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しっぽや(No.11~22)

カズハの家の洗濯機に水で濯いで泥や汚れを落とした服を入れ、俺はシャワーを借りた。
藻や泥水でモヤモヤしていた気分がサッパリする。
しかし、カズハの服は俺には小さすぎて借りる事が出来ず、腰にバスタオルを巻いただけの状態で、カズハの部屋に座っていた。
窓ガラスに映る自分を見て
『うん、超絶カッチョワリー』
俺はガックリとうなだれた。

部屋を見回すと、いたる所にハスキーの写真が飾ってあった。
きっと、以前カズハが飼っていたというハスキーだろう。
俺より濃い毛色の美犬で、愛されている自信に満ちあふれた表情をしている。
カズハに愛されていた彼女が、とても羨ましかった。

「寒くないですか?
 エアコンの温度、上げましょうか?」
飲み物を持って部屋に入ってきたカズハがそう聞いてくれる。
「いや、全然平気!俺、寒い方が好きだから」
ヘヘッと笑って、俺はカズハから飲み物を受け取った。
「あ、アイスカフェオレだ、俺これ好き」
色々あって喉が渇いていたため、一気に飲み干してしまう。
「さっき店でも頼んでたから、好きなのかなって
 ちょうどペットボトルの買い置きが家にあって良かった」
そんなカズハの言葉に
『俺のこと、見ててくれたんだ』
俺は感動してしまう。
「クリームを助けた空さん、格好良かったですよ
 それにしても、よくあそこにクリームが居るってわかりましたね」
カズハは照れたようにそう言った。
カズハに誉めてもらえるだけで、俺の胸は高鳴った。

「ところで、あの、空さんがカフェで言ってたこと、何だかわからなくて
 すいません、僕、察しが悪いから
 あれって、どういう意味なんですか?」
カズハは小首を傾げて聞いてくる。
「あ、あれは、その…」
俺は躊躇してしまう。
本当の事を言ってしまえば、きっとカズハは俺の事を『危ない人』だと思うだろう。
けれども、言わなければここで別れて、会えなくなってしまう。
俺は意を決し
「俺、貴方の事が好きなんです
 いきなりこんな事言われても驚きますよね
 でも、本当の本気で、好きなんです」
そう言い放ち、ハハハッと力なく笑う。
案の定、カズハは怪訝な顔をして俺を見ている。

「俺、人じゃなくてシベリアンハスキーだって言って、信じてもらえますかね
 『人に未練を残して死んだ獣が、人を模した存在として生まれ変わる
 飼い主の役に立つという、前の世で果たせなかった事を成し遂げるため
 その一念を持って、人に化けて生きていく』
 それが、俺達化生なんです
 そう、俺、シベリアンハスキーの化生なんですよ
 カズハに飼ってもらいたい、カズハの側に居たい、カズハの役に立ちたいんです
 俺の事、頭おかしいと思います?危ない奴だって思います?」
泣きそうな思いで、俺はカズハの事を見つめた。
カズハは、とても困った顔をしていた。

『やっぱ、ダメだよな』
俺は絶望的な気分に襲われ、俯いた。
自分が、とても惨めだった。
いつも陽気な俺がこんな気分になるのは、あの方が亡くなって以来初めてだ。


俯く俺の髪に、そっと温かなものが触れる。
それはカズハの手で、優しく俺の髪を撫でてくれた。
「すいません、正直なところ全然事態が飲み込めません
 からかわれてるとしか思えないのに、何でだろう…
 貴方がハスキーだって、何となく理解出来る気がする…
 空さんと居ると、昔飼ってたハスキーと一緒に居るような安心感があったんです
 僕、あまり人付き合い得意じゃないから他人と居るのって大抵気詰まりなのに、おかしいなとは思ってました
 そうか、ハスキーっぽいからか…」
カズハは不思議そうな瞳で俺の事を覗き込んだ。

以前白久が
『荒木に自分の事を知られずに別れるのは辛かった
 たとえ記憶を操作されて覚えていてもらえなくても、自分の全てを知っていて欲しかった
 そんな思いがあって、飼っていただける前に、荒木に記憶の転写をしたのです』
そう言っていた事を思い出す。
その時はピンとこなかったが、今なら彼の気持ちが痛いほどよくわかる。
俺も、このままカズハに何も知られず別れなければいけない事は耐えられなかった。

「俺の過去をお見せします
 それでも信じられないと思うけど
 カズハには、俺の全てを知っていて欲しいから」
そう言って、俺は戸惑うカズハの額にそっと自分の額を押し付けた。
俺がまだ犬だった時に見たこと、感じたことを送り込む為に。


俺の思考は、懐かしいあの時代へと遡っていった。
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