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しっぽや(No.198~224)

side<ARAKI>

そろそろ梅雨も明けようかという時期になってきた。
課題と夏休みの旅行の予定、しっぽやでのバイト、大学1年目の夏休みは忙しくも充実しそうな予感に満ちあふれている。
受験を終えたご褒美に相応しい楽しい休みになれば良いな、と今から俺はワクワクしているのだった。



大学の講義が終わり、今日も俺と近戸は駅チカのバーガーショップでお互いの化生に対する情報交換に勤(いそ)しんでいた。
今日は23時までバイトがあると言う近戸は、ガッツリと季節メニューのバーガーセットを頼んでいる。
俺はこの後しっぽやでバイトがあるのでお茶の時間を見越してドリンクだけにしようと思っていたのだが、近戸につられてチキンナゲットを頼んでしまった。
限定ソースがチーズアボカドだったせいもある。
「白久のアボカドとエビのサラダを思い出すけど、やっぱ白久が切ってくれるフレッシュアボカドの方が断然美味しいや」
ノロケる俺に
「アボカドって森のバターなんて言われるけど、犬、猫、鳥には厳禁なんだってさ
 毒性が強いらしい
 それ考えると人間って丈夫だよな
 人間の体と一緒だって言われても、明戸に何をどこまで食わせて平気なのか未だに悩む」
近戸は難しい顔をして首を捻っている。
「そう言えばそうか、今までアボカドってそんなに食べなかったから気にしてなかった
 でも、白久は俺と同じ物一緒に食べて体調崩したことないよ
 俺が飼う前はタマネギとか警戒してたみたいだけどね」
俺の言葉に
「皆野はその辺は気にせず料理してたっけ
 元の飼い主が作ってた物を再現してみたかったんだろう」
近戸は頷いた。

「いつも4人でご飯食べるの?皆野も料理上手だから美味しいだろ
 でも、白久だって負けてないから
 最近は犬の化生の料理の腕、メキメキ上がってるんだぜ」
俺が笑うと
「あ、うん、皆野の料理美味しいよ、煮物とかホッとする味でさ
 明戸は皆野の補佐の方が多いけど飾り切りって言うの?人参を花の形に切ったりカマボコを波っぽく切ったり、そんなのがすごく上手くなってきてて目にも華やかなんだ」
近戸は照れくさくも嬉しそうに笑っている。
「いつも4人で一緒に食事したり話したり、本当に楽しくてさ
 俺たち、お互い双子で良かったな、なんてしみじみ思たりするんだ
 何て言うか、俺たち、ずっと一緒に居たいよねとか
 俺はまだまだ頼りないけど明戸を守りたい、とか
 あんまり先のことはまだ霧の中だけど、明戸はそれでも待ってるって言ってくれるし
 それで俺たちさ、あの、えっと…
 ニットリとかイケイアとか行ってみようかって話してるけど、フェリシモンの小物も悪くないし
 通販の方が楽かな、とか悩んでるというか」
モジモジし出した近戸の話していることは、ちっとも要領を得なかった。
「何だよ、近戸、言いたいことあるならハッキリ言って良いから
 お前の方が頭良いんだし、簡潔にわかるように言ってくれよ
 話題が飛びすぎて何言ってんだか全くわからないって」

何か言いにくいことがあるのはわかるが、それが白パンの時のような深刻な事態では無いことは赤くなっている頬を見ればわかる。
照れくさいけど言わなきゃ的なムードが、今の近戸からは濃厚に漂っていた。
近戸は自分を落ち着かせるようコーラを飲んで、大きく息を吸って吐いた。
それから意を決したように
「この前、ミイちゃんが俺たちの部屋に来たろ
 そのときに提案されたんだ、明戸と皆野の部屋を別荘代わりに使ってくれって
 今、彼らが住んでる部屋じゃなく、将来俺たち4人が住もうと思ってたファミリータイプの部屋を用意してくれるんだって
 賃料のことは気にしなくて良いって言ってくれてるから、ここは甘えて出世払いにしてもらおうと思ってる」
そんな驚くようなことを口にした。
「もちろん、今から住むって話じゃなくてちゃんと同棲するのは大学を卒業してからになるけど
 希望するような就職先が見つかるのを待っていたらズルズルと遅くなりそうだし、良い機会だと思うんだ
 これからは俺もトノも今までのバイトをしながら、新しい2人の部屋に通うよ」
断言する近戸の顔は大人びて見えた。

「焦ってブラック企業に就職して、健康を損なうのもバカらしいかなって思ってさ
 いざとなったらこっちでバイトしながら就職先探しても良いかも、ってナリやモッチーと話してて吹っ切れたんだ
 この近くのスーパー、俺のバイト先の店と同系列だから、移るとき口利いてもらえそうだし
 トノがバイトしてるコンビニなんて、それこそどこにでもあるから経験者優遇してくれるんじゃないかな
 まあ、ナリみたいな特技もないのにバイト生活って甘い考えだけどね
 地方公務員の試験も受けようとは思ってる」
近戸のしっかりとした将来の夢的な事を聞かせてもらい、しっぽやに甘えっぱなしの俺は恥ずかしくなってしまうのだった。


「近戸は凄いよな、きちんと将来のこと考えてて
 俺なんてそこまでしっかり考えてないからな~」
思わず苦笑する俺に
「でも、荒木が白久を飼いだしてからしっぽやが良い方に変わっていったし、飼い主と会える化生が増えたって明戸が言ってたよ
 そもそも、俺と明戸を巡り合わせてくれたのも荒木じゃん
 そっちのほうが凄いと思うけど
 俺は、そういう能力とか全くないしさ」
近戸は逆に感心したような視線を向けてきた。
「いや、俺も別に能力とかないし、たまたまじゃない?」
「何かのきっかけは作ってると思うよ」
真っ直ぐに誉められて、くすぐったい気持ちになった。

「そう言えば、ニットリとかイケイアって何か関係あるの?
 さっきそんなこと言ってなかった」
俺は支離滅裂だった近戸の言葉を思い出した。
「そうそう、1年の夏休みなら比較的時間がとれるんじゃないかってことで、今年の夏休みに明戸達が部屋を引っ越すことにしたんだ
 もちろん、俺とトノも時間の許す限り手伝うつもり
 荒木も見たとおり、双子猫の持ち物って少ないから自分たちで何とか出来るんじゃないかなって思ってさ
 ただ、せっかくだし家具は部屋の寸法とか計って新しいのが欲しいんだ
 だから皆で家具を見に行こうって話が出てるんだよ
 荒木と白久も一緒に行かない?
 明戸達の荷物を搬出したら、すぐに部屋を移れるようにさ
 もちろん、ベッドとかテーブルとかそのまま使ってもらってかまわないけど
 明戸が使ってる文机、皆野の食器や調理器具以外、新居に持って行かなくても良いかなって思ってるんだ」
近戸からの言葉は、まだまだ先のことだと思っていた未来への誘いだった。

「新しい家具、見に行きたい!
 こないだ部屋を見せてもらったとき、白久と色々話してたんだ 
 そっか、それで家具屋の話が出てたのか」
「何か、ハッキリ言うのまだ恥ずかしくて
 家具代も明戸に借りなきゃいけない状態だからさ」
近戸の言葉は、俺にも耳が痛かった。
「あー、俺も白久に借りる感じ
 借りるというか、返せるあてとかない現状だけど」
思わずため息を吐く俺に
「俺たちはその分、飼ってる化生を可愛がろう
 それは、飼い主にしかできないことだしさ」
近戸は俺と自分自身に向けて言葉を放っていた。
「そうだな、それは自信ある」
俺は笑って答えるのだった。

「俺、ベッドは新しくしたいんだ
 白久は大きいし、ダブルベッド欲しくて
 双子のもセミダブルだろ?
 白久のもセミダブルだから、一緒に寝ると少し窮屈なんだよね」
そう言ってから、自分の発言の大胆さに赤くなってしまった。
「うん、明戸のとこも、どうせ2人でくっついて寝るからってセミダブルなんだ
 荒木達が使わないなら、お客用に新居に持って行っても良いかも
 新居にはダブルベッド2台買うから、それだけでもかなりの出費だ
 ある程度作り付けの収納があるのが救いだよ」
「確かにね
 テーブルはどうしようかな、部屋のサイズ的にピッタリだからそれは明戸達のが欲しいな」
「そうしてもらった方が助かるよ、流石に4人であのテーブルだと狭くて
 2人なら十分じゃないか?」
「明戸の文机がある部屋にパソコンデスク置きたいんだよね
 あっちを、俺の部屋にして良いって白久が言ってくれたから」
「パソコンデスクか、うちは1台あれば後はタブレットかノーパソで済ますようにしたいな
 でもリビングに作業用のパソコンデスクがあった方が便利かな
 そうだ、皆野が大きい炊飯器欲しがってたんだ
 新しいオーブンレンジも欲しいって言ってたし、冷蔵庫も大きくしたいとか
 家電も見に行く必要があるな」
「レンジや冷蔵庫は、使えそうならそのまま貰いたいかも
 ここは出費を押さえないと」


俺たちは話しに熱が入り、近戸のバイト時間ぎりぎりまでねばってしまった。
移動の電車の中で白久に連絡を入れると、速攻で返事が返ってきた。
かなり心配をかけてしまっていたようだ。
俺がしっぽやに到着したときには終了時間が間近に迫っているような状態だったが、近戸と話した内容を伝えたら白久も俺との新生活に喜びを隠しきれない様子だった。
「双子の部屋の寸法ちゃんと計らせて貰って、次の休みに近戸達と家具や家電を見に行こうよ
 貰うものと新居に持って行ってもらうものの確認も、ちゃんとしなきゃね
 それによって、俺たちも持って行くものと処分するものが出てくるじゃん」
「荒木の制服は絶対に持って行きます!」
「雑炊作ってもらった土鍋は持って行きたいかも
 他の食器類はどうしよう、その辺は皆野と相談した方が良いか
 秩父先生に貰った医学書も持って行かなきゃ
 今日は泊まっていけないけど、ファミレスで夕飯食べながら相談しよう
 しっぽやでお茶しそびれたから、お腹空いてきちゃった」
俺が笑ってお腹を押さえると
「私も荒木が心配で、ひろせの焼き菓子を食べそびれました
 ファミレスでは大盛りを頼んでしまいそうです」
白久も同じように笑いながらお腹を押さえ、俺たちはファミレスで豪華な夕飯楽しむのであった。
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