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しっぽや(No.198~224)

依頼主の家に到着すると、出迎えてくれた新たな飼い主は心からホッとした顔をして目に涙をためていた。
「良かった、戻ってきてくれて良かった、ここがあなたのお家なの
 ずっとずっと、ここに居て良いんだからね
 あなたのこと大好きだから、一緒に居たいの」
ケージから猫を出して優しく抱きしめた飼い主は、涙を流していた。
人の悪意で冷えていた俺と猫の間に、少し暖かい風が吹く。
この猫がもっと暖かさを感じられるようになるには、まだ暫く時間がかかるだろう。
けれどもこの新しい飼い主なら、前の飼い主と同じ暖かさを与えてくれることが出来るのではないかと思った。
「すぐに見つけてくださって、本当にありがとうございます」
「いえ、貴女が早めに連絡くださったのが良かったんです
 こちらの必要書類を記入し、成功報酬の明細を確認してください」
深々と頭を下げられ照れくさい思いを感じながら書類を渡す。

依頼人が書類を作成している間
『前の飼い主を忘れられない気持ちは、俺も痛いほどわかる
 でも、この人間が君に向ける愛は本物だ
 君のことを本当に必要としているのを感じるだろ?
 もう少し、この人間と一緒に居てみるのも悪くないと思うぜ』
俺はハチワレ猫に話しかけた。
まだ自分の置かれている状況を理解したくないようだったが、新しい飼い主に対する警戒心が薄れていくのを感じていた。
書類と報酬を受け取り表に出ると、夜の気配が色濃く感じられた。
事務所に帰るのは業務終了時刻を過ぎそうだったが、俺は今日の仕事に満足して帰路につくのであった。


事務所には黒谷の他に白久と長瀞が残っていた。
「うちも今日は寿司にしようと思いまして、帰りに一緒に買いに行きましょう」
さりげなく言ってくるが、長瀞は俺の捜索状況が気になっていたようだ。
「たまには長瀞も楽しないとな」
俺は成功報酬を黒谷に渡しながら答えた。
「お疲れさま、報告書は明日でかまわないよ
 それと明日はご指名で捜索の予約が入ってるんだ
 荒木経由の依頼でね、ナリが依頼人の家まで送ってくれることになってるから9時前には出勤してもらっていいかい?」
黒谷の頼みに
「皆野は出れないけど、俺だけで良いの?」
そう確認してみる。
急ぎの依頼で挟み撃ちを狙っているのなら、その期待には応えられそうになかったからだ。

「短毛、エンゼルヘアーのある黒猫、来月で17歳、これらを考えると明戸が1番適任だと思う、との荒木の考えだ
 どうかな、いけそう?」
「うーん、黒猫だけど羽生にはちょっと厳しいかな
 短毛だし、エンゼルヘアーがあるなら白黒猫と言えないこともない
 確かに長瀞より俺の方が良さそうだ
 荒木も色々わかってきてるじゃん
 俺1人で出るよ、今日の報告書は朝1で提出してく」
俺が頷くと、白久が真剣な顔で俺に詰め寄ってきた。
「明戸、よろしくお願いします
 今回の件、クロスケ殿と似ているケースなんです
 もう2度と手遅れにしたくはありません
 荒木のために私もお手伝いしたいのですが、犬に慣れている猫なのか分かりませんので明戸に任せた方がスムーズにいくかと」
俺に頼み込むため、白久はわざわざ俺の帰りを待っていたようだった。

「いつも布団になってもらってるんだ、白久のためにも頑張るよ」
俺の言葉で白久がホッとした表情を見せた。
「荒木も捜索をお手伝いなさるそうです
 私に出来そうなことがありましたら、すぐ呼んでください」
本当は自分が飼い主と捜索したい、と顔に書いてあるようだった。
「分かった、サクッと発見して帰りは荒木を迎えにこれるようにしようか
 理想はランチの時間までに発見だな」
俺の言葉で場が和む。
「いいね、シロ、そうなったら荒木とデーとしてきなよ
 よし、それじゃ帰ろうか」
黒谷の言葉を受け全員で表に出て、本日の業務は終了となった。

俺と長瀞は寿司屋に寄って持ち帰りを頼む。
出来上がりを待つ間、俺は今日の捜索の顛末を話して聞かせた。
「11歳の猫を引き取って一緒に暮らすことを望むなんて、あの新しい飼い主さん、良い人そうだったよ
 きっともっと時間が経てば、あの猫にもわかると思う」
「そうですね、大事な方が亡くなってしまった後でも、新たに愛し愛してもらえる存在と出会えます
 私にとってのゲンがそうであるように」
高齢の飼い主の死の先に、新たな飼い主を得て幸せを掴んだ長瀞は感慨深く頷いた。

「明戸、今回の依頼は貴方にとって耳が痛かったのでは?
 その猫に言ったこと、自分にも当てはまってますよ」
長瀞に指摘され、俺は思わず苦笑してしまった。
「確かにね、でもあのお方以上に俺のことを愛してくれる人間に会える気がしなくて
 皆野と離れるのも嫌だしさ」
ため息をつく俺を、長瀞は少し悲しげに微笑んで見ていた。
「私もゲンに会うまで長年そう思っていました
 あなた方双子に良い出会いがあることを祈ってます」
そのときの長瀞の言葉は、いつになく俺の胸に突き刺さるのであった。
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