しっぽや(No.198~224)
ゲンの依頼を受けた三峰様と波久礼が、しっぽや事務所にやって来た。
「波久礼、久しぶりです」
「波久礼、今度はサトシのとこにも泊まりに来てよ」
「波久礼、今夜の夕飯は楽しみにしていてください
明戸のラッキーとトノとチカのアイデアで、今までとは違ったおもてなしができそうです」
「波久礼、帰る日の前日にパウンドケーキを焼きますから、武衆の皆にお土産として持って行ってください」
大きな狼犬の化生の周りに、私たち猫の化生がまとわりついている。
以前はガサツで粗野だった彼だけれど、今は猫に対する親愛と労りに満ち物腰も柔らかで、側にいると安心できる存在になっていた。
「まあまあ、相変わらず猫達にモテモテね
群が大きくなって嬉しいでしょう」
三峰様が茶化すように言うと
「ええ、この世の全ての猫を私の庇護下に置きたいくらいです
飼い主のいる猫は別として、もっと群を大きくしなければ」
波久礼は大真面目で答えていた。
三峰様の顔が一瞬歪んだように見えたのは、私の気のせいではないだろう。
三峰様は慌てて咳払いすると話題を代えるように
「今回は、随分大人数となりましたね」
一同を見回して少し苦笑していた。
私たち猫の化生の他に、責任者であるゲン、その部下としてのモッチー、三峰様の能力を見てみたいと言い出したナリと日野の姿もあった。
人間達は皆、三峰様から今回の守りの助けになるよう水晶のブレスレットを渡されている。
ゲンとモッチー以外の皆は、作業着にも見える揃いのツナギに建設会社の社名が入った布をスナップで止めていた。
ゲンにキャップを渡され、長毛種の猫達はその中に髪を押し込んだ。
私たちのような短毛種や人間は普通に被っているが、さりげなくツバを下向きにしてあまり顔を晒さないように気をつけていた。
かなり怪しい一行ではあるが、ゲンに言わせると『ギリ、取り壊しの下見にきた不動産屋と解体業者』に見えるらしい。
「皆、今回は付き合ってくれてありがとうな
モッチーには特別ボーナス出すし、しっぽやとお屋敷の方には菓子折りでも用意するから」
恐縮するゲンに
「良いのですよ、ゲンには皆、お世話になっているのだから
皆、ゲンに危険な目にあって欲しくないの」
三峰様は微笑んだ。
私たちは全員、三峰様の言葉に頷く。
「私は、長瀞にもお世話になっていますしね」
私が言うと
「僕も色々ご相伴いただいてるし」
「俺も料理教えてもらってる」
「三峰様の髪が恋しくなると、長瀞の髪を透かせてもらってるんだ
ひろせのだと、何か違うんだよね」
皆が次々と同意した。
「情けは人のためならず、だな」
ゲンに優しく肩を撫でられた長瀞は、照れながらも嬉しそうだった。
私たち一行は、ゲンとナリとモッチーの運転する3台の車に乗って移動する。
まだ昼前の時間で天気が良いため夏のような日差しが降り注ぎ『怪異』とはかけ離れた感じであったのに、目的の建物に車を止めると空気が重く肌寒いような気がしてきた。
そこは、トノやチカの家と比べると古い建物で、どちらかというと生前住んでいた家に似た作りであった。
家は2階建てで、奇妙なことに2階の作りの方が新しく見える。
広めの庭には離れらしき小屋も見えたが、生活が出来るような状態ではなく物置にでもしていたのだろう。
ガラス戸から雑多な家電や段ボール箱が積んであるのが見えた。
「ヒゲがあったら、絶対ビリビリする場所だな」
明戸が辺りを警戒の目で見ながらそう言った。
「うん、絶対近寄っちゃダメな場所」
ソシオが同意する。
かく言う私も鳥肌が立ちっぱなしであった。
「皆、私の側を離れてはいけないよ
湿気がひどい、髪が濡れているように感じるな
狼犬の身体であれば、かなり不愉快な状態だ
長毛達は大丈夫かい?」
波久礼が大きく温かい気配で私たちを包み込んでくれて、気分はいくらかマシになった。
「ひでー有様だな」
門に『取り壊し予定のため見積もり中 専属業者以外立ち入り禁止』の貼り紙を貼っていたゲンが大仰にため息を付いて見せた。
「モッチーが気が付いてくれて良かったぜ
物件がこんな有様に変わってるなんて、思いもしなかったもんな」
「最近、You Tube で事故物件巡りみたいなの流行ってるんすよ
本気でヤバいとこには近づきたくないからチェックしてたら、もしかしてって物件見つけて
本店の物件情報もある程度は把握してますからね
これ、興味本位で押し掛けた奴らが余分なもの呼び込んじゃったんじゃないかって思ったんです」
「数年前に見に来たときはここまでじゃなかったから、その可能性は高いな
レジャーランドのお化け屋敷じゃねえっての
ゴミを捨てるわ、落書きしてるわ、やりたい放題じゃねーか
ボヤでも出されてたら大事(おおごと)だったぜ」
ゲンとモッチーは憤っているようだった。
「でも、ここって元々あまり良くない土地だったんじゃないかな
湿気が尋常じゃない
建物もおかしいよ、流れを変えようとして色々やったのかな
2階を建て増すとか使う気のない離れとか、明らかに怪しいものね」
ナリが言うとその場の静寂が深まったように感じられた。
「ここは、人が住まない方が良い場所ですね
1度払っても、また何かが寄ってきてしまう
人工的な道、いえ、何と言ったらいいのでしょうか…人の視線?
絶えず誰かが監視して、元に戻そうとしている気がします
今まで感じたことがない感覚ですが、何なのでしょう」
三峰様が難しい顔をした。
「それって、動画を撮られちゃってるからかな
誰かがそれを再生する限り、元の場所の状態が蘇ってくるような感じ?」
日野の言葉に人間達はハッとする。
「そうか、写真より動画の方がその場の雰囲気とかの再生率高そうだもんな
ネットに流れちまってるから、管理してるうちが申し立てても完全に削除するのは難しい
鼬(いたち)ごっこだ」
「見てる人は、心霊スポットは心霊スポットのままでいてもらいたい
何なら、より強力な心霊スポットになれば良い、とか思ってるもんな」
「最近のブームは悪循環を生むね、望んで人の住めない場所を作り出すなんて」
皆、呆れたように大きなため息を吐いていた。
「ここにはもう、人が住む予定は無いのですか」
三峰様が確認するように聞くと
「建物取り壊して駐車場にしよう、ってことで話はまとまってるんだ
ただ、解体業者に頼もうとすると話が2転3転してな
どうしても先に進めなかった
駐車場にしたところで、事故でも起こるんじゃないかと冷や冷やしてたところだ」
ゲンは腕を組んで首を振る。
「ならば、何とかなりそうです
ここの場所は今風に言うと『ヤバい』
私では相性も悪く、人が住めるまでにするには何十年もかかりそうなのですよ
遠き山に住む深緑の君なら何とか出来そうなのですが
今は呑気な河童なので無理かしら」
三峰様はクスリと笑っていた。
「側で見た方が勉強になるとは言え、今回の人数、守りながら払うのは無理ね
せっかく来ていただいたのに、ごめんなさい
今回は1人で行かせてもらうわ」
三峰様の言葉に異を唱える者は誰もいなかった。
1人で家に入っていく小さな少女の後ろ姿を、私たちは固唾を飲んで見守った。
その身体は一瞬、四つ足の獣に戻ったように見えたが、すぐに引き戸が引かれ姿が見えなくなった。
辺りの空気がビリビリと震え、誰も言葉を発することが出来ない。
一瞬、家の中から眩しい光があふれ出たが、それは天に還る道にはならず直ぐに消えてしまう。
その光に気が付いた人間は、ナリだけのようだった。
光が消えた空はどんよりとした雲に覆われ、小雨が降ってきた。
見ていなくても三峰様が何をなされたのか気配で分かる。
力業で相手をねじ伏せ、蹴散らしたのだ。
この雨は蹴散らされた物の最後の足掻きだろう。
私に真似できようもない、それは圧倒的なパワーを感じさせる気配だった。
けれども私たちは人の念を散らす場を体感し、その感覚を肌に刻み込むことが出来た。
もっと弱いものなら、私でも何とかなるかもしれない。
トノのことを守れる一助を得られ、私は満足感を覚えていた。
明戸や他の猫達も頷いている。
引き戸を開けて姿を現した三峰様は私たちの顔を見て
「何か、掴んでくれたようね」
満足そうな笑顔を見せた。
「これで暫く大丈夫だと思うわ
また凝り固まらないうちに、更地にしてしまった方が良さそうよ
あーゆー方達が、場を荒らす前にね」
三峰様の指し示す方を見ると、数人の少年達がスマホを構えて門の前からこちらの様子を伺っている。
「脅し要員モッチー、出動」
ゲンの命令でモッチーが『はいよ』と軽い調子で答え、彼らの方に向かって行った。
「君たち、ここによく来るの?敷地に入ったりした?
荒らされたり不法投棄された形跡が顕著なんで、法的手段に訴える準備中なんだ
変な噂で土地の価値が下がって、こっちは大損だし
賠償請求も視野に入れてるから、あらぬ疑いかけられる前に帰った方が良いよ
俺たちのこと撮った?
それがネットに流れたら名誉毀損も追加されるかもね
というか、こっちも君らの顔は押さえたから」
気が付くと長瀞がスマホを彼らに向けて構えている。
少年達は脱兎のごとく逃げだした。
「咄嗟のことで粗だらけの脅しだけど、大丈夫ですかね」
戻ってきたモッチーは首を傾げているが
「お前さんは言葉より図体で脅してるようなもんだから、ガキには効果絶大だろ」
ゲンはカラカラと笑っていた。
気が付くと、雨が降った形跡は跡形もなく、辺りは明るさを取り戻し暑さも戻ってきていた。
「暑くなってきたー、ミイちゃん、俺、アイス奢ってあげる
お茶屋さんで作ってるアイスなんだ
追加のトッピングで白玉とかあんことかあるよ」
「まあ、アイス!」
日野の言葉で三峰様の顔が輝いた。
「和のスイーツ、興味ありますね」
「あんこ!」
「波久礼も一緒に行こうよ」
「うむ、今日は暑いから冷たい物が美味しそうだ」
こうして私たちは事務所近くのお茶屋さんでいったん車から降ろしてもらい、アイスを堪能してから帰る。
事務所では愛しい飼い主のトノが私を待っていてくれた。
新しい感覚を覚えた私は、トノを守るためならきっともっと力が出せる、そう誇らしく思う事が出来ていた。
後日、三峰様に振る舞った手作りアイスのレシピを教えて欲しいと連絡してきた武衆の料理番に、私も本格日本料理とプロの洋食屋さんのレシピを教えてもらい、実りの多い三峰様の来訪となったのだった。
「波久礼、久しぶりです」
「波久礼、今度はサトシのとこにも泊まりに来てよ」
「波久礼、今夜の夕飯は楽しみにしていてください
明戸のラッキーとトノとチカのアイデアで、今までとは違ったおもてなしができそうです」
「波久礼、帰る日の前日にパウンドケーキを焼きますから、武衆の皆にお土産として持って行ってください」
大きな狼犬の化生の周りに、私たち猫の化生がまとわりついている。
以前はガサツで粗野だった彼だけれど、今は猫に対する親愛と労りに満ち物腰も柔らかで、側にいると安心できる存在になっていた。
「まあまあ、相変わらず猫達にモテモテね
群が大きくなって嬉しいでしょう」
三峰様が茶化すように言うと
「ええ、この世の全ての猫を私の庇護下に置きたいくらいです
飼い主のいる猫は別として、もっと群を大きくしなければ」
波久礼は大真面目で答えていた。
三峰様の顔が一瞬歪んだように見えたのは、私の気のせいではないだろう。
三峰様は慌てて咳払いすると話題を代えるように
「今回は、随分大人数となりましたね」
一同を見回して少し苦笑していた。
私たち猫の化生の他に、責任者であるゲン、その部下としてのモッチー、三峰様の能力を見てみたいと言い出したナリと日野の姿もあった。
人間達は皆、三峰様から今回の守りの助けになるよう水晶のブレスレットを渡されている。
ゲンとモッチー以外の皆は、作業着にも見える揃いのツナギに建設会社の社名が入った布をスナップで止めていた。
ゲンにキャップを渡され、長毛種の猫達はその中に髪を押し込んだ。
私たちのような短毛種や人間は普通に被っているが、さりげなくツバを下向きにしてあまり顔を晒さないように気をつけていた。
かなり怪しい一行ではあるが、ゲンに言わせると『ギリ、取り壊しの下見にきた不動産屋と解体業者』に見えるらしい。
「皆、今回は付き合ってくれてありがとうな
モッチーには特別ボーナス出すし、しっぽやとお屋敷の方には菓子折りでも用意するから」
恐縮するゲンに
「良いのですよ、ゲンには皆、お世話になっているのだから
皆、ゲンに危険な目にあって欲しくないの」
三峰様は微笑んだ。
私たちは全員、三峰様の言葉に頷く。
「私は、長瀞にもお世話になっていますしね」
私が言うと
「僕も色々ご相伴いただいてるし」
「俺も料理教えてもらってる」
「三峰様の髪が恋しくなると、長瀞の髪を透かせてもらってるんだ
ひろせのだと、何か違うんだよね」
皆が次々と同意した。
「情けは人のためならず、だな」
ゲンに優しく肩を撫でられた長瀞は、照れながらも嬉しそうだった。
私たち一行は、ゲンとナリとモッチーの運転する3台の車に乗って移動する。
まだ昼前の時間で天気が良いため夏のような日差しが降り注ぎ『怪異』とはかけ離れた感じであったのに、目的の建物に車を止めると空気が重く肌寒いような気がしてきた。
そこは、トノやチカの家と比べると古い建物で、どちらかというと生前住んでいた家に似た作りであった。
家は2階建てで、奇妙なことに2階の作りの方が新しく見える。
広めの庭には離れらしき小屋も見えたが、生活が出来るような状態ではなく物置にでもしていたのだろう。
ガラス戸から雑多な家電や段ボール箱が積んであるのが見えた。
「ヒゲがあったら、絶対ビリビリする場所だな」
明戸が辺りを警戒の目で見ながらそう言った。
「うん、絶対近寄っちゃダメな場所」
ソシオが同意する。
かく言う私も鳥肌が立ちっぱなしであった。
「皆、私の側を離れてはいけないよ
湿気がひどい、髪が濡れているように感じるな
狼犬の身体であれば、かなり不愉快な状態だ
長毛達は大丈夫かい?」
波久礼が大きく温かい気配で私たちを包み込んでくれて、気分はいくらかマシになった。
「ひでー有様だな」
門に『取り壊し予定のため見積もり中 専属業者以外立ち入り禁止』の貼り紙を貼っていたゲンが大仰にため息を付いて見せた。
「モッチーが気が付いてくれて良かったぜ
物件がこんな有様に変わってるなんて、思いもしなかったもんな」
「最近、You Tube で事故物件巡りみたいなの流行ってるんすよ
本気でヤバいとこには近づきたくないからチェックしてたら、もしかしてって物件見つけて
本店の物件情報もある程度は把握してますからね
これ、興味本位で押し掛けた奴らが余分なもの呼び込んじゃったんじゃないかって思ったんです」
「数年前に見に来たときはここまでじゃなかったから、その可能性は高いな
レジャーランドのお化け屋敷じゃねえっての
ゴミを捨てるわ、落書きしてるわ、やりたい放題じゃねーか
ボヤでも出されてたら大事(おおごと)だったぜ」
ゲンとモッチーは憤っているようだった。
「でも、ここって元々あまり良くない土地だったんじゃないかな
湿気が尋常じゃない
建物もおかしいよ、流れを変えようとして色々やったのかな
2階を建て増すとか使う気のない離れとか、明らかに怪しいものね」
ナリが言うとその場の静寂が深まったように感じられた。
「ここは、人が住まない方が良い場所ですね
1度払っても、また何かが寄ってきてしまう
人工的な道、いえ、何と言ったらいいのでしょうか…人の視線?
絶えず誰かが監視して、元に戻そうとしている気がします
今まで感じたことがない感覚ですが、何なのでしょう」
三峰様が難しい顔をした。
「それって、動画を撮られちゃってるからかな
誰かがそれを再生する限り、元の場所の状態が蘇ってくるような感じ?」
日野の言葉に人間達はハッとする。
「そうか、写真より動画の方がその場の雰囲気とかの再生率高そうだもんな
ネットに流れちまってるから、管理してるうちが申し立てても完全に削除するのは難しい
鼬(いたち)ごっこだ」
「見てる人は、心霊スポットは心霊スポットのままでいてもらいたい
何なら、より強力な心霊スポットになれば良い、とか思ってるもんな」
「最近のブームは悪循環を生むね、望んで人の住めない場所を作り出すなんて」
皆、呆れたように大きなため息を吐いていた。
「ここにはもう、人が住む予定は無いのですか」
三峰様が確認するように聞くと
「建物取り壊して駐車場にしよう、ってことで話はまとまってるんだ
ただ、解体業者に頼もうとすると話が2転3転してな
どうしても先に進めなかった
駐車場にしたところで、事故でも起こるんじゃないかと冷や冷やしてたところだ」
ゲンは腕を組んで首を振る。
「ならば、何とかなりそうです
ここの場所は今風に言うと『ヤバい』
私では相性も悪く、人が住めるまでにするには何十年もかかりそうなのですよ
遠き山に住む深緑の君なら何とか出来そうなのですが
今は呑気な河童なので無理かしら」
三峰様はクスリと笑っていた。
「側で見た方が勉強になるとは言え、今回の人数、守りながら払うのは無理ね
せっかく来ていただいたのに、ごめんなさい
今回は1人で行かせてもらうわ」
三峰様の言葉に異を唱える者は誰もいなかった。
1人で家に入っていく小さな少女の後ろ姿を、私たちは固唾を飲んで見守った。
その身体は一瞬、四つ足の獣に戻ったように見えたが、すぐに引き戸が引かれ姿が見えなくなった。
辺りの空気がビリビリと震え、誰も言葉を発することが出来ない。
一瞬、家の中から眩しい光があふれ出たが、それは天に還る道にはならず直ぐに消えてしまう。
その光に気が付いた人間は、ナリだけのようだった。
光が消えた空はどんよりとした雲に覆われ、小雨が降ってきた。
見ていなくても三峰様が何をなされたのか気配で分かる。
力業で相手をねじ伏せ、蹴散らしたのだ。
この雨は蹴散らされた物の最後の足掻きだろう。
私に真似できようもない、それは圧倒的なパワーを感じさせる気配だった。
けれども私たちは人の念を散らす場を体感し、その感覚を肌に刻み込むことが出来た。
もっと弱いものなら、私でも何とかなるかもしれない。
トノのことを守れる一助を得られ、私は満足感を覚えていた。
明戸や他の猫達も頷いている。
引き戸を開けて姿を現した三峰様は私たちの顔を見て
「何か、掴んでくれたようね」
満足そうな笑顔を見せた。
「これで暫く大丈夫だと思うわ
また凝り固まらないうちに、更地にしてしまった方が良さそうよ
あーゆー方達が、場を荒らす前にね」
三峰様の指し示す方を見ると、数人の少年達がスマホを構えて門の前からこちらの様子を伺っている。
「脅し要員モッチー、出動」
ゲンの命令でモッチーが『はいよ』と軽い調子で答え、彼らの方に向かって行った。
「君たち、ここによく来るの?敷地に入ったりした?
荒らされたり不法投棄された形跡が顕著なんで、法的手段に訴える準備中なんだ
変な噂で土地の価値が下がって、こっちは大損だし
賠償請求も視野に入れてるから、あらぬ疑いかけられる前に帰った方が良いよ
俺たちのこと撮った?
それがネットに流れたら名誉毀損も追加されるかもね
というか、こっちも君らの顔は押さえたから」
気が付くと長瀞がスマホを彼らに向けて構えている。
少年達は脱兎のごとく逃げだした。
「咄嗟のことで粗だらけの脅しだけど、大丈夫ですかね」
戻ってきたモッチーは首を傾げているが
「お前さんは言葉より図体で脅してるようなもんだから、ガキには効果絶大だろ」
ゲンはカラカラと笑っていた。
気が付くと、雨が降った形跡は跡形もなく、辺りは明るさを取り戻し暑さも戻ってきていた。
「暑くなってきたー、ミイちゃん、俺、アイス奢ってあげる
お茶屋さんで作ってるアイスなんだ
追加のトッピングで白玉とかあんことかあるよ」
「まあ、アイス!」
日野の言葉で三峰様の顔が輝いた。
「和のスイーツ、興味ありますね」
「あんこ!」
「波久礼も一緒に行こうよ」
「うむ、今日は暑いから冷たい物が美味しそうだ」
こうして私たちは事務所近くのお茶屋さんでいったん車から降ろしてもらい、アイスを堪能してから帰る。
事務所では愛しい飼い主のトノが私を待っていてくれた。
新しい感覚を覚えた私は、トノを守るためならきっともっと力が出せる、そう誇らしく思う事が出来ていた。
後日、三峰様に振る舞った手作りアイスのレシピを教えて欲しいと連絡してきた武衆の料理番に、私も本格日本料理とプロの洋食屋さんのレシピを教えてもらい、実りの多い三峰様の来訪となったのだった。