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しっぽや(No.174~197)

「今日の白久はいつもと違う装いだね
 黒系の服だと、何だかハナちゃんに似てるなー
 ちょっと懐かしくなるね」
カズ先生は運転しながらミラー越しに白久を見て微笑んでいた。
いつも仕事中は白スーツの白久だけど、今は黒のジーンズにグレーのTシャツ、ジャケット代わりにブルー系の柄シャツを羽織っている。
「今日は汚れるかもしれないので、白はやめておいたのです
 荒木に見立てていただいたのですが、親鼻に似ておりますか?」
「いや、本当に何となくだけど
 ハナちゃんの方が白久より年上なのに、変だね」
『年寄りの思い出は美化しちゃうのかな』なんてカズ先生は苦笑しているけど、親鼻に対する一途な想いが今の化生の健康を作っているようなものだ。
「いつも、ありがとうございます」
思わず頭を下げた俺に
「いや、こっちこそ、個性的な皆を診るのは楽しいよ」
カズ先生は笑ってくれた。



1時間ほど走ると、住宅の間隔がまばらになってくる。
「ほら、あそこ」
カズ先生が顔を向けた先に、大きめの住宅とその奥に木立が見えてきた。
「裏庭がドックランになってるの?本格的じゃないですか」
驚く俺に
「以前は40匹くらいいたらしいけど、今は最盛期の半分しかいないって言ってたよ
 子犬込みで20匹、ボクには十分大所帯に感じるけどね」
カズ先生は車を前庭に止め、ドアのインターホンを鳴らす。
弘一君と俺と白久も先生に続いて車を降りた。

「20匹もいるにしては、静かだね」
弘一君がキョロキョロしながら疑問を口にした。
「確かに」
俺も同意する。
「いえ、沢山の気配と鳴き声がします
 皆、屋内にいるようですね、ご近所への配慮で犬舎を防音にしてあるのでしょう」
流石に白久は同犬種の存在には敏感だった。

俺達を迎えてくれたのは、俺よりも背の高い大柄なオバサンだ。
「わざわざ、すいません、助かります
 明日には息子が来てくれるから、もう大丈夫ですよ」
オバサンは畏(かしこ)まってカズ先生に頭を下げた後
「君たちも、お手伝いありがとうね」
俺と弘一君に笑いかけてくれた。
どうも、俺を弘一君の同級生だと思っているような態度だった。

それから白久に視線を向け
「凄い格好いいー!」
と興奮気味の声を出す。
「バランスのとれた体躯、賢そうな瞳の輝き、毛艶もバッチリ
 白ね、うちには居ない毛色だわ
 大事にされてるわねー」
感心したようにウンウンと頷くオバサンを見て
『秋田犬のプロに誉められた』
俺は顔がニンマリしてしまう。
犬好きな人が白久を犬扱いすることに、俺は慣れてきていた。
俺の喜びが伝わったのか、白久は誇らかな顔で
「今日はよろしくお願いします
 飼い主には大事にされております」
聞きようによっては危ないことを口走っていたが、オバサンは気付いた様子もなく俺達を家の中に迎え入れてくれた。


カズ先生は旦那さんの容態を診に行き、俺と白久と弘一君は早速犬舎に案内される。
裏庭にある犬舎は、白久の予想通り簡易的な小屋のような作りで防音されている上、エアコンも完備されていた。
「エアコンの風、動物には良くないって言う人もいるけど、この子達、冬には強くても夏には弱いから猛暑日の時には使ってるの
 世話する方も熱中症とか危険だしね
 今の時期はドアを開けておくだけで十分」
オバサンが犬舎の引き戸を開けると、大きな黒虎毛の秋田犬が5匹ほど走り寄って来て飛び出し防止用の柵に前足をかけ吠え立ててきた。
「この子達はまだ若くて初めての人には手に負えないから、皆さんは母犬と子犬をお願いします
 先に奥に閉じこめてくるから、ちょっと待ってて」
そう言うオバサンを手で制し白久が前に進み出て見つめると、犬達は直ぐに吠え止んで仲間と白久を交互に見ていた。
それから、大人しく白久に頭を撫でさせる。
「え?え?」
混乱して白久と犬を見比べるオバサンに
「この人、ペット探偵で、秋田犬のエキスパートなんだ」
俺は慌ててフォローを入れた。

「貴方、社会性高いのね~、散歩も頼めるかしら?」
オバサンは変に感心し白久に問いかける。
「おまかせください」
白久は得意満面な笑みを浮かべ俺をチラっと見てからそう答えていた。
「じゃあ、君たちはこっちへ」
柵の中に入っても白久に制されている犬達が寄ってこなかったので、俺と弘一君はスムーズに奥の部屋に行くことが出来た。


キュー、クー、クー

鳥の鳴き声のようなクグモった鳴き声が聞こえてくる。
部屋の中には母犬と、プルプル震えながらヨチヨチ歩き回る子犬が3匹居た。

「かっ…かわ、かわ…」
俺も弘一君もその可愛さに一撃でやられ、まともに口がきけなくなっていた。
「そろそろ1ヶ月になるところで、少しずつ離乳食を始めようと思ってたの
 その手伝いをしてもらって良い?」
オバサンの頼みに、俺達は無言で激しく首を振るのだった。


「子犬はあと5匹いるの
 そっちの子は3ヶ月近いから、もう少ししたらワクチン接種して新しい飼い主さんを探し始める予定」
「ラキも、こうやって俺の所に来てくれたんだ」
弘一君はラキの実家(?)に来て、感動しているようだった。

またオバサンと一緒に違う部屋に行くと、さっきよりもっと大きくて動きもしっかりしている子犬が5匹、じゃれ合っている。
「この子達の面倒もお願いするわ、さすがにお母さん犬が疲れてきちゃってね
 このくらいの子が5匹も居るとパワフルで
 8匹生まれたときは、てんてこ舞いだったわ」
オバサンはカラカラと陽気に笑っていた。


俺達はまず犬舎の掃除をする。
子犬達が寄ってきてまとわりつくので、2人で交互に子守と掃除をしてなんとか終わらせることが出来た。
それからオバサンが作ってくれた離乳食を与えるのだが、5匹もいると食べるスピードが違うので横取りしたり、お皿をひっくり返したり大混乱だった。
『白久に説明させてからやれば良かった、って、この子達は小さくてまだ分からないかな』
やっと食べさせ終えてベトベトになった皿を回収し、また掃除をする。
母犬は黙々と食べて皿はキレイに舐めてくれたので、成犬のありがたみをつくづく感じてしまった。

お腹がいっぱいになった子犬達がウトウトし始めたので、今度はチビ達の離乳食に取りかかる。
チビ達はまだ離乳食が食べ物である、と言う認識が薄く遊び半分でちょっとだけ舐めて前足でかき回したり、さっきより大混乱の度合いが高かった。
自分たちの手をベトベトにし、何とか半分ほど舐めさせることに成功したときには既に昼の時間を大きく過ぎていた。


お昼はオバサンが用意してくれたご飯を皆でごちそうになった。
「あれって、いつも2人でやってるんですか?凄いですね!」
「めちゃくちゃ時間かかっちゃってすいません」
俺も弘一君も自分たちの手際の悪さにガックリしてしまう。
「まあ、私も旦那も慣れてるからね
 それよりも、白久さん凄いのよ
 皆いつもよりお行儀良いし、庭で白久さんと遊んだ後、大人しく寝ちゃったの
 作業が楽だったわ」
しきりに感心するオバサンの言葉にドキリとする。
「寝てました?」
恐る恐る聞くと
「皆、グッスリ、まだ寝てるみたい
 お客さんが来てハシャぎ疲れちゃったかな」
そんな答えが返ってきた。
チラリと白久を見ると、少し目が泳いでいる。
『ここの犬達に昼寝の指南(?)したんじゃ…』
そう思ったが、後の作業が楽になるなら良いのかな、と深く突っ込まないことにしておいた。


昼食の後は子犬達を庭で遊ばせることになった。
「私もご一緒します」
俺が子犬に懐かれるのが不安なのだろう、白久が宣言する。
しかし白久の不安は全くの杞憂だった。
子犬は皆、白久に貼り付いて離れなかった。
「白久の方がモテモテじゃん」
わざとらしく頬を膨らませると
「あ、いえ、この子達は化生が珍しいようです
 何でそんな姿なのか尻尾はどこだ、といった『何で何で』攻撃が凄くて
 大人の犬に対する態度や社会性を教えなければ」
白久は俺の態度に慌てながらも、子犬達の世話を焼いてあげていた。

俺と弘一君は子犬と戯れる白久を横目に、若犬達のブラッシングをしている。
白久が言い含めてくれたので、大人しくブラッシングさせてくれた。
「秋田犬って、ブラッシング面積広い…」
果てない毛の海のように感じている俺に
「ラキもこれくらいですよ、毛もメチャクチャ抜けるし
 ラキがもう1匹出来そうですもん」
弘一君は手慣れた様子でブラッシングをしている。
「やっぱ、猫とは違うね
 今回俺の仕事の出来って、お金貰えるレベルじゃないや
 働くって大変だ」
思わずため息をつく俺に
「爺ちゃんが個人的に依頼した変則的業務だし、白久さんが頑張ってるから当初の予定通り1人分は払わせてくださいね
 じゃないと俺も申し訳ないです
 荒木先輩と秋田犬の世話出来て、楽しいし」
弘一君は最後の方は消えそうな声で呟いていた。



結局夕飯もご馳走になり、カズ先生に影森マンションまで送ってもらったときには10時近くになっていた。
「今日はお世話様、これ依頼料ね
 本当に1人分で良いの?」
「はい、今回自分の力不足を思い知りました、次があればもっと頑張ります」
俺は自戒の念も込めて言うと、ありがたくカズ先生から依頼料入り封筒を受け取った。

カズ先生の車を見送って、白久と部屋に帰る。
遅くなりそうだったので、泊めてもらうことにしてあったのだ。
「1番活躍したのは白久だったね、子犬達、少しお行儀良くなってたし
 俺、もっと犬のこと勉強しないと白久と一緒に仕事できないや」
「荒木と一緒に仕事はしたいですが、他の犬をあまり近づけたくはないのが本音です」
白久は少し苦笑していた。

「今も、荒木に他の犬の匂いと気配が付いていて、気持ちが落ち着きません」
白久が後ろから俺を抱きしめてくる。
「じゃあ、白久の匂いと気配に染め直してくれる?」
俺は甘えるように体に回されている白久の腕を握った。
「もちろんです」
白久が耳元で甘く囁いた。


俺達はいつものようにお互いの気配に包まれ、1日の疲れも忘れるような幸せな一夜を過ごすのであった。
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