このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.198~224)

朝から張り切ったせいか、帰りの電車の中で俺達はうたた寝して過ごしていた。
トノがそつなく乗り換え駅にあわせてアラームをかけておいてくれたので、ほとんど爆睡に近い状態で寝入ってしまった。
以前なら気の利くトノと自分を比べ落ち込んでいたが、今は素直に世話を焼いてもらえる状況をありがたいと思うことが出来ていた。


乗り換えがスムーズにいったおかげで、4時前にはしっぽや最寄り駅に着く。
「あそこのお肉屋さんのメンチが美味しいんだ」
「あちらのお茶屋さんは、珍しい産地の物も置いてあると荒木が言っておりました」
双子猫は自分たちのテリトリーに戻ってきて安心したのか、楽しそうにあれこれ教えてくれる。
その反面、俺とトノは緊張が高まっていた。
一応、明戸に電話をかけてもらっていたが忙しかったら邪魔だよな、とか、本当に飼い主に相応しいか試験があったりしたらどうしよう、と益体(やくたい)もないことばかり考えてしまう。

「ここの2階がしっぽやなんだ」
そこはこじんまりとした3階建ての雑居ビルで、明戸のような不思議な存在が働く場所として違和感を感じてしまった。
1階は不動産、3階は会計事務所というごく普通の職種が入っているのが、それに拍車をかけていた。
それでもトノと顔を見合わせ決心を決めると頷きあい、俺達は階段を上っていった。


コンコン

「おかえりー、やったじゃないか、ついに双子にも飼い主が出来たんだね
 白久の時とはまた違う意味で、感無量だよ」
明戸がノックして扉を開けると、浮かれた声が出迎えてくれた。
『所長席』と書かれたプレートがのった机の椅子から、30代半ばくらいの和風のイケメンが立ち上がって近付いてくる。
「どうも初めまして、しっぽや所長の黒谷と申します
 凄い、人間の双子って初めて見たよ
 気配が違うけど顔の作りは似てる、のかな?その辺、僕には微妙にわからなくて」
フレンドリーに手を差し出してくるので、俺とトノは交代で握手を交わす。
「黒谷は甲斐犬の化生なんだ」
明戸がそう教えてくれた。

「え?甲斐犬って、もっと怖い犬かと思ってた」
俺とトノは近所で飼われている甲斐犬との違いに戸惑っていた。
「化生した後、色んな人間と上手くやらないと、って気をつけてるんだ
 そうだ、今度一緒に走りに行きましょう
 日野があなた方と走るの楽しみにしてるんです
 日野に見てもらうため、僕も全速力で走りますから負けませんよ」
得意げな黒谷の顔を見て
「いや、犬の全速力にはちょっと勝てないかな
 明戸にも追いつけなかったし」
「俺たち、本当、大したことないですから」
有名な大滝兄弟も苦笑するしかない状態だった。

「あの、お近づきの印に皆様にと思って今回のお土産をかねて持ってきました
 どうぞ、お納めください」
トノが持っていた紙袋を手渡すと
「これはご丁寧に、ありがとうございます
 どうぞお気遣いなく、ここでは皆、家族みたいなものですから」
黒谷は恭(うやうや)しく受け取って、早速中身を改めていた。
「ミルク饅頭とチーズどら焼き?美味しそう!
 こっちは人間用ジャーキーだ、早速いただこうか
 おっと、良いタイミングで日野が戻ってきた」
黒谷はドアを見つめていたが、誰も入っては来なかった。

1分ほど経っただろうか、ノックの後にドアを開け荒木と1回だけ会ったことのある日野がエコバッグを持って入ってきた。
黒谷の行動は、飼い主が帰ってくる直前からドアの前で待っている犬を思わせ(と言うか、本当に犬だ)可愛らしかった。
「お帰りなさい日野、双子の飼い主が来てくれて、お土産をいただいたんだ
 お茶にしよう」
誉められ待ちの黒谷の頭を撫で
「ありがとうございます、双子の飼い主になってくれて嬉しいです」
日野が俺たちを見て破顔(はがん)する。
「近戸、ありがとう、双子に飼い主が出来て本当に嬉しいよ」
笑う荒木の目には、かすかに涙が光っていた。


しっぽやなる所は自由な職場のようで、控え室のソファーでは依頼待ちの所員達が眠りこけていた。
しかし、お茶をすることがわかると起き出して準備を手伝っている。
「犬も猫も、食べることが好きだからね」
荒木に言われ、俺とトノは深く納得した。
「はい、コレはお前用」
荒木は棚から割れ煎餅の大袋と、カステラ切り落とし大袋を日野に手渡している。
「せっかくだから、お土産を食べて」
俺が言うと
「こっち食べたらいただきます、あ、封が開いてるポテチもあったんだ
 湿気らないうちに食べないと」
日野は半分以上残っていそうなビッグサイズのポテチを抱え込んで食べ始めた。
冗談かと思っていた日野の大食い伝説を目の当たりにして
『次にお土産買うときは、今回の5倍買わないと足りないな』
俺はそう心に刻んだ。
確認するまでもなく、トノも同じことを考えているのがわかった。

新しい人間関係をトノと2人で覚えていくのは久しぶりで、他にはどんな飼い主と会えるのか楽しみになるのだった。


「俺が白久を飼い始めたときも、皆、こんな気持ちだったのかな」
どら焼きを食べながら、荒木がしみじみとした口調で言っていた。
「俺の飼い犬の白久も、長く飼い主が居なかったんだ
 優しい犬だし、皆心配しててくれてさ
 まだ高校生の時に飼ったから、ってせいもあったと思うけど、俺のこと見に来たもんなー
 きっと近戸のとこにも色んな人が来ると思うよ
 ミイちゃんとか波久礼とか」
「皆のお眼鏡にかなうと良いんだけどね
 相応しくないと、明戸を飼わせてもらえないかな」
少し不安を感じてそう聞いてみたが
「チカが俺に相応しくないなんて、ある訳ないじゃん
 俺こそ、チカのために何か出来るか不安だよ」
明戸が俺の腕にしがみついて力説していた。

「皆野、明戸、おめでとうございます
 いずれゲンも挨拶に伺います
 少し気が早いですが、お2人が大学を卒業された後の住居についての相談もありますし」
銀色にも見える長い白髪の美青年が話しかけてくる。
彼はチンチラシルバーの『長瀞』と言って、皆野の料理友達だそうだ。
「いずれ、一緒に住むことになるでしょう?
 事務所の側の『影森マンション』という場所が、私たち化生の主な家になっております
 4人で一緒に住みますか?ファミリータイプの部屋なら、広さ的には可能だと思いますが」
かなり未来の話を持ち出され、俺とトノは焦ってしまう。
「いや、まだ、卒業後どうなるかわからないから、何とも言えないと言うか…
 この近くの会社に就職できればいいけど」
戸惑う俺たちを見て明戸と皆野は不安そうな顔になった。

「チカと一緒に暮らせないの?俺が久那みたいにチカの仕事を手伝えれば一緒に暮らせる?」
「私も、ジョンや新郷のように飼い主の仕事を覚えられれば良いのですが」
しょげ返る双子猫を見て
「いや、俺が頑張って就職できれば良い話だよ
 バイト先のスーパーで卒業したらうちにこないか、って誘われてるけど職員は転勤多いんだ
 猫は引っ越しがストレスになるよね
 地方公務員なら転勤無いのかな」
俺は慌てて言い募る。
「俺もまだ先のことは深く考えてないんだ、ごめんね
 でも、皆野とずっと一緒に居たい
 そのためにはどうすれば良いか、考えていくよ」
トノは皆野の手を取り落ち着かせようと優しく撫でていた。

「2人とも、真面目だなー
 何か俺、楽して就職するみたいで申し訳なくなってきた」
「俺も」
荒木と日野が俺たちを見てため息を吐いた。
「楽して?」
意味が分からず問いかけると
「俺たち、しっぽやで働くことになってんだ
 と言っても捜索能力無いから、裏方仕事何でもやります、って感じだけどね
 車の免許取ったら皆の足になって、HPの運営して、ポスター作るくらいしか初めは出来ないと思う
 部屋は影森マンションに用意してもらうよ」
「何が出来るかわからないけどさ、俺達も化生の役に立ちたいって思ってるんだ」
荒木と日野は恥ずかしそうに、それでもしっかりと答えていた。

『化生の役に立つ仕事』
俺もトノもまだそこまで考えたことはなかった。
自分の飼っている化生のことだけでなく、化生全体のことを考えている2人の方こそ凄いと思った。
俺とトノ、明戸と皆野、4人で暮らせたらどんなに楽しいだろう。
仕事で疲れて返ってきても、4人で暮らしていれば癒されることもあるに違いない。
それは明日を頑張る力になるはずだ。
もし部屋を変わることがあっても周りに馴染みの化生が多い今のマンションなら、明戸も皆野も安心できる場所である。

「その、影森マンションのファミリータイプの部屋って、今からキープしておいてもらうことって可能ですか?
 家賃とか、少しずつでも払っていきますから」
俺の独断で発した言葉に、トノは口を挟まなかった。
「俺も、家賃払います」
それどころか、何も言っていないのに俺の考えに賛同してくれた。
「俺たちも払うから、ゲンちゃんに言っといて」
鼻息も荒く言う明戸に
「今度、4人で部屋を見に来てください
 貴方たちが来てくれれば、ゲンはとても喜びます」
長瀞は笑って頷いてくれた。

「そうだ、双子があの部屋を出るのなら、その後に荒木と白久が入居しますか?
 ソシオとモッチーの部屋とあまり間取りが変わらないのです
 荒木はあの部屋を気に入っていると白久が言っていたので、ゲンが気にしていたのですよ
 最上階は基本的には飼い主がいない者用ですが、双子の部屋だけは2人用にしてあります
 飼い主がいる者が入居してもかまわないでしょう
 ゲンの信条は『臨機応変』ですから」
にこやかに笑う長瀞に
「マジ?今度白久と一緒に明戸と皆野の部屋見に行かせて!」
荒木が顔を輝かせる。

「そのときは俺たちもファミリータイプの部屋を見させてもらおうぜ」
俺の言葉に
「良いね、4人で一緒に住めば本当に楽しそうだよ」
トノも満面の笑みを浮かべていた。
「俺達、飼い主と一緒に暮らせるんだ」
「また、あの輝かしい日々が戻ってくるのですね」
愛しい飼い猫を抱きしめ、俺達兄弟もまだ見ぬ幸せな未来に思いを馳せるのであった。
26/57ページ
スキ