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しっぽや(No.198~224)

side<AKETO>

やはり、恐れていた事態になってしまった。
俺が飼ってもらいたいと思った『大滝 近戸(おおたき ちかと)』
格好良くて優しくて、俺を気にかけて太陽みたいに温かな笑顔を向けてくれた人間。
俺だけのものにしたい人間。
化生して長い年月の果て、やっと飼って欲しいと思える人間に巡り会えたのに、それは俺の双子の兄弟の皆野も同じだったようだ。
魂の片割れである皆野も、近戸の気配に俺と同じ反応を示していた。
でも俺は近戸と一緒にいたときの幸福感を、自分だけのものにしたかった。
俺だけが近戸に飼われ近戸に愛されたい、そんな醜い独占欲が俺の魂を2つに引き裂いていた。
皆野が好きだ、皆野が憎い。
近戸が好きだ、俺だけの飼い主になってくれない近戸が憎い。
何より、愛しい者たちを憎悪の対象にしてしまう自分が憎かった。


皆野と一緒に近戸の前に立ちたくなくて、俺は近戸の家に向かうナリの車から強引に降り、あてなく走っていた。
憎しみに焼かれデタラメに走っていたはずなのに、気が付くと昨日近戸と一緒に立ち寄ったコンビニの駐車場に着いていた。
近戸が俺にスポーツドリンクを買ってくれたコンビニ。
それは今の俺にとって、幸せの象徴のような場所だった。
俺の体を気遣って色々アドバイスしてくれた近戸の優しさを思い出し、あの時の自分は何て幸せだったんだろうと、今更ながらに気づかされた。
せめて近戸の教えを守ろうと、俺はスポーツドリンクや飴を買うことにした。
『皆野はまだ、このことを教えてもらってないかも』
そう考えると、少しだけ俺の方が近戸の側にいる気持ちになってくる。
俺は昨日『常備していた方が安心だ』と教えてもらった物を買って、ビニール袋を手に店を出た。
近戸のことを考えすぎていたせいだろうか、外に出ると何だか近戸の気配が近付いてくる気がした。

『あれ?気のせいじゃない?暖かい優しい光が真っ直ぐに俺の方にやってくる!
 何で?だって、近戸は皆野と一緒にいるんじゃ…』
狼狽する俺の目に、近戸が走ってくる姿が飛び込んできた。
店のドア付近に居た俺に気が付いた近戸は、もの凄くビックリした顔を向けてくる。
「え?あれ?明戸?何で?」
慌てた様子で周囲を見回す近戸に
「ごめんなさい、ちょっと別行動とってた」
俺は沈んだ声で答えた。
猫の捜索もせずコンビニで買い物をしていた自分の行動は、不真面目すぎて幻滅されるしかないだろう。
近戸の役に立ちたいのに感情に振り回されてばかりの自分に、心底嫌気がしてきた。

『ああ、消滅してしまいたいってこんな時に思うんだろうな』
一瞬、気が遠くなりかけた俺に
「明戸って、足が速いんだね
 俺も全力で走ってきたんだけど、途中で抜かされたみたいだ
 これでも高校の時は陸上やってて、良い線いってたのに
 まあ、あいつは俺より早かったし、俺なんて全然大したことないってことだな」
近戸は陰のある微笑みを向けてきた。
「それ、あいつに買ってもらったの?」
俺の持っているビニール袋を見て、寂しそうな顔で聞かれたので
「昨日、近戸に教えて貰った物を自分で買ってみたの
 あの、ごめんなさい
 白パン探さないで買い物とかしてて…」
皆野だったらこんなミス、絶対しなかったはずだ。
幻滅されるだろうと泣きそうになる俺に
「あいつは昼から講義があるって言ってたし、一緒にいる訳ないか
 明戸、素人のたわいないアドバイスだと聞き流さないで、俺の言ったこと実践してみてくれたんだ」
近戸は嬉しそうに笑ってくれた。

「待ってて、俺も買ってくるから」
近戸はそう言って店内に入っていき、直ぐに同じようなビニール袋を持って出てくると
「コンビニの袋を持って歩いてると買い物中だって感じが出て、ウロウロ歩き回っても不審者っぽく見えないんじゃない?」
そう言って笑い、俺の隣に並んで立った。
「そうなの?俺、あまりコンビニで買い物しないから気にしたこともなかったよ」
猫の自分では気が付けないことを近戸は教えてくれる。
あのお方との暮らしでは存在自体が無かった現代の知識を教えてもらえるのは、狭い範囲の町中を捜索する俺にはありがたかった。
何より、近戸に気にかけてもらえる事が嬉しかった。

「俺じゃ全然役に立てないけど、今日も一緒に白パン探して良いかな
 俺が一緒だと気が散って上手く探せない?
 なるべく、邪魔にならないようにするから」
驚いたことに、近戸は俺に伺うような視線を向けて頼み込んできた。
『今日も近戸と一緒に捜索できる!近戸と居られる!』
近戸は俺を喜ばせる天才だ。
もやもやグルグルしていた俺の頭の中が一瞬でクリアになり、気持ちが高ぶっていく。
さっきまでの『消滅したい』と言う暗い欲望は跡形もなく吹き飛んで、幸福感が胸を満たしていった。
「俺も近戸と一緒に居たい」
思わず欲望に忠実な返答をしてしまい
「一緒に捜索した方が効率アップすると思う
 猫は飼い主の声を聞き分けられるから」
俺は慌ててペット探偵らしい言葉を発して、場を繕うのであった。



俺と近戸は並んで歩き出した。
『皆野より先に白パンを見つけて説得して、何が何でも連れ帰ってやるぞ!』
俺は近戸に良いところを見せたくて、捜索に集中していった。
近戸はペット探偵としての俺を信頼してくれているみたいだから、多少行動がおかしくても『企業秘密』という言葉で納得してしてくれるだろう。
黙り込んで歩きながら白パンや他の猫の気配を探る俺を、近戸は黙って見守っていてくれた。


『キオッタカ』

いきなり、白パンの気配が話しかけてきた。
俺は神経を集中してどこにいるのかを確認しようとするのだが、巧妙に隠れているようで場所の特定が出来ず、高齢猫の狡猾さにさに舌を巻くしかなかった。
『帰ろう、近戸が心配してる
 近戸は怒ってないよ、貴方が居なくて悲しんでるんだ
 帰ったら美味しいものもらえるよう、俺が頼んであげる
 「ちゅるー」って美味しいんだろ?あれ、コマーシャルで見てても旨そうだもんな』
俺は何とか白パンの気を引こうと必死で話しかけた。

『カツオ節味カツオ』

やっと白パンから反応が帰ってきた。
『わかった、それを頼むよ
 今日は寒いし、家の中からお日様浴びた方が良いって
 お日様好きだろ?俺も大好き
 俺は山育ちでさ、山の中はうんと寒いんだ
 お日様が居なかったら凍えて死んでたよ』

『アノ家ガ太陽ダ』

やはり、白パンは家に執着している。
それなのに最後の場所に家を選ばないなんて、あり得ないと思われた。
『疲れてるだろ、きっと近戸が抱っこして運んでくれる
 だから、帰ろう』
近戸に抱っこされる白パンを羨ましがっている場合ではない、俺はこのチャンスを逃すまいと必死だった。

『モウ少シ、時間ヲヤロウ
 太陽ガ、オ前タチノ、ドチラヲ気ニ入ルカ』

白パンから何もかも見透かしたような想念が届き、気配がフツリと途絶えてしまった。
「くっそー、もう少しだったのに」
俺は思わず拳を握って声を出してしまった。
『やっぱり、白パンは俺と皆野を競わせたがってる気がする』
俺もシニアと呼ばれる年齢で死んでいるが、さらに高齢の猫の考えることは訳がわからなかった。

「明戸…?」
近戸が遠慮がちに声をかけてきた。
近戸にしてみれば、いきなり立ち止まって黙っていた俺が憤ってるようにしか見えないだろう。
こういう動作は『不審者』と呼ばれる危ない人がとる行動だと気が付いて
「いや、あの、今、猫の泣き声が聞こえたんだけど
 場所の特定まで出来なくて、ごめん」
俺は慌てて謝って頭を下げた。
「そうなんだ、俺、ちっとも気が付かなかったよ
 やっぱり明戸は凄いね、プロだ」
素直に感心してくれる近戸に、俺は複雑な心境を感じていた。

『プロのペット探偵だから、っていうより元々猫だから、って事が分かったら、近戸は俺のこと何て思うだろう
 化け物だって怖がられるかな、気持ち悪いって思われるかな…』
俺は初めて、人間が俺たちをどう思うかを真剣に考え始めていた。
『羽生は論外として、ひろせもソシオも悩んだって言ってたもんな
 長瀞はゲンの方が積極的だったし
 俺は猫で、近戸に飼って欲しいってどうやって伝えたらいいのかまるで分からない…』
自分の考えに没頭しそうになる俺に
「移動する?この辺を重点的に探した方が良さそう?」
近戸が声をかけてきた。
「そうだね、この辺の猫がいそうな場所を探して歩いてみた方が良さそうだ」
俺はプロっぽく見えるよう断言すると、近戸と一緒に歩き出す。
近戸と一緒に行動できるこの時間を、宝物のように感じていた。


近戸は移動中、白パンの思い出話を少しずつ話してくれた。
話しながらも俺の捜索の邪魔にならず、かつ、俺に白パンの情報を伝えられるよう気を使っていてくれるのが分かる話し方だった。
適切なタイミングで水分補給も促してくれる。
近戸は俺にとってどこまでも完璧な理想の人間で、すでに俺は近戸のいないこの先の生を考えられなくなっていた。
白パンの口振りだと、俺か皆野、どちらかが近戸に気に入ってもらえれば姿を現す感じだ。
俺が先に近戸に気に入られれば白パンを発見できて、もっと近戸に気に入られるかもしれない。
飼ってもらえるかもしれない。
俺はこのチャンスを逃したくなかった。


「もう、昼過ぎてるね」
近戸がスマホで時間を確認して話しかけてきた。
近戸と居られる時間が楽しくて、俺はそんなことを全く気にしていなかった。
「良かったら、昨日行ったファミレスにでもランチ食べに行かない?
 それとも今って、集中して探した方が良い感じ?」
近戸の誘いを断る理由はどこにもない。
「行きたい!今日も料金は経費で落とすから、好きな物頼んで」
勢い込む俺の手を握り
「じゃあ、行こう」
近戸は誘うように歩き出した。
彼に握られている手から、甘いシビレが全身に広がっていく。

『もっと触れて欲しい、抱きしめて欲しい、深く繋がりたい』

俺は近戸に対して発情している自分を感じでいた。
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