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しっぽや(No.198~224)

「皆野、どうしてるかな…」
思わず呟いてしまった俺の言葉に、近戸が反応する。
「スマホに連絡来てないの?」
そう聞かれて、俺はやっとその存在を思い出した。
今までそんなものに頼らなくたって、皆野の状況はわかっていたからだ。
慌ててスマホを取り出し確認すると短いメールが入っていた。

『遠野と一緒に捜索します』

「ん?遠野?誰と一緒に捜索してるって?」
意味が分からず首をひねる俺に
「遠野?俺の双子のアニキだよ
 その皆野さんって人と一緒に捜索してるの?
 だってあいつ、午後から外せない講義があるって言ってたのに
 まさか、あの真面目なアニキがサボったのか?
 明日は嵐になるんじゃないか?」
スマホをのぞき込んできた近戸が、ビックリしながら教えてくれた。
「俺達も近辺をかなり歩き回って探してたのに、よくバッティングしなかったな」
近戸は不思議がっていたが、俺は白パンの誘導に違いないと確信していた。
俺が進んでいた方向は、微かながら白パンの気配を追える場所だったからだ。
完全室内飼いだったのに脱走して何日か歩き回っただけで、白パンは近所の地理を完璧に把握していた。
人間の体だと通れない場所も猫なら難なく行けるから、俺の先回りをすることは容易いだろう。
『こいつ本気で頭良いな、猫って長く生きるとここまでの存在になれるんだ』
今回の捜索対象は難敵だ、と俺は改めて気を引き締めた。

「やっぱり、皆野と合流して挟み撃ち狙わないと無理かもしれない
 これからは白パンと一緒に皆野も探して良い?
 スマホは電源切ってるから、使えないんだ
 前にあとちょっとで捕獲、ってところで間違い電話掛かってきてバイブの振動に驚いた猫に逃げられた事があってさ
 なるべく捜索中は電源切るようにしてるんだよ
 犬の捜索だと、そこまで神経質にならなくても良いみたいだけどね」
俺の言葉に
「その皆野さんってアニキと一緒に居るんだろ
 もしかしたらアニキは電源切ってなくて、電話繋がるかも
 ちょっと試してみる
 もし大事な場面で白パン逃げちゃったら、平謝りだけどな」
近戸はそう言ってスマホを取り出して電話をかけ始めた。

「あ、アニキ?え?何で母さんが出てんの?アニキは?」
近戸は直ぐに通話を終え
「アニキ、充電器にスマホさしっぱで出かけたらしい
 完璧なアニキがスマホ持たずに外に出るとか、今回のあいつ、本当に何やってんだ?」
そう言って頭を抱えてしまった。
白パンの気配を探すより、皆野の気配を探す方が俺にとってなじみ深く簡単なことだ。
スマホで連絡が取れなくても、何の問題もなかった。
「そろそろ出よう、今度はもっと慎重に探ってみる
 ちょっと不審な動き方しちゃうかもしれないけど、気にしないで
 企業秘密だから」
俺はグラスに残っていたアイスオレンジティーを飲み干して、伝票を手にする。
近戸もグラスのアイスオレンジティーを同じように飲み干すと、俺の手元の伝票に視線をやり
「白パンが見つかってから会ったときは、俺に払わせてよ
 個人的に会う時は、経費じゃ落ちないだろ?
 ファミレスじゃなく、もっとちゃんとした店、調べとくから」
少し赤くなりながら、照れくさそうにそう言ってくれた。
この依頼が達成しても近戸に会える、それは俺にパワーを与えてくれる言葉だった。

「特別なお店じゃなく、いつも近戸が行く店で、近戸の好きな物を教えてもらって食べてみたい
 一緒の体験がしたいんだ
 きっとそれだけでうんと楽しくて、凄く美味しく感じるよ」
俺の言葉に近戸は驚いていたようだけど、直ぐに笑顔になって
「わかった、もう少し先に定食が美味い和食系の手軽な店があるんだ
 次はそこに行ってみよう」
そう誘ってくれる。
「うん!」
近戸との約束は、心を照らす明かりのように胸の中で煌めいて、あれだけ深かった闇が消えていくのを感じていた。


店を出ると、今度は白パンの気配とともに皆野の気配を探す。
絆の強い俺達にとって、同じ町の中でならいつも相手のことが手に取るようにわかっていた。
しかし今日は気配の手応えがなく、上手く読み取れなかった。
『白パンの気配に集中してるのか、腕が痛くて気が散ってるのか
 と言うか飼って欲しい人間が側にいるんだ、どうしたって気が散るよな』
俺は近戸と歩いている自分に当てはめて、そう結論する。
それでも皆野の気配に集中して歩いていると、やっと気配のしっぽを捉えた。
『皆野、今回の捜索対象はかなり頭が良くて老獪だ
 裏をかいて挟み撃ちを狙おう、じゃないと、確保できない
 皆野、皆野?』
どれだけ想念を送っても皆野からの返事は来ず、直ぐにその気配が消えていった。

『拒絶された?!』

それは魂が2分されるような痛みと悲しみ、果てしない混乱をもたらした。
しかし考えてみれば、俺も先ほどまで皆野を拒絶していたのだ。
やっと、自分のしてしまったことが皆野にとってどれだけ酷いことだったかを思い知るのだった。


あまりのショックに呆然と立ちすくむ俺に
「明戸?」
異変を感じた近戸が寄り添ってきてくれた。
「皆野が…皆野が俺のこと、拒絶してる…
 本当に?あの、優しい皆野が…
 まさか、事故にあって意識が途切れたとか」
自分で言っていて、それは空しい希望だと気が付いていた。
先ほどの接触は明らかに故意に切られている。
皆野は俺と共にある事を望まなくなってしまった。
「ごめん、ごめん、皆野…、ごめん…」
これは近戸を独り占めしようとし、自分だけの幸せを望んだ俺への罰なのだ。
狐に襲われた皆野だけが先にあのお方達に保護され、1匹で残され山中をさまよっていた過去の孤独が蘇る。
暗闇の中あてもなく、空腹を抱えてただ歩くだけの日々。
皆野に去られて生の温もりの全てを失ってしまった悲しみの日々。
動くことが出来ず立ちすくむ俺を、近戸は力強く抱きしめてくれた。

「大丈夫、大丈夫だから、俺が居るよ、俺がずっと明戸の側に居る」
耳元で根気強く安心するような言葉を何度も囁きながら、背中をポンポンと優しく叩いてくれる。
俺の不安はその手に払われたのか、体から抜け出し散っていった。
「皆野さん、アニキと一緒にいるんだろ?
 あいつが事故になんて合わせないって、救急車やパトカーのサイレンも聞こえてこないしきっと無事だよ」
「…うん」
俺は明戸の肩に頭を乗せ、俺を心配する彼の優しい気配を存分に堪能する。
「ごめん、ちょっと取り乱しちゃった」
「何か聞こえたの?皆野さんの声とか?」
何故、俺が急にパニックを起こしたのか、近戸に説明するのは難しかった。

「えっと、勘、と言うか絆の切断を感じたというか
 自分がどれだけ皆野に酷いことをしたのか、今更気が付いた
 皆野は俺のこと嫌いになったろうなと思うと、居たたまれない気持ちになったと言うか」
しどろもどろな俺の説明を聞いて
「双子の絆か…俺も小さいときはトノと凄くわかりあえてたよ
 同じタイミングでアイスが食べたくなったり、ジュースが飲みたくなったりしてさ
 何も言わなくても、トノが冷蔵庫から俺の分も持ってきてくれたんだ
 一緒に遊んで、一緒に笑って、一緒に眠って…
 いつからかな、素直にそれが出来なくなったのは
 いつもトノを僻(ひが)んでばかりの自分が嫌なのに、その気持ちを止められないんだ」
暗い声で言う近戸を、今度は俺が強く抱きしめた。

「俺達、お揃いだよ
 1人で自分を嫌わないで、2人で嫌えば少しはマシなんじゃない?
 自分のこと嫌いなのは自分だけじゃない、って思うとちょっとは浮上できるかなって
 誰でも良い訳じゃない、近戸とお揃いだからそう感じるのかも」
俺の言葉に
「明戸と出会えて良かった、そんなこと言ってくれる人、他に居ないよ
 それに、こんなにも誰かを愛しいと感じたのは初めてだ
 改めて、きちんと付き合いたい
 そのために先に為すべき事を成そう」
近戸は微笑んで前向きな言葉を発してくれた。
「うん」
俺達は名残惜しく体を離す。
往来でなければ、キスくらいしたいところだった。


『気ニ入ッタカ』

いきなり白パンの気配が濃くなった。
何だか少し満足そうな気配に
『近戸は俺のこと好きって言って、俺の気持ちに応えてくれたよ
 これで満足?もう、家に帰ろう
 その前に、皆野がどこにいるか知らない?俺の双子の兄弟なんだ
 皆野も白パンを探しに来てる、気配を感じてるだろ?』
俺は必死で呼びかける。

『向コウハ、マダ時間ガカカル
 ダガ鉢合ワセサセレバ、時短ニナルカ
 ソロソロちゅるーガ食ベタイシナ』

白パンの気配が動き始めた。
今までのようにフッと気配を消すようなことはなく、追っていける速度で移動している。
「近戸、白パン見つけたかも、追いかけよう」
猫の気配など人間にはわからないのに、近戸は何も聞かずに俺の後に付いてきてくれた。


白パンの気配にだけ集中し、小走りで道を急ぐ。
道の角を曲がると、そこには皆野の姿があった。
皆野は俺を見て酷く驚いた表情になり、駆けだしていった。
後には近戸と同じ顔だけど気配の違う人間が取り残され、オロオロしている。
俺と皆野は同じでいて違うところもある、走るのは俺の方が少しだけ早いのだ。
俺は皆野を追って全力疾走し、追いつくと右腕を掴んだ。
皆野はふりほどこうと必死になるが、俺は絶対にその腕を放さなかった。
「ごめん、皆野、ごめん」
俺が謝ると皆野は抵抗を止め涙を滲ませた目で俺を見た。
「俺には皆野が必要なんだ、俺達、同じ魂じゃないか」
「ごめんなさい」
今度は皆野が謝っていた。
「自分でもこんな気持ち初めてで、どうしていいかわからないんです
 遠野を明戸に盗られたくない、私だけを愛して欲しい、遠野に飼ってもらいたい
 朝の明戸の態度で明戸も同じ気持ちだと気が付いたのに、遠野を求める心を抑えることが出来ない
 醜い自分が嫌になる」
こらえきれずに大粒の涙を流し始めた皆野を、俺は抱きしめた。

「違うんだ皆野、俺が飼ってもらいたいのは近戸なんだ」
「近戸…?」
不思議そうな皆野に
「遠野って人は近戸のお兄さん、彼らも双子なんだよ」
俺のもたらした情報に、皆野は泣くことも忘れ目を見開いて呆然とするばかりだった。
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