しっぽや(No.198~224)
side<ARAKI>
ミイちゃんのお屋敷に行ったGWの楽しい気分は、帰ってきてからも続いていた。
しっぽやでのバイト中でも、ふとした瞬間にあの山の空気と気の良い武衆達を思い出してしまう。
「あー、明日から学校か
一気に日常に戻っちゃうなー」
俺は壁に掛けてあるカレンダーの日付が、現実を突きつけているように感じていた。
日野からメールが来るので、お屋敷が今どんな状況かは確認できていたが、自分で体験したかったと言う思いも拭いきれなかった。
「黒谷が揚げたゴマ団子、武衆の皆は凄く喜んでたって
揚げてある甘いもの、皆好きだもんね
で、ミイちゃんは『豆花(トウファ)』がツボに入ったらしくレシピを教えて欲しいって日野に頼み込んだらしい
確か中華系ファミレスの今期のスイーツじゃなかったっけ?
ミイちゃんがこっちに来たら、連れてってあげたいな」
俺は黒谷の代わりに所長席に座る白久に話しかけた。
「きっとお喜びになりますよ
しかし、そう言われると私も気になりますね、今度一緒に食べに行きませんか」
「うん!最近行ってなかったもんね
麻婆豆腐とか、学食に無いメニュー食べたいな
いつか、横浜中華街とかも行ってみよう」
雑談をしながら、俺はしっかりとデートの約束も取り付けていた。
「ミイちゃんのお屋敷って、そんなに良かったんですか?
夏に修行に行くの楽しみになってきた」
タケぽんが冷たい麦茶を持ってきてくれる。
氷と氷が触れあう爽やかな音がした。
山では肌寒く感じることもあり夜は上着が手放せなかったが、帰ってきたこちらは初夏を思わせるような陽気だった。
「標高が違うせいか、都市熱のせいか、こっちはもう初夏だね
タケぽん、山の寒さを舐めるなよ
夜になるとうんと冷え込むんだ
夏でも上着持って行かないと風邪引くぜ」
俺は先輩ぶって、蒔田に注意されていたことをもっともらしく言う。
「高さはそんなに無いけど滝があるから、滝行とかする時はハスキーが降ってこないことを祈るんだな」
「え?え?なんスかそれ?」
このアドバイスは自分で言ってて意味不明だと思ったが、真夏の川だしあの2人が滝遊びに興(きょう)じる可能性は高かった。
「俺も夏休み中に何日か泊まりに行きたいな
日野も行きたがるだろうし、和泉先生も来るかもしれないし、離れの争奪戦になりそう」
「でも、ミイちゃんのお屋敷って凄く広いんでしょ?
泊まらせて貰う部屋なら、いっぱいあるんじゃないですか?」
色々と状況が飲み込めないタケぽんは首をひねるばかりだった。
「ま、離れに泊まらせて貰えばわかるって
使った後のシーツ類は、自分で洗濯すること
乾燥機付き全自動洗濯機あるから、楽だよ
着替えを持って行くのも最低限ですむしね」
「確かに、汗かいたり汚した時とか洗濯できると便利かも
俺、山道で滑りそうな予感しかしないから
汚しても良い古いTシャツやジャージを修行用に持ってこっと
山で修行までするんだ、もっとひろせの役に立てるよう、能力上げて帰ってこなきゃ」
タケぽんはやる気満々で力こぶらしき物を作って見せた。
武衆の犬達を見た後だとタケぽんに筋肉が付いたと思ったのは錯覚だったのでは、と感じたが
「あの山の中を犬と一緒に走り回れば、良い運動になると思う
せっかく筋肉付いてきたんだ、頑張れ」
俺はそうエールを送っておいた。
「荒木、武衆達に巻き寿司を作ってあげたんですってね
皆、とても喜んでいました」
ニコニコしながらひろせが話しかけてくる。
大型犬好きのひろせはお屋敷にいる間、武衆の犬達に可愛がられていたので今でも連絡を取り合っているようだ。
「俺に出来る、唯一の得意料理だからね
でも、炊事係の彼らの方がキレイにきっちり巻いてたよ
やっぱ年季が違うって思った」
「彼らにとっては『自分たちのために人間がなにかをしてくれる』と言うことが嬉しいんですよ
皆、新しい飼い主と向き合うこと、前向きに考えるようになってました
本当にありがとうございます」
ひろせが頭を下げると、柔らかな髪がふわっと広がった。
「それでお礼に、と思ってクッキー焼いてきたんです
大学で出来たお友達にりんご農園の方がいる、と言っていたからりんごクッキー作ってみました
中にりんごジャムを入れて、ドライアップルを飾ってみたんです
りんごのプロに食べてもらって、出来映えを聞いてみたいな、って下心もあったりします」
ひろせは可愛らしく舌を出し、大きめの包みを手渡してきた。
「ありがとう、早速明日学校に持って行って皆で食べてみるよ」
俺の言葉で、ひろせは華やかに微笑んだ。
そんな俺たちのやりとりを見て
「あー、もー、ひろせは可愛いなあ、マジ天使!」
しっぽやに、タケぽんの雄叫びが響きわたるのであった。
翌日、久しぶりに登校した俺は昼休みの食堂でひろせのクッキーを皆に振る舞った。
知らない人(猫だけど)の手作りお菓子なんて引かれるかと思ったが、皆は気にすることなく口にしてくれた。
「美味しい!プロの作ったお菓子みたいだっよ
ちょっとしっとりしたクッキーにりんごジャム、良いね!
ドライアップルものってるしりんご感満載!
ただ、ドライアップルを焼くと風味が飛びすぎるかな、生でいきたいところだけど日持ちが問題になるか
コンポートの方が良いかも
りんごお菓子の展開、やってみたいんだよね
そうすれば、台風で落ちたりんごの使い道も広がるし
荒木、これ作ってくれた人にうちのりんごあげるから、日持ちして手軽に食べられるお菓子の開発、お願いできないかな」
さすがはりんご農園の息子、いつもは大人しい蒔田(まいた)はりんごが絡むと饒舌になった。
「良いよ、アップルパイも工夫してチャレンジしたいって言ってたし
りんごって、お菓子の幅ひろいのな」
「そうそう、1日1個のりんごで医者いらずって言うし、身体にも良いんだよ」
盛り上がる俺たちに負けない勢いで
「よっしゃ、次は俺とマイタンの東京観光の成果を見せたるわ!」
久長(ひさなが)が大きめのビニール袋を取り出した。
「お約束の、雷おこしや!
何や、ぎょーさん味があるねんな
よお分からんから、詰め合わせの大袋買(こ)うてきた
実家にも送ったら、オカンが飴チャンの代わりに『雷ちゃん』言うて近所に配って歩いてるって、ねーちゃんから連絡きたわ
そこは『おこしちゃん』やろって、うちのオカン、ほんとボケに徹しとるやろ」
早速封を開けて、皆で中身を確認する。
「抹茶味、ミルク味、アオノリ味、チョコ味、これはオーソドックスなやつか」
「こっち、ゴマだって
僕が子供の頃にお土産でもらったのと違って、美味しそうじゃん
あ、僕もお土産があるんだ
休み中、従姉妹が遊びに来てたんだけど、叔母さんに山ほどお土産持たされててさ
食べきれないから持ってきた」
野坂(のさか)が鳩の形のサブレが入った箱をテーブルに置く。
その上に、犬の顔をしたサブレの箱も置いていた。
「どんだけサブレやねん!」
すかさず久長が突っ込むと
「もう、うちの家族で散々突っ込んだよ
叔母さん、可愛い形のお菓子見ると、見境無く買っちゃうんだよね
『お土産』ってなると、歯止めがきかなくなってさ
これ、別に叔母さんとこの名物ってわけじゃないんだ」
野坂はため息を付く。
「で?従姉妹って可愛い子なんか?自分、GWはウハウハやったんとちゃうの?」
久長が野坂をウリウリと肘でツツいている。
「中2と高1のキャピキャピ姉妹
2人で原宿でクレープ食べたいだの服を買いたいだのウルサくて
挙げ句の果てに渋谷のスクランブル交差点を見たいって言い出してさ
交差点だよ?そんなのどこにでもあるじゃん」
野坂は心底呆れた顔をする。
「彼女達の世話は母親に丸投げして、僕は予定通り映画を見に行って、原作読み返して、積ん読を3冊消化した
有意義なGWだったな」
最後は満足そうな野坂に
「で、3冊読んで5冊買うた、と
積ん読、増えとるやん」
久長が突っ込んだ。
「え?何で分かったの?エスパー?」
慌てる野坂に
「マジか…ボケたつもりやってんけど」
さすがの久長も呆れた顔を見せていた。
「しかし、これはここで食いきれん量やな」
久長の言葉でハッとする。
日野とお茶するなら、これでも足りない量だと考えていたからだ。
いつのまにか食べ物の量への感覚が狂ってしまっていたらしい。
「荒木が持ってきたのは手作りだし今ここで全部食べて、後は分けて持ち帰ろうか」
蒔田の提案に
「小分けできる袋、持ってこなかったの失敗だったね」
野坂が難しい顔をする。
今日はいやに大人しい近戸(ちかと)が
「あ、俺、ジップロック持ってるから、それに入れようか」
そう言って鞄から人数分のビニール袋を取り出した。
「用意ええな、こうなる展開、予想してたな?
ほら、野坂、エスパー?って聞いたりや」
茶化すように久長が言うと
「いや、カリカリを小分けにしようと、学校に来る途中で買ったんだ
俺だけ土産物持ってきてないのに、袋だけ用意しててごめんな」
近戸は照れくさそうに笑っていた。
しかしその笑顔には力がないように感じられた。
「また猫かいな、ほんま猫好きなんやな
チカやんはバイトで疲れとんのやろ?勤労青年にたかろうなんて思っとらんから気にすんなや」
「1日から5日まで5連勤、客が多くてやることイッパイあったから1日10時間位働いてたよ」
近戸の言葉に蒔田以外は絶句する。
「10時間なら普通だよね
収穫期の農家だと14、5時間労働もざらだけど」
その感覚の違いに
「僕、好き嫌い無くします」
「農家の皆さん美味しいお野菜ありがとさんです」
「今日もご飯が美味しいのは、農家の皆様のおかげです」
「感謝しかない…」
俺達は祈りを捧げる事しか出来ないのであった。
ミイちゃんのお屋敷に行ったGWの楽しい気分は、帰ってきてからも続いていた。
しっぽやでのバイト中でも、ふとした瞬間にあの山の空気と気の良い武衆達を思い出してしまう。
「あー、明日から学校か
一気に日常に戻っちゃうなー」
俺は壁に掛けてあるカレンダーの日付が、現実を突きつけているように感じていた。
日野からメールが来るので、お屋敷が今どんな状況かは確認できていたが、自分で体験したかったと言う思いも拭いきれなかった。
「黒谷が揚げたゴマ団子、武衆の皆は凄く喜んでたって
揚げてある甘いもの、皆好きだもんね
で、ミイちゃんは『豆花(トウファ)』がツボに入ったらしくレシピを教えて欲しいって日野に頼み込んだらしい
確か中華系ファミレスの今期のスイーツじゃなかったっけ?
ミイちゃんがこっちに来たら、連れてってあげたいな」
俺は黒谷の代わりに所長席に座る白久に話しかけた。
「きっとお喜びになりますよ
しかし、そう言われると私も気になりますね、今度一緒に食べに行きませんか」
「うん!最近行ってなかったもんね
麻婆豆腐とか、学食に無いメニュー食べたいな
いつか、横浜中華街とかも行ってみよう」
雑談をしながら、俺はしっかりとデートの約束も取り付けていた。
「ミイちゃんのお屋敷って、そんなに良かったんですか?
夏に修行に行くの楽しみになってきた」
タケぽんが冷たい麦茶を持ってきてくれる。
氷と氷が触れあう爽やかな音がした。
山では肌寒く感じることもあり夜は上着が手放せなかったが、帰ってきたこちらは初夏を思わせるような陽気だった。
「標高が違うせいか、都市熱のせいか、こっちはもう初夏だね
タケぽん、山の寒さを舐めるなよ
夜になるとうんと冷え込むんだ
夏でも上着持って行かないと風邪引くぜ」
俺は先輩ぶって、蒔田に注意されていたことをもっともらしく言う。
「高さはそんなに無いけど滝があるから、滝行とかする時はハスキーが降ってこないことを祈るんだな」
「え?え?なんスかそれ?」
このアドバイスは自分で言ってて意味不明だと思ったが、真夏の川だしあの2人が滝遊びに興(きょう)じる可能性は高かった。
「俺も夏休み中に何日か泊まりに行きたいな
日野も行きたがるだろうし、和泉先生も来るかもしれないし、離れの争奪戦になりそう」
「でも、ミイちゃんのお屋敷って凄く広いんでしょ?
泊まらせて貰う部屋なら、いっぱいあるんじゃないですか?」
色々と状況が飲み込めないタケぽんは首をひねるばかりだった。
「ま、離れに泊まらせて貰えばわかるって
使った後のシーツ類は、自分で洗濯すること
乾燥機付き全自動洗濯機あるから、楽だよ
着替えを持って行くのも最低限ですむしね」
「確かに、汗かいたり汚した時とか洗濯できると便利かも
俺、山道で滑りそうな予感しかしないから
汚しても良い古いTシャツやジャージを修行用に持ってこっと
山で修行までするんだ、もっとひろせの役に立てるよう、能力上げて帰ってこなきゃ」
タケぽんはやる気満々で力こぶらしき物を作って見せた。
武衆の犬達を見た後だとタケぽんに筋肉が付いたと思ったのは錯覚だったのでは、と感じたが
「あの山の中を犬と一緒に走り回れば、良い運動になると思う
せっかく筋肉付いてきたんだ、頑張れ」
俺はそうエールを送っておいた。
「荒木、武衆達に巻き寿司を作ってあげたんですってね
皆、とても喜んでいました」
ニコニコしながらひろせが話しかけてくる。
大型犬好きのひろせはお屋敷にいる間、武衆の犬達に可愛がられていたので今でも連絡を取り合っているようだ。
「俺に出来る、唯一の得意料理だからね
でも、炊事係の彼らの方がキレイにきっちり巻いてたよ
やっぱ年季が違うって思った」
「彼らにとっては『自分たちのために人間がなにかをしてくれる』と言うことが嬉しいんですよ
皆、新しい飼い主と向き合うこと、前向きに考えるようになってました
本当にありがとうございます」
ひろせが頭を下げると、柔らかな髪がふわっと広がった。
「それでお礼に、と思ってクッキー焼いてきたんです
大学で出来たお友達にりんご農園の方がいる、と言っていたからりんごクッキー作ってみました
中にりんごジャムを入れて、ドライアップルを飾ってみたんです
りんごのプロに食べてもらって、出来映えを聞いてみたいな、って下心もあったりします」
ひろせは可愛らしく舌を出し、大きめの包みを手渡してきた。
「ありがとう、早速明日学校に持って行って皆で食べてみるよ」
俺の言葉で、ひろせは華やかに微笑んだ。
そんな俺たちのやりとりを見て
「あー、もー、ひろせは可愛いなあ、マジ天使!」
しっぽやに、タケぽんの雄叫びが響きわたるのであった。
翌日、久しぶりに登校した俺は昼休みの食堂でひろせのクッキーを皆に振る舞った。
知らない人(猫だけど)の手作りお菓子なんて引かれるかと思ったが、皆は気にすることなく口にしてくれた。
「美味しい!プロの作ったお菓子みたいだっよ
ちょっとしっとりしたクッキーにりんごジャム、良いね!
ドライアップルものってるしりんご感満載!
ただ、ドライアップルを焼くと風味が飛びすぎるかな、生でいきたいところだけど日持ちが問題になるか
コンポートの方が良いかも
りんごお菓子の展開、やってみたいんだよね
そうすれば、台風で落ちたりんごの使い道も広がるし
荒木、これ作ってくれた人にうちのりんごあげるから、日持ちして手軽に食べられるお菓子の開発、お願いできないかな」
さすがはりんご農園の息子、いつもは大人しい蒔田(まいた)はりんごが絡むと饒舌になった。
「良いよ、アップルパイも工夫してチャレンジしたいって言ってたし
りんごって、お菓子の幅ひろいのな」
「そうそう、1日1個のりんごで医者いらずって言うし、身体にも良いんだよ」
盛り上がる俺たちに負けない勢いで
「よっしゃ、次は俺とマイタンの東京観光の成果を見せたるわ!」
久長(ひさなが)が大きめのビニール袋を取り出した。
「お約束の、雷おこしや!
何や、ぎょーさん味があるねんな
よお分からんから、詰め合わせの大袋買(こ)うてきた
実家にも送ったら、オカンが飴チャンの代わりに『雷ちゃん』言うて近所に配って歩いてるって、ねーちゃんから連絡きたわ
そこは『おこしちゃん』やろって、うちのオカン、ほんとボケに徹しとるやろ」
早速封を開けて、皆で中身を確認する。
「抹茶味、ミルク味、アオノリ味、チョコ味、これはオーソドックスなやつか」
「こっち、ゴマだって
僕が子供の頃にお土産でもらったのと違って、美味しそうじゃん
あ、僕もお土産があるんだ
休み中、従姉妹が遊びに来てたんだけど、叔母さんに山ほどお土産持たされててさ
食べきれないから持ってきた」
野坂(のさか)が鳩の形のサブレが入った箱をテーブルに置く。
その上に、犬の顔をしたサブレの箱も置いていた。
「どんだけサブレやねん!」
すかさず久長が突っ込むと
「もう、うちの家族で散々突っ込んだよ
叔母さん、可愛い形のお菓子見ると、見境無く買っちゃうんだよね
『お土産』ってなると、歯止めがきかなくなってさ
これ、別に叔母さんとこの名物ってわけじゃないんだ」
野坂はため息を付く。
「で?従姉妹って可愛い子なんか?自分、GWはウハウハやったんとちゃうの?」
久長が野坂をウリウリと肘でツツいている。
「中2と高1のキャピキャピ姉妹
2人で原宿でクレープ食べたいだの服を買いたいだのウルサくて
挙げ句の果てに渋谷のスクランブル交差点を見たいって言い出してさ
交差点だよ?そんなのどこにでもあるじゃん」
野坂は心底呆れた顔をする。
「彼女達の世話は母親に丸投げして、僕は予定通り映画を見に行って、原作読み返して、積ん読を3冊消化した
有意義なGWだったな」
最後は満足そうな野坂に
「で、3冊読んで5冊買うた、と
積ん読、増えとるやん」
久長が突っ込んだ。
「え?何で分かったの?エスパー?」
慌てる野坂に
「マジか…ボケたつもりやってんけど」
さすがの久長も呆れた顔を見せていた。
「しかし、これはここで食いきれん量やな」
久長の言葉でハッとする。
日野とお茶するなら、これでも足りない量だと考えていたからだ。
いつのまにか食べ物の量への感覚が狂ってしまっていたらしい。
「荒木が持ってきたのは手作りだし今ここで全部食べて、後は分けて持ち帰ろうか」
蒔田の提案に
「小分けできる袋、持ってこなかったの失敗だったね」
野坂が難しい顔をする。
今日はいやに大人しい近戸(ちかと)が
「あ、俺、ジップロック持ってるから、それに入れようか」
そう言って鞄から人数分のビニール袋を取り出した。
「用意ええな、こうなる展開、予想してたな?
ほら、野坂、エスパー?って聞いたりや」
茶化すように久長が言うと
「いや、カリカリを小分けにしようと、学校に来る途中で買ったんだ
俺だけ土産物持ってきてないのに、袋だけ用意しててごめんな」
近戸は照れくさそうに笑っていた。
しかしその笑顔には力がないように感じられた。
「また猫かいな、ほんま猫好きなんやな
チカやんはバイトで疲れとんのやろ?勤労青年にたかろうなんて思っとらんから気にすんなや」
「1日から5日まで5連勤、客が多くてやることイッパイあったから1日10時間位働いてたよ」
近戸の言葉に蒔田以外は絶句する。
「10時間なら普通だよね
収穫期の農家だと14、5時間労働もざらだけど」
その感覚の違いに
「僕、好き嫌い無くします」
「農家の皆さん美味しいお野菜ありがとさんです」
「今日もご飯が美味しいのは、農家の皆様のおかげです」
「感謝しかない…」
俺達は祈りを捧げる事しか出来ないのであった。