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しっぽや(No.11~22)

次の日店に行くと、樋口は俺を見て瞳を伏せてしまった。
『えっ?何で?昨日けっこう良い雰囲気になれたと思ったのに
 俺の今日の格好、ダサかった?』
俺は気分が沈み込んでしまうが、努めて明るく
「こんにちは」
と声をかけながら近付いて行く。
「あ、あの…、クリーム、昨日の夕方に売れてしまったんです」
樋口はションボリとそう言った。
クリームの入っていたケージは空になっており『新しい家族が決まりました』という紙が張り付けてある。

「そっか良かった、あいつ明るくて元気だから気に入ってもらえたんだな」
嬉しくなった俺が笑うと、樋口もホッとした顔になる。
「今日は別の子を抱っこしてみますか?
 ブラックタンのミニチュアダックスもいますし、クリームと似た毛色のトイプードルもいますよ」
樋口がそう言うと、俺とクリームが楽しそうに遊んでいるのを見ていた子犬たちが
『クウおじちゃん、今度は僕と遊んでー!』
そう、一斉に騒ぎ始めた。
「順番、じゅーんーばーん!
 お前ら、いい子にしてないと買ってもらえないぞ?
 てか、俺の事はお兄ちゃんと言え!」
俺は先輩ぶって、子犬たちをそう諭してやった。

クロタンと呼ばれているミニチュアダックスと遊んでやりながら
「あの、樋口…さんの休みっていつですか?」
俺は思い切ってそう聞いてみる。
彼と2人っきりになれるところに行きたかった。
「明日から3日休みなんです
 姉の結婚式があるから、旅行もかねて東北の方に行くんですよ
 僕は仕事で明日からですが、親は今日から行って観光してます
 あ、でも、大丈夫ですよ
 店の他の人に空さんの事言っておきますから、僕が居なくても犬を抱っこさせてもらえます
 また来てくださいね」
樋口の答はショッキングなものだった。

「そう…なんですか…」
『俺も3日後には三峰様んとこに帰んなきゃいけないし、もう樋口に会えるチャンスが無い』
彼と離れなければいけないと思うと、涙が出そうになる。
「あ、あの、今日、仕事の後、時間ありますか?
 一緒に食事したくて…
 なんつーか、もっと色々話をしたいなって…
 って、いきなり、ダメ…ですよね…」
俺の言葉の勢いは徐々に小さくなり、最後は呟きでしかなかった。
樋口はビックリした顔で俺を見ている。
彼にとって、俺は客の1人でしかないのだ。
その事実は、俺には辛いものだった。

「本当はお店の内情とか、お客様に教えてはいけないんですが…
 クリームの事なら、少しお話出来ますよ
 どんな人に買われたか、とか、気になりますもんね
 でも、他の人には絶対言わないでくださいね」
樋口の言葉に、俺は今度は喜びのあまり涙が出そうになる。
「はい!絶対言いませんから!」
俺が言うと
「僕、今日はお昼で上がりなんです
 もう少ししたら迎えに行けますので、少し店内に居てください」
樋口はそう言ってくれた。
「はい!」
樋口の命令を聞くことは、俺に無上の喜びを感じさせた。



樋口と一緒にペットショップを出て、俺は誘いたいと思っていた店に案内する。
「ここって…ドッグカフェ?
 空さんって、本当に犬が好きなんですね」
樋口は笑ってくれたが、俺にとって勝手がわかる店といえば、こーゆー店しか無かったのだ。
店内に入ると犬達がチラリとこちらを見るが、流石に俺に吠え立てるような奴は居なかった。
ここで他の犬とトラブルを起こす事は、とてもヤバい事なのだ。
俺は隅の方の落ち着ける席に陣取った。
中川先生に教えてもらってカタカナの読み書きをマスター済みの俺は、勇んでメニューを開く。

「お、テリーヌ!
 これ美味いけど、物足りないんだよな
 やっぱここはローストビーフか?
 チキンライスってのも美味いんだよなー」
俺がメニューを見ながらあれこれ考えていると、ププッと樋口が吹き出した。
「空さん、それ、犬用のメニュー!人のはこっちです
 空さんって、明るくて面白い人ですね」
クスクス笑いながら樋口はそう言った。
「へへへっ」
俺は照れながらも、樋口が笑ってくれて嬉しい気持ちになっていた。
「僕はパスタにしようかな
 空さん、人用にはローストビーフサンドとかありますよ
 ポテトも付いてるし、けっこうボリュームある感じ」
樋口にメニューの写真を見せられて、俺はそれに決める事にする。

食事をしながら
「クリームを買っていった人、小学生のお子さんがいる家族でした
 お子さんがクリームを凄く気に入ってくれて
 名前もそのまま『クリーム』にするんだって
 首輪やリードを毛色に合うものにしよう、って真剣に選んで買ってくださいました」
樋口がそう教えてくれる。
「本当に良かった!
 気に入ってもらえる人と出会えたんだな」
俺は、自分とあのお方の出会いを思い出して、しみじみとした気持ちになった。
そして、どうやって樋口に飼ってくれと切り出すか悩み始めた。

「樋口…さんは、今、犬とか飼ってるんですか?」
俺はオズオズとそう聞いてみる。
「いえ、今は飼ってないんですよ
 僕は仕事があるし、姉は家に居ないし、両親も年をとってきたから散歩が大変ですしね
 でもやっぱり寂しいかな…
 小型犬でいいから飼いたいなー、なんて思ってますよ」
『なら、俺を飼ってください!』
危うくそう口にしそうになって、俺は咳払いをしてごまかした。
「きっと、良い犬と出会えますよ!」
俺が樋口を見つめながら言うと
「はい、そうですね」
彼は少しはにかんだように笑って言った。

『何か、良い雰囲気ってやつじゃねーの?
 言っちまうか、俺!頑張れ俺!!』
自分に活を入れ俺は思い切って
「あの…ちょっと聞いて欲しい話があるんです
 信じられないかもしれないけど、からかってるとかじゃなく
 俺の、本気の話なんです」
そう言って樋口の目をのぞき込むと、彼は戸惑いながら
「え?はい、何でしょう?」
そう聞いてくれた。
「その、俺は…」

チリチリチリ

そんな時、突然俺の胸に危険信号がともり始めた。
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