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しっぽや(No.198~224)

目的地に到着すると、そこには私達の他に数組の双子がいた。
緊急企画としてネットで参加者を募集したら、あっという間に枠が埋まったと久那がこっそり教えてくれた。
「今回の募集、無報酬なのにこの人気、和泉って凄いだろう
 ミドリ先生のドッグラン改装も手伝ってもらうから、撮影で着た服はお持ち帰り、最後の打ち上げは和泉持ちだけど
 今回の撮影では『日常生活でいかに着こなすか』が基本テーマだから、皆、キリキリ働いてもらうよ」
飼い主の仕事を手伝える久那は、とても生き生きとして見えた。


最初は緊張していた素人モデル達も、アットホームな撮影で自然な笑顔が出るようになっていた。
トノもチカも犬の散歩係を頼まれて、本気で犬達と走り合っている。
カメラマンが撮ろうとしても、スピードが出過ぎていてブレてしまうほどだった。
「犬達が疲れた頃合いを見計らって撮るしかないな」
和泉は苦笑していたが
「皆、人間に構ってもらえて嬉しいんだよ
 ミドリ先生のとこのスタッフで、あそこまで走れる人いなから
 人間に対して少し距離があった犬も、自然に打ち解けてる
 ありがとう、皆野、明戸
 君たちは良い人を選んだね」
久那は私達に対して頭を下げていた。
飼い主(候補)が他の化生にも誉められ、私達は誇らかな嬉しさでいっぱいだった。


撮影は順調に進み、夕方には終了することが出来た。
和泉が用意したマイクロバスで寿司屋に移動し、皆で料理に舌鼓を打つ。
生物が苦手な人もいるから、寿司以外にも天ぷらやソバ、焼き魚、野菜の田楽、厚焼き卵、色々な物が用意されていた。
自分たち以外の双子を見る機会のない人間達は共同の体験をしたという仲間意識も手伝い、話が弾んでいた。
私達もその輪に入れてもらうことが出来て、多少のおかしな言動は皆笑って聞き流してくれた。
お店の予約時間の2時間を楽しく過ごすと、家に帰る人、翌日の観光のためホテルに向かう人、三々五々に人が散っていく。
私達は和泉が用意してくれたビジネスホテルに向かうため、再びマイクロバスに乗り込んだ。

「この後はどうせ寝るだけだと思ってビジネスホテルにしちゃったけど、大丈夫だよね
 ツインを2部屋用意したんだ
 遠野君は皆野と、近戸君は明戸と同室で使って」
和泉に渡された封筒を手にしたトノとチカは戸惑ったように顔を見合わせている。
「この場合、兄弟同士で同室になった方が良いのかなとも思うんですが」
トノが躊躇いがちに聞くと
「こんなチャンスめったいないよ
 付き合うならきちんと思いを吐き出して、納得してからの方が良い
 ホテルの部屋なら周りを気にせず話し合えるだろう
 大丈夫、きっと彼らから何を聞かされても、君たちなら受け入れて共に歩んでいこうと思えるよ
 俺が彼の想いを受けて、そう決意したように
 彼らに選ばれるという事は、自分自身も彼らを求めているという事だと思う」
和泉はそう言って隣に座る久那の手を優しく撫でていた。

「上手くいったら、俺は君たちの先輩になれる
 後輩が増えるのは良いものだ
 おっと、着いたよ
 駅まで直ぐだから、明日は自分たちで適当に帰って
 雑誌が発売されたら、しっぽやの方に送っておくから貰ってね」
和泉に急かされ私達はバスを降りる。
トノもチカも途方に暮れたような顔をしていたが、ホテルの受付にどのように説明したら良いか私も明戸もわからないので、動かない2人を前に同じように途方に暮れてしまう。

「あの、俺達、こーゆーのわからなくて
 チカかトノが受付してくれるとありがたいな」
明戸がオドオドとチカのTシャツの裾を掴んで伝えると、やっとチカがハッとした顔になった。
「その、明戸は俺と同じ部屋で良いの」
チカは困ったように明戸に聞いていた。
「チカと一緒に居たい」
正体を打ち明ける決心が揺るがないよう、自分を鼓舞しているようにも見える明戸に勇気をもらい
「私もトノと一緒に居たいです」
私も何とか想いを口にする。
トノとチカは頷きあって
「じゃあ、フロントで受け付け済ませちゃおう」
少しギクシャクした動きで歩き出した。
運命の瞬間に向かい、私も明戸も2人の後に付いていった。


部屋は7階で、隣同士だった。
私達は2組に分かれて部屋に入る。
私と明戸はお互いのプライバシーを尊重するため、拒絶ではなく一時遮断という手段をとって想念を通わせないように話し合っていた。
とは言え、危険が迫ったり助けが必要な事態になれば、それは直ぐに解除される状態であった。

部屋はベッドが2台と間にサイドテーブル、それ以外に小机が1つあるだけの、こじんまりとした空間だった。
それでもトノと2人っきりで一緒に居られるため、私にとっては贅沢な部屋に感じられた。
カーテンを開けると、窓からは町の灯りが見えるが喧噪は届いてこない。
ここならゆっくりと話が出来そうだと思うと、緊張が高まってきた。
どうやって話を切り出せば良いか、このままお付き合いをするだけの関係でも良いのではないか、正体を知った後飼ってもらえるだろうか、思考がグルグル回っている。
トノも落ち着かない様子で辺りを見回していた。


トノはベッドの下や小机の下、引き出しの中、壁に飾られていた額縁の裏をチェックしている。
何をしているのか不思議に思い見守っていると、私の視線に気が付いたトノは
「いわくのある部屋だと、お札が貼ってあったりするだろ
 つい確認しちゃうんだ
 怖がりで自分でも嫌になる」
そう言ってベッドに腰掛け、うなだれてしまった。
以前にも『怖がりだ』という話は聞いていたが、今は状況が違っていた。
私が人外の化け物であるという事を知ったら、きっとトノは怖がって離れていってしまうだろう。
一大決心をしたはずなのに、正体を明かす勇気が一気に崩れていく。

「頼りないヘタレでごめん、きっと皆野の方が強いんだろうな
 何事にも動じないで皆野を守れるほど強くなれたら、チカみたいに強ければって、考えるばかりで実行に移せないんだ」
膝に置かれているトノの拳は震えていた。
「いいえ、私も怖がりです、今も怖くてしかたありません
 トノが私の事を怖がって、去ってしまうのが何よりも恐ろしい
 けれどもトノに本当の私が知られてしまったらと、別れの予感と共にビクビクしながらお付き合いするのも恐ろしい
 きちんと伝えなければいけないことがあるんです
 トノのことを好きになればなるほど、私は貴方から離れて生きていけない
 今の関係が壊れても、続いても恐ろしいのです」
私の言葉は震え、涙が頬を滑り落ちていった。
トノはベッドから立ち上がり、私を力強く抱きしめてくれた。

「俺だって皆野と離れるのは恐ろしいよ
 君たちには何か秘密があると、俺もチカも気が付いてた
 言いたくなければ無理に聞こうとは思わない
 皆野の気持ちの整理がついてから教えてもらえると嬉しいけどね
 その秘密は、皆野のことを嫌いになったり怖がったりするような事じゃないと確信しているよ
 だって、皆野はこんなにも素敵な人なんだから」
トノの優しい光と温かな気配に包まれて、私は彼の言葉を心の中で反芻(はんすう)した。
『皆野はこんなにも素敵な人なんだから』
私なんかよりトノの方がずっと素敵だ。
トノが私を信じてくれているのに、私がトノを信じなくてどうする。
『トノなら私を拒絶しないでくれる』
希望の光にすがるような思いで
「私の過去をお見せします
 願わくば、トノが私のことを怖がらず飼ってくださいますように」
私はそう言うと戸惑った顔のトノにキスをして、そのまま伸び上がって彼の額に自分の額をすり付け目を閉じた。
それは、愛おしく懐かしい取り戻すことの出来ない時間に出る旅であった。




自分が山の中で生まれた猫であったこと。
狐に襲われ怪我した私をあのお方が保護し、懸命に看病してくれたこと。
美味しいものを食べさせてくれたこと。
居場所を与えてくれたこと。
愛してくれたこと。
幸せな時間が、突如終わりを迎えたこと。
猫だったときの一生を、私はトノに心で伝えた。



思い出の旅が終わりるとトノの額から自分の額を離し、恐る恐る目を開けて彼の顔を見る。
トノは顔を歪めて泣いていた。
それは化け物が側にいる恐怖に怯えているように見え、私の心は闇に沈んでいく。
『消滅』
その言葉が胸を満たしかけたとき、トノは強く強く私を抱きしめて意識を現世に留めてくれた。

「あんなに…、あんなに純朴で良い人たちだったのに
 日常に幸せを感じながら穏やかに日々を過ごし、四季と共にゆっくりと年を取っていける人たちだったのに
 それがあんなにあっさり終わってしまうなんて、惨(むご)すぎる…」
トノの涙は恐怖のためではなく、あのお方を悼(いた)んでのものであった。
私と明戸以外があのお方のために涙を流す事など考えたこともなかったので、驚いてマジマジとトノの顔を見つめてしまう。
「皆野と明戸も土砂に飲まれたんだね
 苦しくて冷たかったろう
 少しでも皆野の苦しみを癒し、温かくいられるよう俺に手伝わせてくれ」
トノの言葉が胸に広がっていく。
「私を、飼っていただけるのですか」
泣きながら聞く私に
「もちろんだよ」
トノは力強く頷いた。
「私はトノが恐れる化け物なのに…」
「俺が怖いのは、何故そこに存在しているか分からない化け物だって気が付いた
 皆野は再び人に愛されたくて、人を愛したくて存在しているんだろう?
 怖がる理由は全くないし、俺をその相手に選んでくれて嬉しいと思ってる」
照れたようなトノの笑顔が私に何よりの安心感をくれた。

張りつめていた気が抜けたため、トノに抱かれているという状況を私は意識し始めていた。
体が徐々に反応していく。
トノにもバレてしまっているだろう。
「私達は飼い主に発情します
 この体でどのようにすれば良いのか教えていただけますか」
上がっていく息の元、トノに顔を近づけて聞いてみると彼は真っ赤になって口をパクパク開いていた。
けれども鼓動は私のものと同じように早く、その身体は熱を帯び反応を示している。
トノは大きく息を吸って深く吐くと
「皆野が嫌な思いをしないよう頑張ってみる」
真面目な彼に相応しい、誠実な返事を返してくれた。

私達は1つのベッドの上で、夜更けまで体も心も繋がり合った。
愛を囁かれるたび、貫かれるたび、想いを解放するたびに、トノに飼ってもらえる幸せに満たされていく自分を感じていた。
化生してからの長い年月、魂の片割れの明戸が居るから寂しくはないと思っていたのに、こんなにも飼い主を待ちこがれていたのかと自分でも驚いた。

冷たい土砂から心をすくい上げてくれた温かなこの手を、けっして離さないと胸に誓う。

私は再び愛する飼い主を手に入れたのだった。








注釈:皆野と明戸の過去については『しっぽやNo.35・いつまでも2人で』で詳しく語られています。
気になる方は、読んでみてください。
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