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しっぽや(No.174~197)

side<ARAKI>

高校生活の残滓のような春休みが終わり、いよいよ大学生活が始まることになった。
入学式の日、さりげなく付いて来たがった親父を制し、俺は一人で学校に向かう。
白久には付いてきて欲しかったが、初日から周りに変に勘ぐられるのも何なので諦めることにした。

最近知り合うのは『化生』と言う共通項がある人が多かったため、全く接点のない人たちと一人で上手くやっていけるか、日野がいない状態で授業に付いていけるか、不安を感じることもある。
けれども、どんな人と知り合えるか、どんな知識を得られるか心配と期待は表裏一体だった。



大学の敷地は高校のものよりもずっと広い。
案内地図がなければ入学式が行われる講堂にたどり着くのも一苦労だったろう。
辺りを見回すと上級生は普通に歩いているが、新入生は地図を見ながらキョロキョロしている。
そのうちに地図組が寄り集まって移動を始めたので、俺もそれに混ぜて貰うことにした。

「同じ高校からここに来る奴居なくて、ちょっと心細かったんだ」
「俺も同じ
 つか、かなり遠くから来た田舎もんでさ
 俺の発音変じゃない?訛ってない?」
「平気平気、んなの気にすることあらへんって
 俺もこの辺出身ちゃうねん、ちゅーても、大阪出身でもあらへんで」
「学校見学で来たときはこんなに広い気がしなかったけど、実際自分が通うことになったら広いね
 万歩計付けて歩いたら1日2万歩くらいいくかも」
「僕、運動苦手だし構内移動だけで疲れそう
 インドア派なんだよね」
「俺ん家、中途半端にここに近いから40分かけて歩いてきてんのに、構内でも更に歩くってどうよ
 良い感じのバス路線、出来て欲しいっ!」
無難な感じの話題でそれなりに盛り上がりながら移動して行く。
講堂が近づくにつれ同じ様なグループが増えていった。

「俺は電車に乗ってる時間が長いかな
 でもここは、自宅から通える範囲だから助かってる
 バイト先も変えなくて済んだし」
俺はしつこいサークル勧誘回避のため、それとなくバイト中であることをアピールする。
「あ、俺も同じ、大学生になって遅い時間のシフトに変更できたから、少し時給上がる時間が増えたんだ
 家よりバイト先の方が学校に近かったりする」
40分かけて歩いて通学している彼が、親しげな笑顔を向けてきた。
俺は彼のグレーのジャケットに、見知ったものを発見した。
「黒猫飼ってる?」
そう聞くと驚いた顔になり
「何で分かったの?エスパー?」
大仰に声を上げたので、俺は注目の的になってしまった。

「違うよ、肩のとこ、黒猫の毛が付いてるよ
 猫飼いなら誰でもわかるだろ」
「え?あ、本当だ、出掛けにコロコロかけてきたのに
 いつの間にか服に付いてんだもんなー
 そう言う君も、ズボンの裾のとこ猫毛じゃない?」
「しまった、そういや出かける直前にすれ違ったっけ」
慌てて払おうとしたが、長毛のカシスの毛はしっかりと布地に張り付いていた。
「何や、抜け毛の多いやっちゃと思うとったら、猫かいな」
「エスパーって言うより、探偵っぽいよ
 ちょっとしたヒントから推理するって格好いいじゃない
 僕、ミステリーけっこう読むけど気が付かなかったなー」
「猫飼いかー
 俺、実家では犬飼ってんだ
 夏休みに帰省するまで会えなくて寂しいや」
猫の話題から、少し親睦が深まった気がする。
気負わず付き合えそうな感じの人たちと最初に知り合えてホッとした。


講堂にたどり着くと、すでに多くの人が着席していた。
席の指定は無かったので、新入生用の椅子に一緒に移動してきたメンバーで固まって座る。
入学式では何人かの偉い人(多分)の話の後、構内での注意や案内、クラス分けの説明があった。
1年生は一般教養がメインで多くのクラスがあるわけではないせいか、俺達は全員同じクラスだった。


入学式の後は教室に移動して名前と出身校、趣味などを紹介する。
大学なのに何だか高校青春ドラマの一幕のようで可笑しくなった。
「野上 荒木、3こ隣の市の新地高出身です
 猫飼ってますが犬も好きです」
俺は無難な自己紹介をしたが、少しの下心もあった。
犬猫好きをアピールすれば同じ犬猫好きの人と知り合えて、その人が化生の飼い主になるかもしれない。
ゲンさんの言う『新しい風』を積極的に吹かせられないかと思ったのだ。
人数が多すぎて一気にクラス全員の名前や顔は覚えきれなかったが、一緒に移動してきた人たちの名前と顔は覚えることが出来た。

今後受講するゼミによって頻繁に顔を合わせるかどうかは分からないが
「これからよろしく」
「こっちこそよろしくな」
俺達は帰る前に学食のカップコーヒーで今日の出会いに乾杯した。


こうして俺の大学生活は、新しい人間関係と共に無事にスタートを切るのだった。



入学式の後は、何だかバタバタと慌ただしい時間が過ぎていく。
俺がしっぽやに顔を出しに行けたのは、入学式から1週間以上経った日曜日だった。


「やっと、ここに来れたー」
依頼人が来ていないのを良いことに、俺は事務所のソファーの背もたれに思いっきり寄りかかって延びをする。
「荒木、大学生活お疲れさまです」
俺の隣には恋人兼愛犬の白久が満面の笑みを浮かべ寄り添っていた。
メールは毎日していたし電話で声も聞いていたけれど、本人が側にいてくれるのは喜びの度合いが違った。
「白久、会いたかった
 バジル育ってる?」
「はい、スクスク育っております
 植物の成長というのは早いものですね
 ただ、摘芯はもう少し先になりそうです」
褒められ待ちの白久の頭を撫で、軽く唇を合わせると
「荒木、仕事中だぜ」
日野の注意が飛んでくる。
が、そう言う日野も俺の向かいのソファーに腰掛け黒谷の腕を自分の肩にかけさせて手を優しく撫でていた。
日野も久しぶりのしっぽやで、浮かれているようだ。

「そっちの学校、どんな感じ?
 割と新しいんだろ?建物キレイ?」
日野が興味津々な顔で聞いてくる。
「高校の時よりキレイで広いよ
 広過ぎて分けわかんない
 でも、移動でモタツいてると先輩が声かけてきて教えてくれる
 自分も去年は同じだったって言ってさ
 俺も、来年新入生が入ってきたら教えてやろうって思ったよ
 自由な校風だけど良い雰囲気の学校かも
 高校のときって校風が自由だからか、ちょっと怖い感じの先輩いたじゃん
 ほら、空手部の人とか」
最後は声をひそめて内緒話のように囁いた。
「ああ、まあな
 空手部っていっても、あいつら幽霊部員だったんだけどな」
日野は苦虫を噛み潰したような顔になる。
運動部同士、何か確執があったのかもしれなかった。

「で、これは日野に自慢出来ると思って写真撮ってきた
 うちの学校の学食、メニュー豊富で安くて美味いの!
 これでビニ弁ランチにおさらば出来るぜ
 寮住の奴とか、感激してたもんな」
俺はスマホを取り出してメニュー表の写真を日野に見せた。
「マジか!これとか、うちの学食より安いじゃん
 日替わりのボリューム定食?気になるー」
「昨日一緒に食べに行った奴が頼んだら、鶏唐5個、ロースカツ、大盛りカレー、サラダ、味噌汁の大ボリューム!
 俺はソバとお稲荷さんの定食だったから、鶏唐1個もらちゃった」
「ソバ定食って…荒木、最近食の好みがジジムサい」
「あそこの蕎麦汁、美味いんだ
 うどん用の汁はまた違う味で、学食なのに調理人の拘(こだわ)りが感じられるよ」
「うーむ、学食の事前チェックをしなかったのが悔やまれる
 うちは可もなく不可もなく、って感じだぜ
 あ、でも、カツ丼は美味かったなー」
俺は久しぶりにたわいない話で日野と盛り上がれて、高校時代に戻ったような楽しさを感じていた。
しっぽやは俺にとって確実に『帰ってくる』場所になっていた。


コンコン

ノックの後にタケぽんがドアを開けて事務所に入ってくる。
「あれ、先輩たち早い出勤ですね
 と言うか、お久しぶりです
 いや、そんなに久しぶりでもないのかな?
 今まで学校内で見かけたり事務所でも週2回以上顔合わせてたから、何かそんな気がしちゃって」
照れた顔で言うタケぽんの言葉に、俺と日野は少しハッとなった。
「俺も、凄く久し振りな感じがしてる
 どんな依頼があったかチェックしなきゃな」
「確かにね、何か変わったこととかあった?
 依頼のチェックもだけど、お茶棚も中を確認しないと」
変わらずにある気がしていたしっぽやも、日々変化は起こっているのだと気づかされた。

「変わったこと?何かあったかな…
 あ、中川先生が2年を受け持つことになりましたよ
 俺のクラスじゃないけど
 春休み明けに校庭の桜が1本、風に煽られて折れました
 校門の側に植わってたやつ
 何か病気だったらしく、根っこの方が腐ってたとか
 幸い怪我人は出なかったから、運動部とか今でも普通に校庭で練習してますよ
 それと、クラス替えでクッキーと一緒のクラスになりました
 昼にコンビニまで買い出し行ってくれるから、皆に頼られてます
 まあ、走って行くから炭酸とかデザートなんかは頼めないんですが
 パック牛乳もけっこーヤバい感じにシェイクされてたな
 んーと、後は…」
考え込むタケぽんに
「「しっぽやでの変わったことだって」」
俺と日野は同時に突っ込んで笑ってしまう。
突っ込みはしたが、自分が卒業した後の学校の様子を知るのもちょっと楽しかった。

「しっぽやで、って言うか、久那がカズハさんに髪を切ってもらってました
 和泉先生がニュー久那を自慢しに来ましたよ
 ひろせもどうだ、って誘われたけどあの長い髪が魅力の一つだし
 ああ、でも、短いのも見てみたい
 絶対似合う!」
身悶えし始めたタケぽんを見て
「通常営業だ」
俺と日野は頷き合うのであった。
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