このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.174~197)

side<ARAKI>

大学での昼休み、俺は最初に出会った人達と一緒に学食に向かっていた。
出身地も趣味もバラバラだけど、変に構えなくて良い気さくさがお互い気に入っていたのだ。

「荒木、今日もソバ定?あんな濃い色の汁、よう飲めんなー」
呆れたように言う関西弁の彼は『吉田 久長(よしだ ひさなが)』
兵庫県出身で、大阪出身だと思われるのが本人的には引っかかるらしい。
ゲンさんくらいの身長だから外見的にはそこまで威圧感はないが、関西弁でまくし立てられるとちょっと言葉を挟み辛かった。
強引なところがあるけど、ちゃんと相手のことも考えている良い奴で、久長が居ると場が明るくなる。

「今日はうどん定にするつもり」
「あ、俺もうどんにしようかな、ここの麺類美味いよね」
長身で俺に上から笑顔を向けてくるのは『蒔田 明(まいた あきら)』
青森県出身のため、最初は自分の話す言葉が標準語かどうか気にしていたが、自由に話す久長に影響され前より気にすることが少なくなった。
りんご農家の息子ではあるものの、年の離れた兄が跡を継いでいるから自分はパッケージデザインをやりたいとデザイン科のある学校を選択したらしい。
そのしっかりとした志望動機に、滑り止め的な入学を果たした俺は複雑な心境になっていた。

「僕はA定かB定、メニュー見てから決めるつもり」
「何や自分、昨日もそないなこと言ってカレーにしてたやんか
 優柔不断なやっちゃなー」
「だって、カレーはあの匂いで食べたくなっちゃうじゃん」
頬を膨らませて抗議するのは『野坂 始(のさか はじめ)』
電車で通学できる圏内出身だが、俺の家とは真逆の方向なので感覚としては遠くから来ている人だった。
和泉さんくらいの身長だから、話すときの首の角度が一番楽な相手でもある。
野坂も身長のことは気にしているのか、最初に俺の頭から足先を見た後ホッとした表情を見せていたのは忘れない。
顔にありありと『勝った』と書いてあったからだ。
ミステリー小説が好きらしいので、桜さんと話が合いそうだった。

「匂いも味も良いカレーやけど、メニューに豚カレーって書いとけ、って話や
 最初に食べたとき、ビックリしたわ」
「関西の方は料理に牛肉が多く使われてるんだってね
 子供の頃に土産で豚まん貰ったとき、何で『豚』ってわざわざ書いてあるのか不思議だったな
 肉まんとは違うのかなって」
「豚肉使こてるから、豚まんやないか
 不思議って、何でやねん」
久長にど突かれているのは『大滝 近戸(おおたき ちかと)』
徒歩40分通学の地元民で、バイクを買うためにアルバイトに明け暮れる勤労青年だ。
身長185cm、イケメンで勉強ができて身体能力も高いが、それで自惚れる様子は全く見せず、気さくで飾らない、性格までイケメンだった。
高校では陸上をやっていたらしく、背の高い日野みたいな印象もある。(もっとも、日野ほど食べないが)
何より同じ黒猫飼いとして、猫自慢できる相手なのがお互い気に入っていた。


ランチを食べながらの話題は、GWの過ごし方についてだった。
久長と蒔田は地元に帰らず2人であちこち出かけてみる予定らしい。
「せっかくこっちに来たからさ、東京なんて修学旅行でしか行ったことないし」
蒔田が言うと
「なら、俺ものっかろ思てな
 ベタ中のベタ、マイタン、浅草の花やしき行ったろ」
カレーを食べながら久長が言う。
「浅草寺にお参りして、仲見世も行ってみよう」
「皆への土産は雷おこしやな」
強引な久長とおっとり気味の蒔田だが、良いコンビのようだ。

「僕は好きな小説が映画化されたから、観に行くつもり
 映画の尺であの話をどれだけ詰め込めたか、興味有るし
 映像と紙、媒体の違いで良い感じの差を付けてると最高なんだけど
 「白雪姫殺人事件」とか感心したよ
 映画を見たら本も読み返して…、って、これやってるから積ん読が減らないんだ」
結局ラーメンを食べている野坂が頭を抱えている。

「俺、邦画はあんまり見ないんだよね、洋画のアクション物が好きでさ
 でも、猫が好きな侍の映画は良かったなー」
猫が出てくるし、何より白久と観に行った思い出の映画だった。
「あの猫、可愛いよなー」
猫の話題に近戸が反応する。
「まあ俺は、GWはバイト三昧だけどな
 スーパーの稼ぎ時だから、休日に休めなくてさ
 学校休みだし昼から夜まで働くぜ」
「チカやん、偉いなー
 荒木もバイトしてんねやろ?やっぱ仕事三昧なん?」
皆の視線にさらされ
「仕事の合宿みたいな感じで、ちょっと山の方に行く予定」
俺はさりげなさを装ってそう答えた。
GWにミイちゃんのお屋敷に行くことになっているのだ。

「「仕事で山~?」」
皆が怪訝な顔で俺を見る。
「デートやろ、自分、顔笑とるで」
「山はまだ寒いから、上着持って行きな」
「電波の届かない山荘で起こる、連続殺人!
 生き残って謎を解いてきてね!」
「遭難に備えて、うちのスーパーで非常食とか買う?」
好き放題に言われても白久と2人で旅行だと思うと、どうしても顔が笑ってしまう俺なのだった。




GWにミイちゃんのお屋敷に行くのは、和泉先生の提案があったからだ。
「自分の化生が一時とは言え、どんな所で暮らしていたか肌で感じることは良いことだと思うよ
 俺も最初は建物目当てで通ってたけど、久那が居た山の空気や気配を感じて清々しい気分になれたんだ
 アイデアに詰まると、リフレッシュさせてもらいに行ってる
 荒木と日野は新しい学園生活が始まって、何かと忙しない時期だから気分転換にも良いかと思ってね
 源泉掛け流しの温泉もあってコリもホグレるしって、君たちはまだそんなの感じないか
 俺と久那用に離れを建てたから、気兼ねなく夜も過ごせるぜ
 2人用のコテージって感じだし、交代で別々に行くのがお勧め」
和泉先生は二ヤッと笑って、最後の言葉を俺と日野に小声で告げた。

ミイちゃんのお屋敷は白久の第2の故郷みたいな場所なので、前から興味はあった。
それは日野も同じ様で
「行ってみる?」
「交代なら人員が一気に減るってほどじゃないもんな」
ヒソヒソ話し合って黒谷を見ると、すでに行く気満々の顔をしてカレンダーを睨んでいた。
「じゃあ、シロと荒木は1日~3日まで、僕と日野は3日~5日でどうかな
 せっかくだし、3日は皆でお昼でも食べようか
 昼の時間までには、着くようにするよ」
「良いですね、お屋敷に顔を出すだけとは言え、荒木との旅行はとても楽しみです
 和風のお土産は私たちが持って行きますので、クロは洋風をお願いします
 いえ、中華風の方が珍しがられますかね」
「確かに受けそうだ、被らないよう後で相談して中華にしよう
 向こうでゴマ団子でも揚げてみようかな」
具体的な計画を立て始めた愛犬を見て
「免許がまた遠のくけど」
「思い出の方が大事だぜ」
俺達飼い主は顔がゆるむのを止められないのであった。




5月1日、俺は最寄り駅で始発の電車を待っていた。
ナリが車で送ると言ってくれたが、滅多にないであろう白久と2人での旅行だからノンビリと電車で行くことにしたのだ。
「山の中だし、足りない物があっても気軽に買いに行けないよな
 旅館じゃないから売店もないし」
そう考え準備していたため、2泊3日の旅行の割に荷物が多くなってしまった。
蒔田が『山の寒さを舐めるな』と繰り返し言っていたので、上着の他に厚手の服も持ってきていた。
白久がナップザック1個とかで来たら、重装備すぎてちょっと恥ずかしいかも。
そんな考えは、白久に会って杞憂に終わった。

「荒木、おはようございます」
しっぽや最寄り駅から乗り込んできた白久は、海外旅行にでも行くのかというような大荷物だった。
「ウラがトランクを貸してくれたので助かりました
 住所不定だったときに使っていた物らしいです」
「白久、何持ってきたの?どうしよう、俺、何か足りない物あるかも
 って言うかウラって住所不定だったの?家出とかしてたのかな」
色々ビックリして、考えが上手くまとまらなかった。
「荷物のほとんどは食べ物です、お土産や荒木と食べるお弁当
 帰りには軽くなりますよ
 朝早くて朝食を抜いてきたのではありませんか?
 2度目の乗り換えの後は1時間以上電車の中なので、お弁当を召し上がってください」
朝が早くてゼリー飲料しか飲んできていないことを、白久はお見通しだった。
「ありがとう、楽しみ」
人が乗っていない車両だったので、俺は白久の頭を撫でて褒めてやる。
白久は嬉しそうに笑っていた。

終点から乗り換えて30分ほどで、また乗換駅に着く。
「三峰様のお屋敷最寄り駅まで行かず、途中で止まる電車があるのでご注意ください」
白久の言葉で、俺は駅のホームに張ってある時刻表を確認する。
「事前に乗り換え案内で調べておかなかったら間違ってたかも
 次の電車までの隔長いから、乗りそびれたら乗るの大変だね
 前に波久礼が変な駅で降りちゃって難儀したのわかるよ」
「あの時は、呼ばれたのだと思います
 波久礼は猫のピンチを察知するパワーが上がりすぎているから」
「ああ、うん」
俺達は2人して苦笑してしまった。
こんな風に白久と話しながら移動する旅はとても楽しくて、時間がかかっても電車旅行にして良かったと思うのだった。


新幹線ならまだしも電車の中で何かを食べるのは行儀が悪いと親父に教え込まれていたが、乗り込んだ電車は向かい合わせの席があって俺の知っている『電車』と少し違っていた。
白久と向かい合って座り、彼の作ってきてくれたサンドイッチを食べる。
「甘い紅茶もどうぞ、デザートにチョコはいかがですか」
お弁当にマイボトルにチョコ、白久の鞄は何でも出てくる魔法の鞄のようだった。
「俺もマイボトル持ってくれば良かった
 ミイちゃん家の方って、気軽にペットボトル買えなさそう」
駅から離れると車窓の風景は畑や田んぼ、山が広がっており、自販機すら見あたらなくなってきた。

「よろしければ、こちらをお使いください
 もう1本持ってきたのです
 これには温かい焙じ茶が入っております」
やっぱり白久の鞄は魔法の鞄だった。
45/50ページ
スキ