しっぽや(No.174~197)
side<ARAKI>
GWを利用してミイちゃんのお屋敷を訪れた俺は、ランチを食べた後、白久と一緒に近くの散策に出かけていた。
観光地化されていない山の中だけど、白久と一緒だから道に迷う心配はなかった。
見渡す山の中は色々な緑色が溢れかえっている。
深緑、萌葱、新緑、黄緑、『緑』を表す言葉が多い理由が分かるような光景が広がっていた。
「凄いね、緑の洪水って感じ」
「三峰様がいらっしゃる影響もあると思いますが、ここは豊かな山です
もっとも、冬は雪で真っ白になってしまいますが
ゲンと交流を持った後に、車が乗り入れられる道も確保してあります
きっちり舗装されているわけではありませんが、冬はその道を利用すれば麓(ふもと)までの買い出しが楽なようです」
「え?そんな広い道、気が付かなかったよ
まあ、見てたのは白久の背中だけだったけど」
「私達が登ってきた道とは逆方向です
一応、目眩(めくら)ましがかけられていて、普通の人間には見つけにくくしてあります
勘の鋭い人間には効きが悪いようですが」
何だかマンガや小説の中に出てきそうな場所の話だ。
「タケぽんとかナリみたいな人なら来れるの?
日野もそうなのかな」
「そうですね、しかし三峰様のかけた術ですから化生と共に暮らしていれば、日常感じている気配の一環として気付きやすくなると思います」
「俺でも、わかるかな」
つい、そう聞いてしまったのは『特別な能力』があるということに対する憧れがあったせいだろう。
「大丈夫ですよ
最初のうちは長瀞や久那に道案内されていたゲンも和泉も、今は車で1人でも来ることが出来ます
荒木も私の案内が無くても、いずれ1人で来れますよ
緊急事態が起きたとき三峰様を伴って移動できる飼い主がいることは、私達化生にとって頼もしいことです」
白久は頷いて力強く言ってくれた。
「まずは、免許取得が先なんだけどね」
俺は苦笑するが、白久に頼られることが嬉しかった。
暫く歩くと、鳥の鳴き声や虫の羽音に混じって水の流れる音が聞こえてきた。
「荒木、この先の川で海(かい)が魚を捕っております
きっと荒木は珍しがるだろうから来てみないか、と誘われているのですがいかがいたしますか?」
白久のその言葉でテンションが上がる。
「行く!魚捕ってるの見てみたい!白久も出来るの?」
「私はやったことがないのですが、荒木がお望みとあれば試してみます
自分で捕った魚を荒木に食べていただけると考えると、やる気が出ますね
新しいことにチャレンジしてみましょう」
俺たちはワクワクしながら道を下っていった。
川は俺が想像していたよりも幅があった。
「あちらの方は滝壺になっております
落ちたら死ぬほどの高さの滝ではありませんが、上流で川に近寄る際は十分お気を付けください
あそこから落ちて楽しむのは、武衆でもハスキーくらいしかいません」
白久はヤレヤレ、といった風に首を振った。
「うん、気をつける」
俺はここより上流の川を危険な場所として記憶に刻み込んだ。
下流の岸辺で海が網を投げているのが見えた。
引き上げても魚は1匹もかかっていない。
暫く首をひねっていた海はスニーカーと靴下を脱ぎ、ズボンの裾をまくり始めた。
「海、捕れましたか?」
白久が声をかけると
「昨日とは場所を変えたんだけど、かかんねえな
明日は生け簀の鯉でも捌(さば)くか」
「難航している様ですね、私も手伝います
何をすれば良いですか?」
「マジ?網張って追い立てようと思ってたんだ
白久に追い立ててもらうと助かるよ」
海は嬉しそうに笑っていた。
「俺にも手伝える?」
犬達が楽しそうに川に入って行くのを見て、俺もちょっと入てみたくなった。
「じゃあ、白久と2人して追い立ててくれ
その辺に落ちてる枝で川底の石を転がしたり、派手にバシャバシャ頼むぜ」
海はヒョイヒョイと石の上を移動していった。
海の指示により枝を拾って裸足になって川に入ってみたら、思ったよりも冷たい水が流れていて石はコケでヌルヌルしている。
ヨロヨロと進む俺の元に、直ぐに白久が近寄ってきて肩を抱いて補佐してくれた。
白久にも枝を渡し、2人で海に向かって音を立てながら歩いていく。
海が投げた網を引くと、今度は魚が数匹入っていた。
「やった、捕れた!」
川で魚を捕ったことのない俺は興奮してしまう。
「やりました、荒木との共同作業で捕れた魚です」
白久も嬉しそうにハシャいでいる。
「捕ったの俺だけど、ま、良いか
その調子でじゃんじゃん頼む!」
海に言われるまま俺と白久は何度も川を歩き回り、十分な量が捕れたときには足がダルくなっていた。
海は捕った魚を入れていた網から小さなものを逃がしている。
「あんまチッコいの捕ると三峰様に怒られるんだ
もっと育ってから俺の胃袋に来いよ」
川に向かって手を振る海の荷物から、白久がタオルを引き出して俺の足を拭いてくれる。
「お疲れさまです」
「楽しかった」
身支度を整えた俺たちは、大漁でホクホク顔の海と共にお屋敷に戻っていった。
お屋敷に戻ると
「こいつらは明日の昼にでも囲炉裏で焼くよ
荒木、囲炉裏で焼きながら魚を食ったことないだろ」
「囲炉裏って実物見たことないや
お婆ちゃん家とか普通に住宅街にあるし」
「なら今晩は囲炉裏で鍋にするか、炊事係に伝えとく」
海はそう言い残し、捕った魚を生け簀に放しに行った。
「荒木、川の水に浸かっていたので体が冷えてきたのではないですか
日も陰ってきましたし
座敷で温かいお茶をいただきましょう」
白久が俺の手を握り、促すような視線を屋敷に向ける。
確かに先ほどより寒く感じていた。
「まだ明るいのに、もう夕方っぽくなるんだね
上着持ってきて良かった、蒔田の助言に感謝だ」
「冬よりはマシですが、山は冷えますから
その代わり夏は快適です
人里に降りてから、私達犬の化生は夏に辟易(へきえき)しております
エアコンの存在がどれほどありがたいと思ったことか
今となっては、扇風機だけで乗り切れた夏があった昔の町が夢のようです」
玄関で靴を脱ぎながら白久が力説していた。
「白久ー!」
襖を開ける前に飛び出してきた陸(りく)が白久に抱きついた。
「ゲペー、ゲペー、ウメー、アニキニー、ミセーミセー」
興奮しすぎて何語を話しているのかよくわからない。
「月餅が美味しくて気に入ったので、波久礼に売っている店を教えて欲しいそうですよ
猫カフェに行ったときに、お土産に買ってきて欲しいと」
後に続いて出てきたミイちゃんがクスクス笑いながら訳すと、陸はブンブンと頭を振った。
「わかりました、後で波久礼に伝えておきます
陸、麓のスーパーでも似たような物を取り扱っているかもしれません
『月餅』
この字が書いてあるお菓子を探してみてください
パンのコーナーの側にあったりしますよ
作るお店によって中身が若干違うので、食べ比べるのも良いかと」
陸は白久にメモを手渡され、字を覚えようと頑張っていた。
「ハスキーと話すときは、メモ用紙が必須なんです
字を覚えさせないと、間違えて栗饅頭(くりまんじゅう)辺りを買いそうで」
苦笑する白久につられ、俺もちょっと笑ってしまった。
ミイちゃんに案内され、客間のような座敷に通された。
「海の漁を手伝ってくれたとか、ありがとうございます
川の水で身体が冷えたでしょう
栗善哉(くりぜんざい)を作りましたので温まってください」
座って待っていると、直ぐにお盆を持ったミイちゃんが戻ってきた。
「どうぞ」
卓(たく)の上に、お茶と湯気が出ているお椀と木のスプーンを置いてくれる。
白久と自分の座る場所にも置いていた。
「いただきます」
俺はスプーンを手にして小豆をすくい、フーフーと息を吹きかけてから口にする。
温かく甘い小豆が体に染み渡っていく。
自分で思っていたより、体が冷えていたようだ。
「美味しい」
思わず声が出てしまった俺に
「お気に召していただけて良かったです
去年収穫した栗を、甘露煮にしておいたの
皆、山菜よりは熱心に栗拾いをしてくれるから助かるわ
栗ご飯を秋にしか炊かないのが秘訣」
ミイちゃんはクスクス笑っていた。
「夕飯まで自由にしていてくださいな
白久は飼い主を皆に自慢したいのではなくて?」
ミイちゃんに言われ
「そうなのですが、他の者が荒木の魅力に気が付いてしまうかも」
白久は真剣に悩んでいた。
「大丈夫よ、皆、今は荒木より月餅やマーラーカオに夢中だから
珍しいお土産をありがとう」
「月餅より、荒木の方が素晴らしいではないですか
それは皆にわからせないと」
白久の悩みは尽きなかった。
それから夕飯まで白久に屋敷の中を案内してもらい、陸や海以外の武衆も紹介してもらった。
しっぽやに来ない犬の集団なのでちょっと身構えてしまったが、彼らは俺に対して礼儀正しく振る舞ってくれた。
その多くが和犬で彼らは一様に『あのお方がまだ心の大半を占めているので、新たな飼い主と出会うための気持ちの整理がつかない』と言っていた。
それは忠義心あふれる和犬の心のありようのように思え、切なくなる。
「私も、長き孤独の果てに荒木に巡り会えました
きっと皆にも、そのような時が訪れます」
そんな白久の言葉を聞く彼らの瞳に、希望の光が射したように感じられた。
夕飯は海の提案の通り、囲炉裏での鍋になった。
囲炉裏があるのは大広間より狭い部屋なので、昼ご飯に来た半数以下での食事となる。
「交代制で食べるので、お先にどうぞ
夜には近辺を見回りに出てもらっているの」
ミイちゃんがお椀に具をよそって手渡してくれる。
夜になると更に冷え込んできたため、温かい鍋が身体に染みるようだった。
「寝る前に、温泉で温まってくださいね
他の者も利用するので、ちょっとやかましいかもしれませんが」
「個人宅に温泉…凄いね、ここ」
ミイちゃんの言葉に驚いてしまう。
「山の中ですからね」
悪戯っぽそうに笑う顔を見て
『この山の恵み、全部ミイちゃんのパワーだったりして』
俺はそんな途方もないことを考えてしまうのであった。
GWを利用してミイちゃんのお屋敷を訪れた俺は、ランチを食べた後、白久と一緒に近くの散策に出かけていた。
観光地化されていない山の中だけど、白久と一緒だから道に迷う心配はなかった。
見渡す山の中は色々な緑色が溢れかえっている。
深緑、萌葱、新緑、黄緑、『緑』を表す言葉が多い理由が分かるような光景が広がっていた。
「凄いね、緑の洪水って感じ」
「三峰様がいらっしゃる影響もあると思いますが、ここは豊かな山です
もっとも、冬は雪で真っ白になってしまいますが
ゲンと交流を持った後に、車が乗り入れられる道も確保してあります
きっちり舗装されているわけではありませんが、冬はその道を利用すれば麓(ふもと)までの買い出しが楽なようです」
「え?そんな広い道、気が付かなかったよ
まあ、見てたのは白久の背中だけだったけど」
「私達が登ってきた道とは逆方向です
一応、目眩(めくら)ましがかけられていて、普通の人間には見つけにくくしてあります
勘の鋭い人間には効きが悪いようですが」
何だかマンガや小説の中に出てきそうな場所の話だ。
「タケぽんとかナリみたいな人なら来れるの?
日野もそうなのかな」
「そうですね、しかし三峰様のかけた術ですから化生と共に暮らしていれば、日常感じている気配の一環として気付きやすくなると思います」
「俺でも、わかるかな」
つい、そう聞いてしまったのは『特別な能力』があるということに対する憧れがあったせいだろう。
「大丈夫ですよ
最初のうちは長瀞や久那に道案内されていたゲンも和泉も、今は車で1人でも来ることが出来ます
荒木も私の案内が無くても、いずれ1人で来れますよ
緊急事態が起きたとき三峰様を伴って移動できる飼い主がいることは、私達化生にとって頼もしいことです」
白久は頷いて力強く言ってくれた。
「まずは、免許取得が先なんだけどね」
俺は苦笑するが、白久に頼られることが嬉しかった。
暫く歩くと、鳥の鳴き声や虫の羽音に混じって水の流れる音が聞こえてきた。
「荒木、この先の川で海(かい)が魚を捕っております
きっと荒木は珍しがるだろうから来てみないか、と誘われているのですがいかがいたしますか?」
白久のその言葉でテンションが上がる。
「行く!魚捕ってるの見てみたい!白久も出来るの?」
「私はやったことがないのですが、荒木がお望みとあれば試してみます
自分で捕った魚を荒木に食べていただけると考えると、やる気が出ますね
新しいことにチャレンジしてみましょう」
俺たちはワクワクしながら道を下っていった。
川は俺が想像していたよりも幅があった。
「あちらの方は滝壺になっております
落ちたら死ぬほどの高さの滝ではありませんが、上流で川に近寄る際は十分お気を付けください
あそこから落ちて楽しむのは、武衆でもハスキーくらいしかいません」
白久はヤレヤレ、といった風に首を振った。
「うん、気をつける」
俺はここより上流の川を危険な場所として記憶に刻み込んだ。
下流の岸辺で海が網を投げているのが見えた。
引き上げても魚は1匹もかかっていない。
暫く首をひねっていた海はスニーカーと靴下を脱ぎ、ズボンの裾をまくり始めた。
「海、捕れましたか?」
白久が声をかけると
「昨日とは場所を変えたんだけど、かかんねえな
明日は生け簀の鯉でも捌(さば)くか」
「難航している様ですね、私も手伝います
何をすれば良いですか?」
「マジ?網張って追い立てようと思ってたんだ
白久に追い立ててもらうと助かるよ」
海は嬉しそうに笑っていた。
「俺にも手伝える?」
犬達が楽しそうに川に入って行くのを見て、俺もちょっと入てみたくなった。
「じゃあ、白久と2人して追い立ててくれ
その辺に落ちてる枝で川底の石を転がしたり、派手にバシャバシャ頼むぜ」
海はヒョイヒョイと石の上を移動していった。
海の指示により枝を拾って裸足になって川に入ってみたら、思ったよりも冷たい水が流れていて石はコケでヌルヌルしている。
ヨロヨロと進む俺の元に、直ぐに白久が近寄ってきて肩を抱いて補佐してくれた。
白久にも枝を渡し、2人で海に向かって音を立てながら歩いていく。
海が投げた網を引くと、今度は魚が数匹入っていた。
「やった、捕れた!」
川で魚を捕ったことのない俺は興奮してしまう。
「やりました、荒木との共同作業で捕れた魚です」
白久も嬉しそうにハシャいでいる。
「捕ったの俺だけど、ま、良いか
その調子でじゃんじゃん頼む!」
海に言われるまま俺と白久は何度も川を歩き回り、十分な量が捕れたときには足がダルくなっていた。
海は捕った魚を入れていた網から小さなものを逃がしている。
「あんまチッコいの捕ると三峰様に怒られるんだ
もっと育ってから俺の胃袋に来いよ」
川に向かって手を振る海の荷物から、白久がタオルを引き出して俺の足を拭いてくれる。
「お疲れさまです」
「楽しかった」
身支度を整えた俺たちは、大漁でホクホク顔の海と共にお屋敷に戻っていった。
お屋敷に戻ると
「こいつらは明日の昼にでも囲炉裏で焼くよ
荒木、囲炉裏で焼きながら魚を食ったことないだろ」
「囲炉裏って実物見たことないや
お婆ちゃん家とか普通に住宅街にあるし」
「なら今晩は囲炉裏で鍋にするか、炊事係に伝えとく」
海はそう言い残し、捕った魚を生け簀に放しに行った。
「荒木、川の水に浸かっていたので体が冷えてきたのではないですか
日も陰ってきましたし
座敷で温かいお茶をいただきましょう」
白久が俺の手を握り、促すような視線を屋敷に向ける。
確かに先ほどより寒く感じていた。
「まだ明るいのに、もう夕方っぽくなるんだね
上着持ってきて良かった、蒔田の助言に感謝だ」
「冬よりはマシですが、山は冷えますから
その代わり夏は快適です
人里に降りてから、私達犬の化生は夏に辟易(へきえき)しております
エアコンの存在がどれほどありがたいと思ったことか
今となっては、扇風機だけで乗り切れた夏があった昔の町が夢のようです」
玄関で靴を脱ぎながら白久が力説していた。
「白久ー!」
襖を開ける前に飛び出してきた陸(りく)が白久に抱きついた。
「ゲペー、ゲペー、ウメー、アニキニー、ミセーミセー」
興奮しすぎて何語を話しているのかよくわからない。
「月餅が美味しくて気に入ったので、波久礼に売っている店を教えて欲しいそうですよ
猫カフェに行ったときに、お土産に買ってきて欲しいと」
後に続いて出てきたミイちゃんがクスクス笑いながら訳すと、陸はブンブンと頭を振った。
「わかりました、後で波久礼に伝えておきます
陸、麓のスーパーでも似たような物を取り扱っているかもしれません
『月餅』
この字が書いてあるお菓子を探してみてください
パンのコーナーの側にあったりしますよ
作るお店によって中身が若干違うので、食べ比べるのも良いかと」
陸は白久にメモを手渡され、字を覚えようと頑張っていた。
「ハスキーと話すときは、メモ用紙が必須なんです
字を覚えさせないと、間違えて栗饅頭(くりまんじゅう)辺りを買いそうで」
苦笑する白久につられ、俺もちょっと笑ってしまった。
ミイちゃんに案内され、客間のような座敷に通された。
「海の漁を手伝ってくれたとか、ありがとうございます
川の水で身体が冷えたでしょう
栗善哉(くりぜんざい)を作りましたので温まってください」
座って待っていると、直ぐにお盆を持ったミイちゃんが戻ってきた。
「どうぞ」
卓(たく)の上に、お茶と湯気が出ているお椀と木のスプーンを置いてくれる。
白久と自分の座る場所にも置いていた。
「いただきます」
俺はスプーンを手にして小豆をすくい、フーフーと息を吹きかけてから口にする。
温かく甘い小豆が体に染み渡っていく。
自分で思っていたより、体が冷えていたようだ。
「美味しい」
思わず声が出てしまった俺に
「お気に召していただけて良かったです
去年収穫した栗を、甘露煮にしておいたの
皆、山菜よりは熱心に栗拾いをしてくれるから助かるわ
栗ご飯を秋にしか炊かないのが秘訣」
ミイちゃんはクスクス笑っていた。
「夕飯まで自由にしていてくださいな
白久は飼い主を皆に自慢したいのではなくて?」
ミイちゃんに言われ
「そうなのですが、他の者が荒木の魅力に気が付いてしまうかも」
白久は真剣に悩んでいた。
「大丈夫よ、皆、今は荒木より月餅やマーラーカオに夢中だから
珍しいお土産をありがとう」
「月餅より、荒木の方が素晴らしいではないですか
それは皆にわからせないと」
白久の悩みは尽きなかった。
それから夕飯まで白久に屋敷の中を案内してもらい、陸や海以外の武衆も紹介してもらった。
しっぽやに来ない犬の集団なのでちょっと身構えてしまったが、彼らは俺に対して礼儀正しく振る舞ってくれた。
その多くが和犬で彼らは一様に『あのお方がまだ心の大半を占めているので、新たな飼い主と出会うための気持ちの整理がつかない』と言っていた。
それは忠義心あふれる和犬の心のありようのように思え、切なくなる。
「私も、長き孤独の果てに荒木に巡り会えました
きっと皆にも、そのような時が訪れます」
そんな白久の言葉を聞く彼らの瞳に、希望の光が射したように感じられた。
夕飯は海の提案の通り、囲炉裏での鍋になった。
囲炉裏があるのは大広間より狭い部屋なので、昼ご飯に来た半数以下での食事となる。
「交代制で食べるので、お先にどうぞ
夜には近辺を見回りに出てもらっているの」
ミイちゃんがお椀に具をよそって手渡してくれる。
夜になると更に冷え込んできたため、温かい鍋が身体に染みるようだった。
「寝る前に、温泉で温まってくださいね
他の者も利用するので、ちょっとやかましいかもしれませんが」
「個人宅に温泉…凄いね、ここ」
ミイちゃんの言葉に驚いてしまう。
「山の中ですからね」
悪戯っぽそうに笑う顔を見て
『この山の恵み、全部ミイちゃんのパワーだったりして』
俺はそんな途方もないことを考えてしまうのであった。