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しっぽや(No.174~197)

タオル類を貸してもらい、俺と白久は陸に案内されて温泉に向かった。
露天と内湯どちらもあり、洗い場のスペースも旅館並だ。
シャワーも完備されている。
「夏とか暑くて湯船になんか入ってられないからさー
 シャワーでチャチャッと流してんの
 風呂入ったら、1人1杯牛乳飲んで良いんだぜ
 白久と荒木も上がったら飲みな
 飲み終わったらコップは洗っておかないと、めちゃ怒られるからな
 残りの量がビミョーなときは、全部飲んじゃってOK
 そのかわり、飲み終わったパックを洗っておくこと」
広い脱衣所で服を脱ぎながら陸が説明してくれる。
陸が開けた小型の冷蔵庫には、1リットルのパック牛乳がみっしり詰まっていた。
「たまに、コーヒー牛乳だったりするんだ
 あれも美味いよな
 風呂上がりに何か飲むときは、腰に手を当てるのが作法だってゲンが言ってたぜ」
そう言って、陸は洗い場に入っていった。

「白久もここの温泉入ってた?」
「こんなに立派な建物はありませんでした
 石造りの簡素な場所だった記憶があります
 これは和泉やゲンが訪れるようになってから作られたのでしょう
 彼らはしっぽやだけでなく、三峰様のお屋敷にも新たな風を吹かせた様ですので」
ゲンさんや和泉先生の風はスケールが大きかった。

洗い場では陸が全身泡だらけになっていた。
「一気に洗って一気に流す、時間の節約だ
 後は露天につかって10数えれば、牛乳飲めるぜ」
陸は頭からシャワーを被って全身の泡を流すと、露天に移動していった。
「カラスの行水って言葉があるけど、陸もそんな感じだね」
呆気にとられて陸を見送る俺に
「荒木はきちんと温まってください、風邪をひいたら大変です
 陸は寒さに強いので大丈夫ですよ、何とかは風邪をひきませんし」
白久は俺に掛け湯をかけてくれた。
「本当は荒木に洗っていただきたいですが、ここは皆の目がありますので我慢いたします」
耳元でそっと囁かれた白久の言葉に
「影森マンションでならいくらでも洗ってあげる」
俺も囁き返すのであった。


髪と身体を荒い、俺たちも露天に移動する。
陸はとっくに出ていった後で、先に入っていた数人の化生達も1分と湯につからず出て行っている。
「身体が濡れてるせいか、寒いや」
俺は早足で移動して湯船に入る。
温かなお湯が外気で冷えた身体に心地よかった。
白久も入ってきて
「荒木、肩までつかってくださいね
 私は半身浴くらいにしないと、すぐ暑くなってしまいますが」
苦笑気味にそう言った。

「濁ってないし独特の臭いとかもないけど、これって温泉なんだ
 何か普通のお湯と変わらないね」
「塩泉らしいですよ、なので飲泉はできません
 身体が温まるのも早いので、熱くなってきたら上がるか心臓の位置まで身体を出してください」
「ふーん、温泉って色々あるんだ
 前に親父が土産で『湯の花』をもらってきたから、ちょっとだけ湯船に入れてみたら風呂場中に硫黄の臭いが充満しちゃってまいったよ
 肌がツルツルになるって母さんは気に入ってたみたいだけど、後の掃除を考えて使わなくなったっけ
 作り物でも入浴剤の方が便利だね」
「また、入浴剤で温泉旅行いたしましょう」
狭いユニットバスに2人で密着しながら入るのも良いけど、広い湯船でのびのびしながら話し込むのも楽しかった。

顔を上げると、満天の星空が見える。
「凄い!降るような星空って、こんな感じなのかな
 空気が澄んでるせいか、明かりが無いせいか、山の上のせいか、星が大きくてハッキリ見える気がするよ」
興奮して夜空を見つめる俺に
「成る程、気にしたこともありませんでしたが確かにそんな感じがいたしますね
 荒木には色々なことを教えていただけます」
白久は感心したように微笑んでくれた。
「白久に教えてもらうことも多いよ」
他に化生の姿がなかったので、俺は白久に近寄って感謝の口づけをするのだった。


温泉から上がって牛乳を飲み、服を着ると母屋に戻る。
行きあったミイちゃんに
「温泉はどうでしたか?」
そう聞かれたので
「温まってサッパリしたし、夜空が凄いきれいだった
 あの露天とか和泉さんの案?」
俺は逆に聞き返す。
「ええ、ゲンと和泉のお陰で、この屋敷も随分近代的になりました」
ミイちゃんはニッコリ笑う。
「俺も、もっと皆のためになること出来るように頑張ります」
「荒木は停滞を吹き飛ばしてくれる頼もしい存在です
 あなたの存在は、とても私達のためになっているのですよ
 また一つ新たな風を吹かせて、古き双璧を砕いてくれそうですね」
ミイちゃんの言葉はよくわからなかったけど、俺でも皆の役に立てているようで嬉しかった。

「明日の朝は、少し遅い方が良いかしら
 久那と和泉が泊まりに来ると、母屋に顔を出すのは10時過ぎるのよ
 そのくらいの時間の朝ご飯、『ブランチ』と言うそうね
 和泉は仕事柄、最近の言い方をよく知っているわ」
何故2人の朝が遅いのか察するものの、感心しきりのミイちゃんにそれを説明することは出来ない俺なのであった。


ミイちゃんに『おやすみ』の挨拶をして、俺と白久は離れに戻る。
壁の時計の針は、そろそろ10時を指そうとしていた。
「まだこんな時間なんだ
 テレビとかスマホを見ないと、1日ってけっこう長いんだね
 でも初めて体験したことが多くて、退屈って感じじゃ全然なかった
 大学の構内や授業内容も初めてのこと多いけど、ここでの初めての方が断然面白い」
ベッドに腰掛けて、俺は笑って舌を出す。
「荒木に楽しんでいただけて良かったです
 大学生活が始まり忙しくなった荒木に、羽を伸ばしていただきたかったので
 ここならゆっくり出来るかと思いましたが、何もなさ過ぎて退屈されてしまうのではないかと心配もしておりましたから」
白久も俺の隣に腰掛け、顔をのぞき込んできた。

「あんなにキレイな川に入ったのも、魚を捕ったのも、囲炉裏で料理した物を食べたのも初めてだった
 夜空があんなに明るいと感じたのも、その元で温泉に入ったのもね
 あ、白久に負ぶさって移動したのも初めてか
 初めはスピードありすぎて怖かったけど、白久に運んでもらってるって思うと、すぐ安心できたよ
 本当に白久は頼りになるね」
俺が笑顔を向けると、白久は誇らしそうな顔になった。
「荒木のために出来ることを増やしていくのが、今の私の生き甲斐です
 私の『初めて』は荒木がもたらしてくれます
 変化を楽しむという感覚も、飼い主と共に行動しているから生じる感情でしょう
 荒木と一緒なら、寝てばかりはいられません」
白久が近付いてくると、どうしてもその身体の熱を意識してしまう。

「控え室では寝てても良いんだからね
 猫達に頼られてるし、黒谷の声には反応出来るんでしょ?」
「はい、うたた寝ですので
 もう夢と現(うつつ)を彷徨(さまよ)いながら、大事な方が訪れてくれるという奇跡を待つこともありません
 飼い主は私の元に、必ず帰ってきてくださいます」
白久の唇が、俺の唇に触れる。
「今も荒木は、私の元に居てくださる」
何度も何度も、存在を確かめるようにキスをされた。
俺もそれに応えるように彼と唇を合わせ
「忙しくて会えないときも、白久のこと想ってるから
 必ず白久の所に帰るから、大丈夫だよ」
そう言って柔らかな髪をなでてやった。

「ん…」
唇を合わせあっていた俺達の身体は徐々に熱を帯びていき、キスは吐息も舌も深く絡ませあう濃厚な物に変わっていった。
「ここで、しちゃっていいのかな」
かろうじて残っていた理性が働き、そう声に出してみると
「大丈夫ですよ、久那に確認してあります
 シーツ類は自分達で洗濯しておけ、と言われました」
白久は悪戯っぽい顔でウインクした。
「明日、1番にやることが出来たね
 退屈を感じてるヒマなんて無いよ」
俺はちょっと笑ってしまう。
「そういえば、影森マンションの部屋以外でするの初めてだ」
「また、初めての思い出が増えますね」
それに気が付くと興奮が増していき、俺たちは性急にお互いの服を脱がしていった。


温泉で温まった後だからだろうか、肌寒く感じていた山の夜が直ぐにお互いの熱を感じあう熱いものへと変わっていく。
いつもとは違う部屋で白久の舌に刺激され、俺の欲望は加速的に煽られていった。
白久に貫かれ激しく動くと、肌が汗ばむほどの熱を感じる。
俺たちは一つに解け合う、熱い肉体の塊のようだった。
俺が想いを解放すると、白久もそれに応えてくれる。
何度も何度も俺たちは熱く繋がり、山での夜は更けていった。



いつ果てるともしれない繋がりの末、気が付くと俺たちは抱き合いながら幸福な朝を迎えていた。
「おはよ、いつ寝たか記憶にないや」
そう発した俺の声は、掠れている。
昨晩、声を出しすぎたようだ。
『母屋に聞こえなかったかな』
飼い主のいない化生には聞こえたところで状況はわからないだろうが、俺は恥ずかしくなってくる。
「おはようございます荒木、よくお休みでしたね」
白久は寝起きのキスをしてくれた。
彼の言葉で俺の方が先に寝落ちてしまったと知った。
時刻は9時を回り、日はとっくに高く上っていた。

「せっかく温泉でサッパリしたけど、汗かいちゃったね
 シャワー浴びてから洗濯しようか
 ああ、そのためにこっちにシャワーつけたのか」
「和泉の考えることは、合理的ですね」
「合理的というか何というか…
 和泉先生ってそーゆーとこ、ちょっとウラっぽいかも」
俺たちはベッドから起きあがり、行動を開始する。

「ブランチ食べたら、何しようか
 今日1日、自由だもんね
 天気も良さそうだし、また山の中散策するのも楽しそう
 白久が居るから安心だしさ」
「お任せください、山中で荒木に危険が及ばないよう全力で気をつけます」

頼もしい愛犬の言葉に満足感を覚え
『こんなに豪華で充実したGWの過ごし方って、初めてかも』
俺はワクワクする気持ちを抑えきれないのであった。
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