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しっぽや(No.198~224)

side<AKETO>

俺達猫は、基本的にルーチンワークを好む。
いつもと変わらない日常が何よりも好きなのだ。
いつもの時間に起きて、皆野の作った朝御飯を食べ、お弁当を持ってしっぽやに向かう。
依頼がなければ白久布団で惰眠を貪り、依頼があれば皆野と一緒に捜索に出る。
昼にはお弁当を食べ、お茶の時間はひろせが作ったお菓子を食べて皆の飼い主自慢を適当に相槌を打ちながら聞く。
仕事が終わると買い物をして、皆野が作った夕飯を食べ、自伝を書きながらあのお方のことを思い出す。
それが俺の日常だった。

けれどもチカと知り合ってからは、チカと一緒に何かをする、チカの好むものを知る、そんなことが楽しくてしかたがない。
思い起こせば子猫の時は、世界は謎で満ちていた。
草むらをかき分け知らない道を進む、バッタを見つけて追いかける、木々の葉を揺らす風の匂いを嗅いで周りの情報を掴もうとする、いきなり鳴き出した虫の声にビックリする。
起きている間はずっと謎が側にあり、兄弟達と探検するのが何よりも楽しかった。
そんな子猫の時のワクワクする気持ちをチカと居ると思い出すことが出来て、新鮮な気持ちにさせられた。

以前の俺ならモデルをやるなんて、そんな訳の分からない状態を引き受けることは決してなかっただろう。
けれども今はチカが居てくれる。
チカと一緒に出来ることなら何だって楽しいに決まっている、と俺は和泉の提案にのることにした。
皆野も同じ考えなのが手に取るように分かる。
普段は俺よりもおっとりとしている皆野だが、トノと付き合ってからは行動が子猫の頃に戻ったようにアクティブになっていたのだ。
和泉はモデルをした後、ホテルでゆっくり出来る時間を確保してくれるらしい。
和泉がお膳立てしてしてくれたこのチャンスに俺達は賭けることにした。

『過去を転写して正体を明かし、正式に飼い猫にしてもらう』

言葉にしてしまうと簡単な事のようであったが、俺と皆野には簡単には越えられない高い高い何十メートルもあるようなハードルだった。
「チカとトノならそんなことはあり得ないと思うけど
 俺か皆野、どっちか片方だけしか飼ってもらえなかったらどうしよう」
心の中の不安が、言葉になって口から出てしまう。
「トノに飼われたい、トノとずっと一緒に居たい
 でも明戸とも共にいたいと思う私は贅沢なのでしょうか」
皆野も不安そうな顔で俺を見つめてくる。
「俺だってチカに飼って貰いたいよ
 でも、それで皆野と離れるのは嫌だな」

今回の件で
『お互いが居なければいい』
そんな暗い思いに飲み込まれそうにもなったが、やはり俺達には飼い主とは別に兄弟の存在が必要だと痛感した。


俺と皆野はしっかりと抱き合って、お互いの体温を感じながら寝るのが日常だった。
チカと抱き合っているときのドキドキするような熱ではなく、過ぎ去ってしまった幸せな時間を思い出させる安心できる温かさ。
その温かさを感じていると、不安が少しだけ和らいぐ気がした。

「とにかく今は出来ることをやるしかないね、取り敢えずお弁当のメニュー考えよう」
「そうですね、新郷お勧めの爆弾オニギリが良さそうです
 中身は何にしましょうかね、やはりお肉の方がトノとチカが喜びそうですね」
「俺的にはシャケとオカカとタラコが入ってたらご馳走なんだけど
 唐揚げとか焼き鳥とか入れてみる?
 後さ、お弁当と言えば卵焼きだよな」
「そうですね、卵焼きは外せません
 とは言え、お肉が多いからウインナーはやめておきますか
 豚の角煮とか入れられないですかね」
「具だくさんだから、炊き込みご飯じゃなくて白米にしよう
 日野なら5合は食べるって黒谷が言ってたけど、どれくらい炊く?」
「和泉のところでも何か用意してくれているでしょうし、おかずも多いですから5合にしましょう
 そもそもうちの炊飯器は5合炊きですよ」
「そうだった
 もし、俺達が飼ってもらえたら1升炊きとか買っちゃう?」
「良いですね、トノとチカにいっぱい食べてもらえます」

不安な気持ちから目をそらすため、俺達は実現して欲しい未来の話しに没頭した。
4人で暮らせる楽しい未来、そんなことが起こり得るのか夢物語のようだったが、考えてみれば俺と皆野の前に飼い主候補の双子の兄弟が現れてくれた事自体が夢のようなのだ。
目覚めると消えてしまう夢になるのか、いつまでも夢のような現実が続いてくれるのか、それは俺達の覚悟と頑張りにかかっていた。

「4人だとこの部屋では手狭ですね」
「下のファミリー向けに移らせて貰おうよ
 羽生と同じ階とか良いんじゃない?
 空のとこだと武衆が出入りするから喧しそう
 波久礼だけなら歓迎だけどさ」
俺達はベッドの中でも幸せな未来を語り合う。

このまま寝てしまえば望む未来を夢に見れるのではないか、覚めてしまう夢だとしても俺はそれを見てみたいと思うのだった。





モデルをする当日、撮影場所である保護犬施設の片隅で俺も皆野も緊張して固まっていた。
そこに和泉がやってきて
「今回、犬と一緒にいるところを撮りたいから、って動物カメラマンも頼んであるんだ
 人間用はポーズとってもらって、別に撮影したりもするけどね
 君たちの分は動物カメラマンの方が自然な表情が撮れそうだと思ってさ
 意中(いちゅう)の双子君には犬の散歩を頼んで、動物カメラマンに多く撮影してもらうよ
 君たちもそれに混じって」
そう、こっそり耳打ちされた。

「色々、本当にありがとう」
俺達が頭を下げると
「長い付き合いじゃないか、手伝えるのが嬉しいんだ
 今晩、ホテルでちゃんと記憶の転写をするんだよ
 それはとても勇気のいることだと、久那を見ていたから分かる
 見せて貰った側からの意見を言えば、驚きはするが嫌悪や恐怖は感じなかったね
 俺が感じたのは憐憫(れんびん)と愛、かな
 君たちが選んだ人間を信じると良い」
和泉はニッコリ笑ってスタッフの居る方に去っていった。

モデルとして集められた人たちは、用意して貰った服に着替え和泉の元に集まっていく。
「君たち、陸上やってたってプロフィールに書いてあったね
 ここの犬達の散歩をお願いできるかな
 ちょっと運動不足気味な子もいるから、全力で走って良いよ
 お友達の君たちも、補佐してあげて
 ミドリ先生のシェルター、結構頭数多いんだ
 あ、そっちの君たちはドッグランの柵の補強をお願いできるかな
 そっちの君たちはウッドデッキ、君たちは洗濯物干し
 生活の中でのお揃いシリーズの魅力を出したいから、汚しても大丈夫だよ
 あんまり派手にやっちゃったときは、お礼の服は新品と交換するからね
 ポーズとか変に意識しないで、自然体で作業してる風景を撮りたいんだ
 もっとも、後から個別撮影するかもしれないけど
 じゃあ、作業に入って」
和泉からの指示で、皆はそれぞれの持ち場に散っていった。


「俺達も行こうか、陸上やってたって言っても全力で走ると俺より明戸の方が早いんだけどな」
チカが周りを見渡しながら話しかけてくる。
「ランウェアじゃないけど、体動かしやすい服だよなこれ
 ブランド物って気取って歩くとき用だと思ってた」
チカと同じ服を着ているトノが、腕を曲げたり延ばしたりしながら近付いてきた。
「トノに似合ってます」
「ありがとう、皆野もその服、似合ってるよ
 貰えるのラッキーだね」
幸せそうな2人を見ていたら
「明戸にだって似合ってるよ、それにその色合いだと青いチョーカーの方が映える」
チカがこっそり囁いてきた。
「その服も、チカの方がもっと似合ってる」
俺もこっそり囁き返し2人してクスクス笑ってしまう。
「俺達、犬の散歩頼まれたから犬舎に行くか」
「温和しい犬達だと良いんですが」
何も気が付いていないトノと皆野が可笑しくて、俺もチカもまた笑ってしまうのだった。


犬達は思いっきり走ることに餓えていたようだ。
トノとチカがリードを持って走ると、喜んでついて行く。
最初は俺と皆野も付き合っていたが、犬の持久力には叶わない。
俺達は30分とたたずにリードをチカとトノに預け、ゆっくりしか歩けない年寄り犬の散歩に移行した。
『猫…懐カシイ…家族…』
老犬はこの施設に来る前は猫とも暮らしていたようで、直ぐに俺達に懐いてくれた。

『猫タチ、オラノ、トウチャン、カアチャン、ドコ行ッタ?』
元の飼い主を捜しているのだろう、老犬は落ち着き無く辺りを嗅ぎ回っている。
スタッフからこの犬の飼い主であった老夫婦は、相次いで亡くなったと聞いていた俺達には身につまされるような光景であった。
『ご用があって、少し遠くに行っているんです』
『ここの奴らだって皆良い奴で、家族だろ』
俺達の語りかけに、老犬は何か考えているようだった。

『ココハ、人モ犬モ、出入リガ激シイ
 ソレデモ、家族…ダナ
 タダ、オラガ、側ニ居テモライタイノハ、トウチャン、ト、カアチャン、ダ』
その切ない気持ちは、俺と皆野がずっと感じていたことだった。
『ミドリ先生が貴方を保護したとき、里親を探さず終生ここで世話しようとスタッフと話し合ったそうです
 ここのスタッフ達は、皆貴方のことを大事に思っている新しい飼い主です
 元の飼い主さんだって遠くにいても貴方のことを愛しています
 いずれ会うことも出来るでしょう』
『新しい飼い主がいるのも最高なんだ
 俺達にも新しい飼い主が出来そうなんだぜ
 前の飼い主を忘れた訳じゃない、でも、今は新しい飼い主との絆を深めたい』
俺は遠くを走っているチカに視線を向けた。

『新シイ、飼イ主、カ…』
老犬は後ろにある犬舎を振り返って見ている。
白内障が進んで白濁した目には何も映っていないかもしれないが、ミドリ先生が俺達に手を振ると老犬も微かに尻尾を振っていた。
「和泉が作ってくれたチャンス、無駄には出来ないな」
「頑張りましょう」
新たな飼い主に心を開き始めた老犬を見て、俺達は頷きあうのであった。
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