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しっぽや(No.11~22)

side〈KUU〉

黒谷の旦那の部屋に居候する事になった次の日。
俺は出勤する黒谷と一緒に、しっぽや事務所へ行ってみる。

「洋犬の捜索依頼がきたら、俺も手伝ってやるよ
 ハスキー飼ってる人間、沢山いるだろ?」
俺がそう言うと
「ハスキーなんて、最近はとんと見かけないよ
 今の主流はミニチュアダックスとかトイプードル、チワワ、和犬なら柴とか
 この辺は小型犬を飼ってる人の方が多いんだ
 中型犬はミックスが多いかな?
 地域によっても変動はあると思うけどね」
黒谷は報告書の束を見ながらそう答えた。
「ふーん…」
俺は少し寂しい気持ちになったが、時計を見て気を取り直した。
「お、店が開いてから1時間以上経ってるじゃん
 お客は少ないけど準備に一段落つく頃だってゲンが言ってたな
 俺、ちょっと樋口のとこに行ってくる!」
俺はそう言って、事務所を後にした。


ペットショップに入ると、すぐに樋口の気配に気がついた。
昨日と同じ様にドライフードの棚を整理している。
「あの、すみません」
俺が近寄って声をかけると
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?
 あれ、貴方、昨日の…?えっと、空さん?」
立ち上がった樋口は俺の名前を呼んでくれた。
「そうです、空と書いてクウと読みます!
 英語で言うとスカイです!」
覚えていてもらえた事が嬉しくて、俺は舞い上がってしまった。
「今日も抱っこしていかれますか?」
樋口の言葉に、俺はコクコクと頷いた。

クリームも俺の事を覚えていて、大ハシャギでまとわり付いてくる。
『クウおじちゃん、追っかけっこちて、抱っこちて、頭いい子いい子ちてー』
「んなに一辺に出来ないっつーの、てか、お兄ちゃんって言え!」
俺が抱き上げてやると、クリームは顔中を舐めまわし始めた。
「犬の扱いお上手ですね、飼ってるんですか?」
樋口は笑顔で聞いてくる。
俺はその笑顔に見とれながら
「いや、まあ、飼ってはいないんですが、…前はちょっと」
『自分が犬でした』とは言えない。
「今は仕事の都合で飼えないんですよ、だから寂しくて」
ゲンに教えてもらったセリフを口にし樋口の反応を伺うと
「そうですか、転勤が多かったりすると難しいですよね
 でも、飼える環境になったら、是非一緒に暮らしてください」
樋口は微笑んだ。

『貴方と一緒に暮らしたい』
俺はその言葉を飲み込み
「俺、少し早い夏休みをとって、こっちの親戚の家に遊びに来てるんです
 それで、あの、また来ても良いですか?」
また、ゲンに教えてもらった言葉を口にする。
「こちらにいる間だけでも、おいでください」
樋口はそう言ってくれた。
『あまり長居はしない方が良い』
ゲンのアドバイスに従い、俺はそれから10分程で店を出る。

『ゲンのアドバイスは的確だなー
 さすが、長瀞目当てでしっぽやに通い詰めたって言ってただけの事はある!
 よし、また教えてもらおう!』
俺は意気込んで大野原不動産に向かって行った。




次の日も、俺は樋口に会いに行った。
今度は俺が声をかける前に、向こうが気付いてくれる。
「いらっしゃいませ、今、クリーム出してきますね」
微笑む樋口はとても可愛くて、俺の心臓はドキドキしっぱなしだった。
『ワーイ、ワーイ、クウおじちゃんだー、遊ぼ、遊ぼ!』
ハシャギ狂うクリームは、俺の腕の中で浮かれてもがきまくっていた。
「お前、行儀良くしないと買ってもらえないんだぞ?」
俺がアドバイスしてやっても、まったく聞いてない。
樋口は、そんな俺達を見てニコニコしてくれた。

『もっと、樋口と話したい』
そう思った俺は
「あの、最近ってシベリアンハスキー、入荷しないんですか?」
個人的にも気になっていた事を聞いてみる。
「ああ、ハスキー、一時期多かったんですが今は入らないですね
 今の住宅事情向きじゃない犬種ですし、その…
 あまり躾の入りやすい犬種ではないので、扱いが難しいと言うか…」
樋口の言葉に、俺はショックを受けた。
『俺、バカだと思われてる?』
「……そう、ですか」
ガックリと肩を落とした俺に、樋口は慌てたように話しかけてくる。
「でも、僕は個人的には素晴らしい犬種だと思います
 躾の状態も個体差がありますし、雌なら比較的穏やかで、とても頼りになって優しい子もいます!」
『雌ならって事は、雄はバカなのか…』
俺は何だか、トドメをさされたような気持ちになっていた。

「ハスキー、飼っていた事があるんですか?」
樋口がそっと聞いてくる。
「あ、ああ、まあ、昔ちょっと…」
『自分がハスキーでした(しかも雄)』
俺がオドオドと答えると
「僕もです!僕も子供の頃、飼ってた事があるんですよ!
 ハスキーって、言われてる程、躾入りにくくないですよね
 雌だったせいかな?
 僕のこと子供だと思ってたのか、いつも守ってくれて
 僕、何て言うか、虐められっ子だったから、彼女と一緒じゃないと外にも出れなかったんです
 彼女が死んでから、ちょっと不登校になっちゃったりして
 あっと、すいません、お客様に個人的な話しちゃって」
樋口は一気に言い放った後、慌てて口をつぐんだ。

『樋口はハスキー好きなんだ!』
それだけで、俺の気持ちは明るくなった。
「そう、そうなんすよ!
 あいつらは頼りになって、賢くて、人生のパートナーってやつに相応しい存在です!」
俺は少しオーバーにそう言ってみる。
樋口は笑ってくれた。

「ああ、そう言えば空さんの髪の色って、ちょっとハスキーみたいですね
 どうやって染めてるんですか?
 腕の良い美容師さんにやってもらってるんですね
 ここの、灰色と白の混ざり具合とか、とても良く再現されてますよ」
樋口に優しく髪を触られると、それだけで俺の体中に電気が走ったような痺れが広がった。
『もっと触って欲しい、俺も触りたい』
明らかに、俺は樋口に対して発情していた。
しかし、ここで押し倒してしまうのがヤバい事であるくらい、俺にもわかっている。

彼を抱き締めたい想いをこらえ
「自分で適当に染めてたら、上手くいったんすよ
 ハスキーヘア、これ、トレンディーだと思いません?」
そう言う俺に、樋口はまた優しい微笑みを見せてくれた。
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