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しっぽや(No.174~197)

side<TAKESI>

しっぽやでのバイトの時間、デスクワークをしている俺は何となくソワソワした気分になっていた。
「ここんとこ、ひろせと一緒に外回りしてたから、何だか落ち着かないや」
そう言ってミルクティーを淹れるため椅子から立ち上がった。
事務所に来てからすでに4杯も飲んでいるのでお腹はダボダボだったが、座っているだけというのは怠けているような気分にさせられる。
「黒谷もお代わりする?」
所長席にいる黒谷に話しかけると
「まだ、さっき淹れてもらったのが残ってるよ
 ひろせは捜索に出てるし、日野も荒木も居ないと事務仕事になっちゃうから退屈かい?」
苦笑気味に返事を返してきた。

「退屈って言うか、体を動かしてないと仕事してない気になっちゃって
 最近ちょっと体育会系だからさ
 腕に筋肉付いてきたと思わない?」
腕以外に筋肉は付いてないが、それは黙っておいた。
『空とか大麻生とか、腹筋も割れてるんだろうな…
 でも今の俺、人生で最大の筋肉期だからこの新鮮な喜びを大事にしたい』
黒谷が飼い主でもない俺の心の内など気付くはずはなく、会話は続く。
「うーん、日野の体以外よく分からないけど背は伸びたんじゃない?
 こないだ並んでるとこ見てたら、シロより少し大きくなってたよ
 最初に長瀞に連れられて事務所にきた時は、双子より背が低かったのにね
 こんなに縦に伸びる人間がいるんだ、ってビックリしたなー
 日野はいつまでも可愛らしいままだから」
ちょいちょい入るノロケを愛想笑いで流し、俺は控え室に向かっていった。


控え室では白久を中心に、猫達がうたた寝している。
黒谷の声に反応できるよう半覚醒状態らしいけど、俺はなるべく静かにお代わりの用意をした。
「タケぽん、俺もロイヤルミルクティー飲みたい」
双子の一人、赤いネクタイの明戸が薄目を開け俺を見てニヤリと笑った。
「人間が自分だけ何か食べることには、敏感なのさ
 あのお方がコッソリと煎餅を食べるのを、何度阻止したことか」
明戸は得意げにフフンと鼻を鳴らす。
「タケぽん、私にも同じものをお願いします
 お父さんのつまみ食いを見つければ、口止め料として私たちは煮干しにありつけましたからね」
気が付くと緑のネクタイの皆野も薄目を開けて俺を見ていた。
「俺も、俺も!ロイヤルミルクティー飲む!」
白久にもたれ掛かりながらも、目をパッチリ開けた羽生が俺を見る。
「子猫は、他の猫が何か食べることに敏感だな」
そんな羽生を見て明戸が楽しそうに笑っていた。

猫達の会話を間近に聞いている白久は、微動だにせず規則正しい寝息を立てている。
『荒木先輩が居ないときの白久って、本当に猫布団…
 今日のお客さんの相手、ちゃんと出来るかな
 メインは俺の客だけどさ』
俺は一抹の不安を覚えてしまった。
そう。今日俺が外回りに行かないのは先輩達が居ないから、というのもあるけど、俺に会いたいお客が来るからなのだ。
それは化生を診てくれるお医者さん、カズ先生のお孫さんの弘一君だった。
来年高校受験を控えているので、去年高校受験を終えた俺にアドバイスして欲しいらしい。
荒木先輩経由で頼まれたし、俺に分かることならと軽い気持ちで引き受けたのだが、時間が迫ってくるにつれ緊張してきていた。


「はい、どうぞ」
猫達にロイヤルミルクティーを淹れたカップを渡していく。
少し冷ましてから渡すのが、猫に対する心遣いだった。
それでもフーフーと息を吹きかけさらに冷まして飲んでいる。
「美味しい、ミルクだけで飲むより、ちょっと大人な感じがするんだ」
「タケぽんとひろせが来てくれてから、珍しいもの食べられて面白いな」
「このようなものは、お店に行かないと口に出来ないと思ってましたからね」
猫達の賛辞に俺は照れくさくも嬉しい気分になった。

「今日はお客さんのためにひろせがマフィンとスコーン焼いたから、皆も食べて
 お客は犬連れだから間違って食べても大丈夫なよう、どっちもプレーンなんだ
 だからジャムやホイップで好きな味に出来るよ
 あ、犬がここに居ても大丈夫?」
確認するように問いかけると
「その犬って、大麻生の特別しつけ教室に通ってるんだろ
 じゃあ平気じゃない?
 いきなり猫に襲いかかってこないよ
 空のしつけ教室ですら、他の動物ともめ事を起こすのは御法度(ごはっと)、って教えてんだから」
明戸はカラカラと笑っている。
「いざとなれば白久が何とかしてくれますよ、同犬種なんでしょ?」
皆野がのんびりと相づちを打っていた。
「俺達、依頼がなければ寝てるから気兼ねなくお客さんと話しててよ
 俺はサトシに関係ないことは、特に興味ないから
 美味しい話は別だけど」
羽生は無邪気に笑う。

猫達に頼られている白久は、俺達の会話などお構いなく寝続けているのだった。



事務仕事が終わった俺は、日野先輩が事務所に持ってきてくれた動物関係の本に目を通していた。
全部読むのは大変そうなので、日野先輩が付箋を付けてくれたカ所を拾い読みしていく。
『猫には詳しいつもりだけど、犬は知らないことが多いな
 ひろせはゴールデンやラブの捜索に行きたがるから、犬のこともちゃんと勉強しておかなきゃ』
動物関係の勉強することは、受験勉強より熱心に楽しくできる気がする。
写真や説明文に夢中になっている俺の耳に
「タケぽん、来たみたいだよ」
黒谷の声が入ってきた。

お客さんは特別しつけ教室に参加した後、大麻生と一緒に事務所に来ることになっていたので、黒谷は大麻生の気配を読みとったのだろう。
ほどなく

コンコン

ノックの音がして、大麻生と一人の少年と虎毛の秋田犬が事務所に入ってきた。
「こんにちは、今日はお忙しいところ事務所をお借りしてすいません
 よろしくお願いします」
少年は礼儀正しく黒谷に頭を下げた。
「カズ先生には大変お世話になっているからね
 少しでも恩返しできれば、こちらとしても嬉しいよ
 僕はしっぽやの所長の影森 黒谷です
 カズ先生から少しはうちの話を聞いてるかな」
黒谷は椅子から立ち上がり、親しげに話しかけた。
「川口 弘一です
 爺ちゃんからは、イケメンの優秀な所員ばかりいるって聞いてます
 ラキのこともすぐ見つけてくれたし、先日は母もお世話になったとか
 ありがとうございました
 今日話を聞ける荒木先輩の後輩さんは、所員じゃないんですよね」
弘一君は辺りを見回しながら黒谷に訪ねた。
一瞬目があったようにも思えたが、その視線が定まることはなかった。

『うん、わかってる
 「タケぽん」なんて浮かれたあだ名だし、荒木先輩を見慣れてれば俺が後輩とは思わないよな』
俺は本を置き、座っていたソファーから立ち上がると
「どうも、初めまして
 荒木先輩の後輩の、武川 丈史です」
そう言って頭を下げた。
弘一君は口を開けて俺を見上げている。
荒木先輩よりは背があるようだが、170cmはなさそうなので俺の方が20cm近く高そうだ。
「ここだと依頼人が来るかもしれないから、控え室を使わせてもらうことになってるんだ
 何人か待機してるけど、皆寝てるから気にしないで」
俺が率先して控え室に向かうと、弘一君はまだ呆然としながらも秋田犬を伴い後に付いてきてくれた。


さっきまで控え室で爆睡していた白久は流石に起きていた。
「こんにちは、ラキ、大きくなりましたね
 貴方は恐れ多くも荒木の名前を頂いたのだから、立派な秋田犬にならなければいけませんよ」
犬に向かって話しかけるその目は、真剣だった。
「さあ、こちらに座って、飼い主の邪魔をしてはいけません
 羽生、ほら、モフモフ枕が来ましたよ」
白久が羽生の下にラキを押し込むと
「へへ…あったか…モフモフ…モフ……」
半分寝ぼけているような羽生がラキに抱きついて規則正しい寝息を立て始める。
困惑しているような顔のラキに
「枕としての使命を全(まっと)うするのです
 それが、立派な秋田犬になる第1歩なのです」
白久は最もらしく頷いて目を閉じていった。


「あ、あの…」
弘一君はオロオロした様子で俺に目を向けるが
「大丈夫、依頼がくれば皆ちゃんと起きるから(多分…)
 ロイヤルミルクティー淹れるけど、牛乳アレルギーとか大丈夫?
 お昼まだでしょ?焼き菓子色々あるから食べてね
 ジャムとクロテッドクリーム添えようか?
 クロテッドクリーム、俺のお手製なんだ」
俺は手際よくお茶の準備を整えていく。
この辺は、いつもやっている仕事なので慣れたものだった。
「アレルギーは無いです、ありがとうございます
 ご馳走になります」
荒木先輩からは中二病が抜けきってないかもと言われていたが、弘一君は年の割に礼儀正しい子だ。

『やっぱ、お医者さんの孫は違うなー』
感心する俺に
「武川先輩って堂々としてて凄いですね
 自分でお茶淹れたりクリーム手作り出来るし、背が高いのに細やかで
 何かドラマに出てきそうな『スーパー高校生』って感じです
 特殊能力とか発揮して、陰で地球を守ったりとかしてそう」
弘一君は弾んだ声で話しかけてくる。
確かに中二病は抜けきっていないようであった…


それから俺達は、焼き菓子を摘みながら受験や高校生活についての雑談をする。
「新地高って校風自由で良さそうなんですけど、家からだと遠いんですよね
 乗り換え2回あるし、通学に1時間半はかかるかも
 往復で1日3時間も通学時間とられるの、きついかなって」
「俺の友達も、それくらいかけて通学してるよ
 乗り換えは1回だけど終点近くまで乗るし、途中で止まる電車もあるから1本逃すと地獄だって言ってたな
 でも、部活楽しいし選んで良かったって
 うちって生徒の質ピンキリだけど、大らかな感じの校風だと思う
 進学校じゃないから良い大学行きたい人向けではないけどね
 もう大学とか考えてる?」
「いえ、まだそこまでは」

話し込みながら俺は自分が高校受験をしていた時を思い出し、たった1年前のことなのに懐かしく感じていた。
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