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しっぽや(No.174~197)

俺たちはやっと製菓コーナーに移動した。
「食紅は置いてあるけど、他の色って無さそう
 香料的な物はバニラエッセンスのみ…
 スーパーだし、こんなもんだよな」
俺は思わず苦笑してしまう。
カズハさんが言っていたように、ネットで検索した方が色々見つけられただろうと今更ながら気が付いた。
ひろせと一緒に出かけて良いところを見せようと、気持ちだけが先走りした状態だった。

ひろせは俺に気を使ってくれているのか、まだ製菓コーナーを物色している。
「絵心があれば、チョコペンで何か描いてみるのも面白そうなんですよね
 アラザンやチョコスプレーはクッキー向きじゃないし、チョコチップは定番でよく作ってるから目新しさが無いか…
 そうだ、アーモンドプードル切らしてたんだっけ、後はスライスアーモンドと、チーズケーキ用にゼラチンも買っておかなきゃ」
次々と商品をカゴに入れるひろせを見ていたら、落ち込み気味だった気分が回復してきた。

「貸して、カゴは俺が持つよ
 そうだ、これ買って作ってみない?子供の頃、たまにお母さんが作ってくれたんだ
 俺も混ぜるのとか手伝ったっけ
 早く固まらないかって、何度も冷蔵庫を開けて怒られたなー」
俺は材料を混ぜて冷やすだけでプリンが作れる商品を、ひろせに指し示した。
「今思い出しても、市販のプリンより美味しい気がする
 ひろせ、こんな簡単なキットなんか使ったこと無いよね」
ひろせは瞳を輝かせて
「タケシと一緒に作ってみたい、きっと凄く美味しく作れますよ
 パッケージの写真みたいに、飾り用のサクランボ缶も買いますか?」
そう聞いてきた。
「それよりも、ホイップクリームをいっぱいのせたいな
 そうだ、生クリームも買っていこう
 泡立て器で自分で攪拌すれば運動になりそうだし、プロテイン飲んでも大丈夫そう」
俺は自分の思いつきに満足感を覚えていた。

「バターにしないで、本来のホイップクリームとして活躍させるんですね
 タケシが自(みずか)ら混ぜてくれたクリーム、きっと美味しいだろうな
 僕は最近、ホイップ済みのクリームばかり買ってしまうんです
 電動泡立て器を持っているのに、怠けてますね」
ひろせは可愛らしく舌を出す。
「俺が居るときは、俺が混ぜるよ
 荒木先輩がもっと驚くような腕になってやる」
たまに生クリームをホイップするだけで筋肉モリモリになるわけがないのは分かっているが、気分だけでも上げていこうと俺はそう宣言する。
「いつも、タケシの作ったホイップクリームを食べたいな」
「そんな未来は、直ぐに来るよ
 バターとクロテッドクリーム用にも買っとかなきゃね」
俺たちは200ml生クリームを8パックほどカゴに入れ、レジに向かった。

『最近、この店で生クリームの見切りが出ないのって、俺たちのせいなんだよなー
 生クリームプルーチェを楽しみにしてる日野先輩とかが知ったら、怒られそう
 定価で買えば良いだけの話なんだけど…
 黒谷の補佐に力入れてるからか、経費にウルサくなってきてる
 悪いことじゃないとは言え、一番圧迫させてるのは日野先輩のお茶菓子消費量だと思う
 ひろせが大量の焼き菓子を差し入れてるから、今の状態で済んでるんだってことを、今度ガツンと言ってやらなきゃ
 ひろせには特別ボーナス出したって、バチが当たらないんだぞって』
考え込みすぎて思わず力んだ俺に気が付いて、ひろせが不思議そうな顔で見上げてきた。
「何でもない、ひろせは可愛いなって思っただけ」
安心させるように微笑むと、ひろせは頬を染めて嬉しそうに瞳を輝かせていた。



影森マンションの部屋に戻って買ってきた物を整理する。
ひろせとのお出かけに浮かれて、かなりの額を使ってしまっていた。
長いレシートを見ながら
『せっかく半額総菜を買ったのに、この金額…
 プロテインって高いんだな、空、どのくらいのペースで消費してるんだろう
 生クリームもまとめ買いしたから、地味に痛い…』
『おつとめ品で』と言う日野先輩の気持ちが少し分かってしまった。

「タケシ、これ」
ひろせがオズオズとプリンキットを持ってくる。
「よし、早速作ろうか」
意気込む俺に
「固まるまで、結構時間かかるみたいです」
ひろせが現実を告げた。
「あれ?そうだっけ?」
俺は慌てて作り方を読んでみた。
「確かに…今作っても、食べるのは明日の朝だね」
時計を見たらもう夜の11時近かったので、計算するとそうなってしまうのだ。

「明日の朝のお楽しみとして、作ってみましょうよ
 僕は何をすれば良いですか、取りあえずお湯を沸かして、っと」
ひろせは服の袖をまくり、長い髪をゴムでまとめている。
「そうだね、少し早起きして楽しもうか
 よし!俺はプロテイン飲んでホイップクリーム作るぞ
 冷蔵庫に入れておけば、食べるときには良い感じに冷えてるだろうし」
ひろせの提案でテンションが戻った俺は、早速準備を始める。

2人で居れば、いつだって楽しい気分になれるのだった。


材料を全部仕込み終わり冷蔵庫に入れ片づけを終えると、既に日付が変わっていた。

「あれが、タケシが子供の頃に食べていた味なんですね
 それが食べられるなんて嬉しいな」
「あんなにオシャレな容器では作らなかったけど
 麦茶用のグラスを使うって、我ながら良いアイデアだよ
 ん?容器から出さないでスプーンで直食いなら、バケツプリンも有りだな
 バケツ、とまで行かなくてもサラダボールにでも作ってしっぽやに持って行って皆で食べるの楽しいかも
 皆の目の前でホイップクリームを作れば受けそうだし、ちびっ子先輩達だって感心するはず」
俺は自分の考えで、鼻息が荒くなってしまった。

「タケシのクリームを食べるのも楽しみです
 自分で混ぜると、大変なんですね
 あのお方は電動泡立を使っていたので、僕も真似して買って作ってました
 それすら、今はやっていない状態ですが
 手作業は初めて見ました
 タケシって何でも出来て頼もしい」
愛猫にうっとりとした目で見られ、俺は調子に乗ってしまう。
「まかせて、あの攪拌作業とプロテインが今の俺の中で良い仕事してるはずだから
 空みたいな腕になる日も近い!」
俺は力コブを作ってみせる。
かろうじて俺の腕にコブらしき膨らみが出来たが、それが筋肉かどうかは自分でも怪しいと思った。
それでもひろせは無邪気にハシャいで俺の腕に触れてきた。

「あのさ、ひろせのこと抱き上げてみて良い?」
今なら出来そうな気がして、俺はひろせにそう聞いてみる。
「抱っこのことですか?あのお方や旦那さんは大丈夫だったけど、ペンションに泊まりに来た子供さんは重くて僕のこと抱っこできませんでした
 多分8kg超えてたから…今も、猫の化生の中では1番重いし」
ひろせは猫時代のことにトラウマがあるのか、うなだれてしまった。

「大丈夫だよ」
俺は安心させるようひろせを抱きしめ、キスをする。
優しく頭をなでて左腕で肩を抱き、かがんで右腕を彼の膝裏に当てた。
そのままゆっくりと立ち上がろうとするが、さすがに重さによろめいてしまう。
けれど、絶対にひろせの身体に回した腕を解かなかった。
不安顔のひろせに
「大丈夫、このままキスして」
そう語りかけ微笑んでみせた。
俺の唇にひろせの柔らかな唇が触れ、手が首に回される。
『タケシ、頑張って』
胸に染み込んでくるひろせの温かな応援にパワーをもらい、少しずつ確実に俺は立ち上がっていった。

「やった!お姫様抱っこ成功」
俺の腕の中に愛しい飼い猫がいる、それだけで感無量だ。
「凄いです、タケシ」
ひろせの感動した声に誇らしい気持ちがわき上がる。
俺はひろせを抱いたまま歩きだし、キッチンからベッドに移動することが出来た。


そっとひろせの身体をベッドに降ろすが、ひろせはまだ俺の首に腕を回してしがみついていた。
「そのうち、ひろせを抱いたままスクワットだって出来るようになるからね」
彼の耳元で囁くと
「僕、ダンベルの代わりですね、抱っこされているだけでタケシの役に立てるなら嬉しい」
クスクス笑って唇を合わせてくる。
俺はその行為に応じ、自分もベッドの上に身をのせた。

「ん…ふっ…」
俺に抱かれていたひろせの身体が、熱くなるのを感じていた。
きっとひろせも、俺の身体が熱くなっていくのを感じ取っていただろう。
俺たちはベッドの上で唇を合わせながら、お互いの身体に指を這わせていく。
ひろせの指が俺の筋肉を確かめるよう、腕から背中をたどる。
俺は料理をするために一つに結わえていたひろせの髪を解き、優しく整えた。

「プリンを食べ損ねたので、今夜は僕を食べてください」
やっと唇を離した後、ひろせはそう言って艶やかに笑う。
「プリンより贅沢な、極上デザートだよ」
俺は彼の服を脱がせながら答えた。
「食べ過ぎると太っちゃいますか?」
悪戯っぽく聞いてくひろせに
「いっぱい動きながら食べれば、また筋肉が付くかも
 いっぱい食べさせて」
俺も悪戯っぽく返事を返す。
「もちろん、いっぱい食べて、いっぱい動いてくださいね
 いっぱい、気持ちよくして…ん…、あっ…」
露わになったひろせの身体に舌を這わせて味わっていくと、俺を誘うように、しなやかで淫(みだ)らな動きをみせる。
『これ、ひろせの腹筋の方が鍛えられるんじゃ』
ちょっとそんなことを思うものの、俺は着ている物を脱ぎ捨てて彼に覆い被さっていった。

約束の通り、俺は何度もひろせの身体に欲望を突き立て動いていく。
俺たちは、いつもとは違う体勢で激しく繋がりあった。
最後はいつ寝たのかも分からないくらい、2人とも興奮しきっていた。


翌日は早起きしてプリンを食べるどころではなく、しっぽや勤務に遅刻しなかったのが奇跡のようだった。


そしてお約束の通り、俺は全身(特に腕)に激しい筋肉痛を起こして、捜索でも事務仕事でも使い物にならない1日を過ごすのであった…
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