しっぽや(No.198~224)
一通り挨拶が済むと、俺達は影森マンションに移動する。
皆野と遠野だけ車で先に行き、来客用の駐車場に車を止めることになっていた。
荷物も乗せていってもらったので、空いた近戸の腕に明戸が幸せそうにまとわりついているのが微笑ましい。
「お腹空いたでしょ?俺と皆野でお昼作っておいたから部屋に着いたら食べよう
荒木と白久の分もあるからね」
事前に知らされていたので白久も何か作って持っていこうかと言っていたのだが、自分たちの料理を飼い主に食べてもらいたいと双子に言われ、今回は厚意に甘えることにしていた。
「荒木も本マグロ食べて
刺身の柵っていつもグラム売りなんだけど、解体ショーの時は部位によって1柵の値段が固定されてるんだ
大、中、赤、2柵ずつ買うって前もって言っといたら、サービスで少し大きめに切ってくれてさ
俺とは部署違うけど、今の水産の主任って面倒見良い人なんだよ」
近戸は自然に明戸を撫でながら、笑顔を向けてきた。
『ほんと、こいつってスマートに格好いいんだよな』
対抗意識を燃やすように俺も白久を撫で
「白久もごちそうになろう、猫達に大人気の生本マグロ」
そう言うと彼は嬉しそうに頷いた。
『でも、白久なんて格好いい上に可愛いもんね』
その笑顔で俺の密やかな対抗心は、白久の完全勝利で幕を閉じた。
「お邪魔します」
自分の飼っている化生以外の部屋に上がる機会はあまりないので、少し緊張しながら玄関先で靴を脱いだ。
初めて明戸の部屋に来た近戸も緊張しているのが分かる。
モッチーの部屋とあまり間取りが変わらないと言われていたせいか、初めて来たと言う感覚は思ったほど強くなかった。
『何か、しっくり馴染みやすいかも』
いずれ自分たちが住むことになるかもしれない、と言う思いもあったのだろう。
『良い部屋だな』と感じていた。
廊下の片側がトイレ、洗面所兼脱衣所とシャワールーム。
反対側はキッチン。
白久のワンルームより広めなリビングの奥に部屋が2つある。
飼い主を迎える為もあるのだろう、掃除が行き届いていて壁とかに大きな傷やシミはなかった。
リビングのテーブルには先に帰宅した皆野と遠野が料理を並べておいてくれた。
刺身も切られて皿に盛られてあった。
その他にも、一口カツ、唐揚げ、サラダ、スープ、春巻き、野菜炒め、煮豚、双子の張り切り具合が分かるメニューのオンパレードだ。
白久が真剣な顔で料理を見つめていたのは、後で皆野にレシピを教えてもらおうと思っているからだろう。
白久は俺のためならどこまでも勉強熱心で、その忠誠心はいつも心を暖かくしてくれた。
料理を食べながら、俺達は色々と話し込む。
話題は尽きないが、今もっとも関心が向くのは卒業したらどうするかという事だった。
「チカとトノの就職が決まらなくても、先に部屋を移ろうかと思ってるんだけど、ダメかな
2人が起業したら手伝いたいから、また部屋を変わることになるかもしれないけど」
モジモジと明戸が告げ皆野も頷いている。
大滝兄弟は顔を見合わせて悩んでいるようだ。
「情けないけど、卒業後、具体的にどうしようかまだ決められないんだ
前は入れそうな会社に就職して、とか、お定まりな事を考えてたけどさ
今は明戸とトノと皆野と一緒に暮らしたいって夢が出来た
その夢を叶えるためにどうしたらいいか、模索中
明戸と皆野にはペット探偵を続けて欲しいから、俺達がこっちで仕事を探せるのが手っ取り早いとは思ってる
明戸と皆野の能力を必要としている人は多いよ
白パンの時の俺達みたいにね
荒木の飼い猫も保護してくれたんだって?
猫飼いにとって君たちは救世主だ」
飼い主に誉められて明戸は得意げな顔になった。
「こっちの方で求人があるようなら、就活してみようとは思ってるよ
ただ、この辺って住宅地で大きい企業無さそうだね」
遠野も難しい顔で考え込んでいる。
『しっぽやでの人間社員は、俺と日野とタケぽんがいれば十分だもんな
タケぽんはビミョーに出来ること違うけど
本来、化生と暮らすって大変なのか』
何だか現実を突きつけられた感じだったが、将来を化生に全面的に甘えない大滝兄弟を『大人だな』とも思った。
遅いランチを食べ終わりお茶を飲みながら雑談していると
「あっ、もうそんな時間か」
明戸が玄関に向かっていった。
すぐにお客を迎えて戻ってくる。
それはソシオとモッチーだった。
「俺達、これからファミリータイプの部屋を見せてもらいに行くんだ
後、モッチーのバイクも
荒木と白久は部屋の中を見て自由に過ごしてて
中川先生以外に見せたこと無いけど、俺が書いてる自伝も読んで良いよ
誤字脱字があったらチェックよろしく
あのお方とのことを書き終わったら、今度はチカとの事を書くつもり」
双子と大滝兄弟、モッチーとソシオが去ると一気に部屋がガランとする。
「じゃあ、遠慮なく見せてもらおうか」
俺は白久を伴って自分達が暮らすことになる部屋の中を見ていった。
飼い主のいない化生はあまり物を持たないので、見て回ってもプライバシーに触れる感じはしなかった。
2部屋あるうちの片方にはセミダブルベッドが置いてある。
事務所でのように双子は部屋でも猫団子で寝ているようであった。
部屋には作り付けの棚とクローゼットが付いており、収納は十分な感じだ。
クローゼットの中を見せてもらうと、双子が着ているのを見たことがある服達が収まっていた。
収納棚にはあまり物がなく、仕事で持ち歩くアタッシュケース、着る服の組み合わせが書かれているノートとアクセサリー類が入った小箱が置いてあった。
壁にピンで留められている風景写真のカレンダーには『大野原不動産』の文字が入っている。
本当にシンプルな部屋だった。
「俺と白久なら、どう使おうか
同じようにこっちはベッドルームにして、クローゼットは白久の服を入れる?」
「壁には荒木の制服を飾りたいですね」
「リビングに飾ってお客とかに見られるの恥ずかしいからその方が良いか
カレンダーは秋田犬の写真のやつが良いな
収納棚には首輪を入れる場所を作ろうか」
「カーテンは新調したいですね」
テンションが上がったまま、俺達は隣の部屋も見に行った。
こちらも同じようにクローゼットと作り付けの棚が付いていた。
それと背の低い机が1つ、ぽつんと置いてある。
机の側に座布団もあった。
「これでパソコン作業したら、腰がおかしくなりそう
双子はよくこんなの使えるね、と言うか、何に使ってるのかな
リビングにテーブルがあるのに」
「これは、文机(ふづくえ)と言う物です
書き物をするのに使われております
きっと双子の以前の飼い主も使っていたのでしょう
今は明戸が自伝を書くのに使っているかと」
その白久の言葉の通り、収納棚に1冊のノートと筆記用具が入った小箱が置かれていた。
表には『自伝 明戸』とシンプルなタイトルが書かれている。
「後でゆっくり読ませてもらおうかな
明戸の一生をパラ見するだけだと失礼だから」
一応白久に伺うような視線を向けて言うと、彼は優しい顔で頷いてくれた。
こっちの部屋のクローゼットには何も入っていなかった。
「こちらはパソコンが置ける机を買って、荒木がお好きに使われるとよろしいのでは
クローゼットや収納棚も荒木用にいたしましょう」
『俺の部屋』
自宅に自室があっても、それは嬉しい響きを持った言葉だ。
この部屋が俺の物で埋まっていくことを考えると、特別な場所に感じられた。
リビングに戻り改めて見回すと、本棚と一体化しているテレビ棚、テーブルとお揃いの椅子が4つ、4個のクッションしかないシンプルな部屋だった。
本棚には皆野が読むのだろう、料理雑誌が数冊入っている。
同じ場所に手書きのレシピノートも2冊ほど混ざっていた。
「私は後で、こちらのレシピを見させてもらいます」
白久は興味深そうにノートをめくっていた。
「このリビングは、今の白久の部屋みたいな感じで使おうか
本棚には秩父先生の医学書を置こう
テレビの側にはDVDだろ、ゲーム機とゲームはこっちに置いて、マンガも入れよっかな
あ、ソファーとかどうしよう
モッチーの部屋で見たとき、格好良かったんだよな
このリビングに黒レザーは合わないから、うちで使ってるみたいな方が良いのかな
新しい家具楽しみだけど、一気に買うとなると厳しそう
貯金しとかなきゃ」
「ソファーに合わせクッションも新調しますか
引っ越しは何かと物入りなものです
以前は数年でアパートを引っ越していたので、あまり物を持たなくなったのですよ
影森マンションと言う永住の地が出来ても、古い化生はその癖が抜けなくて
けれども、飼い主が出来てからは『思い出の品』という物が増えていきますので、私の部屋もかなり雑然としてきました」
「この部屋でも狭く感じる日がくるかもね」
俺達は顔を見合わせて笑ってしまった。
シャワールームや洗面所は特に何かを加える必要はない感じだった。
この部屋の中では、キッチンが一番物が多く感じた。
俺には何に使うのか分からない物が色々と置いてある。
「こちらはすり鉢とすりこぎ、このバネ付きプラスチック容器は漬け物を作るためのものです
梅干しを干すザルや梅酒を漬ける容器もありますね」
それは俺の知らない白久の知識、昔の人間達の生活を見ていた名残なのだろう。
「荒木がお望みなら、私も何かチャレンジしてみますよ」
「梅酒はちょっと興味あるかも
バニラアイスにかけると美味しいって日野が言ってたから」
「今年漬けて引っ越し後にのお祝いに梅酒を開けるのも良さそうですが、今年の梅のシーズンは終わってしまってますね」
「じゃあ、引っ越した年に漬けて同居5周年のお祝いとかで開けるのはどう?」
俺達は未来の部屋で未来を語り合う。
それは夢のようでいて現実的な喜びをもたらす楽しい時間だった。
すぐ目前に控える未来、彼方にありながら手を伸ばせば届きそうな時間。
俺と白久の未来は確実にそこにあった。
そこにたどり着く前にやらなければいけないことは山積みだけど、きっと2人でなら楽しい未来を作れるだろうと俺は晴れやかな気持ちになるのであった。
皆野と遠野だけ車で先に行き、来客用の駐車場に車を止めることになっていた。
荷物も乗せていってもらったので、空いた近戸の腕に明戸が幸せそうにまとわりついているのが微笑ましい。
「お腹空いたでしょ?俺と皆野でお昼作っておいたから部屋に着いたら食べよう
荒木と白久の分もあるからね」
事前に知らされていたので白久も何か作って持っていこうかと言っていたのだが、自分たちの料理を飼い主に食べてもらいたいと双子に言われ、今回は厚意に甘えることにしていた。
「荒木も本マグロ食べて
刺身の柵っていつもグラム売りなんだけど、解体ショーの時は部位によって1柵の値段が固定されてるんだ
大、中、赤、2柵ずつ買うって前もって言っといたら、サービスで少し大きめに切ってくれてさ
俺とは部署違うけど、今の水産の主任って面倒見良い人なんだよ」
近戸は自然に明戸を撫でながら、笑顔を向けてきた。
『ほんと、こいつってスマートに格好いいんだよな』
対抗意識を燃やすように俺も白久を撫で
「白久もごちそうになろう、猫達に大人気の生本マグロ」
そう言うと彼は嬉しそうに頷いた。
『でも、白久なんて格好いい上に可愛いもんね』
その笑顔で俺の密やかな対抗心は、白久の完全勝利で幕を閉じた。
「お邪魔します」
自分の飼っている化生以外の部屋に上がる機会はあまりないので、少し緊張しながら玄関先で靴を脱いだ。
初めて明戸の部屋に来た近戸も緊張しているのが分かる。
モッチーの部屋とあまり間取りが変わらないと言われていたせいか、初めて来たと言う感覚は思ったほど強くなかった。
『何か、しっくり馴染みやすいかも』
いずれ自分たちが住むことになるかもしれない、と言う思いもあったのだろう。
『良い部屋だな』と感じていた。
廊下の片側がトイレ、洗面所兼脱衣所とシャワールーム。
反対側はキッチン。
白久のワンルームより広めなリビングの奥に部屋が2つある。
飼い主を迎える為もあるのだろう、掃除が行き届いていて壁とかに大きな傷やシミはなかった。
リビングのテーブルには先に帰宅した皆野と遠野が料理を並べておいてくれた。
刺身も切られて皿に盛られてあった。
その他にも、一口カツ、唐揚げ、サラダ、スープ、春巻き、野菜炒め、煮豚、双子の張り切り具合が分かるメニューのオンパレードだ。
白久が真剣な顔で料理を見つめていたのは、後で皆野にレシピを教えてもらおうと思っているからだろう。
白久は俺のためならどこまでも勉強熱心で、その忠誠心はいつも心を暖かくしてくれた。
料理を食べながら、俺達は色々と話し込む。
話題は尽きないが、今もっとも関心が向くのは卒業したらどうするかという事だった。
「チカとトノの就職が決まらなくても、先に部屋を移ろうかと思ってるんだけど、ダメかな
2人が起業したら手伝いたいから、また部屋を変わることになるかもしれないけど」
モジモジと明戸が告げ皆野も頷いている。
大滝兄弟は顔を見合わせて悩んでいるようだ。
「情けないけど、卒業後、具体的にどうしようかまだ決められないんだ
前は入れそうな会社に就職して、とか、お定まりな事を考えてたけどさ
今は明戸とトノと皆野と一緒に暮らしたいって夢が出来た
その夢を叶えるためにどうしたらいいか、模索中
明戸と皆野にはペット探偵を続けて欲しいから、俺達がこっちで仕事を探せるのが手っ取り早いとは思ってる
明戸と皆野の能力を必要としている人は多いよ
白パンの時の俺達みたいにね
荒木の飼い猫も保護してくれたんだって?
猫飼いにとって君たちは救世主だ」
飼い主に誉められて明戸は得意げな顔になった。
「こっちの方で求人があるようなら、就活してみようとは思ってるよ
ただ、この辺って住宅地で大きい企業無さそうだね」
遠野も難しい顔で考え込んでいる。
『しっぽやでの人間社員は、俺と日野とタケぽんがいれば十分だもんな
タケぽんはビミョーに出来ること違うけど
本来、化生と暮らすって大変なのか』
何だか現実を突きつけられた感じだったが、将来を化生に全面的に甘えない大滝兄弟を『大人だな』とも思った。
遅いランチを食べ終わりお茶を飲みながら雑談していると
「あっ、もうそんな時間か」
明戸が玄関に向かっていった。
すぐにお客を迎えて戻ってくる。
それはソシオとモッチーだった。
「俺達、これからファミリータイプの部屋を見せてもらいに行くんだ
後、モッチーのバイクも
荒木と白久は部屋の中を見て自由に過ごしてて
中川先生以外に見せたこと無いけど、俺が書いてる自伝も読んで良いよ
誤字脱字があったらチェックよろしく
あのお方とのことを書き終わったら、今度はチカとの事を書くつもり」
双子と大滝兄弟、モッチーとソシオが去ると一気に部屋がガランとする。
「じゃあ、遠慮なく見せてもらおうか」
俺は白久を伴って自分達が暮らすことになる部屋の中を見ていった。
飼い主のいない化生はあまり物を持たないので、見て回ってもプライバシーに触れる感じはしなかった。
2部屋あるうちの片方にはセミダブルベッドが置いてある。
事務所でのように双子は部屋でも猫団子で寝ているようであった。
部屋には作り付けの棚とクローゼットが付いており、収納は十分な感じだ。
クローゼットの中を見せてもらうと、双子が着ているのを見たことがある服達が収まっていた。
収納棚にはあまり物がなく、仕事で持ち歩くアタッシュケース、着る服の組み合わせが書かれているノートとアクセサリー類が入った小箱が置いてあった。
壁にピンで留められている風景写真のカレンダーには『大野原不動産』の文字が入っている。
本当にシンプルな部屋だった。
「俺と白久なら、どう使おうか
同じようにこっちはベッドルームにして、クローゼットは白久の服を入れる?」
「壁には荒木の制服を飾りたいですね」
「リビングに飾ってお客とかに見られるの恥ずかしいからその方が良いか
カレンダーは秋田犬の写真のやつが良いな
収納棚には首輪を入れる場所を作ろうか」
「カーテンは新調したいですね」
テンションが上がったまま、俺達は隣の部屋も見に行った。
こちらも同じようにクローゼットと作り付けの棚が付いていた。
それと背の低い机が1つ、ぽつんと置いてある。
机の側に座布団もあった。
「これでパソコン作業したら、腰がおかしくなりそう
双子はよくこんなの使えるね、と言うか、何に使ってるのかな
リビングにテーブルがあるのに」
「これは、文机(ふづくえ)と言う物です
書き物をするのに使われております
きっと双子の以前の飼い主も使っていたのでしょう
今は明戸が自伝を書くのに使っているかと」
その白久の言葉の通り、収納棚に1冊のノートと筆記用具が入った小箱が置かれていた。
表には『自伝 明戸』とシンプルなタイトルが書かれている。
「後でゆっくり読ませてもらおうかな
明戸の一生をパラ見するだけだと失礼だから」
一応白久に伺うような視線を向けて言うと、彼は優しい顔で頷いてくれた。
こっちの部屋のクローゼットには何も入っていなかった。
「こちらはパソコンが置ける机を買って、荒木がお好きに使われるとよろしいのでは
クローゼットや収納棚も荒木用にいたしましょう」
『俺の部屋』
自宅に自室があっても、それは嬉しい響きを持った言葉だ。
この部屋が俺の物で埋まっていくことを考えると、特別な場所に感じられた。
リビングに戻り改めて見回すと、本棚と一体化しているテレビ棚、テーブルとお揃いの椅子が4つ、4個のクッションしかないシンプルな部屋だった。
本棚には皆野が読むのだろう、料理雑誌が数冊入っている。
同じ場所に手書きのレシピノートも2冊ほど混ざっていた。
「私は後で、こちらのレシピを見させてもらいます」
白久は興味深そうにノートをめくっていた。
「このリビングは、今の白久の部屋みたいな感じで使おうか
本棚には秩父先生の医学書を置こう
テレビの側にはDVDだろ、ゲーム機とゲームはこっちに置いて、マンガも入れよっかな
あ、ソファーとかどうしよう
モッチーの部屋で見たとき、格好良かったんだよな
このリビングに黒レザーは合わないから、うちで使ってるみたいな方が良いのかな
新しい家具楽しみだけど、一気に買うとなると厳しそう
貯金しとかなきゃ」
「ソファーに合わせクッションも新調しますか
引っ越しは何かと物入りなものです
以前は数年でアパートを引っ越していたので、あまり物を持たなくなったのですよ
影森マンションと言う永住の地が出来ても、古い化生はその癖が抜けなくて
けれども、飼い主が出来てからは『思い出の品』という物が増えていきますので、私の部屋もかなり雑然としてきました」
「この部屋でも狭く感じる日がくるかもね」
俺達は顔を見合わせて笑ってしまった。
シャワールームや洗面所は特に何かを加える必要はない感じだった。
この部屋の中では、キッチンが一番物が多く感じた。
俺には何に使うのか分からない物が色々と置いてある。
「こちらはすり鉢とすりこぎ、このバネ付きプラスチック容器は漬け物を作るためのものです
梅干しを干すザルや梅酒を漬ける容器もありますね」
それは俺の知らない白久の知識、昔の人間達の生活を見ていた名残なのだろう。
「荒木がお望みなら、私も何かチャレンジしてみますよ」
「梅酒はちょっと興味あるかも
バニラアイスにかけると美味しいって日野が言ってたから」
「今年漬けて引っ越し後にのお祝いに梅酒を開けるのも良さそうですが、今年の梅のシーズンは終わってしまってますね」
「じゃあ、引っ越した年に漬けて同居5周年のお祝いとかで開けるのはどう?」
俺達は未来の部屋で未来を語り合う。
それは夢のようでいて現実的な喜びをもたらす楽しい時間だった。
すぐ目前に控える未来、彼方にありながら手を伸ばせば届きそうな時間。
俺と白久の未来は確実にそこにあった。
そこにたどり着く前にやらなければいけないことは山積みだけど、きっと2人でなら楽しい未来を作れるだろうと俺は晴れやかな気持ちになるのであった。