このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.198~224)

side<HINO>

双子の飼い主として新しく加わった『大滝兄弟』。
彼らが有名人であることは、俺だけが知っていた。
『有名って言っても、限られた世界でのことだけど
 この辺の高校行ってて陸上やってる奴にとってはかなりの知名度なのに、荒木とか全然知らないんだもんなー
 そのうち国体とか駅伝に出て、全国的に有名になるんじゃないかって噂もあったっけ』
俺にとっては同世代のスーパーアイドルと言っても過言ではない。
自分は出場できなかったが、彼らが走るのを見るために会場に足を運んだ大会もあった。

長身から繰り出される正確無比な足運び、ブレない呼吸、俺にはないスタミナで長時間パワフルに走り続ける彼らは、機械なのではないかと思わせられる走りをする。
そっくりな双子が高速で走り去っていく様子は、圧巻だ。
いつか彼らと同じ大会に出て走ってみたい、そう思っていたものの体調不良で大会にほとんど出たことのない俺にとって、それは夢のまた夢でしかなかった。

その夢が、あっさり叶う時がきた。
大滝兄弟が週末に双子猫の部屋に泊まりに来ることになった時
『少し早めに行くから、しっぽやの業務終了まで一緒に走らないか』
明戸の飼い主の大滝 近戸がそう提案してくれてのだ。
俺が住んでるマンションの側にある公園が、ランナーに人気の場所だと聞いて走ってみたくなったらしい。
『大学では全く走ってないし身体がなまってきてるから、かなりタイム悪いと思うけど』
『明戸と皆野の方が早いんだよ、全然追いつけなくてさ』
2人は苦笑していたが俺も大学に行ってから全然走っていないので、かなり悲惨な結果になりそうではあったが『一緒に走れるだけでも光栄だ』との思いから一も二もなく頷いた。
俺の飼い犬の黒谷も一緒に走る気満々で
『犬の持久力を見せてやりますよ』
そう息巻いていた。
タイム的には俺が一番悪そうだけど、好きな人たち(1人犬)と一緒に走れると思うだけでテンションは上がるのであった。





大滝兄弟が来る日、双子猫はそわそわしつつも飼い主に良い報告が出来るよう捜索を大いに頑張っていた。
一応、荒木やタケぽんも誘ってみたが思いっきり首を横に振られてしまった。
「次の機会があったら、俺よりクッキーを誘ってやってくださいよ
 あいつ、未だに日野先輩信者だから」
タケぽんの口から俺を慕ってくれている後輩の名前が出て、高校での部活は散々嫌な目にあったけど、楽しいこともあったなと懐かしく思い返した。


夕方4時前に、早朝のバイトを終えた大滝兄弟がしっぽや事務所にやってきた。
2人とも動きやすそうでスポーティーな服装をしている。
「車、影森マンションの駐車場に入れさせてもらったよ」
「わざわざバイトの後に来てもらってすいません」
「いや、俺達も飼い猫に会いたかったから何かと理由を付けて来てるんだ
 今日は初めてマンションに泊まることになっててさ
 『走りたい』ってのがオマケみたいでごめん」
2人とも有名人であるという気負いはなく、自然に話しかけてくれる。
と言うか、化生飼いの先輩である俺に気を使ってくれてるようだ。
「そろそろ行こうか、シロ、所長代理頼んだよ」
俺も黒谷も走りやすい服に着替えている。
「やる気満々の犬には勝てる気がしないんだけど」
兄弟は苦笑しつつも、どこか楽しそうだった。


俺達は最寄り駅まで行くと電車に乗って移動する。
公園最寄り駅は俺が住んでいるマンションと同じだと知っている兄弟は
「日野の家って、しっぽやから近いんだな、荒木の家の方がもう少し遠いのか
 高校も徒歩で行けたんだって?
 満員電車乗らなくて良いの、羨ましい」
「俺達、この身長だし車内で気を使うんだよな
 ランニングの練習できる公園が近いのも良いじゃん」
2人は珍しそうに辺りを見回していた。
「公園は駅から20分くらいかな
 家は逆方向だから、家から行くともっとかかるんだ」
俺を先頭に歩いていくが、俺以外、皆背が高いので周りからどう見られているのか少し気になるところではあった。

公園に着くと俺達はストレッチを始めた。
「走ってる人、誰も居ないな」
キョロキョロと辺りを見ていた近戸に
「今日は土曜だから、出かけてる人が多いのかも
 もう少ししたら帰ってきてからひとっ走り、って感じで人が来るよ
 平日も6時前くらいから走りに来る人は増えるかな」
俺はそう答えた。
「人が居ないって事は、黒谷が犬のスピードで走っても驚く人はいないのか
 ちょっと見てみたいな」
遠野が興味深そうに黒谷を見る。
黒谷が伺うように俺を見るので
「よし、まずは犬の本気、見せてあげて」
そう命令すると彼は嬉しそうに頷いて、あっという間に走り去って行った。

「早、もう見えなくなった」
「チート過ぎるだろ」
大滝兄弟は呆然とした顔で黒谷が走っていった方角を見つめるのであった。


程なく、黒谷が後ろから戻ってくる。
「えっと、1周2キロって言ってたっけ
 今の4、5分くらい?ちゃんと計ってみれば良かった」
「よし、次は俺達も混ざろう」
大滝兄弟はすれ違う黒谷と共に走り出した。
本人たちは身体がなまってる、なんて言っていたがとんでもない。
黒谷も大滝兄弟も直ぐに姿が見えなくなっていった。

再度戻ってきた黒谷が緩やかな走りで俺に近付いてくる。
「彼ら早いですね、途中で抜かされそうになりました
 瞬発力はなかなかのものです
 あのスピードでの持久力があれば、犬と渡り合えますよ」
黒谷が見つめる先に、大滝兄弟があらわれた。
黒谷につられて無茶な走りをしてしまったのだろう、彼らは激しく息を切らしている。
「いや…、ちょ…、無理…」
「犬相手に…ムキになるとか…、バカか…俺…」
ゼイゼイと苦しげな息の下から何とか言葉を絞り出していたかと思うと、2人して盛大に笑い出した。
「何が大滝兄弟だよ
 誰も追いつけない2つの流星、とかなんとか言われてたっけ?」
「こっちは猫にすら追いつけない、ダメダメ兄弟なのにな
 俺達も、よくあんなタイムでいい気になれたもんだ」
「井の中の蛙、大海を知らず」
「若いって、ほんと、バカだよなあ」
自分たちを卑下する言葉を吐きながらも、2人は何だか楽しそうだった。


「いや、2人とも早いですよ、黒谷も誉めてたし」
俺が言うと
「ありがとう、何かもうタイムとかどうでもいいや
 今は、ただ純粋に走るのが気持ちいいって感じ」
「子供の頃、よくチカとかけっこしてたの思い出したよ
 あのときはフォームとか気にしないで好きに走ってて、楽しかった
 川の水はドコから流れてくるのか見に行こう、とか言って随分上流まで走ったよな」
「結局暗くなってきて何にも見えなくなっちゃったからトボトボ歩いて夜中に帰って、メチャクチャ怒られた」
「今度は海まで行ってみようって、下流に向かって走って同じ徹を踏んだんだよな」
2人は爽やかに笑っていた。

「日野は?何で走り始めたの?」
そう聞かれても一人っ子の俺には兄弟と一緒に楽しく走った記憶がない。
『走るのが楽しいって初めて思ったのは、いつだっけ』
小学生の時の体育の授業だったか、運動会だったか、トップでゴールのテープを切れたことがあって、そのときの開放感が特別だったからな気もする。
家庭での嫌なことを全て向こうに置いてきて、新しい世界に来れたような清々しさを感じたのだ。
テープを切るには1位にならなければいけない。
それで、その目標のために走るようになったのが始まりだったのかもしれない。
「えっと、1位で走り抜けたかったから」
思わず口にした言葉に
「すげー、王者の風格漂う理由」
「チカといつまでも走っていたかった俺なんて、ガキみたいな理由だ」
「2つの流星大滝兄弟に言われても、釈然としないんだけど」
「恥ずかしいから、その名前は忘れてくれよー」
「マスコミが勝手に言いだしたことだしさ」
俺達は3人で笑いあう。
彼らは雲の上のスーパースターではなく、俺の隣にいる走るのが好きな化生飼いとしてはの後輩のランナーだった。

「次は皆で走ってみよう、黒谷、ペースメーカーお願い
 どれくらいの早さにする」
「最初は1周7分くらいにしてみるか」
「何分縮められるか楽しみだな
 黒谷、ストップウォッチなくても大丈夫?」
「正確な数字は無理ですが、日野と走り込んでいますので大体はわかりますね
 日野の最速は5分強といったところでしょうか」
「日野、愛されてんじゃん」
「まあね」
その後、俺達は様々なスピードで10周ほど走る。
流石に疲れてきたのでペットボトルを買って休憩しながら雑談を始めた。


「やっぱ、2人とも早いよ」
「日野だって早いじゃん、何で大会出なかったの?
 10位以内には食い込めたと思うんだけど」
「その体型であれだけ走れれば、弾丸ランナーとかマスコミが2つ名つけたんじゃないか?」
不思議がる2人に
「俺、体調管理上手くできなくてさ
 大会前になると体調崩すんだ、特に夏なんて最悪
 下手すると冬まで体調不良引きずって、冬は冬で普通に風邪とかひいたり
 走りが早いだけじゃなく、体調管理も選手になれるかどうかの重要なファクターだって思い知った」
俺は肩をすくめて答えた。
「あー、確かに
 まずは出場できなきゃ始まらないもんな」
「俺達も大会前は特に気を使ってたよ」

「日野は僕と会うまで、守りが薄かったのです
 だからお盆が近くなると体調を崩しがちだったのでしょう
 和銅が亡くなったのもお盆前でしたから、魂が反応してしまっていたのかもしれませんね」
黒谷が労るように俺の肩を抱いてくれる。
不思議そうな視線を向けてくる2人に、俺は黒谷との過去世の話を伝えた。
眉唾物の怪しい話であるはずなのに真剣に聞いてくれた。
スーパースターの彼らも、化生に選ばれた真摯な魂の持ち主なのだとわかって嬉しくなるのだった。
29/57ページ
スキ