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しっぽや(No.174~197)

俺たちが母屋に戻ったタイミングで、パラパラと雨が降り出した。
お座敷の窓から見る雨と濡れそぼる緑が、何だか幻想的だった。
「あんなに晴れてたのに本当に急に降り出すんだね」
「ゲリラ豪雨に比べれば、まだ予兆があります」
俺たちの会話を聞いて
「ゴリラ芸雨?」
「ゴラリ鯨雨?」
ハスキー達は首をひねっていた。

「せっかく来ていただいたのに雨になって残念ね
 離れで白久と2人、ゆっくりしていて良いのよ
 おやつの時間に軽食のサンドイッチをお届けに行くわ
 これも、和泉が来たときの定番
 どちらかと言うと、パンの耳を揚げて砂糖をまぶした物が皆には大人気なの」
人数分の湯飲みがのったお盆を持って、ミイちゃんが座敷に入ってくる。
「「ヤッター、パン耳、パン耳」」
ハスキーはそろって浮かれ出した。
「美味しそう、そういえば俺も婆ちゃんに作ってもらったことあったな」
俺の言葉で白久が真顔になった。
それは、俺が喜びそうな物をインプットしているときの顔であった。

「俺も、皆に何かしてあげたいんだ
 今夜の夕飯は俺が作って良い?
 と言っても、自分一人で全部出来る訳じゃないから、皆にも色々手伝って欲しいんだけど
 かえって迷惑?」
俺の問いかけにミイちゃんもハスキー達も目を見開いた。
「自分の飼い犬でもない私達のために?」
呆然とした顔のミイちゃんが呟いた。
「うん、ここに来て皆に良くしてもらってるから
 あ、材料費とかどうしよう
 もう夕飯のメニューって決まっちゃってるのかな」
自分の思いつきで1人で盛り上がっていた俺は、急に恥ずかしくなってくる。

「材料は全てこちらで用意いたします、必要な物を何なりとお申し付けください
 武衆総出で買いに行かせます
 荒木が作ってくれる夕飯、とても楽しみです」
ミイちゃんはどこか切ないような大人びた表情で微笑んでいた。
「白久は、本当に良い飼い主を選んだのですね」
「はい、最高の飼い主です」
誇らかに宣言してくれる白久の言葉は、いつ聞いてもくすぐったくなるような喜びを俺にもたらしてくれるのだった。


それから必要な材料をメモに書き出していく。
自分たちの好きな物も買って良いと言われ、犬達のテンションは上がりまくっていた。
「おやつ的なものじゃなく、おかずを選んでね」
そう注意しておかなければ陸は月餅を買ってきそうだった。
雨が止むとハスキー含め8人の犬達がお使いに出かけて行く。
波久礼も町に出たがっていたが、まだ子猫がうろうろしている時期なので皆は必死に引き留めていた。
「皆が買い物に行って留守にしちゃう間、波久礼がここを守らなきゃ
 何と言っても武衆の長だもんね
 生け簀の魚を狙ってカラスとか来るかもしれないじゃん
 盗まれたら武衆の沽券(こけん)に関わるよ」
俺の言葉で彼は渋々引き下がってくれた。
「私より、荒木の方が波久礼の手綱を握るのが上手そうね」
ミイちゃんはそんな俺たちを見て楽しそうに笑っていた。

炊事係の犬達にも手伝って欲しい旨を告げると、彼らは喜んで頷いてくれた。
料亭で飼われていた紀州犬と、洋食屋で飼われていた和犬ミックス、どちらも生前は残り物を貰っていたらしく(今だったらタマネギや塩分の関係で絶対ダメ)味にうるさい犬達なのだ。
「それなら今日は味噌汁ではなく、澄まし汁にしましょうか」
「バイキング形式でやった方が良いかな、大広間に長卓並べてさ
 あいつら食うの早いし、事前に山盛り作っとかねーと間に合わなくなるぜ
 俺らも巻くの手伝おう、人間との共同作業なんて嬉しいじゃないか」
「近所でお葬式があると、あのお方が差し入れによく作ってましたっけ」
「うちは、あのお方のお子さま達の運動会に持って行ったな」
2人は生前を思い出したのか、ちょっとしんみりした空気になってしまうが
「皆が買い物から帰ってくるまで、少し休んでいてください
 私達はサンドイッチを作っておきますから」
「パン耳揚げておかないと、皆に恨まれちまう」
直ぐに朗らかな顔になった。
その言葉に甘え、俺と白久は離れに戻っていった。


今回、俺が作る夕飯は巻き寿司だった。
さんざん練習したため、まだ手が巻き方を覚えている。
白久や炊事係の犬達も手伝ってくれるし、早い時間から始めれば大量に作れそうだった。
「食べてる間も目の前で巻いたら受けるかな」
「もちろんです、皆、感激しますよ!月餅より断然荒木の方が上です!」
比べる対象がおかしいが、それでも嬉しくなる。
「俺も皆と一緒に屋敷でサンドイッチ食べて、どんな具を巻いて欲しいかアンケート取るよ
 肉一択な気もするけど、それを考えて肉はローストビーフとかチャーシュー、サラダチキンに限定しておいたんだよね
 焼き肉とかだと肉の油でご飯がまとまってくれないからさ」
「皆の前での飼い主との共同作業、楽しみです
 私達を見れば、皆も新たな飼い主が欲しいと思いますよ」
白久には俺の考えていることがお見通しのようだった。
「うん、そうなって欲しいなって思ってる」
俺は笑って正解のご褒美に彼に口付けするのだった。



皆が帰ってきてからは、あっという間に時間が過ぎていった。
軽食を食べながら巻いて欲しい具を聞くと、やはり『肉』が1番人気だった。
海は海鮮を巻いてもらいたがって、刺身の柵や〆鯖、カニかま等、色々買ってきていた。
犬が気にするかわからないけど、彩りと栄養を考えてほうれん草やレタス、キュウリ、貝割れ、アサツキも頼んである。
卵や海苔も大量に買ってきてもらった。
オーソドックスな酢飯の他に、変わり種用には屋敷にある調味料を使わせて貰うことにする。
食べ終わって一息付くと、作業を開始した。


ここのご飯は竈で炊いているので澄まし汁と共に炊事係の犬達に任せ、俺と白久は具を用意していった。
と言っても、1から作るのは卵焼きくらいだろうか。
肉は加工されているので巻きやすい大きさに切るだけだし、カンピョウは味が付いた物を買ってきてもらった。
野菜を洗って水気を切るためにザルに置いていく。
刺身の柵や〆鯖は棒状に切り、冷めた厚焼き卵を切ると具の事前準備はほとんど終わった。

「あ、ウインナーも買ってきてる
 これは巻き寿司に入れるより、アレ、作らない?」
「思い出の味ですね」
俺と白久は二ッと笑う。
不思議そうな顔の炊事係の前で、俺は唯一の得意料理とも言えるオムウインナーを作っていった。
料亭や洋食屋のメニューに比べたら子供の料理みたいなそれを、2人はとても褒めてくれて照れくさいやら嬉しいやら、顔が盛大に笑ってしまった。
炊きあがって蒸らし終わった大量のご飯(2升分、さらに2升追加炊き中)に寿司酢やゴマ、アオノリ、オカカを混ぜて俺たちは手分けして巻き寿司を作っていった。

オーソドックスな巻き寿司は料亭の彼に任せ、他は変わり種を巻いていく。
「薄焼き卵でオカカご飯を巻くなんて、和風オムレツ的じゃん
 成る程なー、直ぐ食べるし日持ちとか考えなくて良いからか
 牛肉にはワサビじゃなくてホースラデッシュね、案外海苔に合いそう
 鳥はワサビが鉄板だな」
最初こそおっかなびっくり巻いていた洋食屋の彼は、直ぐにコツをつかみ手早く巻いていた。
2人とも俺よりずっと手際が良かった。

最初に用意したご飯を全て巻き終わり切り分けると、大皿に盛りつけて大広間の長卓に運んでいく。
炊きあがった2陣のご飯にまた色づけし、残りの具と一緒にそれも持って行った。
そして8時過ぎには巻き寿司パーティーの夕飯が始まった。


巻き寿司は皆に大好評で、喜んで食べてくれた。
「肉!肉が寿司になってる!すげー!」
「海鮮巻きに、トビッコのせてみよっと」
「オーソドックスなやつの具に、マヨ醤油ぬるとひと味違うな」
「これ中身がオカカご飯だ、ソシオが居たら喜んだだろうな」
「何これ、卵焼きの巻き寿司?」
「そちらは荒木との思い出のリンゴ巻き寿司です
 カニかまと貝割れで、断面がリンゴのように見えるでしょう
 こちらの卵焼きで巻いたウインナー、これも思い出の味なんです」
目の前で希望を聞いて巻いていくと、さらに場が盛り上がる。
彼らは人間が自分のために何かをしてくれる状況に感激しているようだった。
「荒木は私の飼い主です、新しい飼い主が居ると言うことはとても幸せなことですよ」
白久が誇らかに宣言すると、皆は少し羨ましそうな視線で俺を見るのだった。


大成功の巻き寿司パーティーを終え、お茶を飲んで一息付くと温泉に入りに行く。
脱衣所や洗い場で会う犬達は、昨日より親しげに話しかけてくれた。


温まって離れに戻り、荷物を整理する。
「明日には帰るんだね、ちょっと名残惜しいや
 夏休みとか、また遊びに来たいな」
「皆、喜んでくれると思いますよ
 私としては、荒木が他の犬に好かれるのは複雑な心境ですが」
白久はそう言って俺を後ろから抱きしめた。
「じゃあ、俺が白久だけのものだって証明して」
俺は回されている白久の手を取り口付けする。
「かしこまりました
 私も荒木だけのものです」
俺たちは向かい合って、熱く唇を合わせた。

「っとその前に、アラームかけとこう
 明日は日野達とランチだから、ちゃんとした時間に起きないとね
 眠かったら帰りの電車で爆睡コースってことで」
「飼い主との電車旅行とは、良いものですね」
白久はしみじみ頷いて、俺を強く抱きしめた。
温泉で温まったものとは違う熱が、2人の身体を支配していくのがわかった。
俺達はその熱の赴くまま、山での最後の夜を堪能する。
気兼ねなく声が出せる状況に、俺はまた激しく声を上げてしまった。
白久はそれに反応していたのだろう、いつもより荒々しく何度も俺を貫いてくれた。


快楽に溺れ、気絶するように意識を手放した俺は、スマホのアラームで起こされた。
流石に白久も疲れていたのか、寝たのも起きたのも俺と同時のようだった。
「おはよ」
「おはようございます」
そっと唇を合わせ
「最高のGWだった、まだ少し残ってる山での時間も有意義に過ごしたいな」
俺はそう言って微笑んだ。
「私にとっても最高のGWになりました
 残りの時間も荒木のために尽くします、何なりとご命令を」
健気な愛犬に
「じゃあ、まずはシャワーを浴びて洗濯だ」
俺はそう答え、満ち足りた気分でベッドから抜け出すのであった。
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