日は見るだけで良いかなとか思ってたから
 俺の時は白久が買うって事にした方が良いね」
モッチーの言葉で、やっとそれに気が付いた。

「双子猫の新居は直ぐにでも荷物を運び込めるから、今日即決してもかまわないんだ
 その点は明戸と皆野に伝えてあるから、今頃車の中で飼い主に報告してるんじゃないか?
 後から良い物が見つかる場合もあるが、現品限りの掘り出し物に出会えることもある
 物との出会いも運ってやつだ、気に入った物があれば荒木も買っちゃって良いからな
 日が合えば、俺の友達に大物の移動を手伝わせるぜ
 俺の引っ越しもやってもらったんだ、あいつら半分プロみたいなもんだしな
 もちろん、俺も手伝うよ
 引っ越し業者に頼むより金もかからず、機密保持的な面でも良いと思うからよ
 お礼はビールで、って、未成年に酒たかるのはヤバいか
 ここは白久に弁当とツマミでも作ってもらうかな」
豪快に笑うモッチーに
「お任せください!皆様に喜んでもらえるよう、頑張ります!」
白久は勢いよく頷いていた。

もう少し先だと思っていた白久との新生活が急に現実味を帯びてきて、嬉しい誤算に口角が上がりっぱなしになってしまうのだった。


イケイアに到着し駐車場に車を止めると、俺は早速近戸に話しかける。
「買ったもの新居に運び込めるって、双子に聞いた?」
「聞いた、夏休みに一気に引っ越そうと思ってたけど今から荷物を移動させて良いなら、早く済みそうだよ
 夏休みは新居で過ごせるって、今から楽しみ」
近戸の顔も俺と同じで緩みっぱなしだ。
「明戸達の荷物が早めに無くなるなら俺たちの荷物も早めに運べるから、俺もそっちの荷物の移動手伝うぜ
 お前も遠野もバイトあるし、夏休み前はちょいちょい来るの大変だろ?」
「助かる、俺たちも時間が合えばそっちの手伝いもするよ」
「モッチーの友達に手伝ってもらえるかもしれないんだ
 引っ越し業者、頼まなくて良さそうだよ
 節約しないとね」
楽しい未来を語り合いながら店内に入った俺達は、店内を見て固まってしまう。
「これ、全部家具…?」
あまりに家具がありすぎて、何が欲しいのかわからなくなってきた。

「どうする?まずはベッドが欲しいんじゃないか?寝具売場は2階だぞ
 どうせなら枕やシーツ、カーテン、一式新品で揃えるか?
 他の店も回るし、取りあえずここでは目星だけ付けておくと良いぜ」
俺達の状態を見かねたモッチーが声をかけてくれて、やっと頭が働き始めた。
「そうだね、ベッド見に行こうか」
何とか気を取り直した近戸の言葉で、2階に移動する。
移動先でも展示されている多くのベッドを見てまた混乱してしまうが、サイズやスプリングの具合を確かめているうちに『これを自分達が使うのだ』という自覚が出てきた。
そうなると本気で悩み始める。
「これ、デザインは好みだけど高さがありすぎるかな
 白久なら問題なくても、寝起きの俺がコケて落ちそう」
「それはゆゆしき問題です、どうぞ荒木のサイズに合わせてください」
「こっちは高さは良いいけど、デザインがなー
 かなりの値段するから、ここは妥協したくないかも
 スプリングがあんまり堅いのは使い勝手が悪そうだし
 あ、サイドテーブルとランプが揃ってるベッドもある
 統一感あって良いね」

悩みまくった結果、結局決められずに俺達は別のフロアに移動した。


今度はパソコンデスクを見に行ったが、やはり決められなかった。
それは近戸と遠野も同じ様で
「自分で使うとなると欲が出るよ
 デザイン家具で値段も高いしさ」
「でも、作りはしっかりしてるんだよな
 長持ちしそうなのは魅力だよ、そうそう買い換えられないだろ」
「リビングに置く物は全体のバランスが難しいな
 サイズ的な問題もあるし、うちはソファーは2個欲しいから」
「モッチーの部屋見て俺もソファー良いなって思ってたんだけど、双子のとこのテーブル、ソファーで使うには高いんだよね
 でもそのテーブルをパソコンデスクにしても良いのか」
俺達はブツブツと呟きながら歩いていた。

「はいはい、次に移動するぞ、気になった物の値段とサイズ、把握してきたか?」
モッチーが引率の先生みたいに聞いてくる。
「スマホにメモっておいた」
「よしよし
 安い買いものじゃないし、絶対今日決めなくても良いぜ
 ここの値段は高めだけど、次に行くとこはリーズナブルでも値段以上の満足感があるかもな」
俺達はモッチーの運転する車の先導で次の店に向かった。


こんどは圧倒的な家具の波に呆然とすることもなく、1時間後に出入り口に集合することにして各々目当ての物を扱っているフロアに散っていく。
俺と白久は真っ先に寝具売場に移動した。

「さっきの店より重厚さはないけど、確かにリーズナブルかも
 かといって、作りもチャチじゃないし
 でも向こうの店の、サイドテーブルとか揃いになってるやつ良かったなー
 白久はどう思う?」
「私にはデザインとやらは、よくわかりません
 荒木が安全に使えるものが好ましいですね
 金銭のことは気にせず、荒木が使いやすい物を選んでください
 せっかくの荒木との新しい部屋です『安物買いの銭失い』にはしたくありませんから」
愛犬の言葉は尤(もっと)もなものだった。
「うん、でも俺、100均で失敗するのけっこう好き」
俺がヘヘッと笑うと
「あそこの商品は別格ですよ、いつも商品アイデアに驚かされます
 驚き代を払ったと思えば良いのです」
白久は悪戯っぽく笑い返してくれた。


集合場所で落ち合い、今度は家電量販店を見に行く。
家具は門外漢といった風情の白久であったが、キッチン家電には興奮を隠しきれない様子だった。
皆野と一緒にあれこれ真剣に悩んでいる。
飼い主達はその間、テレビ売場に移動した。
「悪い、ちょっと明戸と見たい物があるんだ
 すぐ買ってくるから」
そう言って近戸と明戸は他のフロアに移動していったが、10分くらいで小さいサイズのビニール袋を下げて戻ってきた。
「チカに買ってもらっちゃった
 帰ったら使い方教えてくれるって」
得意げな明戸が見せてくれたのは、スマホの携帯用充電器だった。

「捜索中に使えるよう、明戸に持たせたかったんだ
 家具や家電は無理でもこれくらいなら買ってあげられるから、丁度良い機会だと思ってさ
 明戸は優秀だから捜査中スマホは無くても良いけど、うちに来た時みたいに遠征しなきゃいけないときは持ってた方が安心だろ」
照れた顔の明戸を見て
「確かにそうだな、俺も皆野に買うよ
 同じ物で大丈夫そうだな」
遠野が確認するように明戸の充電器を手にしている。
「俺も白久に買ってやりたいから、一緒に行って良い?」
慌てて言う俺に
「もちろん」
遠野は近戸と同じ顔で笑ってくれた。


「そう言えば、自分用の充電器って持ってないんだ
 白久とお揃いで買おうっと」
「俺とチカはバイト始めたときに買ったんだ
 ほとんど使ってないけど、何かあったときの保険だと思えば持ってると安心かな」
「白久と皆野が合流したら渡そう
 2人とも喜ぶだろうね」
飼い犬&猫の笑顔を想像し俺達はニヤケながら戻っていく。
想像以上の笑顔を見られるまで、大して時間はかからなかった。


欲しい物の目星だけつけて、俺達はランチを食べるために移動する。
せっかくなので、普段は遠くて行けない少し高級感のあるファミレスに入ってみた。
注文を済ませドリンクを持ってくる。
白久は料理が来るまで嬉しそうに何度も充電器をながめていた。
あまりの喜びように、もっと早く買ってやれば良かったと少し後悔するが
「部屋に帰ったら、使い方を教えてください
 荒木とのお揃いの品がまた増えました」
愛犬の笑顔の前にそれは吹き飛んでいき
「うん!」
俺も愛犬に負けない笑顔で答えるのだった。


ランチを食べながら、欲しい物をモッチーに教えていく。
「へー、ベッドとサイドテーブルとランプのセットか
 統一感ある寝室って感じになりそうだな」
迷った末、俺は結局最初に見たセットを買うことにした。
「んじゃ、食べ終わって一息ついたらもう一度店を回って注文するか」
モッチーの言葉で白久と共に生活する未来が一段と近づいてきた気がする。
直ぐそこにある未来に向かい、俺と白久は確実に進んでいた。

「今の部屋での白久との生活も満喫しておかなきゃね
 充電器の使い方教えるし、今日は泊まってく」
俺が小声で囁くと愛犬の笑みはさらに深いものになり
「とても楽しみです」
熱く囁き返してくれるのであった。
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