しっぽや(No.198~224)
side<AKETO>
「遠野が双子…?」
俺の腕の中で呆然と呟いている皆野に
「そう、近戸と遠野さんは同じであって違う存在だ
俺達みたいにね
そして、あのお方達のように近しい家族なんだよ
俺はお母さんが好きだけど、あのお方として離れられない存在だったのは『お父さん』だった
遠野さんのことはまだわからない、近戸の兄弟だし良い人だと思うけど飼ってもらいたいのは近戸なんだ
俺の心の闇を払い安心できる場所として居てくれるのは、近戸だけだ」
言葉で言わなくても、皆野なら俺の心を理解してくれる。
皆野は俺の言葉に応えるように頷いた。
「私も、近戸さんのことはまだわかりません
でも明戸がひかれる人だし遠野の兄弟、それだけで良い人間だと思えます
会って間もない人間にこんなにもひかれる自分がわからず、混乱していました
やっぱり私はあーにゃんが側にいないとダメですね」
涙を浮かべた瞳でいつもと変わらない笑顔の皆野が、俺を見つめてくれた。
「俺も、みーにゃんがいないとダメだ、満足に捜索すら出来ないよ」
俺も愛しい兄弟に同じ笑顔を向ける。
「そして俺達には、彼らがいないとダメなんだ」
2人で見つめる視線の先には、やっと追いついてきた同じ顔をした人間の姿があるのだった。
「明戸、陸上やってたの?
大滝兄弟が追いつけないとか、ヤバい…」
ゼイゼイと息を切らしながら近戸が何とか言葉を口にする。
「トノの方が早いんだから、先に追いつけなきゃダメじゃん」
近戸に不満の矛先を向けられ
「チカはスニーカーだろ?俺なんて革靴でここまで走れたんだから良くやったよ
それでも、大滝兄弟の名前は地に落ちたな」
同じように息を切らしている遠野さんが、何だか嬉しそうに話していた。
「そうそう、大滝兄弟なんて大したことないって事だ」
「全くだ」
何かを納得したように2人して笑い出した人間に驚いたが、その明るい気持ちは俺達にも伝染して同じように笑ってしまった。
皆野とまたこうして笑いあえる時間が戻ってきて、俺は心の底からの喜びを感じていた。
「トノ、ほら、これやるよ」
近戸が持っていたコンビニのビニール袋からスポーツドリンクを取り出して、遠野さんに差し出した。
「久々に走ってのど乾いたろ?俺と明戸はファミレスでドリバ決めてきたからさ
皆野さんも一緒に飲んで」
何だかニヤニヤしながら近戸が言うと、遠野さんは真っ赤になっていた。
「え?あ?いや、俺と皆野は青戸屋でランチだったしノドは乾いてるけど
そうだ、俺より疲れてるんだし皆野が飲んでよ」
遠野さんはペットボトルを皆野に差しだそうとする。
『分けてもらった方が、断然美味しく感じるよ』
俺が素早く想念を送ったので
「そんなに疲れて居ませんし、1本は飲み切れないです
半分こにしていただいた方がありがたいですが、ダメですか?」
皆野は少し上目遣いで聞いていた。
「皆野が良いなら、そうしようか」
2人は1本のペットボトルを分け合って飲み始めた。
『今までスポーツドリンクを、こんなに美味しいと思ったことはありませんでした
体中に染み渡るようで、疲れが飛んでいく
ソシオがスポーツドリンクが美味しいと言っていたこと、やっとわかりました』
感動している皆野の想念が届いてくる。
『飼い主に分けてもらえると何倍も美味しいでしょ
捜索中は持ち歩くようにしようよ、コンビニの袋持って歩いてると不審者っぽく見えない、って近戸が言ってたし』
俺は少し得意な気持ちで皆野にそう教えるのだった。
「今日のトノの行動が変だった理由がわかったよ」
近戸が俺の隣に立って楽しそうに小声で囁いてくる。
「皆野さんが捜索に出るとき、一緒に付いていったからだ
普段やらないようなミスばっか、よっぽど慌ててたんだな
一目惚れ、かな
俺はもう明戸に告白したもんね、トノの先を行けるなんて何年ぶりだろ
あの完璧で真面目なトノが、初々しくキョドってるところを見られるなんてな」
近戸は堪えきれずに小さく笑い出していた。
「あー、でもしまった、青戸屋は先を越された
次に明戸に会ったとき行こうと思ってたのに
その辺の気の使い方は、焦ってても隙がないな」
「近戸が言ってた定食屋さん?皆野、和食の方が好きだから良い選択だと思うよ
そっか、皆野、遠野さんに気に入ってもらえてたんだ、良かった」
どうやら皆野の一方通行にはなっていないようで、俺は胸をなで下ろした。
「近戸、今度はそのお店に連れて行ってね
ファミレス体験は俺と近戸の方が先だから、まだ俺達のリードじゃない?」
俺が言うと
「だな、一緒に捜索した時間も長いし、まだ先輩風吹かせられる」
近戸は俺を見つめて笑ってくれた。
2人で過ごした時間が俺達にとって大事な物になっているという事実は、俺に無情の喜びをもたらせてくれるものだった。
一段落付くと、俺達は改めて自己紹介を始めた。
「白パンの飼い主の、大滝近戸と大滝遠野です
今更だけど、今回はよろしくお願いします」
近戸が頭を下げる。
「ペット探偵しっぽや所員の影森明戸と影森皆野です
捜索に時間がかかってすいません、でも、2人揃ったからにはサクッと見つけます」
俺も同じように頭を下げ、皆野に視線を向けて頷いて見せた。
皆野も頷き返してくる。
「確かに、2人揃うと頼もしいパワーが2倍って感じだね」
俺達を見て遠野さんが言うと
「任せてください」
皆野が華のような笑顔で応じていた。
それはお母さんに甘えるみーにゃんの顔を彷彿(ほうふつ)とさせるような、懐かしい幸せの微笑みに見えるのだった。
「明戸と俺達、ちょっと名前が被り気味だよな
だから、俺達のことはトノとチカで良いよ」
近戸が自分達を指さしながらそう言って、少し悪戯っぽい笑顔で
「どっちがどっちか分かる?」
そう聞いてきた。
「もちろんわかるよ、チカ」
俺は想いを込めて名前を呼んで、その腕に寄り添った。
「私も分かりますよ、トノ」
皆野も俺と同じようにトノに寄り添っている。
「チカとは服が違うから、今は分かりやすいかな
制服とかだと、皆騙されるんだ」
「トノ、問題は俺達が明戸と皆野を見分けられるか、だぜ
ネクタイの色以外の違い、これから長く付き合って見分けられるようにならなきゃな」
チカに言われ
「長く付き合って…?」
トノは寄り添っている皆野に目を向けて赤くなっていた。
「俺達、付き合うことになってるから」
チカが俺の肩を抱き体を密着させてくる。
体中に喜びの痺れが駆け抜けていった。
「お、俺だって、皆野と付き合いたいよ!」
トノはそう叫んでハッとしたように皆野に視線を向けた。
「私も、トノとお付き合いしたいです」
皆野は愛にあふれる瞳でトノを見ている。
その潤んだ瞳に涙が滲んでいることに、俺だけが気が付いていた。
自分達の正体を明かして受け入れてもらった訳じゃないけれど、今の俺達にとってはこれ以上を望むことは贅沢すぎた。
飼ってもらえるようになるまでには、もう少し時間が必要だろう。
それでも化生してから過ごした俺達の長い時間を考えれば、それはきっと短くて済むはずだ。
再び安らぎの時間を取り戻せそうな予感で、喜びに打ち震える俺の心に
『ヤハリ、時短ニナッタナ
とのトちかハ何カト張リ合イタガルカラナ』
白パンの気配が忍び込んできた。
俺はペット探偵としての仕事を思い出し、皆野に視線を向ける。
皆野は軽く頷いて、頭を前方に動かした。
想念を通わせる程のことではない簡単な合図。
『先回りを狙うから、追い立てて』
俺も軽く頷き左に首を動かした。
『了解、左回りで行こう』
俺の合図で、いきなり軽やかに駆けだした皆野に人間たちが呆気にとられている。
「ちょっと待ってて、ここから先は企業秘密なんだ」
俺はチカに囁くと皆野とは違う道に向かって駆けだした。
『白パン、お望み通りの展開になったんじゃないの?
もう帰ろう、暫く良い思いできるように俺と皆野がかけあっておくから
怒られないよ、悔しいけど白パンって、チカとトノに愛されてんじゃん』
『当タリ前ダ、ポット出ノオ前達ナンゾヨリ、共ニ長ク過ゴシタワシノ方ガ何倍モ愛サレテオル』
自慢気な気配が勝ち誇ったように告げてきた。
そのことに焼き餅を焼いている場合ではないし、俺とチカの時間はまだ始まったばかりなので確かにその通りだった。
『流石ニ少シバカリ疲レタ、窓辺ノクッションデ眠リタイ』
白パンの気配が弱々しくなっていく。
『ちゅるーヲ舐メテ、オ日様ヲ浴ビテ…
ままトぱぱトちび達ガ、ワシヲ気ニカケテちやほやスル、イツモノ日常
何ニヨリモ愛スル時間…』
最後の気力を振り絞るような白パンの想念が切なかった。
『日常』と言うものがどれだけ代え難い幸せな時間なのか、それを失ったことのある俺には痛いほどよく分かっていた。
『ちび達ハ、イツマデモ甘エッコデ、ワシガ居ナイトだめナンダ
オ前達、とのトちか、2人ノ側ニ居テヤッテクレ
宜シク…頼ム…』
そこで白パンの想いが途切れてしまう。
けれどもどこにいるか、気配は感じ取れた。
「白パン!待ってよ、まだ逝くなよ、白パン!!」
俺はやっと彼の望みがわかった。
彼は俺と皆野が自分の後釜になり得るかテストしていたのだ。
自分が居なくなってもチカとトノが悲しみすぎないよう、心が壊れてしまわないよう、彼らに次の存在を与えようとしていたのだ。
それは老猫の無意識の海にさざ波のように押し寄せていた想いと同じだ。
彼らは自分亡き後の飼い主を心配し後釜を迎えようか悩んでいた。
あのさざ波は彼らの飼い主に対する愛の想い。
死期を身近なものとして感じていなければ至れない境地、だから事故死が多い俺達化生には理解しがたいものであったのだ。
「遠野が双子…?」
俺の腕の中で呆然と呟いている皆野に
「そう、近戸と遠野さんは同じであって違う存在だ
俺達みたいにね
そして、あのお方達のように近しい家族なんだよ
俺はお母さんが好きだけど、あのお方として離れられない存在だったのは『お父さん』だった
遠野さんのことはまだわからない、近戸の兄弟だし良い人だと思うけど飼ってもらいたいのは近戸なんだ
俺の心の闇を払い安心できる場所として居てくれるのは、近戸だけだ」
言葉で言わなくても、皆野なら俺の心を理解してくれる。
皆野は俺の言葉に応えるように頷いた。
「私も、近戸さんのことはまだわかりません
でも明戸がひかれる人だし遠野の兄弟、それだけで良い人間だと思えます
会って間もない人間にこんなにもひかれる自分がわからず、混乱していました
やっぱり私はあーにゃんが側にいないとダメですね」
涙を浮かべた瞳でいつもと変わらない笑顔の皆野が、俺を見つめてくれた。
「俺も、みーにゃんがいないとダメだ、満足に捜索すら出来ないよ」
俺も愛しい兄弟に同じ笑顔を向ける。
「そして俺達には、彼らがいないとダメなんだ」
2人で見つめる視線の先には、やっと追いついてきた同じ顔をした人間の姿があるのだった。
「明戸、陸上やってたの?
大滝兄弟が追いつけないとか、ヤバい…」
ゼイゼイと息を切らしながら近戸が何とか言葉を口にする。
「トノの方が早いんだから、先に追いつけなきゃダメじゃん」
近戸に不満の矛先を向けられ
「チカはスニーカーだろ?俺なんて革靴でここまで走れたんだから良くやったよ
それでも、大滝兄弟の名前は地に落ちたな」
同じように息を切らしている遠野さんが、何だか嬉しそうに話していた。
「そうそう、大滝兄弟なんて大したことないって事だ」
「全くだ」
何かを納得したように2人して笑い出した人間に驚いたが、その明るい気持ちは俺達にも伝染して同じように笑ってしまった。
皆野とまたこうして笑いあえる時間が戻ってきて、俺は心の底からの喜びを感じていた。
「トノ、ほら、これやるよ」
近戸が持っていたコンビニのビニール袋からスポーツドリンクを取り出して、遠野さんに差し出した。
「久々に走ってのど乾いたろ?俺と明戸はファミレスでドリバ決めてきたからさ
皆野さんも一緒に飲んで」
何だかニヤニヤしながら近戸が言うと、遠野さんは真っ赤になっていた。
「え?あ?いや、俺と皆野は青戸屋でランチだったしノドは乾いてるけど
そうだ、俺より疲れてるんだし皆野が飲んでよ」
遠野さんはペットボトルを皆野に差しだそうとする。
『分けてもらった方が、断然美味しく感じるよ』
俺が素早く想念を送ったので
「そんなに疲れて居ませんし、1本は飲み切れないです
半分こにしていただいた方がありがたいですが、ダメですか?」
皆野は少し上目遣いで聞いていた。
「皆野が良いなら、そうしようか」
2人は1本のペットボトルを分け合って飲み始めた。
『今までスポーツドリンクを、こんなに美味しいと思ったことはありませんでした
体中に染み渡るようで、疲れが飛んでいく
ソシオがスポーツドリンクが美味しいと言っていたこと、やっとわかりました』
感動している皆野の想念が届いてくる。
『飼い主に分けてもらえると何倍も美味しいでしょ
捜索中は持ち歩くようにしようよ、コンビニの袋持って歩いてると不審者っぽく見えない、って近戸が言ってたし』
俺は少し得意な気持ちで皆野にそう教えるのだった。
「今日のトノの行動が変だった理由がわかったよ」
近戸が俺の隣に立って楽しそうに小声で囁いてくる。
「皆野さんが捜索に出るとき、一緒に付いていったからだ
普段やらないようなミスばっか、よっぽど慌ててたんだな
一目惚れ、かな
俺はもう明戸に告白したもんね、トノの先を行けるなんて何年ぶりだろ
あの完璧で真面目なトノが、初々しくキョドってるところを見られるなんてな」
近戸は堪えきれずに小さく笑い出していた。
「あー、でもしまった、青戸屋は先を越された
次に明戸に会ったとき行こうと思ってたのに
その辺の気の使い方は、焦ってても隙がないな」
「近戸が言ってた定食屋さん?皆野、和食の方が好きだから良い選択だと思うよ
そっか、皆野、遠野さんに気に入ってもらえてたんだ、良かった」
どうやら皆野の一方通行にはなっていないようで、俺は胸をなで下ろした。
「近戸、今度はそのお店に連れて行ってね
ファミレス体験は俺と近戸の方が先だから、まだ俺達のリードじゃない?」
俺が言うと
「だな、一緒に捜索した時間も長いし、まだ先輩風吹かせられる」
近戸は俺を見つめて笑ってくれた。
2人で過ごした時間が俺達にとって大事な物になっているという事実は、俺に無情の喜びをもたらせてくれるものだった。
一段落付くと、俺達は改めて自己紹介を始めた。
「白パンの飼い主の、大滝近戸と大滝遠野です
今更だけど、今回はよろしくお願いします」
近戸が頭を下げる。
「ペット探偵しっぽや所員の影森明戸と影森皆野です
捜索に時間がかかってすいません、でも、2人揃ったからにはサクッと見つけます」
俺も同じように頭を下げ、皆野に視線を向けて頷いて見せた。
皆野も頷き返してくる。
「確かに、2人揃うと頼もしいパワーが2倍って感じだね」
俺達を見て遠野さんが言うと
「任せてください」
皆野が華のような笑顔で応じていた。
それはお母さんに甘えるみーにゃんの顔を彷彿(ほうふつ)とさせるような、懐かしい幸せの微笑みに見えるのだった。
「明戸と俺達、ちょっと名前が被り気味だよな
だから、俺達のことはトノとチカで良いよ」
近戸が自分達を指さしながらそう言って、少し悪戯っぽい笑顔で
「どっちがどっちか分かる?」
そう聞いてきた。
「もちろんわかるよ、チカ」
俺は想いを込めて名前を呼んで、その腕に寄り添った。
「私も分かりますよ、トノ」
皆野も俺と同じようにトノに寄り添っている。
「チカとは服が違うから、今は分かりやすいかな
制服とかだと、皆騙されるんだ」
「トノ、問題は俺達が明戸と皆野を見分けられるか、だぜ
ネクタイの色以外の違い、これから長く付き合って見分けられるようにならなきゃな」
チカに言われ
「長く付き合って…?」
トノは寄り添っている皆野に目を向けて赤くなっていた。
「俺達、付き合うことになってるから」
チカが俺の肩を抱き体を密着させてくる。
体中に喜びの痺れが駆け抜けていった。
「お、俺だって、皆野と付き合いたいよ!」
トノはそう叫んでハッとしたように皆野に視線を向けた。
「私も、トノとお付き合いしたいです」
皆野は愛にあふれる瞳でトノを見ている。
その潤んだ瞳に涙が滲んでいることに、俺だけが気が付いていた。
自分達の正体を明かして受け入れてもらった訳じゃないけれど、今の俺達にとってはこれ以上を望むことは贅沢すぎた。
飼ってもらえるようになるまでには、もう少し時間が必要だろう。
それでも化生してから過ごした俺達の長い時間を考えれば、それはきっと短くて済むはずだ。
再び安らぎの時間を取り戻せそうな予感で、喜びに打ち震える俺の心に
『ヤハリ、時短ニナッタナ
とのトちかハ何カト張リ合イタガルカラナ』
白パンの気配が忍び込んできた。
俺はペット探偵としての仕事を思い出し、皆野に視線を向ける。
皆野は軽く頷いて、頭を前方に動かした。
想念を通わせる程のことではない簡単な合図。
『先回りを狙うから、追い立てて』
俺も軽く頷き左に首を動かした。
『了解、左回りで行こう』
俺の合図で、いきなり軽やかに駆けだした皆野に人間たちが呆気にとられている。
「ちょっと待ってて、ここから先は企業秘密なんだ」
俺はチカに囁くと皆野とは違う道に向かって駆けだした。
『白パン、お望み通りの展開になったんじゃないの?
もう帰ろう、暫く良い思いできるように俺と皆野がかけあっておくから
怒られないよ、悔しいけど白パンって、チカとトノに愛されてんじゃん』
『当タリ前ダ、ポット出ノオ前達ナンゾヨリ、共ニ長ク過ゴシタワシノ方ガ何倍モ愛サレテオル』
自慢気な気配が勝ち誇ったように告げてきた。
そのことに焼き餅を焼いている場合ではないし、俺とチカの時間はまだ始まったばかりなので確かにその通りだった。
『流石ニ少シバカリ疲レタ、窓辺ノクッションデ眠リタイ』
白パンの気配が弱々しくなっていく。
『ちゅるーヲ舐メテ、オ日様ヲ浴ビテ…
ままトぱぱトちび達ガ、ワシヲ気ニカケテちやほやスル、イツモノ日常
何ニヨリモ愛スル時間…』
最後の気力を振り絞るような白パンの想念が切なかった。
『日常』と言うものがどれだけ代え難い幸せな時間なのか、それを失ったことのある俺には痛いほどよく分かっていた。
『ちび達ハ、イツマデモ甘エッコデ、ワシガ居ナイトだめナンダ
オ前達、とのトちか、2人ノ側ニ居テヤッテクレ
宜シク…頼ム…』
そこで白パンの想いが途切れてしまう。
けれどもどこにいるか、気配は感じ取れた。
「白パン!待ってよ、まだ逝くなよ、白パン!!」
俺はやっと彼の望みがわかった。
彼は俺と皆野が自分の後釜になり得るかテストしていたのだ。
自分が居なくなってもチカとトノが悲しみすぎないよう、心が壊れてしまわないよう、彼らに次の存在を与えようとしていたのだ。
それは老猫の無意識の海にさざ波のように押し寄せていた想いと同じだ。
彼らは自分亡き後の飼い主を心配し後釜を迎えようか悩んでいた。
あのさざ波は彼らの飼い主に対する愛の想い。
死期を身近なものとして感じていなければ至れない境地、だから事故死が多い俺達化生には理解しがたいものであったのだ。