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しっぽや(No.198~224)

side<ARAKI>

化生してから長らく飼い主が居なかった双子猫に、双子の飼い主が出来た。
飼い主の片方は俺と同じ大学に行っている大滝 近戸(おおた きちかと)だ。
頭が良くて背の高いイケメンなのに驕(おご)ったところがなく、面倒見の良いナイスガイ。
出来過ぎな感じの奴だけど、それが鼻につかない人当たりの良さを持っていた。


バイトで忙しい近戸だが、講義が早く終わったときには2人でファーストフード店に寄って化生の飼い主同志として話し込む日を送っていた。
俺の方が化生飼いの先輩なので色々教えてほしいと言われ、照れくさい気持ちになったりもする。
「俺が近戸に何か教えてあげられる日がくるなんてなー」
アイスコーヒーを飲みながらしみじみと言ったら
「何で大学の皆、俺のこと超人みたく思ってんの?
 トノに会ったろ?
 あいつの方が足は速いし背は高いし、勉強だってできて俺よりイケメンじゃん
 明戸を飼うまで、俺、トノに対してコンプレックスの固まりだったんだぜ
 自分の凡人さ加減に嫌気が刺しまくってた、生まれたの1時間違うだけなのにさ」
近戸は真面目な顔で言ってきた。
「レベルが高い争い過ぎて、全く意味が分からないよ」
俺はオーバーに肩をすくめて見せた。

「皆の前で、近戸が自分のこと凡人とか言うなよ
 久長はブチ切れそうだし、蒔田は落ち込みそうだし、野坂は倒れるぜ」
俺が釘を刺しても、近戸はまだ納得のいかない顔をしていた。
「まあ、最近はトノもけっこう粗忽(そこつ)なんだ、ってわかったけどさ
 皆野に初めてあった日なんて、ミスの連発でこっちが焦ったよ」
そう言って笑う近戸は、晴れ晴れとした顔をしていた。

「明戸と知り合えてトノと関係が良くなったの、全部荒木のおかげだな
 ありがとう
 白パンのこと荒木に相談して良かった
 それがなかったら、白パンの脱走を見逃したトノのこと本気で憎んでたかも」
近戸は何度目になるかわからない礼を言ってくる。
「俺は切っ掛けを作っただけだよ
 化生が飼って欲しい人に対してどれだけ健気につくすか俺も知ってるから、むしろ近戸が明戸を飼ってくれて俺の方がお礼を言うべきだって気がする
 双子にはカシスを探してもらった恩もあるし、幸せになって欲しいって思ってたから
 一気に双子の飼い主がみつかって、事務所では話題になってるよ
 そう言えば、飼い主以外の顔の作りを気にしてる化生いなくてさ
 彼ら気配で区別できるから
 明戸と皆野の飼い主は双子で顔や背格好が似てる人間なんだ、って言うと必ず『荒木と日野みたいな感じ?』って聞かれんの
 俺の方が1cmも背が高いのにだよ」
俺が憤慨してみせると近戸は曖昧な顔で頷いた。

「ともあれ、お礼に今度何か奢らせてよ
 このところバイト休みがちで今はちょっとピンチだけけど、臨時収入入りそうなんだ
 久長と蒔田が俺のバイト先のスーパーでバイトしたいって言うから紹介したんだよ
 彼らが6ヶ月真面目に働いてくれれば、紹介料でギフトカード貰えるんだ
 あ、6ヶ月先って随分遅いお礼になるな
 せめて、次の給料日とかさ」
苦笑する近戸に
「ほんと、気にしなくて良いって
 そっかスーパーでバイトするんだ、久長と蒔田って寮住だもんな、時間余ってんのかな」
俺は何気に聞いてみた。
「2人とも地元から遠い大学通ってるから、親にあんまり負担かけたくないみたいで、生活費くらい自分で稼ぎたいってさ
 野坂のとこは母親がベッタリらしく、遅い時間のバイトをさせてもらえないらしい」
「それ、一生バイトとか出来ないパターン…」
そう言いながら、俺も父親がベッタリだったためクロスケのことがなければバイトなんてさせてもらえなかったろうなと野坂に少し同情した。

「お礼するって言うなら、大学卒業したら双子と一緒に影森マンションに住んでよ
 双子の部屋、俺と白久で使わせてもらう予定だから
 俺と違って近戸なら留年するとかあり得ないだろうし
 あ、院に進むかもしれないか」
俺が水を向けると
「それ言われると、悩む
 卒業とかまだ先だと思ってるけど、あっという間なんだろうな
 影森マンションから通えて転勤のない職種って何かある?」
逆に聞き返されて俺も困ってしまった。

「個人経営でもなければ、大抵転勤あるだろ?
 でも、明戸を影森マンションから動かしたくないんだ
 猫は家につくって言うし、やっぱトノと皆野とも暮らしたいし」
珍しく弱気で悩む近戸に
「いや、明戸は近戸につくと思うけど
 ネットのやりとりだけで済む仕事に就くとか…」
「取りあえず、今度の休みにトノと一緒に影森マンションに行って部屋とか近所を見てくるよ
 そうだ、荒木も一緒に行って明戸の部屋の下見する?」
「え?良いの?」
突然の誘いに俺のテンションが上がる。
未来で実際に暮らせる部屋に、興味津々だったのだ。
「じゃあ、白久とお邪魔させてもらう!」
俺が鼻息も荒く二つ返事で答えたら
「俺達はファミリータイプの部屋見せてもらう予定なんだ」
近戸は照れながらも爽やかに笑っていた。




影森マンションの双子の部屋を見せてもらいに行く日、近戸は早朝から昼までバイトして双子の兄の遠野が運転する車で、こちらまで来ることになっていた。
遠野も早朝シフトのコンビニでバイトした後に来るそうだ。
「スーパーとかコンビニとか、働く時間がまちまちのバイトって大変そう
 接客も気を使うし
 俺、初めてのバイト先がここで本当に良かった」
2人が着くまでは、俺もしっぽやでのバイトに精を出していた。
今日は犬も猫も程々な忙しさだったが、捜索に出ない俺はあまり関係がない状態なのだ。
『ここで出来ること、もっと増やしていかないとな』
思わずため息が出てしまう。

「何だよ、荒木」
動物関連の本をチェックしていた日野が顔を上げて俺に視線を向けてきた。
「いや、今の状態の俺って、ここで役に立ってんのかなって思って」
思わず弱音を吐くと
「それは俺の方がそう思ってた、荒木はポスターや名刺作ったり具体的に役に立ってんじゃん
 でも俺は誰にでも出来るようなことしか出来なくてさ
 正直、落ち込んでた時期もあったよ」
そう答えた日野の言葉に驚いてしまう。
何か言おうとした俺を遮って
「でも、人間だからこそ出来ること、それがあるだけでも古い時代に生きていた獣の中では役に立ってるんだって思えるようになった
 それに実務をこなすだけが仕事じゃない、その補佐が出来ることだって立派な仕事なんだなって
 俺達はまず、免許取って皆の足になれることが1番役に立てるんじゃないか
 って、言う割には自動車学校の方、のんびりやっちゃってるけど
 やっぱさ、今の皆との時間も大切にしたいじゃんとか、色々矛盾してるよな」
日野は照れくさそうに笑って頭をかいている。

「君たちがもたらす新しい知識は、十分僕たちの役に立ってるよ
 身近に飼い主がいると違うもんだ
 秩父先生は忙しくて頻繁に会えなかったし、岩月も和泉も仕事が軌道に乗った後はゆっくり会うことが出来なくなっていったから
 同じビル内のゲンや桜ちゃんですら、毎日会ってないしね」
所長席の黒谷が笑顔で頷いていた。

コンコン

ノックの後に勢い込んで入ってきた白久が
「荒木はとても役に立っております
 荒木が飼い主になってくださってから、飼い主と巡り会える化生が増えているのですから
 双子に同時に飼い主が見つかったのも荒木のおかげだと、三峰様のお墨付きもあります」
鼻息も荒く宣言する。
ドアの前で俺達の会話を聞いていたようだ。
飼い犬の誉め言葉が嬉しい反面、照れくさい。
「飼ってもらえるようになるのは、本人の努力が1番大きいんだけどね
 白久が頑張ってくれたこと、俺、忘れないよ」
俺は白久に近付いて大きな体を抱きしめた。

「シロ、依頼は達成できたの?」
苦笑気味の黒谷に聞かれ
「はい、無事に発見し送り届けてきました
 最近の柴犬は友好的になりましたね、以前は気難しく警戒心の強い方が多かった気がします
 新郷でないとスムーズに保護できないケースもあったり」
白久は頷きながら答えている。
「人間たちの犬を飼うことについての意識が変わってきているから、飼い主に習い僕たち犬も変化しているってことだ」
「ですね」
そんな会話を交わしている最中、またドアがノックされ双子が捜索から帰ってきた。

「チカとトノ、まだ来てない?もう出発したってメールが来たんだけど」
今度は明戸が勢い込んで聞いてきた。
「まだだよ、日曜だし道が込んでるのかも」
「良かったです、事務所で2人をお迎えして一緒に部屋に行きたいですから」
俺の答えで、双子はホッとした顔になっていた。
「君たち、仕事の報告がまだだけど」
黒谷がニヤニヤしながら突っ込むと
「無事、発見保護して送り届けてきたよ」
「こちら、契約書と成功報酬です」
双子が慌てて報告していた。

「シロと双子と荒木は、もう上がりで良いよ
 飼い主さん達が来るまで好きにしてて」
仕事にならないと判断したのだろう、黒谷は苦笑して大げさに肩をすくめて見せた。
俺達はその言葉に甘え控え室に向かう。
しかしお茶を飲んでいる最中も、双子はソワソワしっぱなしだった。


「来た!」
双子が同時に立ち上がり、ダッシュでドアを開けに行く。
ドアの向こうには大荷物の近戸と遠野がいた。
「自動ドアみたい、ビックリした」
「ちょっと遅くなっちゃってすいません、買い物してて
 コレお土産です、少しですが皆さんでどうぞ
 うちのスーパー、今日、マグロの解体ショーやってたんで買ってきたんです
 切り立ての生本マグロの大トロ、中トロ、赤身
 天然物だから、脂くどくなくサッパリ食べられるって言ってましたよ」
近戸がクーラーバッグからパックされた刺身の柵を取り出して、黒谷に渡している。
「こっちは日野用のパンのお得詰め合わせセット、トースターで温め直すとスーパーのパン屋のパンも美味しいよ
 店にあったの全部買い占めてきたけど足りるかな」
遠野はパンがぎっしり詰まった袋を日野に渡している。
「わざわざすいません」
憧れのランナーにお土産をもらったせいか、大食いが知れ渡っていたせいか日野は赤くなりながら袋を受け取っていた。
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