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しっぽや(No.198~224)

side<AKETO>

化生してみたものの、自分には縁が無さそうだと思っていた『新たな飼い主』
そんな俺の憂いを吹き払うように、飼って欲しいと思える人間が現れた。
荒木の友人だという『大滝 近戸(おおたき ちかと)』
彼が飼っている猫が脱走してしまったため、捜索依頼がきたのが俺と彼の縁の繋ぎ始めだった。
張り切る俺をよそに彼の飼い猫は意図的に姿を見せなかった。
それどころか、俺と双子の皆野を争わせるような展開に持って行きたがっているように感じてしかたがない。
『もし皆野も近戸に惹かれるのなら、どちらも近戸に選ばれなければいい』
俺がそんな暗い思いを抱いているとは思ってもいないだろう荒木は、今後の展開について相談しようと近戸とナリに電話をかけていた。


「あ、うん、そう、ちょっと仕切り直した方が良さそうなんだけどダメ?
 焦っても良い結果が出ないことは、俺も自分の猫の時に思い知ったんだ
 少し情報交換したくてさ
 この辺、長居出来そうなファミレスとかってない?
 ランチでも食べながら相談できればな、って
 あ、本当?うん、見える、あそこのコンビニの角曲がってすぐ
 じゃあ、店の前で待ってる」
通話を終えた荒木が振り返って笑顔を見せた。
「発見出来てないけど、近戸が一緒にランチするのOKしてくれたよ
 朝早かったからお腹空いたろ?
 経費で落としてもらうから、食べて少し落ち着こう
 クロスケ探してたとき、白久と部屋でお茶するの楽しみになってたんだ
 きっと近戸も気持ちが切り替わって、良いと思う
 あいつちょっと思い詰めすぎてるみたいだしさ」
「白パン見つけてない俺が、そんな贅沢しちゃって良いのかな」
躊躇するものの、まだ皆野が居ない状態で近戸に会えるのは嬉しかった。
「そんなこと言ったら、白久と俺だってお茶なんか出来なかったよ」
荒木は笑って先に立って店に連れて行ってくれた。


店の前で暫く待つと、近戸とナリがやってきた。
近戸の表情が陰っているのは、俺が直ぐに猫を発見できなかったせいだろう。
近戸にあんな顔をさせてしまう自分のふがいなさに、泣きたくなってきた。
「俺の力不足で、すいません
 情報整理して、明日、他の者と一緒にまた来ます」
涙を見せないよう、俺は深々と頭を下げた。
「いや、明戸はこの辺の土地勘ないだろうし、いつもとは勝手が違うでしょ
 白パンも移動してて、ニアミス起こしてるかもって荒木が言ってたよ
 ゲームで固定宝箱探してる訳じゃないから、そういうことあるよね
 何か俺、RPGゲームやってる気分になってたかも」
近戸は頭をかいて苦笑している。

「近戸の分も経費で落とすから、好きなもの食べていいからな」
荒木の言葉に
「ペット探偵の会計って、どうなってるの?
 うちの店の従業員割引は5%なのに
 あれ、でも、その経費って結局俺が払うんじゃないか?」
近戸は首をひねり始めた。
「俺のバイト代から差し引きするって
 後は、明戸次第かな」
「何だそれ、明戸って会計のお偉いさんなの?」
「荒木、俺、平社員ってやつだから」
会話中の近戸の顔に笑みが戻ってくれて、俺は少し救われた気になって皆と店内に入っていった。


荒木のさりげない計らいで、俺と近戸が隣になって席に着く。
「ラッキー、今日のランチ俺の好きなセットだ
 俺、これにするよ」
近戸が好きなメニューを知り
「じゃあ、俺も同じのにする」
同じ体験がしたい俺が追従する。
「近戸それだけじゃ足りないだろ?後は?トンカツとパスタとピザとハンバーグとグラタン?カレーとポテト、パンケーキとパフェとチーズケーキもいっとく?」
荒木に聞かれ
「それ何のネタ?そんなに一人で食べるやついないよ
 ご飯大盛り、唐揚げ小皿付けるくらいかな
 明戸も同じのって言ってたけど、どうする?」
近戸は俺にも聞いてくれた。
「俺もそれにする」
気にかけてもらえたことが嬉しくて、また泣きそうになってしまう。
荒木が店員さんに注文を伝え、俺達はドリンクバーに飲み物を取りに向かった。

「ランチ頼んだからスープバーも利用できるよ」
オレンジジュースをグラスに入れている俺に、近戸が話しかけてきてくれた。
「行儀悪いけど、スープにご飯入れて食べるの好きなんだ」
照れたように笑う近戸に
「俺もやってみる、近戸、こーゆーお店に詳しいんだね
 俺、あんまり外食ってしないから、ルールとかよく知らなくて
 他の皆に話は聞いてたけどさ
 色々教えて」
俺は彼の前でこれ以上失態を晒したくなくて聞いてみた。
「いや、ルールって程じゃないって
 アレンジだとアイスティーにオレンジジュース入れると美味しいかな
 アイスレモンティーってファーストフードで手軽に頼めるけど、アイスオレンジティーってちょっと良い店じゃないとないじゃん」
「そっかー、次は試してみる
 近戸って物知りだね」
「いや、物知りって言うか、子供の時遊び半分で適当に混ぜて実験してたから」
近戸の言葉の一つ一つが俺には新鮮だった。


「明戸って、変わってるね」
近戸に言われ俺はドキリとする。
何か人間として相応しくない振る舞いや言動をしてしまったと思ったからだ。
「モデルでも通用するんじゃないかってくらいキレイなのに、話しやすくて気さくで飾らなくて自然体だ
 自由気ままで高貴な猫みたい」
そう言っている近戸の頬が少し赤くなっているような気がしたのは、俺の見間違いだろうか。
「俺、キレイかな」
呟く俺に
「凄くキレイだと思う」
近戸はキッパリと答えてくれた。

「でも、近戸の格好良さには適わないよ
 俺、近戸みたいに格好良い人間、初めて見た
 偉そうじゃないし、色々教えてくれるし、格好良いだけじゃなく凄く優しい
 一緒にいると心が暖かくなる、闇を払ってもらえそうになる」
しかしどんなに闇を払ってもらっても、近戸と皆野が居る限り新たな闇が生まれてしまうのだ。
「闇…?」
訝しげな近戸に
「何でもない、俺もスープご飯用にスープ持っていこうっと」
俺は笑顔を向けてスープを用意し、席に戻っていった。


「何だか話し込んでたね」
向かいに座る荒木が意味ありげに話しかけてくる。
「近戸に色々教えてもらってた、優しくて素敵な人だね
 ずっと一緒に居られたらな…」
俺は振り返って、まだドリンクコーナーに居る近戸に切ない視線を向けた。
「荒木もナリも、化生を飼うようになった決め手を教えてよ
 今まで飼われてる化生に話を聞くことはあっても、飼い主に話を聞く事ってなかったからさ
 どうすれば人間の気を引けるのが知りたいんだ」
そう頼むと、2人は顔を見合わせた。

「犬と猫だと、ちょっと違うかもしれないなー
 と言うか、しっぽやの猫飼いって元々猫バカだから、どうなの?」
荒木が首をひねると
「猫は猫バカの気を引く天才だと思うけどね、自然体でいれば勝手に引きつけられるかと
 でも化生だとまた違うのかな
 ソシオも一生懸命アプローチしてたもの」
ナリも腕を組んで考え込んでいた。
戻ってきた近戸はそんな俺達を見て捜索の算段をしていると思ったらしく
「明日はどうしようか」
なんて神妙な顔で話しかけてくるのだった。


ランチを食べながら荒木が今日の成果(全く上がっていないが)を自分のケースを交えて近戸に報告していた。
こんな時、俺はどうやって事情を説明すれば良いか分からずもどかしい思いを感じてしまう。
『最後の場所を探しているっぽい』と言う荒木の言葉で、近戸の顔が歪んでいく。
「それは荒木に言われてから俺も覚悟してた…高齢だし…
 でも変な話、ずっと一緒にいたせいかな、俺が爺さんになっても側にいてくれると思ってたんだ」
「あ、それ、俺も思ってたよ、一緒にいるのがあたりまえすぎて、居なくなるなんて考えたこともなかった」
「猫飼いって、本当にバカだよな」
近戸も荒木も力なく笑っていた。

2人を見て
『俺だって、あのお方が亡くなるなんて思ってもみなかったよ
 だからいつも考える
 あのお方とお母さんの骸を見た訳じゃない、助け出されてあの後も生きていてくれたかもしれないって
 人間の技術ってやつは凄いんだ、あれくらいの土砂あっという間に掘り進んで、すぐ病院に運んで、注射すればもしかしたら…
 ああそうか…
 最後を見れないって、絶望的な希望がずっと心に巣くうことになるって事なんだ』
俺はそう気が付いた。

交通事故死していた捜索対象を発見した報告を依頼人にすると、泣きながら俺に『ありがとう』と言ってくれるケースがあった。
発見直後は俺を罵っていたのに、後からお礼の手紙を送ってくれた依頼人もいた。
『社交辞令』と言うやつかと思っていたが、あれは真に感謝の言葉だったのだ。
骸を確認する言うことは希望のない絶望だけど、時間がかかったとしても明日を踏み出す1歩になれる。
絶望的な希望を抱えていると、過去に捕らわれすぎてそれが難しい。
それは前の飼い主を忘れられず新たな飼い主と巡り会えない俺が、1番分かっていることじゃないか。

発見したのが骸でも、近戸なら怒らないかもしれない。
でも優しい近戸は、自分が至らなかったせいだと深く悲しんでしまうだろう。
彼に悲しい顔をさせたくはなかった。

最後の場所を探しているだけじゃなく、どんな思惑があって白パンが姿を現してくれないのか察することが出来なければ人間のペット探偵とかわらない。
俺が俺だから、猫の化生だから近戸の役に立てる、そうならなければ俺がここに来た意味がない。
「あの、やっぱり、この後もう少しだけ1人で捜索させてもらってもいいかな
 発見にこぎ着けるまではいかないと思うけど、自分の中の情報を整理したくて
 俺の力不足だし、追加料金とかいらないから」
とにかく、白パンの思考を理解したくて俺は咄嗟にそう言っていた。
人間たちの驚きや戸惑いの感情が伝わってきても、俺の決心は揺るがなかった。
猫は時に、とことん粘着質に物事に取り組むものだからだ。
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