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しっぽや(No.174~197)

side<ARAKI>

ミイちゃんのお屋敷で過ごす2日目の朝、俺と白久はシャワーを浴びてから洗濯を始めた。
『流石に、このシーツ洗ってもらうの悪いもんな
 ついでに昨日着てた服も洗っちゃえ』
乾燥機付きの全自動洗濯機なので、俺にも使い方がわかるので助かった。
「せっかくだから乾燥機じゃなくて、外に干した方が良いかな?
 天気良いから、日に当てた方がサッパリしそう」
俺の言葉に白久は悩んでいる顔になった。
「ちょっと、外の様子を見てきます」
ドアに向かう白久を追いかけて俺も外に出てみる。
早朝の爽やかな気配とはいかないまでも、少し暖かな風が頬をくすぐり緑が目に鮮やかだった。

白久は少し上向き具合で空を見ている、というより何だか空気を嗅いでいるようだった。
町の匂いがしない山の空気を堪能してるのかと思っていたが
「天気が良いですが空気が少し湿気ってますね、昼頃に一雨来そうです
 しかし山の天気は変わりやすいですし、長くは降らないでしょう」
白久はそう言って微笑んだ。
「そっか、じゃあ時短になるし乾燥機使おう
 白久が居ると便利」
俺は感心して頷いた。
「いえ、街中のゲリラ豪雨には気がつけませんよ
 本当にあっという間に降り出しますから
 それに、山の天候の推移は久那の方が正確に嗅ぎ分けられます
 生前の死因に関係したとかで、ここにいる間は熱心に勉強していました
 陸と海も同様です
 橇(そり)犬だった陸は雨が降ると悪路になるし、漁船に同乗していた海は時化(しけ)ると命に関わると言っていました
 今は安全な場所で雨を楽しめて良いと、真夏の夕立の中、庭で転げ回って遊んだりしていますが」
白久はどこか遠い遠いところを見る目になった。
泥だらけの大型犬2匹、屋敷に入れる状態になるまで洗うのは相当重労働そうだった。

「じゃあ、乾燥コースに変更して、終わるまで朝御飯食べに行こうか
 この時間じゃ、もうブランチだけど」
「はい、何時でも飼い主と一緒に食べるご飯は美味しいですからね
 楽しみです」
俺たちは顔を見合わせて笑い合い、洗濯機のコースを切り替えると母屋に向かって行った。


母屋の玄関を開けると、ちょうどミイちゃんに出くわした。
「そろそろかな、と様子を見に行こうと思っていたの
 丁度良いタイミングね」
微笑むミイちゃんに
「こんな時間まで寝ててすいません」
俺は頭をかいて苦笑する。
「ゆっくりしてくれたなら、何よりよ
 今回は荒木と日野の『受験お疲れさま慰安旅行』みたいなものだから
 和泉と久那が来た時の定番ブランチを用意してあるの
 どうぞ、大広間へおいでください」
ミイちゃんに促されて大広間に向かうと、昨日と同じように人数分の膳が設えられていた。

「え?もしかして俺たちのこと待っててくれたの?」
全ての膳にオニギリが置いてあるのを見て、俺は慌ててしまった。
「いいえ、皆もう朝ご飯は食べたの
 これは、お客様が来たときだけの特別おやつよ
 荒木と白久はおかずも召し上がれ
 和泉によると『山で食べると美味しいお昼のNo.1』だとか
 久那が喜ぶからこれにしてくれ、って頼まれてるの
 久那は可愛がってもらっているのね」
ミイちゃんが置いてくれたお皿には、卵焼きとソーセージがのっていた。
炊事係の武衆が味噌汁が入った椀を皆に配り、『いただきます』の挨拶でブランチの始まりになった。


卵焼きは俺の知っているものと、色が違っている。
ほんのりオレンジ色のそれを口に入れると、濃厚な卵の味が口の中に広がった。
味付けは塩だけのシンプルなものだったから、余計に卵の旨味が感じなかられた。
「こんなに濃い卵、初めて食べた!」
感動する俺に
「地元で採れた新鮮な卵よ、放し飼いにしてあまりストレスをかけないよう育てているとか
 ソーセージも地元の物なの、ジューシーな肉汁が売りなんですって」
微笑むミイちゃんに促されソーセージを口にすると、あふれそうなくらいの肉汁が口内に流れ込んできた。
「!!!」
言葉が出ない俺を見て、ミイちゃんは満足そうだった。

オニギリは4個あって、わかりやすいよう具が少し上に乗っている。
シャケ、オカカ、こんぶ、ツナマヨ、どれも定番でご飯にぴったりだ。
まだほんのりと温かいオニギリが嬉しかった。
口の中でほろほろとほどけていくご飯は少し甘くて、具と混ざり合うと違った旨味が感じられる。
味噌汁は豆腐、ほうれん草、油揚げ、これもシンプルだけど組み合わせは最高だった。
こちらも地元産の物のだと教えてもらった。
お屋敷の化生達は山奥に隠れ住んでいるとばかり思っていたけど、地元の人ともきちんと交流してるようだった。

大満足のブランチを食べ終わる。
「白久、これで足りる?」
「荒木のより大きいオニギリなので大丈夫です
 オニギリの時は三峰様が握った物より、手の大きい大型犬が握った物の方が人気なんですよ」
白久は悪戯っぽそうに笑っていた。




ブランチの後、俺と白久は離れに戻り洗濯物を片づけた。
「降り出す前に、少し山を散策しますか?」
白久にそう誘われたが
「途中で降り出されたら、舗装されてないぬかるんだ道を歩くの大変そう」
俺は躊躇してしまう。
でも、せっかく山にいるし外の空気を吸いたかった。
「庭を見せてもらうだけなら大丈夫かな」
俺は離れの窓から外を見る。
昨日は母屋の中と山の散策をしていたので庭を見ていなかったのだ。
「お供いたします」
張り切る白久を従えて、俺は外に向かった。


「広!これ、どこまでが庭なの?」
塀や垣根で区切られていない庭は、直接山に繋がっている。
多分、下草が抜かれている所が庭なのだろうが、歓迎会の時に行った料亭の庭なんて目じゃないくらい広かった。
「お屋敷自体が広いから庭も凄いね
 こんなに広いなら、野菜とか作ればいいのに」
俺が言うと
「彼らは植物を育てることに関心がありませんから」
白久は苦笑する。
「でも、私は荒木が喜んでくださる顔が見たいのでバジルには関心があります
 香草類を育てれば、薬味が欲しいときに便利だと気が付きました」
「うん、植物を育てる犬って本当に凄いと思うよ
 白久は凄い」
俺に褒められて白久は満面の笑みを見せていた。

「この庭で食べられる植物といえば、あそこにある柿ですね
 収穫して干し柿を作ります
 甘い干し柿になると思えば武衆が団結して作業に当たりますから、毎年大量に出来るんです
 もっとも、あっという間に食べてしまうそうですが」
白久の言葉で俺は示された木に目を向ける。
大きくて立派な柿の木が5本ほどあった。
全部の木がたわわに実をつけたら、かなりの量が出来上がりそうだ。
「実りの季節には山にアケビや栗、クルミを採りに行ったりもしますね
 キノコ類は山菜に比べれば熱心に探す方でしょうか
 時には害獣駆除の手伝いをして、肉を分けてもらったりしているようですし
 大型の山の獣は適正な個体数を維持できないと、人里に被害が及びますから」
「地元の人とも交流しつつ、自足もしてるんだ」
俺が感心すると
「山の中を歩き回るのも鍛錬の一環ですし、屋敷周りの異変も察知できます」
白久は真面目な顔で頷いていた。

水音がする方向に歩いていたら、見知った姿に遭遇した。
と言っても、カズハさんと違ってビミョーに区別は付かない。
それはハスキーの陸と海だった。
2人は先ほどの白久と同じように空気の匂いを嗅いでいるようだ。
「降り出しそう?」
俺が聞くと
「そろそろヤバいかな、生け簀が溢れるほどじゃない、通り雨だ」
そう答えたのは海だろう。
「今日は魚を捕りに行かないの?」
「うーん、上流がどうなってるかわからないから、止めとくよ
 それが海と違うとこだな」
「俺も、鍛錬で走りに行くのは山道の様子見だ
 身体がなまっちまうが、しかたねえ」
自分の得意分野に関しては、流石のハスキーも浮かれた態度にならないのは流石だと思った。

「海は以前に上流が大雨だと三峰様に注意されたのに漁にでて、かなり流されたんですよね
 陸は雨の山道で滑って崖から転落、かろうじて突き出ていた木に引っかかって九死に一生を得たと聞いております」
白久が言うと
「「ま、そんな時もあるぜ」」
ハスキー達は豪快に笑っていた。

「生け簀ってどんなのか見てみたいな、良い?」
俺が聞くと
「おう、こっちこっち、湧き水引いて水が流れるようになってんだ
 鯉の泥吐かせる場所にも使ってる」
海が率先して歩き出す。
「俺も見に行くか、鯉濃(こいこく)ちゃんを
 俺、洗いより断然鯉濃派!甘露煮も捨て難いけどな」
陸も後に続き、俺は大型犬3人と移動した。


生け簀はタタミ2畳分くらいだろうか。
少し小高い場所から、生け簀に水が流れ落ちている。
先ほどから聞こえていた水音はこれだったようだ。
溢れないのかと思ったら水を逃がす場所もちゃんとあった。
昨日俺が手伝って捕った魚が泳ぎ、底の方では丸まるとした黒い鯉が胸ヒレを動かしていた。
「大きい!この鯉って海が育てたの?」
驚く俺に
「いや、業者から買い付けてんだ、俺はチマチマ育てるのは性に合わなくってさ
 今夜はどうすっかな、今からじゃ甘露煮は間に合わねーな
 囲炉裏で鯉濃でもすっか」
食に関する事だからだろうが、海は真剣に悩んでいた。

『何かもてなされてばっかりで、何にもしないの悪いかも
 日野だったら、何か手伝えることあるんだろうな
 あいつの方が料理出来るし
 俺も化生のために何かやってあげたい』
そう考えて、ハタと思いついた。
『そうだ、俺にだって作れる物があるじゃん
 あれだけ練習したし、今ならまだ手が覚えてる』
「白久、俺、今日の夕飯作りたい」
白久は直ぐに察してくれたようで
「お手伝いいたします、三峰様や炊事係と相談し具を揃えましょう
 雨が上がったら、皆に買い物に出てもらいます
 陸、海、活躍お願いしますよ」
白久に言われハスキー達は頭に『?』マークを浮かべながらも頷くのであった。
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